手合せ
先にルクスが暗闇から姿を現した。
剣は鞘に納まっているけど、細長い日本刀みたいな形だ。
「暗いな。明るくするか」
ルクスがそう言うと、光る球体が周りにいくつも浮かび上がった。
球体の大きさは手のひらに乗るぐらいで、中をよく見てみると電気がバチバチ爆ぜていた。雷魔法のようだ。
「ミツキ、ミレイラ。何してるの?」
わたしとミレイラの後ろから顔を覗かせたのは笑顔のレッドだ。
「ロア様とお兄様が手合せをするのです」
「何時ものか。審判は居ないの?」
「審判は居ませんわ」
レッドとミレイラの会話途中、大剣を持ってロアが庭に出てきた。
庭の明かりを見たロアが一言、
「こんな事出来るようになったのか」
「このぐらいは失敗せずに出来るようになったのさ」
「雷魔法だろ? 俺もぼんやりしてらんねえな」
ボン! とルクスが作った明かりと同じ数の火球が現れ、庭を照らす。
昼間のような明るさになっていた。
明るくなった庭の中心でロアがルクスに話しかける。
「ルールはどうする?」
「攻撃魔法無し、身体強化はあり。勝敗の付け方は……どうする?」
「戦意を喪失した場合と……剣が手から離れたら負け」
「何時ものルールな。分かった」
その会話の途中、レッドが飛び出した。
孫の二人に飛びついて、笑顔で話し始める。
「おれが審判やる!」
「っ、おばあ様! 審判なんかいらないですよ!」
「つまんない事言うなよルクス。居た方が良いって! なあロア」
「暇なんですね? おばあ様」
「うん! ヒマ!」
暇なのか、とルクスは呟き、ロアはやっぱりな、と笑った。
ロアとルクスは少し離れた場所に立ち、お互いに剣を鞘から抜いた。
レッドはわたしのすぐ隣に立って、片手を上げた。
「ロア・グラスバルト対ルクス・ワイドナ! では……」
二人の体に力が入り、真っ直ぐにお互いを見つめあっている。
さっきまで普通に話していたのに、空気が張り詰める。
「はじめ!」
勢いよく振り下ろされたレッドの腕と同時に、二人は飛び出した。
まずロアの振り下ろしをルクスが避ける。ルクスの横なぎをロアは咄嗟に剣を切り返して弾いた。
弾かれた反動を使って剣を振り上げたルクスはそのまま振り下ろす。
上からの攻撃をロアはギリギリ防御する。
「いいね~ルクス。サボってたロアに勝てるんじゃない?」
とても楽しそうにレッドが言うので、レッドはルクス応援なのだと理解する。
それもそうか、ルクスに剣を教えているのはレッドだろうから。
刃が合わさる音が続く。肉薄しているようだ。
危ない事は何も無いと分かってはいるがひやひやする。
わたしは暴力が苦手だ。この世界には魔法があって悪人を取り締まる為には騎士が必要な事は分かる。
それでもロアに、危ない事はしてほしくない。
危ない所を何度もロアに助けられた。それなのに、そう思ってしまう。
「っ!」
ルクスの剣を皮一枚で避ける。ロアの服が真横にばっさり切れ目が入る。
思わず悲鳴を上げそうになり、両手で口を押える。
その様子を見ていたレッドが心配そうに、
「こういうの苦手?」
と言うので何も言わずに頷いた。
日本は子供から危ない事を徹底的に排除しているような国だから、余計にそう感じるのかもしれない。
「苦手では駄目でしょうか」
ロアもルクスも真剣で、でも楽しそうで……蚊帳の外から見て、苦手だと思っている事がおかしなことのように感じる。
「別に苦手でもいいんじゃない?」
「えっ……?」
「ナタリアも苦手だったよ。ほら、家の男は幼少期は怪我が絶えないから。ロアもだけど。怪我を心配してくれる存在は必要だと思うよ」
父親から剣術と魔術を教わって、失敗して怪我をして……父はそれを心配しない。
何故なら怪我がすぐに治る事を自身も良く知っているから。
「怪我をしても、立て! なんて言う鬼畜な母親はおれだけで十分」
「レッドさんも……怪我を?」
「子供の頃は怪我しない日なんて無かったよ。父さんの教え方は今思えば過激だったから」
レッドは少しだけ笑った。過去を少しだけ悔いて居るようにも見えた。
「優しい母親にもなれなかったし、優しいおばあちゃんにもなれなかったなあ」
「そうでしょうか」
「うん?」
「レッドさんは優しいおばあちゃんだと思います」
「どうしてそう思うの?」
「レッドさんが怒るのって、わたしがロアに何かされそうになった時とか、ロアの将来を案じての事ですよね? 勝手に家を出た事を怒っていた事もそうです。相手の為に怒る事は必要でしょうから」
きょとんとした大きな赤い眼に見つめられる。
何か気に障るような事を言っただろうか?
事実を言っただけだ。レッドが怒っている時、それは誰かの為に怒っているのだ。
「ミツキは……面白いね」
「そうですか?」
「それに優しい。あ、もう終わるね」
明るい庭の中心で、刃を合わせじりじりと押し合いを始めた二人。
二人とも、呼吸は荒い。
「腕を上げたな」
「お前もな、ロア」
パン、と剣が弾かれる。
ルクスは距離を取る為身を引くが、ロアはそれを許さなかった。
「なっ」
真っ直ぐに近付いて、剣を振り上げた。
狙うは……剣を握る手。
大剣に弾かれた細剣は反動でくるくる回転しながら、地面へと突き刺さった。
大剣の切っ先をルクスの喉元に突き付けて、鋭く睨む。
そのロアの姿に心臓がうるさい位に音をたてはじめた。
本当は苦手だ。争い事なんて。でも、ロアがあまりにもわたしの目を引くから……ついつい見てしまう。
目を背ける事が出来ない。
「俺の負けだ。はあ、残念だ。勝てると思ったのになあ」
「何度もヒヤッとしたよ。やっぱり素振りだけだと限界があるな」
言いながらロアは剣を鞘に納めた。
ロアが勝った事は嬉しい。苦手な物は苦手だけど、凄いものを見たと興奮もしている。
「残念。ロアの勝ち~」
「おばあ様……残念がらないで下さいよ」
「服装だけ見るとロアが負けたみたいだね」
ロアは丁度お腹の辺りが切れていたが、ルクスは何処も怪我をしていなかった。
「じゃあ、俺の勝ちか?」
「んな訳あるか!」
二人のやり取りを見て笑った。兄弟みたいで微笑ましい。
……弟は元気だろうか。ゲームばかりしてないで勉強してるだろうか。
隣で観戦して居たミレイラは勝利したロアに祝福、負けたルクスに労いの言葉をかけていた。
「お兄様もまだまだねっ!」
「その言葉が身に染みるよ……いけると思ったんだけどなあ」
ルクスが肩を落とした。悔しいみたいだ。
なんだか、体が熱い。白熱した勝負に火照ったのかな?
コップの飲み物を飲み干して、もう一杯貰いそれも飲み干した。
一瞬だけ視界がぐらついた。
「……?」
「ミツキ」
「ふあ、ロア……勝てて良かったね」
「当然」
勝てた事を当然のように胸を張るロアにふにゃふにゃ笑う。
ロアが楽しそうでよかったー。わたしもうれし。
「顔赤くないか?」
「へ? そーかな?」
確かに今、体が熱いけど。
でもそれは興奮してだから。すぐもどるー。
とっても心配そうな赤の瞳と目が合った。
「なぁんでもないよぅ」
「ミツキ……?」
「うにゅう?」
ロアの冷たい手の平が頬を包むように触れる。
ロアの手ってあったかい事の方が多いけど? 今日は冷たいね。勝負で汗かいたからかな?
「熱あるのか? 風邪でも引いたのか?」
「ぅえ? かぜぇ? ちがうよぉ。きぶんいーよ?」
今の気分はサイコーに良い。お空だって飛べちゃいそうだよー。
椅子に座ったままぴょこぴょこ跳ねると、ロアが絶句した。
「そんな事ミツキはしないだろ!」
「うええ? するー。するよお」
「話し方もおかしいし……まさか!」
ロアが空になっているわたしのコップを取って、底に少しだけ残っていたオレンジジュースを指で取って舐めた。
「酒じゃないか!」
「ちがうー。じゅーちゅ」
「ジュースじゃない! アルコール! 誰だよ勧めた奴! 今、回復魔法かけてやるから」
「あるこーる?」
アルコールって、お酒? わたし今までお酒飲んでた?
あれ? 何杯飲んだ? すごくたくさん飲んで……
途端に目の前がグラグラ揺れ始める。
「しゅごい! かげぶんしん!」
「はあ? っておい! ミツキ? ミツキ!?」
ロアが五人ぐらいに見えた光景を最後に意識を失った。
最初に感じた変な味って、アルコールだったみたい。知らなかった。




