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日本食?


村長が留守だと言うので、一旦リツナの家にやって来た。

風馬をリツナに頼んで預かってもらい、村の中を進んだ。

道中遠巻きに村の人から見られたけど、レッド曰くよそ者に対してはいつもこんな対応らしい。

家に着くと、中に入った。

大きなテントの中は小さくて持ち運びができる家具が沢山並んでいる。

椅子は四脚有って、促されるままに座った。


「あの、お二人はどういうご関係ですか?」


レッドの事を姉さんと呼ぶリツナの事が気になった。


「えっとね。リツナは村長の孫なんだ。で、おれの父親は村長のお兄さんなの」

「そうなんですね……つまり、えっと……」

「俺達の子供とリツナははとこなんだ」


ロナントの言葉を聞いて、ロゼさんのはとこ、って事か。と頷いた。

年齢も近そうだ。


「どうぞ」


リツナがお茶を入れてくれた。

普通の紅茶のようだ。

一口飲み、どことなく日本のお茶に似ている気がして眉を寄せる。

レッド、リツナと一緒にお茶を飲む。ロナントも飲んではいるが終始腕を組んで静かにしていた。

そんなロナントが急に目を開け、


「やはり来たか」


それだけ言うと同時にテントの入り口が開いた。

三人ほどの若い男性が簡単な挨拶だけをした後、一人だけ中に入って来た。

男性はわたし達を確認した後、ロナントに話しかけた。


「客人、名を聞こう」

「ロナントだ」

「村は初めてか?」

「何度か来ている」

「はっ、なら話は早い」


男性はロナントの足元に弓を投げた。


「男を見せてもらおう! 俺が相手だ!」

「いいだろう」


弓を拾い上げ、ロナントは男性に付いてテントを出て行った。

リツナもレッドも止める事はしなかった。

全く意味が分からなかったので、レッドに説明を求めた。


「男性に対する歓迎の儀式と言うか……勝負事かなあ」


風の民は一度受け入れた男性の客ととある勝負をし、友好関係を築くようだ。

とある勝負とは、どれだけの獲物を狩る事が出来るかと言うもの。

この村では獲物を取って来る事が男の仕事だ。

つまり狩りが上手い男ほどモテる。

先程の男性は狩りに自信があって、負けるはずないとロナントに勝負を挑んできたようだった。


「ロナントって狩りが上手いんだよ。この村の女の子達に囲まれちゃった事あって置いていこうかと思ったぐらい」

「それは……すごいですね……」

「でもね一回だけ負けた事があって」

「そうなんですか?」

「うん。おれの父さんに」


狩りの勝負で英雄にだけは負けてしまったようだ。

かなり僅差で負けてしまったらしく、レッドに分かる程度に悔しがっていたようだ。


「勝負事仕掛けられたって事は、もう安全かな」

「ええ、外に出ても大丈夫ですね」

「だってミツキ。ちょっと外に行って来ても良いよ」

「えっ、外にですか?」


外……村に興味はあるけど。


「村長が帰って来るまで時間がありますから」


リツナがそう言うので、純粋な興味もあって村を散策する事にした。

帽子は要らないと言うので、何も持たずにテントの外に出た。

色の淡い草原が地平線の向こうにまで続いている。

等間隔に薄茶色のテントが続く。一体この村にはどれほどの人が暮らしているのだろうか。

少し歩くと、チラチラと好奇の視線を住人から向けられる。

本当に皆、黒髪で女性も魔力を持ってるんだ。

遠くから見て来るだけの彼らと話したいとは思えず、足早に通り過ぎる。

進んだ先に、簡単な柵をした場に羊が沢山居た。毛を蓄えてモコモコだ。

違う場所には山羊が、馬が、牛が、柵の中で飼われていた。

もしかしたら風の民はわたしと同じように異世界から来たものだと思っていたけれど、違ったかな。

日本とはかけ離れた光景に溜息を落とす。


「おい! お前!」


荒っぽく声をかけられて、振り向いた。

あの時、レッドと遠くから会話をした青年だった。

隣に黒毛の馬を連れ、緑の眼を威嚇するように細めている。


「こんな所で何をしてるんだ」

「村の、散策を……」

「そんな事して何になるんだ」


少し考える。何かになるとは思ってない。家に帰るヒントがあれば良かったが、なさそうだし……観光に近い気がする。


「暇だから見て回ってるの。不満?」


青年の顔が分かりやすくムッとする。


「お前、名前は?」

「まず自分から名乗るのが……」

「シェルア。で? お前は?」

「……美月だけど」


高圧的な物言いにわたしもムッとしてしまう。

少し睨んでいると、シェルアに腕を掴まれた。


「っ、なに?」

「お前の細足じゃ村全部は見られないだろう。案内してやる」

「はあっ?」


そのままずるずると引きずられ、強制的に馬に乗せられた。

シェルアも乗り込んで、手綱を引いた。


「お前、風の民か?」

「違う」

「血を引いてるだけ?」

「引いてない」

「はあ? じゃあなんで黒髪なんだよ」

「両親が黒髪だから」


わたしが黒髪なのは間違いなく遺伝だ。風の民とか関係ない。

シェルアには分からない話だろうけど、それも知った事か。


「奴隷同士で出来た子供か?」

「奴隷?」

「他国では未だに奴隷制度がある。そこで黒髪は奴隷の証みたいなものだ。知らないって事は違うって事か」


この世界には元々黒髪は存在していなかった。

黒髪は風の民の証。魔力を持つ女性や子供を攫い奴隷にする国もあるようだ。

レッドの働き掛けもあり、被害はもうほとんどないらしいが……憎しみは消えないのか彼らはよそ者を嫌う傾向にある。


「案内するのも良いけど、もう昼だな」

「……そうだね」


風馬に乗って来る途中、休憩はあったが飲み物を飲むぐらいで何も食べてないからお腹が空いた。


「家くるか? 此処から近いし」

「えっ!? あの……わたしはリツナさんの所に……」

「一度受け入れた客はもてなすのが決まりなんだ。遠慮すんな」


馬が踵を返し、全力で走り始める。


「ま、まって!」

「舌噛むぞ」


言われて口を閉ざした。ロアとの旅の途中で舌を噛みそうになった事を思い出した。

色々と言いたい事があったが、戸惑いながらも馬に乗っている事しか出来なかった。




*****




時間にして数分だろうか。

黒馬に揺られ、一つのテントまでたどり着く。

作りはリツナのテントと同じようだった。

シェルアの手を借りて馬から下り、馬を繋いだ後テントの中に入って行った。


「かあちゃん居るか? 客連れて来た」


外から中をそっと覗くと、スタイルの良い40代程の女性が振り向いた。


「ちゃんと仕事して来たの?」

「当たり前よ」

「お客さんは何処かしら?」

「おいミツキ! 早く入れよ!」


大声に驚いてさっと中に入った。


「まあ可愛いお客さんね」

「はじめまして」

「今日の昼食には匂いのキツイ物を出すのだけど、大丈夫かしら?」

「まじで? アレ? 俺は好きだけど客にはきつくないか?」


匂いのきつい食べ物? 何だろう?


「これなのだけど……無理なら言ってね」


お椀が机の上に置かれる。

すでに匂いが部屋中を漂っていた。

わたしはこの匂いを知ってた。

独特の鼻につく強烈な匂い。

わたしは朝食にこれを食べるのが日課だった。


「納豆だあ!」


覗き込んだお椀の中には、少し変わった豆を使った納豆が置かれていた。


「知ってるのか?」

「うん! 大好き!」

「客でこれが好きって奴は初めてだ。箸は使えるか?」

「使える!」


箸を受け取って、お椀の中の納豆をかきまぜはじめる。

かきまぜる感覚が懐かしい。日本では毎日の事だったのに、こっちに来てからやらなくなってしまった行為だ。

にっちゃにっちゃと笑顔でかき混ぜていると、シェルアと目が合った。

とても戸惑っているようだ。


「醤油いる……?」

「醤油あるの!?」

「う……うん」


小さな小瓶に醤油らしき液体が入っている。

試しに少し舐めてみた。


「ああ……しょうゆだ……」


日本に居た頃は使わない日は無かった。

覚えている味よりマイルドな感じだったが、醤油には違いない。


「目玉焼きにかけて食べたい……」

「ふふっ、食べたいなら作ってあげるわ」


言いつつ、フライパンを取り出すシェルアの母。


「いえ、お構いなく!」

「いいのよ。元から作る予定でしたから。納豆食べながら待って居てね」


フライパンを熱しながら、お茶碗にご飯をよそってくれた。

目の前に純日本のご飯の光景が広がり、言葉を失う。


「ここは日本なの……?」

「冷めるぞ。食べないのか?」

「はっ、お米ってすごく高いって聞いた事があるのだけど……」

「村で作ってるからそこまでしないけど」


アークバルトで作られている米と村で作られている米は違うらしい。

村では米が主食のようだ。

安価と知り、上に納豆を載るだけ載せた。

一口、食べてみる事にした。


「いただきます」


一口食べた。

豆の種類が違うためか、歯触りが違ったが間違いなく納豆。

やはりこの村の人達の先祖は、日本から来たのだろうか。

都合よく納豆と醤油があるはずない。


「これもどうぞ」


置かれたお椀にはスープが入っていた。


「これは味噌汁ですか?」

「そうよ。良く知ってるのね」


醤油があるのだから、味噌もあるのが当たり前か。

久しぶりの日本のご飯に手が止まらなかった。

お腹が空いている事もあったけど、美味しくて止まらなかった。

食べている間に目玉焼きが出てきた。

衛生の都合で黄身は半熟では無かったが、それでも十分だ。


「ミツキ、お前……泣いているのか?」

「えっ?」


感動のあまり泣いてしまっていたようだ。

袖で乱暴に目を拭った。


「ごめん、懐かしくて……気にしないで」


此処は日本では無いし、地球でもない。

早く帰りたい。元の生活を取り戻したい。

わたしの願いはそれだけだ。


「……」


食べている間、シェルアがずっとこっちを見ていた。

泣きながら食事をしているから気になったのだろう。

シェルアもわたしと同じものを食べていた。

母親との会話を聞いて、シェルアが村の警備隊に所属している事が分かった。

だから真っ先に来訪して来たわたし達に声をかけたのか。


「ごちそうさまでした」


久しぶりの和食。堪能しました。日本に帰ったかのような気分。

食べ終わった食器をフライパンを洗うシェルアの母へと持っていく。


「まあ、ありがとう。親切なお嬢さん」

「そうですか? 普通です」

「いいえ、シェルアは一度もそんな事をしてくれませんから」

「かーさん! 何を言ってるんだよ!?」


一度も無いのか。それは酷い、と睨むような視線を向けるとシェルアも食器を持ってきた。

案外素直なんだなと拍子抜けした。


「ほら行くぞ」

「えっ、何処に」


手首を掴まれてよたつく。


「村を案内するって言っただろ!」


そう言えばそうだった。


「村は広いんだ! 馬で行くぞ!」

「あっ、待って! 昼食ありがとうございました! お礼にまた来ます!」


シェルアの母に何とかお礼を言って二人でテントを飛び出した。


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