従兄弟から見たロア
「ルクスさんはロアと同い年なんですか?」
「うん? そうだけど。学校も同学年で卒業したし」
「えっと……騎士学校? ですか?」
「そうだね」
ルクスはライトと同じく人好きする笑顔で会話をしてくれる。
わたしは今どんな表情をしているだろう? 強張ってないだろうか。
「ロアは同学年の連中からは天才って言われてたかな」
「天才……」
ロアは騎士学校ではトップの成績だったって言ってた。
でも自分の事を天才とは言っていなかった。
「剣術、魔術、座学……何に置いても上に立っていた」
「ルクスさんは……」
「俺? 俺が唯一勝てるのは剣術ぐらいかな。負ける方が多いけど」
ロアは勉強も出来たし、剣術も魔術もすごいのか。
ルクスはレッドに剣術を習うようになってからロアと対等に剣で勝負できるようになったようだ。
「でも……ロアは天才でない事を俺は良く知ってる」
ロアがグラスバルトの男児として自分は並み、と言っていたのを思い出した。
ルクスとロアが出会ったのは、お互い10歳の時だった。
最初、ルクスはロアの事を達観した子供だと感じた。
もうそこに行くべき道があって、それに従って進んでいる。ルクスと違い他の道を選ぶ事は出来ない状況だった。
「俺とは違って、何もかもスパルタだったと思う。だから、出来る事が当たり前なんだ」
「次の元帥になるために?」
「父上が言っていたんだ。グラスバルトは長男と次男だと、教育が少し違うと」
長男は何から何まで教育を施すけれど、次男は必要な教育だけで後は自由にさせるようだった。勿論次男にも元帥となるべく教育をするらしいが、質と密度が違う。
次男であったライトの自由時間は全てレッドとの時間になったらしく、剣術と魔術に置いては兄のロゼより優秀らしい。
「父上は雷魔法が扱えるたった一人の人間なんだ」
「雷魔法?」
「うん、こう……電気でバチッと」
ルクスの右手と左手を電気がバチバチと走る。
静電気でルクスの金の髪がふわりと浮いた。
「わあ! すごい! 科学博物館みたい!」
「? 科学?」
「あ、ごめんなさい……気にしないで下さい……」
昔遠足で行った科学博物館で電気でバチバチする水晶玉があったはずだ。手をくっ付けた所に電気が当たる物。それを思い出した。
と言うか……
「ルクスさんも雷魔法使えるんですか?」
「うん。見よう見まねで覚えたけど、すっごく難しい」
「難しいんですね……」
「出力間違えて何度も黒焦げになった経験があるよ」
「ええっ? 大丈夫なんですか……?」
電気とか雷とか、感電したら命にもかかわりそうなのに、ルクスはちょっとした失敗程度で笑いながら語っていた。
ルクスは回復魔法が使えるようで、黒焦げになっても平気なようだ。
ちなみにライトは完全に使いこなしているらしく、失敗する事は無いらしい。
雷魔法は攻撃速度は光と同じで避ける事はまず出来ない上に、相手へのダメージも大きい。攻撃範囲も広く戦場では大活躍しそうな魔法だが、扱いが難しく今の所ライトしかまともに使えないようだ。
「良かった」
「? 何がですか?」
「元気になったみたいで」
電気バチバチを見て感動と共にわたしは笑顔になっていたようだ。
今もまだ重たい気持ちだけど、少しは軽くなった。
「ルクスさん、ありがとう」
「うん」
笑顔のルクスにそのまま見つめられる。
綺麗な顔だなあと、思わず観察してしまう。
父親のライトと似たまさに絵に描いたような美しい顔だ。
ロアと似てるけど、ロアは少し野生味があるような顔だから……どっちもカッコいい顔なのだけど。
「ロアが旅から帰って来て、思ったんだ」
そう言って、ルクスは少し寂しそうな表情をした。
「ロアは大人になった。俺は置いて行かれたんだって」
「……ロアが大人に?」
「旅から帰って来て、変わったよ。性格も少し変わったかな」
旅に出る前のロアは自分の事が第一で、ただがむしゃらに元帥を目指して来た。
ルクスもそうだがロアもまだお互い子供だと思っていた。
だが、長期休暇後のロアはもう子供では無かった。
一人で勝手に大人になっていた。
「ロアが急に大人になったのは、きっと守るものが出来たからだって今分かったよ」
「……」
「ミツキさんの存在がロアを成長させたんだね」
「わたしは……そんな……」
ロアは最初から大人だと思っていたけれど、違ったのかな。
旅先でわたしと出会ったから大人になった? 本当に?
わたしとの約束をずっと守っていてくれているけれど、ロアはわたしをどうしたいのだろう。
ロアは大人だから、何も言ってこない。
「ロアが大人になってしまったのは……わたしが甘えすぎたからです」
この世界に来てから、何時も誰かに甘えている。
そうでないとまともに生きて来られなかったから。
ロアに甘えるのはやめよう。わたしだって一人で……
「ロアに甘えるのやめるとか思ってる?」
「え……」
「それはやめた方が良いよ。ロアの奴、ミツキさんにべた惚れだから。逆に甘えてもっと長い時間一緒に居た方が良い」
「なっ、なんで……何処まで聞いてるんですか?」
「ロアとミツキさんの事? えっとね……」
旅先で惚れた女を連れて帰って来たのは良いが、そいつは家に帰りたいと泣く。
家に帰る方法を探していて、何時帰るか分からないから少しでも一緒に居たい。
「甘えてくる仕草は控えめで愛くるしいって言ってたけど」
従兄弟に何を言ってるの!? 恥ずかしい! 顔が熱い……!
ルクスは変わらずニコニコ笑っている。
「ミツキさんに拒否されるとへこむみたい」
「わたし拒否してないです」
「一緒に居たいって言ったらダメだって言われたって。数日前の事だけど」
数日前……? エッチな気持ちになりかけた時の事かな。確かに拒否したけど。
そう考えると思い当たる事が多すぎてどの出来事なのか分からない……
「ミツキさんの事はロアから聞いてるよ。違う世界から来たんだって?」
「はい……信じてもらえないかもですが」
「疑わないよ。ロアが信じてるから。何の力にもなれないかも知れないけど、気軽に頼って。一般人よりは強いから」
ルクスは3番隊所属だから、一般人よりは強いだろうけど……
はあ、と溜息を漏らす。まだ頬に熱が残ってる。
わたしは普通の女子高生なんだから! 愛くるしくなんかないんだから。
頬に手を当てて熱を逃がしていると、
「あ、睫毛ついてるよ」
「何処ですか?」
「取ってあげる。ちょっと待って」
睫毛は目の近くだったみたいで、目に向かってルクスの手が伸びる。
必然的にきゅっ、と目を閉じると少しだけ手が目の近くに触れた。
それ以降なんの刺激も無いので目を開けると、ルクスが興味深げに
「髪も黒いと睫毛も黒いんだ。おばあ様もそうだけど……ロアもそうなのかな」
「ルクスさんは金色ですか?」
「うん。見てみる?」
ルクスが目を閉じたので、顔に顔を近付ける。
本当に金だ。綺麗。わたしの周りには髪も睫毛も黒しか居なかったから新鮮だ。
睫毛の一本一本が光を反射していた。
その姿に絵画の天使の姿を思い起こしていた。ああ言う天使って絶対に金髪に白肌だよね……
まじまじと見ていた時だった。
「ミツキ」
勢いよく肩を掴まれた。
声色から不機嫌である事が窺える。
「ルクスと何してんの?」
「あっ、あのロア……」
「俺も仲間に入れてよ」
ロアはしっかりと微笑んだ。しかし、目が笑ってない。
嫌な感じがして背筋が伸びた。
嫉妬? 従兄弟に対しても嫉妬するのか!?
「お前が妹ばっかり構うから、ミツキさんが暇してたぞ」
「今の状況の説明を求める」
「睫毛だよ。俺って金の髪だから睫毛も金なのか? ってミツキさんが興味を持っただけ」
理由が理由になっていないと判断したらしく、ルクスに敵対感情を向け始めるロアの腕に飛びついた。
「やめてロア! 従兄弟でしょ!」
「だから危ないんじゃないか?」
「何が危ないの!? 普通に話してただけだから! ね?」
ルクスがポカンとわたしとロアを見る。
飛びついたわたしをロアが抱き止めた。
周りには抱き合って居るように見えるかもしれない。
「ちょっ、ロア!」
「あー! やっぱダメだ! 部屋に閉じ込めておきたい!」
「何言ってるの!? 冗談でも怖いよ!」
何故かぎゅうううと強く抱きしめられて離れようと足掻く。
いちゃついて居るように見えるから! そんなつもりないから!
暴れるわたしを押さえつけて、わたしの耳元にロアが唇を寄せる。
そしてわたしにしか聞こえない声量で囁く。
「冗談じゃないって言ったら、どうする?」
ぶわっと鳥肌が立ちあがる。
やる気ならやれるのだろう。わたしを部屋に閉じ込めて、メイドに一日中見張らせておけばわたしは何処へも行けない。わたしには抵抗する力も殆ど無いと言って良い。
「ロナントさんと同じ事してる……」
レッドを軟禁しようとして失敗したロナントの話を思い出して呟くと、ロアの嫉妬に駆られた笑顔が吹き飛び、途端に無表情になった。
「ロ、ア……?」
「心を惑わす天才か?」
「えっ」
「俺に思い悩めと言うのか? 此処まで精神を乱された事は無い」
意味が分からず、真っ青に。
普通に会話してるだけなのにどんどん悪化して行く……!
何か言ってはいけない事……
「おじい様と図書館は楽しかった? なあ、ミツキ」
「ひ、ぃ」
ロナントが禁句だったか!
朝の出来事をロアはまだしっかりと覚えているようだ。
どうしよう、誰かに助けを呼ぶか?
その時、思いがけず助けが入った。
「ロア様? 何をなさっていらっしゃるの?」
ミレイラだった。
再び笑顔を張り付けたロアがミレイラと話し始める。
「なんだよ。もう話は終わっただろう?」
「ええ。ロア様のお考えとミツキの状況についてちゃんと教えていただきましたわ」
更にロアの腕がきつくなる。苦しいぐらいだ。
現在の状況が良く把握できていないミレイラが、笑顔で再び話し始める。
「ミツキと仲直りがしたくて。酷い態度を取ってしまったから」
ロアがとても変な顔をした。
察しの悪いミレイラに呆れの感情。もがき続けるわたしに嫉妬の表情。状況を把握して静観しているルクスに威嚇の表情。全部が合わさった少し間抜けな表情だ。
「少し話しましょう? 駄目かしら? もうわたくしの事は嫌いになってしまったかしら……」
「いえ! そんな事は無いです! 話しましょう!」
「まあ! ありがとう!」
そこでロアの腕が緩んだ。
慌てて抜け出してミレイラの手を取った。
ロアと離れて向こうで話そうとミレイラと話している時、扉が開いた。
屋敷の当主であるロゼが部屋に入って来た。




