此処で寝るから
まず最初に、魔力欠乏状態になってロアから魔力を貰った際に気持ち良くなった事を話した。
するとレッドは、身に覚えがあったようで、
「質の良い魔力って気持ちが良いよね。おれも昔は……」
レッドも子供の頃は魔力を使いすぎてロナントから魔力を貰った際、ふわふわ~、として変な気持ちになったようだ。
ロアも他者から魔力を貰った事はあるようだがそんな経験は無いようだ。
「女だけの現象かな? 男で魔力貰って気持ち良いなんて言う奴見た事無いや」
長い事騎士隊の教官として従事していたレッドは隊員に魔力を渡した事があるようだが、気持ちが良いなどと言う人は居なかったようだ。
「女に魔力を渡す場面が無いよな。普通、魔力を持っていない訳だし」
「ああ……そうですよね」
普通は持っていても魔法が使えないし、魔力欠乏になる事もない。
レッドは納得したように何度か頷いた。
「そう言う事なら問題はないかな」
良かった。納得してくれたみたいで。
ロアが酷い目に遭わなくて済みそうで。
「ロアの魔力気持ち良すぎて足腰立たなくなるんですよね……ははは」
「………え?」
「ミツキッ」
……あれ? レッドの表情が怪しい。
ロアに鋭く名前を呼ばれ、二人を見回した。
「足腰立たなくって……過剰に貰いすぎてる、よね?」
「あ、えっと……わたしの魔力総量が低すぎて」
「魔力総量の器を見誤る事無いと思ったけど……ロア?」
「はい」
「どこで足腰立たなくしたんだ?」
ロアは思わず目を逸らした。視線はすぐに戻ってポーカーフェイスになったが、その一瞬を見逃すレッドでは無かった。
「殴られる前に言え」
「いえ、その……」
「言え」
「……俺の部屋です」
「部屋のどこだ?」
黒いオーラ漂うレッドに、ロアは観念した。
「言います。ベッドです」
「ほんっとに、お前は! お前の祖母として恥ずかしいわ!」
「すみません」
「ちゃんと筋を通してからにしろ! 婚約者になってからなら許してやる!」
「………」
感情を感じさせない表情のまま、ロアは何も言わない。
言えない、と言う方が正しいかもしれない。
わたしがロアの婚約者になる事は絶対に無いからだ。
レッドはわたしの置かれている状況を思い出したのか、
「まあ……何も無かったなら良い。同意なら許してやらん事も無い……」
そう力無く呟いた。
ロアの事を盗み見る。表情から感情を読み取る事は出来なかった。
改めて思う。ロアにとってわたしはどう言う存在なのだろうか。好きだって散々言われ続けているけど……
わたしにとってロアは、助けてくれた恩人で好きな人。向こうの世界に帰る時に、ありがとうが言いたい人。
わたしはロアにとって、どう言った存在なのだろうか。でもそれを聞く勇気は無い。
心配になってロアの袖を掴んだ。
ロアはいつも通り微笑んでくれた気がした。
「ロア、人様の家の娘さんを傷つけたりするなよ」
「分かってます、おばあ様」
「……心配だなあ、ミツキ何かあったらすぐに言うんだよ」
「はい。ふふ、何かあったら言いますね」
俺が何かするって言うのか、とロアが不本意そうにじろりと軽く睨んできた。
何も無かったとは言えないと思うよ、ロア。
軽く溜息を吐きながら、ロアはレッドに話し始める。
「聞きたい事はそれだけですか?」
「取り敢えずな」
「あっ、そうだレッドさん」
ロアにじとりと何かを訴えるように見られた。
あ……ロアは早くレッドの事を部屋から追い出したかったのかな。
「どうした?」
でも話しかけてしまった手前、何でもないとも言いにくい。
それに聞きたい事でもあったから聞いてみる。
「レッドさんのフルネームを教えてもらっても良いですか?」
「おれの?」
眉を寄せ、レッドは腕を組んだ。何やら悩んでいる様子。
何かまずかっただろうか?
「ミツキ、庶民に苗字が無いのは……」
「知っています」
「そう。じゃあただレッドで良いよ。貴族と結婚したけど庶民の気持ちのままで、ずっと暮らして来たからさ」
耳元でロアが呟いた。
レッドは貴族扱いされるのが大嫌いだと。
そうなんだ……知らずに地雷をまた踏みそうになったのか、危ない危ない。
「まあ、でも……いっか。結婚してから名乗った事あんまりないし! ミツキには特別ね! あ、でもロア程長くないよ?」
「あ、大丈夫です! 無理なお願いをしてしまってすみませ……」
知らなかったとは言え申し訳なくて頭を下げた。
良いって事よ! とレッドは胸を叩いて笑った。
「おれは、レッド・グラスバルト・オーラ。前元帥の妻で、英雄オーランドの一人娘だ」
あ、やっぱり。
ロアの名前にも入っていた。オーラ、と言う苗字。
グラスバルト、は単純に家名だろうけど、何か意味があるのだろうか?
思い切って聞いてみる。
するとレッドは少女のようにクスクス笑った。
「オーラって言うのはね、まあ家名みたいなもんだけど……実際にはそんな家無くてね……」
簡単に言ってしまうと、英雄オーランドの子孫を分かりやすくするために国が勝手に定めた苗字、らしい。
オーランドは貴族へと打診があったにもかかわらずそれを蹴った事で有名な人物だ。
苗字は与えられなかった、この話は終わったかに見えたがレッドが貴族へ、それもグラスバルト家に嫁いだと来て、国が英雄の子孫の把握をしておきたいと英雄の名前から、オーラ、と子孫に付ける事を義務付けたそうだ。
「オーラは、英雄の子孫、と言う意味なんですね」
「そうだね」
「ロアのフルネームは?」
「ロア・グラスバルト・アークバルト・オーラ。おばあ様にアークバルトを足しただけだよ」
「アークバルトって国の名前だけど、どうして名前に?」
「それはグラスバルトが古い家だからかな」
長い歴史の中で、グラスバルト家は王家アークバルトから何度も女性を娶って来たらしく、その当時の陛下がグラスバルト家はもはや血筋的には王家と遜色ないだろうとご判断なされ、アークバルトを名乗る事を許されたそうだ。
「俺は名乗れって言われたら、ロア・グラスバルト。って言うかな長いから」
「あー、おれも! レッドって名乗るよ」
「おばあ様は家名を名乗って下さい……それで事故が発生するんですよ……」
「事故?」
笑いながらレッドは頭の裏を掻いている。
ロアが呆れながら溜息を吐きつつ、教えてくれた。
レッドは3番隊の教官だが、たまに他の隊に訓練を付ける事があるらしい。
事故があるのは何時も貴族の隊でもある2番隊だ。
2番隊は将来有望な若い騎士がまず配属される場所で、プライドが高い連中が多い。
そこに、平民の隊である3番隊から教官がやって来た。
年齢は17歳程にしか見えず、小柄で細身。そして女性。
こんな人物に魔法が! 剣が! 教えられるものか! と反発必至。
その人物がまさか、騎士隊全体から見て、鬼と恐れられている教官だとは知らずに……
「そ、それってどうなっちゃうの……?」
「おばあ様にボコられて正気になるならまだしも、意地になる隊員も多く……」
ボコボコにされて目が覚める隊員が圧倒的だが、たまに何をしても言う事を聞いてくれない隊員もいたそうだ。
そんな隊員は最終的に、地方の騎兵隊所属になって行ったそうだ。そう、左遷だ。
当時の元帥はロアの祖父であるロナント。
レッドと毎日直接1対1で訓練を付けてもらっている隊員が居ると知り激怒。
あっと言う間に地方行になったらしい。
「それレッドさん関係ないんじゃ……」
「いや、そもそもおばあ様が一言、元帥の妻です、と言えばいいだけの話で……」
「やだよそんな! それじゃおれじゃなくてロナントの言う事に従ってる事になるだろ? でも左遷したのはさすがに怒ったよ? 見込みのある子だったのに」
レッドは唇を尖らせ、自分の正当性を主張。
良く考えてみると、レッドは教官として当たり前の事をしていただけな気がする。
教える立場である教官に逆らうのだから、怒られて当然だ。
最後、ロナントが出てきて話がおかしな方に転がって行ってしまっただけだ。
「あいつさー………嫉妬深いんだよね……」
当時を思い出しながらレッドは呟く。
詳しく聞く事はやめておいた。
ロアも聞くな、って顔してる。
「はあ、もうこんな時間か」
窓から外を見上げた。
屋敷の周りは森であることもあり、外は真っ暗で何も見えない。
少し話し込んでしまったし、今は何時ぐらいなのだろうか?
「おれ、もう寝るよ。ミツキ、長居して悪かった」
「気にしてないです。レッドさん、おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
大きな口を隠さずにあくびをして、レッドは扉の方へ。
ドアノブに手をかけた所で、レッドがもう一度こちらを向き、キョトンとした顔で声を出した。
「………ロアは?」
レッドの一言にぎくりとロアの体が揺れた。
すぐに取り繕ったロアだったが、当然隠し通せなかった。
「……お前、何か隠してないか」
「隠してないです、何を仰るのです」
「もう遅い時間だ。寝る時間だぞ?」
「ミツキとまだ話したい事があるので……」
ギッ、と睨まれたロアは冷や汗をかき始める。
今日一緒に寝る約束をしたから、それを隠すのに必死のようだ。
今日はキャンセルした方が無難だろうか?
「ロア……そう言う事なら今日は……」
「え……やだ」
「やだあ?」
今晩、ロアは添い寝を決行するようだ。
だからレッドを何とかするって……出来るの?
「何の話?」
「お……おばあ様……」
「ミツキ? なんの、はなしを、しているの?」
「ひぇっ」
レッドの鬼のような表情に震えあがり、全部話した。
ますます鬼のように変わっていく表情に、ロアは肩を落として力を抜いていた。
殴られる用意が出来ている様子だった。
「あっあっ、でもでも! わ、わたしも一緒に寝たかったと言うか! ロアと一緒だと安心してそれでそれで! 寝つきが良くて!」
「安心?」
「そうなんです! しっかりしすぎてる抱き枕だと思えば何の問題も無くて! 無いと安眠に関わると言うか! そ、それで……」
話しながら言い訳を考えているせいで何を言っているのかさっぱりだ。
抱き枕扱いは本人がへこんでいる気配がする。ああ、ごめんロア!
「ミツキ」
「は、はい! すみません、ロアを許してくださ……?」
般若のお面でも付けているのかとさえ思えた顔が、諦めたような表情をしている。
一度ゆっくり呼吸して、レッドが口を開く。
「決めた。おれ今日、此処で寝るから」
「はい?」
「はい?」
ロアと全く同じタイミングで聞き返す。
「大きいベッドだから三人ぐらい余裕で寝れるだろ」
「それはそうですけど……どうして……?」
「ロアのお爺ちゃんが全く同じ事してるから、怒ってもしゃあない。血は争えないと思ったら見張っておくのが一番だと思ってね」
「見張る……?」
すたすたとレッドは一人ベッドの方へ。
そのまま横になって、
「ほら、一緒に寝るぞ。ロア、ミツキ」
わたしはロアと顔を見合わせた。
ぼそっと耳元で、おばあ様と一緒に寝た事無い、と不安げにロアが呟く。
何度もロアとレッドを見比べて、これは断れないしロアも一人で寝ると言う選択が無いように見えた。
「レッドさん居るけど?」
「……今更俺だけ部屋に行くって言ったら怒りそうじゃないか?」
確かに怒りそうだ。
しかもレッドはとても眠たそうに目を細め、虚ろな表情に。
ロアの寝つきは良いけど、レッドもか!
「早く、おいでー」
まるで彼女を誘う彼氏のような仕草で誘うレッドに、拒否をする発想に思い至らなかった。
「失礼します……」
一言断わってから、ベッドの上に。
「ミツキ真ん中ね。ロアはもっと端」
「落ちろって事ですか!?」
「はい、ぎゅー」
「うわわっ」
レッドに抱きしめられて、戸惑う。
すでに夢虚ろな状態で、ふわふわとレッドは笑う。
「女の子はやっぱり柔らかいなあ」
「レッドさん?」
「ああ、ごめん……何時もは硬い男と言うかロナントゆえ……」
そりゃあ、騎士のロナントと比べられてもと思わないでもない。
そしてその言葉を最後に、レッドは眠ったようだった。本当に此処で寝ちゃった。と言うか抱き着かれたままなんだけど。
すると、背中からロアが抱き着いて来た。
「……ロア?」
「俺も仲間に入れて」
寝返りがうてないんだけど。
ロアもすぐに寝に入った。だから、寝つきが良すぎるって!
部屋に最後まで控えていたセレナとサラは、部屋の明かりを落として一礼し出て行った。
妙に頭が冴えちゃって、寝れるかなあ、と不安になったが、人間の適応能力とは凄いものですぐに眠る事が出来た。
意外にもレッドの腕の中はロア程ではないが、安心できた。
おやすみ二人とも。
心の中で呟いて、夢の中に落ちて行った。
*****
ミツキが寝入った事を呼吸音で判断し、ロアはレッドに声をかけた。
「どうして許したのですか?」
暗い室内で、レッドはもぞりと動いた。
ミツキごしに二人は目を合わせた。
「ミツキが言ったろ? ロアと寝ると安心するって」
「それでですか?」
「……ロア、お前におれはどう見えているんだ」
「どうって……」
ロアが知る上で、レッドは女性ながら剣の腕も魔法の腕も完璧で、陛下からの信頼も厚い人物だ。
尊敬できる人物で、追いつきたいけど追いつけない人物だ。
「俺にとっておばあ様は……目標、でしょうか」
「ふふっ目標? 目標にするならロナントにしておきなよ」
「いえ、おじい様は目標にする事もおこがましくて……」
あまり声を出さないように笑い始めたレッドに、ロアは何か間違えただろうかと頬に熱が集まる。隠すように布団の中に潜った。
「おれはそんなんじゃないよ」
「……おばあ様?」
「おれはロアが目標にするような人間じゃない。今日言ったろ? おれは弱い人間なんだ」
「おばあ様が弱いだなんて……」
そんな事、他の騎士に言ったら鼻で笑われそうだ。何の冗談だ? って。
この方ほど強い女性なんて存在していないだろう。
「剣と魔法が使えて、肉体が強くても……おれは心が弱いから」
「今日の、おじい様と結婚に至るまでの話ですか?」
「そうだ。おれもロナントと一緒に居る事で安心感を得ていたんだ。中毒症状みたいにさ……ミツキも同じだと思ってね」
ミツキもロアと一緒に居る事で安心感を得ていた。
レッドは自分と同じだと思い、一緒に眠る事を許したようだった。
「ミツキは知らない世界に来て不安なんだ。だから側に居てやれ、いいな」
「……はい」
「ただし、手を出したり、泣かせたりしたら……承知しないからな」
低くなったレッドの声に、ロアは青ざめ、一度頷いた。
会話が終わり、次にロアが眠りに落ちた。
孫が眠った事を確認してから、レッドも眠る事にした。




