英雄オーランド
女の子の会話はコロコロ話題が変わる。
新しい話題になったと思うと、数個前の話題に戻ったりする。
高校の友人と何時もこんな風に話していた事を思い出した。
少しだけ懐かしいような気分だ。
「ミツキー! あ、いた!」
「レッドさん?」
レッドは村の馬を借りたのか風馬とは違う馬に乗って現れた。
周りの女の子達にも聞こえるように、良く通る声で言った。
「村長が帰って来た。歓迎会をする女は準備しろ、だってさ」
「歓迎会ですか?」
話を聞いていた女の子達は、レッドへの挨拶を済ませ自分の家へと帰って行った。
さっきまでお喋りに興じていたのに。
「村長を紹介するよ。乗って」
言われたとおりもたもたしながら馬に乗り込む。
馬は安全の為か走る事はせず、ゆっくりと歩き出す。
その間に歓迎会の事を聞いてみる。
「おれ達を歓迎する宴って事。夜に村の中心に集まって村人全員を集めて騒ぐんだ」
「ええっ、そんな事しなくても……」
「いいのいいの。風の民はお祭り好きだからね!」
お祭りならわたしも好きだ。
風の村はどんなお祭りをするのだろう? ちょっと気になる。
しばらくするとテントの隙間から大きな村長のテントが見えてきた。
「あの、ロナントさんは?」
「まだ帰って来てないよ。勝負が長引いてるのかもしれない」
テントの前まで来たので馬から下りる。
レッドが馬を適当な場所に繋いでいると、テントの入り口から男性が出てきた。
「おうレッド。待ちわびたぞ」
癖が強い黒髪に赤い瞳。体つきはがっしりしていて、顔も腕も小さな傷が沢山ある。
歴戦の戦士のような姿だ。
20代前半に見えるが、どうだろうか。
答えはすぐに分かった。
「父さん!? わあ、久しぶり!」
レッドが叫び走り寄った。
つまり、この人は……
「なんでオレの所に来ないんだ」
「狩りに行ってたでしょ?」
「村長の所に先に来なくても良いだろう。オレは寂しかったぞ娘よ!」
「っ、うわあ」
男性は軽々とレッドを持ち上げ、肩に乗せた。
そう、肩車だ。
「ちょっと父さん」
「がっはっはっはっはっはっ! 懐かしい感覚だ! 昔は喜んでいただろう!」
「うん、50年以上前の話ね……」
「そうか! もうそんなに経つのか! 何時までも若くいたいものだ!」
「十分若いよ……恥ずかしいから下ろして……」
底抜けに明るい人柄に、この笑い方。
本で読んだ通りの人だ。
「あの……」
「ん? おお?」
レッドを渋々肩から下ろし、わたしの存在を認識した。
わたしを見たその人は、顎に手を当て少しだけ考えた。
そして閃いたのか表情を明るくした。
「レッドの孫か?」
「違う父さん。この子はね、ロアが好きな子」
「なにっ、ロアが!?」
レッドとわたしを何度も見て、困惑し始めるレッドの父。
「ロアはまだ年端もいかない子供だったはず」
「父さん……ロアはもう20歳だよ? 大人だよ。最後に会ったの何時だった?」
「ロザリアの結婚式の時、だろうか?」
「その時すでに15歳ぐらいだったと思うけど……記憶改ざんしてない?」
「オレの中でロアは5歳ぐらいなんだよ、レッド……もうオレの肩には乗って来てくれないのだろうか……」
しょんぼりするその人に、レッドは呆れているようだ。
「ミツキ、紹介するよ。これがおれの父さん」
「おお、ミツキと言うのか。オーランドだ。昔は王都騎士隊で3番隊の隊長をしていたぞ」
「はじめまして。英雄、ですか?」
「はっはっはっはっ! そう呼ばれていた時期もあったなあ! 恥ずかしいから名前で呼んでくれ!」
「孫やひ孫を肩に乗せるのが父さんの趣味。乗ってみる?」
「遠慮しておきます……」
この人が英雄、オーランド。戦争で大活躍したのち余生を生まれ故郷で過ごしている、ロアのひいお爺ちゃん。
握手を求められたので応じておく。
陽に焼けた肌にとっても大きな傷だらけの手。この手で剣を握り、国を救ったのか。
英雄本人から肩に乗らないかと言われ、再度遠慮しておく。
多い時は三人の孫を乗せて王都を歩いたそうだ。
三人の孫とはレッドの子供の事で、長女のレン、長男のロゼ、次男のライトを乗せたそうだ。誰に断りもせずに勝手に屋敷から連れ出したため、集団誘拐かと騒ぎになったそうだ。
「今日は二人だけで来たのか?」
「ロナントも来てるよ。狩り勝負に連れてかれちゃったけど」
「坊主も来てるのか。楽しい祭りになりそうだな」
ロナントを坊主だなんて言えるのは、この人だけかもしれない。
立ち話もなんだし、とオーランドが言い村長宅へと招き入れてくれた。
「村長、お久しぶりです」
村長は、オーランドを少しだけ貧弱にしたような見た目をしていた。
弟だけあって顔は良く似ている。
「おれっ、父さん?」
オーランドは弓と刀を手にテントから出て行く所だった。
呼び止められたオーランドは不敵に笑った。
「坊主が勝負しているから交ざりに行って来る」
「お祭りだから良い肉取って来てね」
「おうよ! 何の肉が喰いたい」
「風鳥かなあ。久しぶりに食べたい」
「風鳥な、まかせとけ」
風鳥とは、風の魔力を持った鳥全般の事を指す。
風魔法を使い、超高速で飛び回る為捕えるのは非常に困難だ。
まあ、旅をしていた時ロアはあっさり捕まえていたし、オーランドも問題なく捕まえられるのだろう。
「兄さんは相変わらずだなあ」
村長がぼやいた。
「それでレッド? 今日はどうして村に?」
「あー……それは……ロナントが詳しく知ってるんですけど……」
「その子は?」
村長の視線がわたしへ向いたので、頭を下げて挨拶。
「はじめまして、美月と申します。本日は急な来訪をお許しください」
「それは問題ないけど……ミツキは村の子? 子孫?」
「わたしは、風の民ではありません。血も継いでいません」
「じゃあ、何処から来たの?」
「わたしは……」
少しだけ悩んで、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「異世界から来ました。日本と言う場所です」
「……異世界、ね」
その時、奥から女性がやって来た。
リツナだ。お盆を持って、お茶を出してくれた。
「ミツキ、君が異世界から来たと言う証拠はあるの?」
「証拠、ですか」
「物的証拠。それがなければ記憶喪失か記憶が混濁しているかのどちらかだと思うよ」
「妄言だと言いたいのですか」
「普通はそう思うだろう。なあレッド」
隣に居るレッドが複雑そうな顔になる。
「レッドさん?」
「おじさん。可哀想だよ、異世界について何か知ってる事ないの?」
村長は困ったように微笑んだ。
「レッド、本当は異世界の事なんてあると思ってないでしょ」
「おれの事はどうでもいいよ」
「本当はどうなの」
ちらりとレッドが窺うようにこちらを見た。
「あるなんて思ってないよ。行く事も出来ないし」
心臓が縮こまった。
信じてもらえてなかったんだ。泣き出したい気持ちになる。
「でも」
ぐい、と肩を抱き寄せられ、レッドの横顔を見る事になる。
「ミツキの事は信じてる。この子は嘘を付くような子じゃない。異世界は信じてないけど、ミツキが言うなら多分ある」
村長は人好きするような優しい笑顔を浮かべた。
「兄さんっぽい答えだ」
「父さんの娘なんでね」
「見た目は母親に似たのに中身は父親に似たのは何とも面白いね」
レッドが母親に似ている?
村長は笑った。
「分かった。知っている事を教えよう」
「何か御存じなんですか」
「異世界。魔法の無い世界。違う神が治めている世界……風の民の祖先はそこからやって来た」
「まさか……日本、では?」
「さあ? 名前は忘れてしまったよ。ただ一つ言える事は」
村長は立ち上がり、本棚を漁りだした。
「女神にいざなわれてこの世界にやって来た、ってことかな」
女神……あの大きな体の女神だろうか。
本棚から本を探しているようだが、一向に探し終らない。
「あれ~?」
「おじい様、探し物ですか?」
見かねたリツナが声をかけた。
「読めない本を探してるんだけど」
「ああ、あの古い手書きの本ですね」
「そうそう」
「それなら滅多に出さないからって倉庫にしまったままではありませんか?」
「あー!」
思い出したのか村長は声を上げ、脱力し再び椅子に座った。
「ごめん異世界から来たと言うミツキに是非見てもらいたい本があったのだけど」
「読めない言語で書かれた本ですか?」
「前にロナント君に見せたけど、彼でも読めないって言われた本だよ」
ロナントが言っていた本の事か。
図書館で見た日記に似た文字の本。
「明日までには出しておくよ。何処にしまったかなあ」
考え始まってしまった村長にお礼を言って、テントから出た。
魔法の無い世界、女神、読めない言語。
ドキドキしていた。何か手がかりがあるのかもしれないと。
「良かったね、ミツキ」
「はい! 家に帰れるかもしれません」
「帰れると良いね」
そう言って複雑そうな表情を浮かべるレッドに、気が付かない振りをした。




