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図書館


帽子を目深にかぶり、そっと外を覗いた。


「わあ」


グラスバルト邸を出て、王都の街の中心にやって来たわたしとロナント。

綺麗に敷き詰められた石の道路と木造建築の建物が綺麗に並んでいる。

奥に見えるのが……王城だろうか? 白を基調とした雄大な佇まい。海外のお城のようだ。実際お城なのだろうけど。

馬車が止まった。


「降りるぞ」


先にロナントが降りて、わたしも続いた。

ロナントに手を貸してもらいながら、慣れない馬車を降りた。

道は広く、多くの人々の活気に包まれていた。

カナトラもすごい人だったけど、カナトラよりは密度は無い。

一人一人が、ゆったりと豊かに生活している事が分かる。


「ルーアの街は始めてか?」

「……ルーア?」

「王都の事だ。バルト家の四男、ルーアから名付けられた。元は小さな町だったんだよ」

「そうなんですね」


周りには色々なお店が立ち並んでいる。

ちょっとお洒落な洋服屋とかイタリアンぽいお店もある。

あのお店は……宝石店だろうか?


「図書館は何処に……」

「何処って……此処だ」

「……え?」


言われ、振り向いた。

長くて広い手すり付きの白い階段。

その先に、想像を絶する大きさの建物。

ああ、そうだ……日本で言うと国会議事堂みたいな建物に西洋の文化が入った建物みたいな……

つまりその……大きすぎててっぺんが見えない。


「なっ、何階建て……?」

「20階だったかな」


この広さが20階も? どれだけの本が貯蔵されているんだ?

それに……ロナントは此処の本を全部読んだって……

軽い足取りでロナントが先を進んで行くので、慌てて追いかける。

図書館内はわたしが知っているような、日本と変わらない内装だった。

ただ、豪華すぎる気もしたけど。

床は硬いフローリングに、壁も豪華に飾られているが木だ。

高い建物だけど、木造建築なのかな?


「あっ! あああー!」


比較的静かな館内に、悲鳴のような声がこだまする。

丁度ロナントと本を探しに行く時だった。

その行く手を遮るようにいかにも司書っぽい丸眼鏡をかけた、まだ若い女性がロナントの前に立った。

茶色の長い髪を三つ編みにして背中に垂らしている。肌は白くて綺麗な人だった。


「やっと来た! ロナントさん!」

「キャシーか。どうした?」


キャシーと呼ばれた女性は、ロナントを睨んでいるようにも見えた。


「ロナントさんがまだ読んでいないであろう本を取り寄せました!」

「またか。君も懲りないな」

「全ての本を踏破されたとあれば王立図書館の威信にかかわりますから! さあさあこちらです!」

「おいキャシー! 今日は………駄目か聞いてない」


言いたい事だけ言って行ってしまったキャシーに溜息を吐くロナント。

状況が分からず瞬きを繰り返していると、呆れつつも教えてくれた。

元帥を辞した後、時間に余裕が出来たロナントは図書館に入り浸ったらしい。

元々本を読む事が好きで、速読が出来たロナントはあっと言う間に本を読みつくした。

読む本がもう無いと図書館通いで仲良くなった司書のキャシーにぼやくと、キャシーはそれを上司に報告。図書館内外に激震として広まり、図書館の威信にかかわる! と騒ぎ出したそうだ。


「一日に何冊読んだら全部読めるんですか……?」

「さあ? 厚い本も薄い本もあったからな。レッドが仕事で居ない日は手慰みにしていたよ」

「手慰みで本を読む……?」


本を全て読まれてしまった図書館は、威信をかけて未だ貯蔵されていない本を国内外から集めているそうだ。

集めた所で、またロナントに読まれてしまうようだったが。


「悪い、キャシーに付き合ってもらってからでもいいか?」

「はい、構いませんよ」


ロナントに次いでキャシーの後を追って行く。

すると一度廊下に出た。

廊下にぶら下がっている小さな看板に、A3-歴史1、と書かれていた。

本の種類ごとに細かく分けられているようだった。

キャシーは小さな部屋に入って行った。

部屋前の看板には、ロナント様対策室、と書いてあった。ええ?

部屋の中は少し散らかっていた。大小さまざまな本が乱雑に積み重なっていた。

机にも床にも。奥に行けばいくほど足の踏み場がない位だ。


「まずはこちらの本です!」


意気揚々とロナントに本を差し出すキャシー。

小さな文庫本ぐらいの大きさだった。厚みはあまりない。

古い本なのか、表紙はボロボロで題名は読めなかった。

ロナントはその本を受け取り、パラパラパラと流し読みし始めた。

十数秒かけてめくり終え、本を閉じて元の場所に戻した。


「古い文学小説だな。女性の心情表現が細かく書かれている」

「そうでしょう! 私はこう言う小説は好きですよ」

「俺は微妙かな。女性が表に立ちすぎていて男性側の心情が分かりにくい。普通に読む分には問題ないがな」

「なるほど。一応複製して並べておきますか」


キャシーが紙に文字を書いていく。

ロナントの感想と図書館に置くかどうかの判断。それを本に挟んだ。

そしてまた、キャシーはロナントに別の本を進め始めた。

目を白黒させながら二人の行動を眺めた。

え……今ので読み終わったの? パラパラめくっただけで?

次の本も同様にロナントは読んでいった。ただめくっているだけにしか見えない。


「これは……過激だな。どこの国から拾ってきたんだ?」

「西の国だったかと」

「自国の批判本だな。アークバルトには必要の無い物だろう。考え方としては一理ある程度だな」

「ふむふむ、複製する必要なし、と」


それを何度か繰り返し、出てくる本に終わりが無い事を察したロナントがようやくキャシーに声をかけた。


「キャシー、今日は違う用で来たんだ」

「はへ? 何しに来たんです?」


今度は大きくて分厚い本を持ったキャシーが、意味が分からなそうにロナントに聞き返す。

ロナントの手が帽子越しにわたしの頭の上に乗った。


「わあっ! 何時からそこにいたの!?」

「最初からいました……初めまして、キャシーさん」

「あ……そう。ごめんね、本の事になると周りが見えなくって……」


ははは、と笑うキャシーにわたしも笑っておいた。

本当に本が好き……と言うか、キャシー……もしかしてロナントの事が好きだったりするのか? 何故だかすっごく楽しそうに話していたし……

邪推か? わたしにロアが乗り移ってしまったのか?


「ロナントさんがずっと来られなかったので、本が溜まっているんです!」

「仕事で空けると言っていただろう? それにもう集めなくて良いと……」

「だ……ダメです! そしたら図書館に来てくれないじゃないですか!」


あ……本音だろうか?

ロナントに会いたいから本を集めているのか? 職権乱用な気がする。

わたしでもキャシーがロナントの事を好きな事が分かってしまった。つまりロナントはすでに気が付いているのだろう。


「俺はこう見えてひ孫が居る年齢だぞ……」

「な、何ですか! 何が言いたいんですか!」

「……はあ。本好きな騎士で良ければ紹介するよ」

「何時もそれ言いますけど、施しは要らないですからね!」


真っ赤な顔でキャシーはひとしきり騒いだ。

キャシーは、ロナントの事を諦めてはいるけれど好きな気持ちがまだ抜けきっていないみたいだった。

ロナントみたいなカッコイイ人が、本を読んでいる姿を想像してみた。

……うん。わたしがキャシーだったら惚れてしまうかもしれない。

職場に現れた王子様! って思うかも……実際の年齢は祖父と孫ほど違うのだろうけど……キャシーは恋愛小説が好きみたいだし、ラブロマンスが始まる、って感じたのかも知れない。


「お孫さんですか?」


キャシーがそう言うので、思わずロナントと顔を見合わせた。

わたしの髪は黒いし、キャシーはロナントの妻が英雄の娘である事も知っていそうだ。

ロナントは何と返そうか少し悩み、わたしの頭を撫でた。


「孫ではないが……そうなって欲しいと思っている」

「お孫さんの婚約者? 恋人ですか? この歳で結婚していない私への嫌味ですか?」

「お前はまず恋人を作れ」


ロナントの指摘に、ぶすっとした顔付になるキャシー。

キャシーは現在20代前半。十分若い気もしたがうかうかしていると行き遅れになるそうだ。


「それで? 何か調べに来たんですか?」

「からくり技師、カジノスケ・モリ、について調べたくて」

「あー、スガナバルト家のお嬢さんと結婚した人ですよね。有名ですけど、あまり資料が残っていない人物ですからねぇ……」


うーん、と考え込むキャシー。

途中から鼻歌のようにふんふん言い始めた。

資料の場所を思い出しているようだった。


「よし、案内します。付いて来てくださーい」


小部屋を飛び出したキャシーの後をロナントと付いて行く。


「あ、あの……ロナントさん」

「ん?」


スキップしているキャシーに付いて行く途中、ロナントに声をかける。


「さっきの、孫になって欲しいって……」

「ああ……」


何と聞いたら良いか分からず、そのまま聞くとロナントは一度言葉を切った。

そして安心させるように何度か頷いてから、


「ミツキの事情もあるから、強くは言えないが……ロアにはミツキが必要だと思った。ただそれだけだ。あまり深く考えるな、自分のしたいようにしろ」

「……はい」

「不安にさせるような事を言って悪かった。忘れてくれ」


何度か帽子越しに頭をポンポンされ、ロナントの微笑と目が合った。

ロアにはわたしが必要……?


「行くぞ」


ロナントに手を掴まれ、歩き出す。

遠くでキャシーが大声でわたし達を呼んでいた。

ロナントの手はロアと比べると、ほんの少し武骨で大きくて、色んなものを守って来た優しい手だった。


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