金の眼
夕方になった。
大広間を使い、立食式のパーティをするようだった。
ほぼ準備は終わっており、後は参加者を待つのみだった。
わたしは玄関で皆の出迎えをする事になった。
今回のパーティはロアが帰って来た事がメインだが、わたしの紹介も兼ねているようだった。
わたしは別に……ロアとどうにかなるつもりなんてないのに……
「残念だけど、ロザリアは来られないみたい」
「……ロザリアさん?」
「ロアの姉よ。まだ子供が小さいから遠慮したみたい」
えっと……ロアのお姉さんは結婚してて、子供がいるのか。
ロアには甥っ子姪っ子が居るのか。可愛いだろうな。
すっかり元気になったナタリアがロアの姉……自分の娘について教えてくれた。
「ロザリアはすごく野性的な子で……夫の事も自分から好きになって無理に結婚したような子だから……」
「や……やせいてき……?」
野性的な御令嬢って……どういう感じだろうか? 全く想像が出来ない。
他の招待者は来るようだった。
最初に来た、というか帰って来たのはロアだ。
「ミツキ、そのドレス似合ってる」
「うん……ありがと」
わたしが着ているドレスは前回の大人っぽい真紅のドレスと違い、明るい青色で可愛らしいデザインの物だ。髪飾りに同じく青のリボンを付けている。
ロアはナタリアに促されて着替えに行った。
「今日はどなたがいらっしゃるんですか?」
ナタリアに聞くと、優しく教えてくれた。
まず、ロナントとレッドの夫婦。ライトの家族。それからロゼのお姉さん、ロアから見ると伯母さん。
改めて聞くと少ないが、家族の集まりだからこれでいいのだろう。
「あの……ロゼさんのお姉さんってどんな方ですか?」
わたしが唯一知らない人だから、失礼が無いように聞いて置かないと。
レッドの話では王族の方に嫁いだって言っていた気がする。
するとナタリアはうっとりするような表情で、
「とっても素敵な方よ」
頬に手を当て、恍惚の表情。
えっ……と……つまりどんな人だろうか。
まるで恋してる乙女のような顔だった。
わたしはすぐにその理由を知る事になる。
「奥様。レン様がいらっしゃいました」
執事が言うと、ナタリアはとても嬉しそうな表情を見せる。
レン様……? お姉さんの名前だろうか?
玄関の扉がゆっくりと開き、女性が一人入って来た。
茶色の短い髪に、ロアと似た赤い瞳。肩まで大きく開いた漆黒のドレスを身にまとい、ゆっくりと微笑んだ。
「ナタリア、久しぶりね」
その顔立ちは、レッドととてもよく似ていた。
年齢は20代前半ほどに見える事から、最高位魔力保持者である事が窺える。
レッドとの違いをいうならば、髪の色と見た目の年齢、それから鋭い目、だろうか。
母であるレッドは大きな可愛らしい目だが、父親の格好良い切れ長の目を受け継いだようだ。
「は、はいっ、レン様お久しぶりでございます……!」
「ふふ、相変わらず可愛いわねナタリア」
食べちゃいたいくらいだわ。
ぐらり、と頭を中からハンマーで叩かれたような衝撃。
聞き間違いか? そう思いナタリアを見ると、真っ赤な顔で満更でもない様子。
ナタリアには夫も娘も息子も居たはずだ、どういう事だ!?
レンはナタリアの顎をすくい、じっと目を合わせ始めた。
ナタリアは耳まで真っ赤だ。
見ているわたしまで変な気持ちになって来た。
これは……そうだ、アレだ。
宝塚の男役。
同性なのに格好良くて、恋をしてしまうような危うさがある。
ナタリアが、レン様カッコイイ、と言っていたのは黄色い声のようなものなのかも知れない。
「ちょっとー、レン! 呼び止めたのになんで先に行っちゃうの!?」
薔薇が舞う世界から二人を呼び戻したのは、後から入って来た一人の男性。
明るい茶色の髪に、金の眼。年齢はやっぱり20代前半。ぴしっとした正装を身にまとい、困ったような表情を浮かべている。
「あら、クローム。居たの」
「居たのって、馬車で隣に座ってただろ!」
「そうだったかしら?」
先程と打って変わり、女性らしくふわふわ笑うレン。二面性があるのだろうか?
男性……クロームに気が付いたナタリアが慌てはじめる。
「あ、あ、申し訳ございません! へ」
「ああナタリア。今日は名前で呼んでおくれ」
「えっ?」
「今日僕は妻の実家に付いて来ただけだから。肩書きで呼ばれるのも肩が凝るんだ……お願い出来るかな?」
クロームが整った王子みたいな顔でナタリアにお願いした。
レンは何故か疑惑に満ちた顔で夫を見ている。
「はい……そういう事でしたら……お名前で呼ばせて頂きます」
「ありがとう」
何故かレンはずっとクロームの事を疑う視線で見つめていた。
そこで、二人の視線がわたしに向いた。
思わず背筋が伸びた。えと、挨拶しなきゃ。
「美月と申します。初めまして!」
「勢いが良いね! 僕はクローム。それでこっちが……」
「レンよ。お母様から話は聞いているわ。ねえクローム」
「うん。アーク様に色々と聞きたいんだってね」
二人は優しい笑顔を浮かべている。頼って大丈夫なのかな?
こくこくと頷きながら、とっても目を引くクロームの金の瞳を見上げた。
吸い込まれそう……宝石みたいでとっても綺麗だ。
「ごめんね、すぐに聞いてあげられなくて……理由があってすぐにアーク様と交信出来ないんだ」
「そうなんですか」
王家の……陛下となら会話する事が出来るんだっけか。
そんなに頻繁に出来なさそうだし、時間も限られていそうだから、仕方ない。
わたしよりも国の方が大切だろうし。
聞けたらすぐに言うね、と笑顔でクロームが言い、レンも後ろで頷いた。
クロームとレンの夫婦は、意外とお似合いだった。
宝塚的な要素を持っているレンだったが、クロームと居るとボーイッシュな女性の枠に収まる。クロームは背は高いけど、少しなよっとしている感じがある。体は鍛えていないのかもしれない。
お互いに無い部分を補い合っている良い夫婦に見えた。
「ところでー……ミツキ」
「はい」
「ロアの事どう思ってる?」
クロームの目がきらりと光った気がした。
唐突な質問に、脳がフリーズする。
どう……どうって……? 何が聞きたいの?
「闇オークション会場摘発。君これの被害者でしょ?」
「あ、あー……はい。そうですけど……」
連れ去られて売られそうになった事は、まだ記憶に新しい。
クロームは笑顔のまま続ける。
「噂になってたよ。ロアが被害者の女の子と抱き合ってたって」
「……はっ」
「しかもその子はグラスバルトが保護してるって言うからもっと噂になってて……」
「どんな……噂ですか……?」
確かに抱き合った。泣き叫んだ記憶もある。
それにちゃんと保護もされてる。毎日お世話になっている。
クロームは笑顔だ。その笑顔が今は怖い。
「君がロアと結婚するんじゃないかって。ロアを狙っていた御令嬢は阿鼻叫喚! 地獄絵図だったね!」
「そっ……そ、れは……」
「まあそれは良いとして」
ロアを狙っていた貴族令嬢……かなりの数が居たのだろう。
阿鼻叫喚に地獄絵図!? それは良いだって? 良くない、何も良くない。
冷や汗が背を流れて行く。
「ミツキはロアの事どう思ってる?」
最初の質問に戻って、体が硬直した。
金の瞳に見据えられ、引きつった笑顔のまま答えを探す。
クロームは貴族……だよね。答えによっては厄介な事になりかねないんだよね?
「ロアは……その……」
「うん」
「えっと……」
笑顔の金の瞳。迷いに迷った挙句、ロアに聞かれないならと吐き出した。
「わたしっ、ロアの事好きですっ、それ以上は分かりません!」
「……へえ! じゃあもしロアが」
「ちょっとクローム!」
苛立った顔でレンはクロームの頭を鷲掴みにした。
クロームの笑顔に、一瞬焦りの表情が出たのを見逃さなかった。
「こんな若い子を虐めないでよ。娘や息子と同じぐらいの年齢じゃない」
「いやー……僕は甥っ子のために一肌脱ごうと……」
「脱ぐのはベッドの上だけにして」
そのまま強制的にクロームは離れて行った。
すごい手の力だなと感心した。もしかしたら身体強化魔法をレンも使えるのだろうか?
「ごめんねミツキ。クロームの言う事は気にしなくていいわ。後でお仕置きしておくからね」
「いえ! そんな……大丈夫です」
レンの話によると、クロームは婚約者の居ない男女の仲人を積極的にしているお節介おじさんらしい。おじさんという見た目ではない。
どうやらわたしとロアをくっ付けたかったようだ。
「行くわよ。ナタリアまたね」
「あっ、ご案内します!」
「大丈夫よ。場所は分かるから」
「あっ、でもその、へ……クローム様がいらっしゃるので」
「ああ、ナタリアは優しいね! ありがとう!」
レンがクロームを一睨みする。クロームは笑顔を絶やさない。
ナタリアは変わらず慌てた様子で二人を案内していった。
三人の姿が全く見えなくなったタイミングで、セレナがこそっと耳元に囁いた。
「ミツキ様、先程のクローム様ですが……」
「うん? どうかしたの?」
「金の眼はご覧になられましたか?」
もう散々見た。こくりと頷く。
「金の眼を持っているのは、とある一族の直系のみです。覚えていらっしゃいますか?」
金の眼……? 金の眼で思い当たるのは、バルト家の四男ルーアが神から力を貰って黄金に変わった……
まさか……!
「基本、瞳の色は赤青緑です。金とはつまり、王族。それも直系。もうお分かりですか?」
「国王陛下……?」
「はい。レン様は当時まだ王子殿下だったクローム様に嫁がれ、今は王妃でいらっしゃいます」
「だからナタリアさんは慌てていたんですね……」
「はい。招待状にはレン様しか来ないと書かれていたようでしたので」
急に陛下が屋敷にやって来たら、そりゃあ誰だって驚くよ。
それにしても……レンが王妃? だったら……ロアは……
「ロアは王子と従兄弟……?」
「レン様は3人、御子がおります。ロア様の……従兄弟です」
声にならない呻きを上げる。
ロアが貴族令嬢に人気が高い理由をまた見つけてしまった。
伯母さんが王家に嫁いで、従兄弟が王子。
絵に描いたようなすごい血筋だな。
「言ってくれればいいのに」
なんでロアは何にも言ってくれないんだ。そのうち分かる事なのに。
少し考えて、多分ロアはそんな事を気にするような性格じゃないのだろうと思い立った。
三大貴族の家に生まれた、次の元帥だ。伯母さんが王家に嫁いでいる、子供が居て自分と従兄弟だ。
だから? 俺は俺だ。王家とか関係ない! とか言いそう。
それは自分の魅力では無いとばっさり切り捨てているんだろうな……だからわたしに言い忘れる……ひいおじいちゃんが英雄だった時と同じだ。
「はあ……」
溜息を吐いた時、玄関の扉が開いた。




