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全てを読み終えた。

昔の人の字でとっても読みにくかったけど、何とか読む事が出来た。

わたしはショックのあまり真っ青になった。

帰る方法を見つけたけど、女神によって奪われた。

それに……もう帰る事が出来ないって……

能天気なキャシーがキラキラした目でわたしを見つめる。


「どうだった?」

「あ……」


そうだ、内容……分かったら子孫に伝えるって……

でもわたしにこの内容を伝える勇気は無かった。

これは梶之助が誰にも言えない秘密を書き溜めた物だ。誰かに読まれる事を良しとしないだろう。誰も読めないからこそ、好き勝手に書いていたのだから。


「ご、ごめんなさい……見たけど読めなかったです……」


不思議そうな顔のキャシーと目が合った。

わたしはこの文字を明らかに読んでいたから、どうして嘘を付くのかが分からないのかもしれない。


「梶之助さんって……家族思いの人でしたか?」

「そうだな。とても家族思いで笑顔を絶やさない人だったそうだ」

「そうなんですよー。でも過去の事を一切話さない人で、だから子孫が気になってメモ紙を調べてくれって」


笑顔の裏でどんな気持ちを抱えていたのだろう。

過去の事は話さないのではなく、話せなかったのだ。


「ミツキ」


ロナントがわたしの背を撫でてくれた。

その時、ようやく頬に涙が伝っている事に気が付いた。


「あっ、わたし……ご、ごめんなさい……」

「……気にするな。キャシー席を外してくれ」

「えっ? 何でですか?」

「調べものは終わった。後は帰るだけだから……仕事に戻りなさい」


キャシーはまだ何か言いたげだったが、涙を流すわたしを見てそれ以上は詮索してこなかった。

本は置いたままで大丈夫ですから、と言いキャシーは離れて行った。

ロナントはわたしが落ち着くまで頭や背を撫で続けていた。


「ありがとう、ございます……」

「聞いていいか? この紙には何が書いてあったんだ?」

「それは……」


言うか迷う。誰かに読まれる事を想定して書かれたものではないからだ。


「誰かに言ったりしませんか?」

「ミツキがそれを望むなら、誰かに言ったりはしない」

「………」


もう一度悩んだ。でも言わないとわたしも前に進めない気がした。

ロナントにだけ、内容を伝えた。

本を開いて、一言一句違わずに読み終えた。

ロナントは腕を組んでひとしきり考えた後、時空に穴を開ける魔法具の図を見た。


「カジノスケは故郷に帰りたかったが、女神に阻まれて帰る事が出来なかった」

「誰にもこの気持ちを言うつもりは無かったんだと思います。たまたまわたしがこの世界に来て読んでしまいましたが……家族に、子孫には伝えるべきではないと思っています」

「本来であれば誰にも読めるものでは無かった……だから好き勝手に書いていた、と言う事か」


溜息を吐いたロナントの様子を窺う。

目が合うと、ロナントは誰にも言わないと約束してくれた。


「ミツキがカジノスケの意思を尊重している。俺はそれに従う」

「ありがとうございます」

「それにしても……分かった事は多いがあまり良い情報では無かったな……」


無言で頷いた。

わたしはこのまま帰る事が出来ないのだろうか。

梶之助は途中で諦めてしまったが、他に方法があるのだろうか?

そこでロナントが何かに気が付き、問いかけて来た。


「この字は、どこの字なんだ?」

「わたしの母国語です。異世界の文字です」

「ミツキもこんな風に名前を書けるのか?」


表紙の、森 梶之助 を指差しながら問われ、適当な紙を貰って、河野 美月 と名前を書いた。


「これでミツキと読みます」

「綺麗な形の字だ」

「美しい月、と言う意味です……わたしが産まれた時、深夜で月がとても綺麗だったそうです」


そう言えば……月と言えば……

三つの月……


「あのロナントさん……三つの月の話、ご存知ですよね?」

「ああ、アーク様の伴侶の話だな。力が強くてアーク様を尻に敷いているとか……」

「そうなんですか? あの……梶之助さんが言っている女神って、多分その神様の事で……わたしも会った事があるんです……」


驚くロナントに、その時の事を簡単に説明した。

事故にあって恐らく死んだ事、大きな体に人間とは思えない程の美しい姿。

幸せを願う声。

わたしと梶之助の共通点、何か事故があって死んで女神にこの世界に連れてこられた事。

ロナントはまた深く考え始めた。


「実はな、俺はこの文字と似た物を見た事があるんだ」

「え……? 日本語をですか?」

「風の村。英雄の故郷……そこで本が好きなら読めるか? と出されたんだ」


風の村の村長に誰も読めない初代村長の日記を出されたらしい。

風の民でも読める人は居らず、詳しい内容が知りたいと出されたようだ。

もちろんロナントには読めないのでお返ししたようだったが……


「風の民は今から約700年前にアークバルトに突如として現れた黒髪の一族だ。何処からやって来たのか、それは風の民本人ですら分からない」

「ま……まさか……」

「あくまでも仮説だが……風の民もミツキやカジノスケと同じように……」


わたしと梶之助はたった一人でこの世界に落ちたが、風の民は何百人規模でこの世界に落ちた……?

梶之助と同じように、何かの災害に巻き込まれて……


「そうだ! わたし、お箸が使えるんです! 風の民も使えるんですよね?」

「共通点があると言う事か」

「はい」


もう一度ロナントは腕を組んで考えた。

横顔を心配しながら見つめる。


「なら、風の村に行こう。何か他に故郷に帰れる方法があるかもしれない」

「はい!」

「早い方が良いだろう。レッドが休みの日は……明日だな」


風の村へはロナント一人では行けないらしい。

風の民は遊牧民で、国の端の何処かに居るらしく居場所はレッドが妖精に聞きつつ向かう事になるようだ。


「明日でも大丈夫か?」

「何時でも大丈夫です! お二人の都合は大丈夫なんですか?」

「問題ない。……何か分かると良いな」


優しくそう言われ、また泣きだしたくなった。

帰りたい……帰れるだろうか? 家族に会いたい。

不安が胸に押し寄せる。

明日、風馬で風の村に行く事になった。

風馬とは風属性の魔力を持った馬の事で、何とそれなりの速さで空を飛べるそうだ。

明日、早朝に迎えに来てくれることになった。

1泊する可能性もあるから着替えも持って行く事にした。ちょっとした旅行気分だ。


「あ、ロナントさん」


図書館を出る際、キャシーに声をかけられた。

本棚の掃除をしていたらしい。小さな箒を持っていた。


「キャシー、また来る」

「今度は何時来られますか?」

「……君と気が合いそうな男を見つけてから来る事にするよ」

「な、な、な、なんですかそれー!」


施しは要らないって言ってるじゃないですか! とキャシーが騒ぐ。

見ていて飽きないキャシーに笑みがこぼれる。

その時、自分の表情が凍り付いていた事に気が付いた。

もしかしたら帰れないかも知れない。その事実が現実味を帯びて来た事に恐怖した。


「キャシーさん、お世話になりました」


声をかけると、驚いたような顔になった。

どうやらキャシーはロナントしか目に入らないようだ。


「ねえ、あなた名前何ていうの?」

「美月と言います」

「へえ、良い名前ね。名前は親からの最初の贈り物って言うし、センスの良いご両親なのね。それに比べて私は……」


どうやらキャシーは自分の名前がありきたりで気に入らないようだった。


「そんな事無いです。キャシーさんって素敵な名前ですよ」


まだ少し引きつっているかもしれなかったが、笑顔でそう言った。

キャシーは少し驚いた後、にっこりと微笑んだ。


「ありがとう、ミツキちゃん。図書館に来た時は声かけてね。力になるから」

「はい! ありがとうございます」


図書館を後にする。

また長い階段を下りて、馬車に乗った。

ロナントはずっと何かを考えているようだった。

わたしも少し疲れてしまった。

帰れないかも、そう思うだけで心が疲弊していく。

王都の街の中を進み、グラスバルト邸へと帰って来た。

屋敷では使用人達が慌ただしく準備に追われていた。

そうだ、今日は親族パーティをするのだった。


「俺は一度家に帰って休む。昨晩寝ずに帰って来たからな」

「えっ、ああ……そうでしたね……」


レッドに会いたくてカナトラまで小隊を引っ張って来たって言ってたよね。

そんな事、しなくて良いと思うのだけど……


「付き合って下さってありがとうございました」

「力不足で悪かった。何か分かれば良かったのだが」

「いいえ、ロナントさんのお陰で色々と分かったので……感謝の気持ちしかありません」


もう一度お礼を言って頭を下げた。

パーティの時に会う約束をして、ロナントの体が宙に浮いた。

そのまま空に飛んで行ったのを見て、これが空を飛ぶ魔法かあとぼんやり眺めた。


「お帰りなさいませ、ミツキ様」

「はい、ただいま帰りました」


玄関から中に入ると、セレナが待ち構えていた。

浮かない顔をしていたのか、セレナの心配そうな顔が目に入った。


「お加減が良くないのですか?」

「……いえ、元気ですよ」

「そうですか……早速で申し訳ないのですが……」


パーティに向けて、わたしのドレスを選ぶ事になった。

ナタリアさんが元気になったので一緒に選びたいとの事だった。

また着せ替え人形になる事になりそうだ。


「分かりました……ナタリアさんの部屋ですか?」

「ご案内いたします」


セレナ先導でナタリアの部屋に向かう。

わたしは感謝していた。

忙しければ余計な事を考えずに済む。

少しでも考えたくは無かった。

家に帰れないかも知れないなんて、思いたく無かった。


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