二人の幸せ
ぼんやりと薄目を開けた。
頭がズキズキと痛む。
最後……酔っぱらって……ロアに絡んで、それで……
「目が覚めたか? 大丈夫か?」
ロアが心配そうに覗き込んできた。
ああ此処……わたしの部屋か。
痛む頭をかばいながら上体を起こす。
「うん。だいじょうぶ」
「頭痛いのか?」
「少しだけ」
言うとロアが額に手を当てて回復魔法をかけてくれた。
そのおかげで痛みがすーっと無くなった。
「ありがとう」
「うん。元に戻って良かった」
酔ってた時のわたし、酷かったなあ……
呂律回ってなかったし、何言ってるのかも怪しかったし……
「そうだ! パーティはどうなったの?」
気絶して部屋で寝ていたみたいだけど、わたしはまだ青いドレスを着ていた。
「もう終わって帰った。皆ミツキの事心配してた」
「謝りたいんですが……」
「大丈夫、そんな事を気にする人はいないから」
「でも……」
「気になるなら俺が後で言っておくよ」
ぽすん、とロアの手が頭に乗る。
その手はいつも通り優しくてあたたかいものだった。
「ずっと傍に居てくれたの?」
ロアの服装が変わっていなかった。お腹の部分が切れた服のままだった。
突然倒れて心配させちゃったよね……
「傍に居た」
「そうなんだ、ありがと」
回復魔法をかけ続けてくれたのかな?
やっぱり便利だなあ。回復魔法……わたしも使えるようになれないかな。
「そうだ、明日早いんだった。お風呂に入ってもう寝なきゃ」
明日は風の村に行く。朝早くにロナントとレッドが来るから準備しておかないと。
ベッドから降りようと少し動いた時、ロアがベッドに入って来た。
「ぇ?」
ベッドが軋む。柔らかいマットレスが沈み込む。
ロアが覆いかぶってくる。この光景は、何度も……何度も見た事が……
顎をすくわれ、近い距離で赤の瞳を見つめ返す。
「アルコールが抜けきって無いんじゃないか?」
「……大丈夫だよ」
「酔ってるのにお風呂は良くないだろ?」
確かに良くないかも知れないけど……それ以上にロアの瞳が……
「効率の良い回復魔法をかけてやるよ」
「そんなのあるの?」
「あるよ。口開けて」
聞いた事ないけど。
やらないと離してくれないだろうし。仕方ない。
薄く口を開けると、ロアはにっこりと微笑んだ。そこで鳥肌が立った。
「可愛いなミツキは」
「っ!? むぐっ」
唇が重なった。
開いていた口から舌が入って来てわたしの舌を絡め取る。
「!?」
確かに回復魔法をかけてくれている。体が軽くなる感覚。
回復魔法をかける際には相手に触れて、触れた場所から魔力を流す。
普段、ロアは手から魔力を流していた。でも、今は……口と舌から……
ロアの肩を押して、何とか離れる。
「変な場所から魔力流さないで……」
「内部に直接送ってるから効率は良い」
それだけ言うとまたキスをした。本当に効率が良いのかどうなのかは分からないが、確かに頭はすっきりしていく。アルコールが解毒されていっているのだろう。
口の中で歯並びを確かめるように動くロアの舌にざわざわと肌が泡立つ。
「ふ、ぅ……はっ」
キスの切れ間切れ間で短く息をする。
抵抗はしなかった。しても無意味な事を学習しているから。
ベッドに横たわって上からキスを受け止める。
ロアの手が背中を意味を持ってなぞって行く。
体が内側から熱を持ち始めた事を感じ、どう説得しようか考え始める。
「ろあ、まって……」
「待てない」
何度も口付けているうち、頭がぼんやりしていく。
さっきはすっきりしたのに、なんで……
そこで気が付く。
さっきからロアはわたしに回復魔法をかけている。つまり魔力を流してるって事だ。
もし仮にわたしはもう健康で、治す事が出来なくなったら流され続けている魔力はどうなるのだろう?
もしかして、前と同じように……
「もういらない……っ」
「何が?」
「まりょく……」
「そうか、残念だ」
ちろりと赤い舌で自分の唇を舐めるロア。自分の思惑に気が付いたわたしを褒めるように額に口付ける。
胸からお腹にかけてロアの指先が撫でる。ちゃんとした意味なんて分からない。何を思ってこんな事をしているのかも。
ただ、疎いわたしでも一つだけ理解できる事がある。
「はっ……ろ、あ」
わたしはこの人に求められている。
「ん、ん……」
応えなくちゃ。
「ふ、」
「こんな時だけ素直だよな」
「っ……んっ」
「良い子」
耳元で囁かれるたびに脳が溶け出して行く感覚。
首筋を唇がなぞる感覚に何度か体が跳ねる。
無意識のうちに腕を背中に回し、しがみ付いた。力いっぱい服を握りしめる。
ずっとくらくらしていた。魔力を貰いすぎて脳は思考を止めていた。
「すげえ良い顔」
「……? なんれ、キス……」
「キス欲しいのか」
「……ぅん」
「たまんないな」
わたしは本能で動いていた。
もっと、もっと、気持ち良くなりたい。
ロアの魔力を浴びて、酔えば酔うほどロアが喜んだ。
だから何も間違ってない。ロアが喜ぶ事をする事が正解。
「あ、う……」
「魔力酔いしてる?」
「ちゅうほしい……」
「はいはい」
ねだればねだるほどロアは上機嫌になっていった。
わたしは今、幸せを感じている。
今まで生きてきた中で一番の幸せだ。
好きな人に望まれて幸せに感じない女がいるだろうか。
「なあ、ミツキ」
「んっ……?」
「ずっと此処に居ろよ」
「ここ、にぃ?」
「大切にする。誰よりも……愛するよ」
違う世界の出来事のようにロアの言葉を聞いた。
耳に幕が張っていて、聞き取りにくかった。
「俺と一緒に生きて」
「あっ……だめっ、そこは……」
「居てくれるなら今はやめてあげる」
際どい所をなぞる手を掴んで止める。
何度か荒く息を吐いて、回らない頭で必死に考えた。
もうこのまま身をゆだねて良いか。結局そう結論付けた。
拒否をする頭は残っていなかった。
ロアが喜ぶ事をしたいと咄嗟に思ってしまった。
返事をしないわたしに焦れたのか再び深くキスをする。
舌先から濃い魔力が流れ込んできて、残さず受け取ろうと必死で絡める。
「ずっと一緒だ」
「……ろあ、と?」
「幸せにする。もう頑張らなくて良いんだ」
頑張らなくて、良い?
わたしは何を頑張っていたんだろうか。
ロアが本当に幸せそうに微笑むから、つられて笑う。
「しあわせ……に?」
「俺の傍に居て」
「ろあの、そば」
「愛してるよミツキ……約束する」
……約束?
途端に熱に浮かされていた脳が覚醒した。
「あ……わたし、家に……」
言った途端、ロアは眉を寄せわたしの顎を持ち上げた。
何度目か分からない口付けを受け止める。
そして不機嫌を隠す事をしないロアと対峙する。
「くちあけろ」
身震いと鳥肌。
先程のキスは咄嗟に口を堅く閉じたのだ。
少しでも口を開けるのは危険だと感じ、話す事はせず左右に首を振った。
両手で押さえていたロアの手が動き出す。
「っ! んっ」
やめてほしくて必死に首を振った。
必死に訴えたが、効果は無く声を上げてしまう。
「ひゃっ! んぐっ」
口を開けたと同時にロアの親指が奥歯まで差し込まれる。
閉じる事が出来なくなってしまったので、焦りながら話しかける。
「ロア……約束は」
「………」
「ロア!」
「うるさい! 俺だって好きでこんな事してる訳じゃない!」
親指が引き抜かれる。
今にも泣き出しそうなロアと目が合った。
「胸が痛むんだ」
「ロア……」
「じくじく、って……ずっと……初めてで良く分からないんだ……どうしたら良いのか分からないんだ!」
ぎゅう、と抱きしめられた。
ロアは小刻みに震えていた。
「泣いてるの……?」
「悪い事だって分かってる。でも止まらなかった……失うぐらいなら何でもしてやるって、思ってしまったんだ」
「……ロア」
「ごめんミツキ。約束破ってごめん」
わたしが家に帰るのを手伝う。ロアはそう約束してくれた。
それからわたしは勝手に、ロアと恋人にはならないと決めた。帰る時にお互いにつらい思いをしたくなかったから。ロアは分かってくれたと思い込んでいた。
もうロアは家に帰る手伝いをしてはくれないのだろう。
「いいよ、ロア……泣かないで」
頬を流れる涙を手で拭って、微笑んだ。
「ロアにはたくさん助けてもらったから」
「……怒ってないのか」
「うん」
ロアは風の村に行く事で、わたしが元の世界に帰ってしまうと思ってこんな事をしたのかもしれない。
わたしを帰したくないのか。
「今日も一緒に寝よう? 明日は泊まりで居ないかもだし」
「いいのか?」
「うん! あっ、でも何もしないでよ?」
「しない。絶対しない。約束する」
「新しい約束だね」
二人で笑いあって、指切りをした。
その日はもう遅い事もあってお風呂に入って寝た。
ロアは元気が無かったけど、明日になったら元に戻るよね?
わたしの存在を確かめるようにきつく抱きしめて、ロアは幸せそうに眠る。
それを同じく幸せに感じながら眠りに落ちた。




