祭りの準備
村長宅を後にして、馬を連れて二人で歩き始めた。
「二部屋貸してもらえることになったから、一部屋あげるね」
「あんな感じのテントですか?」
風の民の一般的な居住テントを指差すとレッドは頷いた。
客用の宿泊場所はないので、テントを二つ立ててもらっているそうだ。
わざわざ申し訳ないと思っていると、テントの組み立ては簡単で、女子供でも出来ると教えてもらった。
今日はテントで寝るのか。どんな感じだろう?
「レッドさん、その馬は?」
「この子はリツナの所の馬。返しに行こうと思って」
風馬は長時間走り続けて疲れているから借りたんだろう。
「あ」
レッドが何かを思い出したかのように声を上げた。
「ミツキさあ」
「はい」
「料理って出来る?」
藪から棒な質問に、間抜けな顔を晒す。
料理? 出来る事は出来るけど……
「母に教えてもらっていたので簡単になら」
「そう、なら良いんだけど」
「レッドさんは料理……」
言いかけて、黙る。
レッドが料理する想像が全く出来ない。
エプロンをしてお玉片手に料理?
動きやすい服に刀片手に動き回っているのがレッドらしい。
ロアに訓練をつけている衝撃的なシーンは未だに脳裏に焼き付いている。
「ミツキ、何考えてるの?」
疑うような赤の瞳と目が合って、どきりとする。
「おれだって料理できるよ?」
「えっ!?」
本当に大きな声が出てしまった。
慌てて口を手で覆うが、遅かった。
「言いたい事は分かるよ」
少しだけしょんぼりしたレッドが溜息を落とす。
「おれは元々普通の家の子だから、母親に教わったよ。ミツキと同じ」
「すみません……」
「ロナントが帰って来たら聞くと良いよ。昔は良くアップルパイ作って食べたんだ」
真上に昇った太陽がまぶしくて目を細める。
細めた目で見たレッドは何処か懐かしんでいる表情だった。
「ロアが子供の頃、作ってやったなあ。あいつ覚えてるかな」
わたしにでは無く、此処には居ないロアに向かって呟いた。
返事は期待していないのだろう。
「覚えてますよ、きっと」
だから代わりに返事をしておいた。
レッドは少しだけ笑った。
「今度ミツキにも食べさせてあげる。母さん直伝の味だから」
「楽しみにしてます」
レッドが料理が出来るとは思いもしなかった。
聞くと母親に叩き込まれたらしい。
剣と魔法ばかりの娘に結婚した時に不自由しないようにと。
「結婚したら逆に料理しなくなったよ。なんて言ったってお抱えのシェフが居るからね」
「ふふ、貴族って何処もそうなんですかね?」
「おれが知ってる貴族は大体料理人を雇ってるから、そうだと思うよ」
やっぱり貴族って食にこだわるのかなあ?
……そう言えばどうして料理の話になったんだっけ。
話しているうちにリツナのテントまでたどり着いた。
馬を無事に馬小屋に帰した時、数人の女性が取り囲むように現れた。
「わっ」
年齢は上は80から下は10代中頃ぐらい。
いきなり囲まれて驚く。
レッドを見ると、さして驚いては無かった。
「客人。この村のルールはご存知か」
一番年上そうなおばあちゃんが代表して声をかけて来た。
レッドがわたしをかばうように少しだけ前に出た。
「おれは知っている。この子は知らない」
「さようか」
おばあちゃんは誰かをちらりと見た後、顎で指示を出した。
女性の壁から一人の女の子が出てきた。
「ミツキ」
「あっ、リリア」
「おばあさま、大丈夫です知り合いです。私から説明しておきます」
リリアの言葉を聞いたおばあちゃんはにっこりと笑い、杖をついて来た道を歩き出した。
「ミツキ」
レッドに声を掛けられた。
「おれこの人に付いて行くから」
「えっ! どうして?」
「詳しくはその子に聞いて。村の……風習みたいなものだよ」
「風習?」
「ごめん、後はよろしくね」
リリアにそう声をかけてレッドはおばあちゃんの後を追いかけて行った。
周りの女性達を引きつれて、おばあちゃんは去って行く。
残ったのはわたしとリリアだけ。
「めんどくさい風習よね」
誰も居なくなったのを確認して、リリアが顔をしかめた。
話が全く読めない。どうしてレッドは連れて行かれたのだろう?
「あの……リリア?」
「ねえミツキ、あなた料理できる?」
「うん? うん、少しだけだけど……」
「包丁使える?」
「使えるけど」
さっきレッドに料理できるかと聞かれたばかりだ。
どうしてリリアも聞くのだろう?
「えーっと。これから村を挙げてのお祭りをやるでしょう?」
「うん。歓迎会でしょ?」
「そうそう。それでね、その準備をしなくちゃいけなくて……」
祭りに出す料理を村の女性総出で作る。
まだ若いリリアも例外では無い。
「お客様であるミツキにも手伝ってもらうから!」
「わたしも!?」
客だって言ってるのに? と戸惑っていると、理由を説明してくれた。
村の外の人間と交流を持つために準備を手伝ってもらうそうだ。
交流して親睦を深める、と。
ちなみにロナントが狩りに連れ出されたのも同じ理由だ。
男は狩り、女は料理。なんとも分かりやすい。
ああ、もしかしたらレッドはこうなる事を知っていて料理は出来るのかと聞いて来たのだろうか。
「ミツキはこっち。私と同じ担当ね!」
「担当?」
「年齢によって大まかに別れるの。私達は20歳前後のグループ」
一番若いグループで、担当は具材を切る事だそうだ。
レッドはああ見えて60代なのでわたしとは違う事をやらされるみたいだ。
どうやらレッドは事前にその事を知っていたがわたしに伝える時間が無かったのかも知れない。
「行こうミツキ! こっちだよ」
「あっ、リリアっ」
「準備は出来てるの! みんなミツキを待ってるの!」
走り出してしまったリリアを慌てて追いかける。
遊牧民だからだろうか。足が速く追いつけない。
運動とは無縁の私にとって走る事さえつらい。
「はあ、はあ、リリア……」
「着いたよ」
息を切らせながら見上げる。
村では良くあるテント、それよりは大きいように見える。
リリアが中へ入って行くのを見て、続く。
中は熱気に包まれていた。何人もの女性たちが忙しく動き料理を作っている。
「時間が無いんだから早くして!」
「男どもはまだ帰ってこないの?」
「味付け見てくれる? 薄いかな?」
40代から30代の女性主導で料理が作られている。
圧倒されてぽかんとしているとリリアに腕を引っ張られた。
「邪魔になるから。私達はこっち」
テントの奥の方に進むと、静かに黙々と材料を切る若い子達が居た。
年齢はわたしとそう変わらなそうだ。
「ミツキは人参を切って。切り方はこう細長い感じ」
「うん。分かった」
きんぴらごぼうの人参みたいな感じだ。何に使うのかは知らない。
手を洗って包丁を手に取った。この世界の包丁は重たいな。
周りの子達にならって黙々と人参を細く切っていく。
「ねえリリア。調理場は他にもあるの?」
人参から視線をそらさずに聞くと、リリアも白菜を切りながら答えてくれた。
「他にも何ヶ所かあるよ」
そもそも村は何グループかに別れているそうだ。大まかに分けると5グループあってそれぞれで指定された料理を作っているそうだ。
村長の家に行く前にリリアとその友人と話したが、その時の友人が此処に居ないのが不思議だった。成る程、グループが違うのか。
「あなたが今日来た人?」
隣の子に声を掛けられた。
「うん。そうだよ」
「そうなんだ。短い間だけどよろしくね」
「わたしミツキ。あなたは?」
名前を聞いて、再度挨拶をした。
他の子も外から来たわたしの事が気になっていたようで自己紹介を受け挨拶をした。
テントには20代の人が居ないような気がしたので聞くと、そのぐらいの年齢の人は子供の面倒を見ているそうだ。
50以上になると、一か所に集まってお茶をしているとか。
どうしても手が足りない時には手伝いにくるようだ。
レッドはお茶に連れて行かれたのか。
30年前に来た時は料理を手伝ったのかな。
「ふう」
山盛りあった人参を切り終えた。
リリアに終わった事を告げると、白菜を切るのを手伝うように言われ再び切り始める。
「何か切り終わったものある?」
大人から声がかかって、人参を持っていく。
「人参ね。ありがとう」
「いえ……」
「あなた、今日来たお客様の一人?」
「はい、そうですが」
「手伝わせちゃってごめんね。祭りでは楽しんで行ってね!」
去って行く背中を見つつ、ぼんやりと目の前の光景を眺めた。
一度に大量の料理を作るのは大変そうだったけれど、どこか楽しそうだった。
たまにこうして皆で料理するのが好きなのだろうか?
「ミツキー! 戻って来てぇ」
「あっ、ごめん」
リリアに呼ばれて再び白菜を切り始める。
この村でのお祭り……ちょっと楽しみだ。




