それぞれの会話
部屋に現れたロゼを見たパーティの参加者は、一様に挨拶に向かった。
挨拶をする順番は大体決まっており、身分の高い順だ。
この場合、一番最初に挨拶するのは陛下と妻のレン。
「陛下。この度はお越しいただき……」
「いいよ。突然だったし、迷惑かけたよねごめん」
「そうよクローム。ロゼに迷惑かけっぱなしじゃない!」
「今日はレンのお供みたいなものだから。お義兄さんって呼んで」
「そう言う訳には……」
ロゼはますます疲れた表情を浮かべている。
グラスバルトは陛下に仕えている身分だから、お義兄さん呼びは無理だと思う。
次に挨拶するのはロゼの両親のロナントとレッド。
「お疲れロゼ」
「ありがとうございます、母上」
「集まりを開くのは大変だろう。レッドの我が儘に付き合わせて悪いな」
「何その言い方っ」
「たいしたものは無いですが楽しんで行ってください」
そう言えばこう言う家族間の集まりはレッドが子供や孫に会いたいからだって言っていた。
じろっとレッドは睨みつけるが、ロナントは何処吹く風で睨まれる事に慣れ切ってしまって居るのだろう。
次はライトの一家だ。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「久しぶりだなイザベラ」
「はいっ、お久しぶりです」
ロゼとイザベラの間にライトが入る。
「……ライト。昼に会ったきりか?」
「ええ、兄上。久しぶりに実家に帰りましたよ」
「何時でも好きな時に帰ってくればいいだろう」
「理由もなく帰るのは難しいですよ」
言ってライトはニコニコと笑った。
仲の良い兄弟に見える。
ライトの背中に隠されてしまったイザベラはとっても不満そうだ。
参加者全員の挨拶が済んだところで、乾杯となった。
ナタリアに貰ったオレンジジュースを持って、周りの皆に合わせた。
終わるとすぐにミレイラが近寄って来た。
「ねえミツキ。あなた年齢は?」
「17歳です」
そう言えば、この世界にはカレンダーは無いのだろうか?
来年と言う概念はあるのだろうか?
「そう! ならわたくしと同い年ね!」
「同い年なの? へえ……」
ミレイラもロアと同じく本来の年齢よりも幼く見えた。
本人に言うと怒りそうだったので飲み込んだ。
「なら、敬語はやめにしてお話ししましょう?」
「え? えーと……」
「ミツキは他の世界から来たのでしょう? どんな世界なの?」
「どんな? うーん……」
まず大前提として、魔法が無い世界の事を伝えた。
剣を使って戦う人も居なくて、馬車も走っていなくて車が走っている。長距離移動には電車や飛行機がある事。冷蔵庫やテレビ、電子レンジなどがあって生活がとても豊かな事。
ミレイラはずっと首を傾げていた。
わたしの言い方も悪かったみたいで、理解できなかったみたい。
「わたしは学校に通っていたの」
「学校!? どんな? 制服とかあるのかしら?」
「あ、うん……えっと……」
突然食いついて来たので戸惑いながらも説明をする。
わたしが通っていた学校は県立の普通学科。勉強は可も無く不可も無くだろうか。
制服は紺のブレザーだった。中学生の頃セーラー服に憧れていたけれど、その高校は偏差値が高くて諦めた思い出がある。
「わたくしも学校に通っているの!」
「そうなんだ。どんな学校?」
「国立王都女学院よ! 貴族令嬢しか入れないの!」
貴族令嬢限定で、淑女を育てる学校らしいが中では貴族の陰謀が渦巻いているらしくミレイラはあまり好きではない様子だった。
ミレイラは入学当時、自分の家族の事を絶対に言わなかったそうだ。
自分の父が王都騎士隊、3番隊隊長で現元帥の弟である事や、兄が3番隊所属な事、それからロアや王子殿下の従姉妹である事。
しかし何処からか情報は簡単に漏れてしまったようで、ミレイラは令嬢に囲まれた。
「わたくしとお友達になりたい、ですって! ロア様や殿下とお近づきになりたいだけだわ! そんな方とお友達になれると思いまして!?」
「なりたく、ないよね……」
「ミツキ、わたくしの気持ちが分かるのね!?」
下心満載な令嬢もどうかと思うけど……ミレイラも大変なんだなあ。
ちなみにこの国立王都女学院と、ロアが通っていた王都騎士養成学校は姉妹校らしく何かと行事が被るそうだ。
「一応友人は作りましたけど、いまいち信用が出来なくて……」
「貴族は大変なんだね……」
わたしも友人は居るけど、信用はしてたよ。
カラオケにも行くし、甘い物を食べに行ったり、遊園地に行ったり。
そう言えば美味しいパンケーキ屋さんが出来たって言ってたけど……結局行けなかったなあ。
「パンケーキとはなんですの?」
「ホットケーキをふわふわに焼いて甘いシロップをかけた物だよ」
「ホットケーキとはなんですの?」
「えっ……う~ん……」
存在を知らない人にパンケーキの説明が難しい。
そもそもパンケーキとホットケーキの違いって何? 説明してる方の知識も足りない。
「小麦粉を牛乳と卵でといて、フライパンで焼いたもの?」
「へえ! 聞いた事無いわ!」
「焼き終ったらバターとか蜂蜜とか、お好みでフルーツとか載せるの」
「美味しそうだわ!」
ミレイラはパンケーキに興味津々のようだ。
美味しい物には興味が沸くよね。分かるよ。
わたしも異世界に来てから食べた物で美味しかったものは覚えているから。
ミレイラは簡単な作り方だけわたしから聞き出して、
「少し待って居て!」
そう言って何処かに行ってしまった。
ふと後ろを見る。
ミレイラと話している間、会話に入らずロアはわたしを監視するように背後に立っていた。
「怖いよ、ロア」
「俺の予想出来ない行動をしてくるから、街の警備よりも気を張ってるよ」
「何も起きないでしょ?」
「起きてるだろ、何時も」
ロアがこんなに嫉妬深いとは思わなかったな。
手に持っていたジュースを一口飲んだ。
……なんか、変な味がする。朝飲んでるのと違うものだったかな? 飲めない事無いからまあいいか。
「何か食べるか?」
「うん。お腹すいた」
置いてある小皿に食べたい物を取り分けて食べ始める。
エビのサラダ。エビが大ぶりで食べごたえがある。野菜も新鮮でシャキシャキだ。
ロアは早速お肉を食べている。好きだね。
何のお肉かな? 気になって一口貰った。
……牛っぽいような気がする。しかもいいお肉。脂乗ってて和牛っぽい感じ。
好きな物を適当に食べつつ、他の人がどうしているかを観察した。
「陛下、さあどうぞ!」
「ありがとうイザベラ」
「いえいえ」
イザベラは陛下にお酌していた。
陛下はニコニコ笑っている。
「イザベラも飲んで」
「あら?」
「これ、すごく美味しいんだ! オススメ!」
陛下は涼しい顔をしているが、イザベラはすでに真っ赤な顔をしている。
最高位の魔力を持った陛下にアルコールは効かないが、イザベラはそうではない。飲み過ぎたのだろう。
その隣に居るライトが心配そうな目でイザベラを見つめている。
「ライト。あなたも大変ね」
「姉上……もう慣れました」
「回復魔法かけてあげたら?」
「まだ大丈夫ですよ。イザベラはああ見えて酒豪なので」
同じく陛下の隣に居たレンとライトが話していた。
お互いに自分の伴侶を気にしていた。
ロゼとロナントは遠くで話していた。
何を話しているのかは此処からでは聞く事が出来ない。
フリーになっているレッドは孫のルクスにちょっかいをかけていた。
「おールクス。夕方ぶり」
「ああ……おばあ様」
「どう? ロアみたいに好きな子出来た?」
「出来ても多分おばあ様には言わないです」
「なんで!?」
レッドに問い詰められているルクスを見ていると、ロアに腕を引かれた。
ロアの、またルクスの事見てたの? と言う視線に気が付き眉を下げた。
反応早すぎない?
「これ。食べてみて」
食べたいだけ食べ終わって、妙な味のするジュースを飲み干してメイドにまた同じ飲み物を貰った。
ロアが差し出して来たのはワッフルだった。
既に生クリームととろりとしたシロップがかかっている。
一口サイズにナイフで切ってから口に入れた。
「ふあ、あま」
外はカリカリ、中はもっちり。本当に此処のシェフは腕が良い。
それに……この甘さは……
「はちみつ?」
「正解」
ロアと旅の途中で立ち寄った村、フロラリアで買った蜂蜜を使ったそうだ。
道理で味に覚えがあるはずだ。
「他にもこのケーキと、プリンとクッキーにも使われてるってさ」
「わー! ……美味しそうだけど太りそう」
全部食べたいけど絶対太る。どうしたものか。乙女の悩みどころ。
取り敢えずプリンを選んで食べた。なめらかな舌触りに蜂蜜の甘さがかなり合う。
「そう言えば、図書館どうだったんだ? 何か分かったのか?」
「あ……うん」
「聞かせてくれるか?」
図書館での事、話しておいた方が良いよね。
気は進まないけど……
ロアと向き合って話を始めた。




