故郷への想い
廊下を進んで行くと、キャシーが一つの扉の前で立ち止まり、入って行った。
扉前の看板には、C1-歴史5、と書かれていた。
「この部屋の本は、主にスガナバルト家に関係している物を集めています」
キャシーの説明に、頷いて周りを見回す。
凄い本の量だ。周りの壁に隙間なく並んでいる。
高い位置にある本もあり、近くには脚立のようなものも置いてあった。
うろうろしていると危ないと思ったようで、椅子に座って待って居るようにロナントに言われた。
二人で本を探してくれるようだ。
「はい、まずコレ」
キャシーに分厚い辞書みたいな本を渡された。
表紙には、魔法具の歴史改訂版3、と書いてあった。
「カジノスケが作った魔法具が載ってるよ。あっ、そうだカジノスケの何が知りたいんだっけ?」
「えっと……生い立ちとか、本人の歴史、みたいな……」
「分かった、ちょっと待ってね」
キャシーを見送ってから、本を手に取った。
開いて、取り敢えず目次を見る。細かい字に頭が鈍痛を訴えてくる。
何とか耐えつつ、目次にカジノスケの名を見つけそのページを開いた。
「えっ……これ……」
そのページには見覚えのあるものが描かれていた。
人形のからくり。ネジを巻いて、日本人形のような物がカタカタ動く、テレビで何度か見た事があるものだ。
良く見てみると、動力はネジでは無く、魔石になっていた。
ちなみに、魔法具の評価が小さく書いてあるのだが、この魔法具は酷評されていた。
子供の遊び道具にもならない、何の為に作ったのかも不明。と書かれていた。
次のページには人を感知して強く光る蝋燭の魔法具だ。
こちらは評価が高く、今でも使われているそうで、製作者はカジノスケだった。
その後のページにカジノスケは多く出てきたが、からくり人形のような物はそれっきり無かった。
からくり人形より前のページにカジノスケの名は無い。
この人形が、カジノスケが初めて作った魔法具のようだった。
食い入るように人形のページを見つめていると、本を数冊持ったロナントが帰って来た。
「どうかしたか?」
「あっあの……これ……」
「ああ、カジノスケは色々な魔法具を作って来て、そのほとんどが今でも使われるものばかりだが……これだけは何の為に作られたのか分かっていないんだ」
「わたし、これ知ってます……元の世界で何度も見た事が……」
からくり人形と言って、それを専門に作る人が居たような気がする。
詳しくないからはっきりとは言えないけど。
カジノスケは元々、からくり人形を作っていた人なのではないか。
200年前と言えば……江戸時代ぐらいの人だろうか?
「カジノスケの生涯が簡単に載っている本だ。読むか?」
「が、頑張ります……」
「頑張る?」
「本を読むのが苦手で……」
「そうか、なら噛み砕いて伝えるが……」
カジノスケは突如としてスガナバルトの敷地内に現れた。
黒髪で妙な髪型に不思議な服を着ていた。
何故此処に居るのか記憶が曖昧だったカジノスケを、スガナバルト家で保護した。
言葉は話せ、文字を読む事は出来たが、書く事は出来ず不思議な字を書いていたらしい。
自身を他の世界から来た、魔法の無い世界だと言っていたが本当かどうかは分かっていない。
スガナバルト家で世話になり、恩を返したいと思ったカジノスケは魔法具作りを見よう見まねで始めた。
元々才能が有ったらしく、カジノスケは一目置かれる存在となった。
やがて、世話になっていたスガナバルト家の娘と婚姻し、住居を構え子宝にも恵まれ幸せの中で亡くなった。
「……この世界で亡くなったのですか?」
「そうだな……墓も実際にある」
「帰る事が出来なかったんでしょうか……」
気になっていた事はその一点だった。
もし帰れていたのなら、何か方法があると喜べたのだけど……
「幸せになり、帰る気が無くなったのかも知れん。判断は出来ない」
落ち込んでいると、キャシーが戻って来た。
わたしの沈んだ顔を見て、首を傾げていた。
その手には古い紙の束が握られていた。
「何だそれは?」
「あっ、これはですねー……ロナントさんも読んだ事が無い本ですね」
「俺が読んだ事が無い?」
キャシーはニコニコ笑いながら、紙の束を目の前に置いた。
「読めないんですもの。カジノスケが残したメモ帳らしいんですけど……あ、これは複製して本にしている物です」
わたしは慌ててその本を手に取った。
開く必要は無かった。だってこれは……
「森 梶之助……」
本の表紙には、小さいけれどはっきりと漢字で名前が刻まれていた。
「読めるのか?」
ロナントに問われ、本から目を離さずにゆっくりと頷いた。
するとキャシーが喜びの声を上げた。
「本当に? すごい! もうずっと研究が進まなくってさー。内容が分かったらモリ家に伝えなきゃいけなくて、困ってたの!」
「どのぐらい前に預かったメモなんだ?」
「数年前だったかと。祖先の机から紙が出てきた、カジノスケのものみたいだから内容が気になる、調べてくれってモリ家から持ち込まれたものです」
モリ家はカジノスケが元祖の家で、妻がスガナバルト直系の人間であった為貴族として名乗る事を許された家のようだった。
比較的、新しい家のようだ。
「読んでも良いですか?」
「どうぞ! 複製だから好きに読んで」
許可を貰ってから、表紙をめくった。
中身は、苦悩する男の……日記のようだった。
妙な世界に落ちた。私は町から町への移動中、山道を歩いていたはずだ。
夜に歩くのは危険だと宿屋の女将に言われたのにもかかわらず、妹が産気づいたと手紙が来て飛び出してしまった。
それから……山が崩れた。私はその下敷きになった、はずだ。
何故だ、何故私は生きている。狐にでも化かされているのか?
あれから数日が経った。どうやら此処は、元居た世界とは全く違う別次元の世界らしい。
魔法とやらを使ってみた。妙に手に馴染んだ。面白い。
屋敷では何かとスザンナが気を使ってくれている。居心地は悪くない。
私は何時になったら帰れるのだろうか。
少しずつこの世界の事を学んだ。この家はスガナバルトと言いすごい家らしい。
魔法具とやらを見せてもらった。興味を持ったので早速作ってみた。
何時ものからくり人形を作ったが、評判はあまり良くなかった。異世界では流行らなさそうだ。次は生活に密着した物を作りたいと思う。
この世界に来て数年が経った。
スガナバルト家の当主は私に一目置いて下さるようになった。
魔法具を作る事が、今は何よりも楽しい。
分かっている。楽しさにかまけ、本題から目をそむけている事ぐらい。
何時になったら家に帰れるのだろう?
妹は無事に子供を産んだのだろうか? 子は元気に育っているだろうか?
男の子だろうか? 女の子だろうか? 確かめる術は、今の所無い。
時空魔法とやらを見つけた。高度な魔法で、制御不能な禁じられた魔法らしい。
空間に穴を開け、別の空間と繋げる魔法だ。
魔法具で再現できないだろうか?
このまま何もせずに帰れないのは嫌だ。
唐突だが私は結婚する事になった。
相手はあのスザンナだ。奥手で控えめで上品な彼女は私の事をどういう理由か好いてくれたらしい。
故郷の事が頭をよぎったが、スガナバルトには極力逆らいたくなかった。
彼女の事はこれから好きになっていこうと思う。
時空魔法の方はようやく取っ掛かりが得られそうだ。
(魔法具の設計図)
取り敢えず、この形で一度作って試したいと思う。
(その後、何十ページと設計図が続く)
駄目だ。上手く行かない。
さすが禁忌と言われるだけある。制御を全く受け付けない。
子供が出来たため、魔法具製作用の小部屋をこしらえた。
勝手に触ると危ないものばかりだからだ。
これから故郷への想いを捨てられないこの紙は、一番下の引き出しにしまって置こうと思う。
私はスザンナにとって良い夫だろうか。子供にとって良い父親だろうか。
家族には隠して故郷への想いを引きずり続けている。
結婚すれば変わると思った。スザンナを愛すれば変わると思った。子供が出来れば変わると思っていた。
私は何を目的にあの町に帰ろうとしているのだろう。
(設計図が続く)
ようやく完成した。理屈では穴を開ける事は可能だ。
しかし、もし帰れたとしても私はどうしたら良いのだ。
私はこちらの世界に家庭を持ってしまった。妻と子供を置いて元の世界に帰れるのだろうか。
今日はもう疲れた。
明日、起動してみようと思う。
大変な事が起きた。とても大きな人間が夢に現れ、自身を女神だと名乗った。
女神は言った。時空に穴を開ける事は許さない、と。
私はもう帰る事が出来ない事を女神は告げた。
女神は慈悲のつもりで私をこの世界に送ったらしい。
何故そんな惨い事を、こんな事をするぐらいだったらあのまま死んだ方がましだった。
何が慈悲だ、今まで故郷の念に捕らわれ続けた私は未だに苦しむ事になる。
この世界は地獄だ。
目が覚めると、作り終えていた魔法具が姿形も無くなっていた。女神が持って行ったのかもしれない。
数日寝込んだ。部屋から一切出なかった。
さすがに腹が減って部屋の扉を開けると、スザンナが今にも死にそうな顔で扉の前で座り込んでいた。
心配でずっと部屋の前に居たらしい。
そこで私は己の過ちに気が付いた。
私が一番大切にしなくてはならなかったのは、故郷では無く今隣で支えてくれている人なのだと。今の生活を大切にしなくてはいけないと思い立った。
帰りたい気持ちを完全に無くす事は出来ない。
だがそれ以上に大切にしなくてはいけない存在が出来てしまった。
だからもう、諦めようと思う。
恐らく死ぬまで故郷に帰りたいと願うだろう。
思いをひた隠しにして残りの人生を生きて行こうと思う。
きっと誰も読めないだろうから後は好き勝手に書く。
思いを断ち切るために。
……後のページには「帰りたかった」や故郷への想いなどがつづられていた。
一番最後には「かあちゃんの味噌汁が飲みたかったなあ」で終わっていた。




