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村の女の子


草を食んでいた黒馬に再び跨り、村の中を進んで行く。


「あれは?」

「武器庫。刀と弓が多いかな」

「その奥にあるのは?」

「食糧庫。村の至る場所にあるんだ。あそこは米庫」


奥に進むにつれ、人も増えてきた。

そう言えば風の民は皆同じような服装をしている。

襟の部分は何処となく着物っぽいような……


「あそこが村長の家」


村長の家だけ他と比べると大きく、色も派手だった。

分かりやすいようにしているのかな。


「シェルア!」


途中、わたしと同じぐらいの年齢の女の子が呼び止めた。

何故か怒っているようで肩を怒らせている。


「仕事サボって何してるの!」

「客をもてなしてんだろ」

「なんでシェルアが」

「誰がしたって良いだろ。別に」


言い方が気に障ったのか、女の子は目を吊り上げて行く。


「下りて」

「なんで」

「いいから、下りなさい!」


シェルアは呆れながらも馬から下りて、わたしが下りるのも手伝ってくれた。

何故かきつく女の子に睨まれた辺りで、察した。

この子、シェルアが好きなんだ。


「お客様はオーランド様の娘と夫。それから青い眼の女の子だって聞いていたけど」

「わたしがそうです」

「ふ~ん」


女の子は値踏みするように頭の先からつま先までじろじろと見てくる。

あまり気持ちの良いものでは無いが、耐える。


「リリア、何か用なのか」


リリアと呼ばれた女の子はシェルアを一睨みした後、わたしの手を強引に取った。


「あなた、名前は」

「美月です」

「そうミツキ。私はリリアよ。あなた、恋人はいるの?」


やっぱり警戒しているようで、藪から棒に恋人の有無を聞かれた。


「……いないです」


リリアの視線がきつくなる。

真っ直ぐに感情を表現するリリアに分かりやすいなあと思いつつ続ける。


「でも……好きな人がいます」


言った途端、リリアの表情から険が取れる。

それからわたしの好きな人が気になるのか、ニコニコ笑いながら手を引っ張った。


「仲間に入れてあげる! みんなミツキの事気にしてたのよ」

「そうなんですか?」

「ミツキ良い子そうだからみんなの所に連れて行ってあげる!」

「おいリリア! 何を勝手に」

「シェルアは仕事に戻りなさいな」


リリアは犬でも追い払うようにシッシッと手を振った。

展開に追いつけていないシェルアはまだ何か言いたげだったが、リリアに手を引かれて走り出し置いて行ってしまった。


「シェルアさんはいいんですか?」

「良いのよ! あんな鈍感男!」


リリアは力が強く、足も速い。何とか必死に付いて行くと、テントを日除けにして数人の女の子達が集まっていた。

連れてこられたわたしを見て、驚いた表情を見せた。


「リリア、あんたシェルアの様子を見に行ったんじゃないの?」

「うん、行って来た。この子ミツキって言うの、今日来たお客様だよ」


リリアに女の子達の名前を教えてもらい、自己紹介をした。

年齢は18歳から15歳までの子達だ。

みんな黒髪で、赤青緑の魔力を持っている。

村の外では黒髪は珍しいし、女性が魔力を持っている事も珍しい。

だけど村では普通の事なのだろう。


「ねえミツキ。オーランド様の娘ってどんな方なの?」

「えっと……レッドさんはね」


言葉遣いはちょっと乱暴だけど、思いやりのある人かな。

わたしにも良くしてくれるし。

次に夫のロナントさんについて聞かれた。

物知りで騎士隊の元帥を長く務めた人。武人。


「じゃあ、お二人の年齢は?」

「60代って言ってたかな」

「うわ、それ本当? やだ前元帥に勝負を挑んじゃったのか、あいつ」


狩り勝負に挑んだ男性の事を女の子達は知っているようだった。

この村では最高位の魔力を持った男性が多い為、年齢を妻の見た目の年齢を踏まえてある程度予測するそうだ。

レッドとロナントに対してもその方法を使い、レッドがまだ若い少女のようであった事からロナントは20歳ぐらいであろうと予測したらしい。


「でも、レッドさんは村長のお兄さんの娘で……」


普通に考えたら英雄は見た目は若いとはいえ80歳を超えているはずだ。

少し考えればレッドもロナントも若くないと想像できたのではないだろうか。

そう言うと、女の子達は口をそろえて言った。


「隠し子かと思った」


話によると英雄は村を離れ国中を旅してまわるのが趣味らしい。

行きずりの女性との子供ではないかと思われていたようだ。


「それに二人は村に来た事があるって言っていたよ?」

「それって……何年前?」

「えっ? ……う~ん」


ロアは来た事無いって言ってたっけ。

そう言えばリツナさんが30年振りだって言っていたような。


「30年前って言ってたかな……」

「そんなに前なの。二人の事を覚えている人は少なそうね」


二人の事を話し終え、代わりに村の事を聞いた。

一番気になっているのは食べ物の事だ。

納豆、味噌、醤油……などの食べ物は村に昔からあるものらしく、何処から伝わったのかは分からないようだ。


「村の歴史を教えてくれる?」

「そんなもの殆ど無いようなものだけど……そうね」


私達は何も持たずにこの地へやってきた。

この世界の住人と会ってみたがあまり良い顔はされなかった。

村に入れてはもらえなかったので、村を作る事にした。

普通に村を作ったが、魔力を持つ特性のせいで女子供が攫われ奴隷にされるようになり移動式の村にする事にした。

村では外から来た人間を警戒するようになったが、村の移動中に行き倒れている人間を見ると助けた。

助けられた人間の中には村に居付いてしまう事もあったらしく、今の風の民には必ずこの国の人間の血が少しばかり混ざっている。


「今はもう、完全な風の民は何処にもいないの。アークバルト国民の血が少しは入っているから」

「あの……最初の、何も持たずにこの地へやってきた。って、何処から来たんですか?」

「さあ? 何処からだろう? 分からない」


女の子達は顔を見合わせている。

本当に分からないようだ。


「そんな事より! ねえミツキ」


隣に居たリリアが笑顔で話題を変える。


「ミツキの好きな人ってどんな人? 優しい? カッコイイ? 背は高い? 魔力の属性は? 髪は何色なの? 年は幾つ? 何処で出会ったの? どうして好きになったの? 何処が好きなの?」

「ええっ、ちょっと待って!」


リリアは聞きたくて堪らなかったみたいで、質問が止まらなかった。

答えるような隙間もない。

私もそうだけど他人の恋愛って気になるよね。


「リリア、聞いてばかりだと悪いよ。言いだしっぺでどうしてシェルアが好きになったのか言ったら?」


一番年上の女の子がリリアにそう忠告した。

リリアは面白いぐらい真っ赤になった。


「シェルアなんか好きじゃない! 勘違いしないでよ!」

「じゃあ他の子がシェルアを狙ってもいいの? シェルア好きなの、恋人になって~」

「だっ、ダメェ!」


リリアは涙目になっているが、他の子はクスクス笑っている。

どうやらシェルアなんか好きじゃない! からの駄目! は良くある会話のようだ。


「シェルアなんか鈍感だし、私の事めんどくさそうにするし……意地悪ばっかりだし、何にも良い所なんてないもん」

「でも好きなの?」


他の子と一緒になってそう質問すると、リリアはさらに顔を赤くした。


「ああ見えて弓が上手いし、魔法の扱いも上手だし。かっ……カッコイイし!」

「へえ」

「昔助けてもらったよしみよ! 深い意味なんてないんだから!」


リリアは子供の時、シェルアに危ない所を助けてもらったようだ。

その際、惚れたようだった。


「もう! 私の話は良いのよ! 今度はミツキの番!」

「ええ? 恥ずかしいよ」

「外の人がどんな恋愛をするのか知りたいの。私も言ったんだから教えなさいよ!」


女の子達の視線が集まる。

外の人の恋愛に興味があるようだ。

参考になるかな? そもそもわたしはこの世界の人間ですらないのだけど。


「えっと……わたしが好きな人はロアって名前で、騎士をしてる人」

「騎兵じゃなくて?」

「うん。1番隊に居るの」

「1番、ってすごい! すごく優秀な人だね! ……あれ? じゃあ貴族なの?」

「貴族だよ。しかも有名な家。だけどわたしは貴族じゃないから」


ロアの事を話していく内に、改めてロアのすごさを認識する。

こんな辺境の村でもグラスバルトの名は届いているらしく、超身分差恋愛の称号を貰った。

でも当の本人もその家族も、わたしに対して優しく身分差を感じない。


「なれそめは? 何処で出会ったの?」

「草原。倒れてたわたしを保護してくれたんだ」

「ミツキって、何かの被害者なの?」

「う~ん……取り敢えずそんな感じで……」


今日あった人に異世界が、とか言われてもピンと来ないだろうから伏せておく。

それとなく違う世界について聞いてみたが、何も知らないようだった。

ロアの話は恥ずかしいのでそれとなく適当に切り上げる。


「ねえミツキ」


つい、と軽く服を引っ張るリリア。


「そのロアって人、ミツキと付き合ってないの?」

「付き合っては無いよ」

「じゃあ、キスとかした事無いの?」


表情が少しだけ引きつった。

リリアはそれを見逃さなかったようだ。


「キスってどんな感じ!? どんな味がするの!?」

「あ、味?」

「どうやってキスってしたらいいの? した事無いから分からない。教えて?」


そんな事、わたしだって知りたい。

不自然じゃないキスの仕方って、どんなだろう。

味……? 唇を押し付けあうだけなら味はしないけど。

昨日、口開けろって……


「ミツキ? 大丈夫? 真っ赤だよ?」

「……う」

「もうやめなよリリア。言いたくない事を聞くのは良くないよ」


一人の女の子が間に入ってリリアを止めてくれた。

話題が変わったので、赤い顔のまま聞く方に回った。


「……」


言えるわけがない。

ロアの舌はとっても甘くて、蜂蜜みたいだなんて……


「はあ……」


誰にも言えない。


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