レッドの結婚
食堂へ入り、いつもの席に座った。
レッドがどうしてロナントと結婚したのか、話してくれるみたいだけど……
本になるようなすごい恋愛だったのだろうか。
わたしが知っているレッドの事は、英雄オーランドの一人娘、3番隊の教官、ロナントの妻、ロアの祖母……絵本で読んだ女の子が好きそうな恋愛をこの人がしているはずはないと、この時は思っていた。
「まず何を話せばいいのやら……ロアは何処まで知ってるの?」
「幼馴染で、おじい様が惚れて結婚した。そのぐらいです」
「一言二言で言えばそうだな……何も間違ってないよ」
ふう、と肩の力を抜いたレッドが思い出すように天井を見上げた。
「おれとロナントには恋人だったり婚約者だった期間が全くない。おれは誰かと結婚する気が全くなかった。それを前提として話をする」
時たま溜息を吐きながら、大体の流れを教えてくれた。
英雄の娘として生まれ、女性の身ながら最高位の魔力持ったレッドは、つねに人身売買の組織に付け狙われていた。
しかし、英雄直伝の剣の腕で何度も撃退し、思った。
絶対に子供なんか産むもんか。
襲われるたびに下品な言葉を浴びせかけられるうち、自然とそう思い、最終的には結婚するもんかと思っていた。
とある事件により、家が燃え、行き場を失ったレッドはグラスバルト家に世話になる事になった。
その時のレッドは生きる気力を失い、毎日怯えて泣いていたそうだ。
有り得ないと言いたげなロアを無視してレッドは続ける。
事件以来、ストレスからかとても恐ろしい夢を見るようになり満足に眠れない夜が続いた。夢の最後は必ずロナントを殺す夢であった為、生きているか不安になったレッドは夜中にロナントの部屋へ。
泣きながら怖い夢を見たと告げると、一緒に寝る事を提案され、一緒に寝る事にした。
レッドにとってロナントと寝る事は、幼馴染の為子供の頃幾度となくした事があり、これもその延長だと思っていた。
「それで手を出されたんですか?」
「いんや。1年ぐらいは一緒に寝てたけど何にも」
「いちねん!? 毎日ですか?」
「毎日だよ」
1年間、何もされずに一緒に寝ていて、レッドはロナントと一緒に寝れば恐ろしい夢を見る事が無くなった。
一緒に寝る事が普通になったある日、レッドは襲われた。
訳が分からず拒否すると、ロナントはあっさり引いた。
『もうこれ以上は我慢できないから、嫌なら一人で寝ろ』
大体そんな事を言われ、レッドは恐怖からロナントの部屋を飛び出した。
一人、部屋に戻って寝る事にしたが、長らく見ていなかった悪夢を見る事になり、泣きながらロナントの所へ帰った。
その時、初めて関係を持ち、定期的に抱かれるようになって、あっと言う間にレッドは妊娠した。
そこで、レッドは屋敷から逃げ出した。
ロナントと自分の関係は遊びだと思っていたからだ。
自分は英雄の子ではあるけど貴族ではない上に、ロナントは有名貴族だ。全く釣り合わない。ロナントの隣には美しい貴族令嬢が似合うだろうなと、レッドは昔から思っていた。
抱かれている時に愛を囁かれる事は何度もあったが、抱いている女にそのぐらいは言うだろうなとしか思っていなかった。
遊びの相手が妊娠したと知ったら、子供が殺されるかも知れない。
恐怖を覚えたレッドは、誰にも何も告げずに王都から逃げようとした。
子供は一人で産み、育てる気でいた。あては全くなく、何度も不安で押しつぶされそうになった。
「おばあ様の嫌な思いって、これですか」
「だいぶ省略したけど、本当にねぇ、悔しくてずっと泣いてたから。ロナントの事を信じてたし好きだったよ。友人的な意味だけど……裏切られたって何度も思ったよ」
その後、ロナントが迎えに来た。
本当は元帥になってからプロポーズする予定だったと後から言われた。
ロナントは父にレッドとの結婚を反対されていて、レッドの事を恋人とも婚約者とも出来なかったらしい。
子供の事を考えると、結婚するのが最良な気がしてレッドは同意した。
此処までがレッドの結婚に至るまでの話だ。
「レッドさんはロナントさんの事、好きなんですか?」
「今はね! 長く一緒に居ると愛情も湧くよ。じゃなきゃ子供を4人も産まない……」
レッドは何処か遠くを見た。
好きでもない人と結婚した自分を思い出しているようだった。
「だから、ロアに同じ事をしてほしくない。ミツキに酷い事するなよ?」
「はい。胸に刻みました……」
その時、料理が到着した。
セレナがお箸を出してくれた。
「……本当に箸が使えるんだね」
「あ、そうなんです。使い方同じですか?」
「同じみたいだね」
時折会話をしつつ食べすすめて行く。
今日の料理もとても美味しい。
普通に箸を使うわたしにレッドが提案した。
「風の村に行ってみない?」
「……風の民の村ですよね?」
「うん。遊牧民なんだけど、ミツキと何か共通点がある気がするから」
風の民は遊牧民だったっけ。
箸の事もそうだけど、確かに似ている気がするんだよね。
日時は後で決める事にして、行きたい旨を伝える。
するとロアが、
「俺も付いて……」
「駄目だ。お前はちゃんと仕事をしろ! 長期間休み過ぎだ」
村に行く際はレッドとロナントが連れて行ってくれるようだ。
まだロアは付いて行きたそうにしていたが、レッドの意見が変わりそうにない事を確認し、仕方なく頷いた。
食事を終え、席を立った。
セレナに入浴の準備が出来ていると言われ、すぐに入る事にした。
今日泊まりのレッドには三人のメイドが付いていた。
「適当に素振りした後に風呂に入るから」
庭で汗を流した後、入浴するようだ。
部屋を出る際、夜に部屋に行ってもいいかとレッドに聞かれ、
「いいですよ」
「ありがと。色々教えてね」
「……何かありましたっけ」
「気持ち良くなった事」
頬が熱を持つ。人に話して良い内容なのだろうか?
仕方ない、喜んで話すって言ってしまったから……
「分かりました……部屋で待ってます」
「よろしくね」
部屋を出て、熱を持った吐息をつく。
なんて話そう。そのまま話したらロアが大変な事になりそうだ。
ぐるぐる考えながらお風呂場へ向かった。
*****
入浴し終え、自分で作った水を飲んだ。
自分の魔法で作った水が一番美味しい。
トントントン
ノックの音が聞こえ、返事をすると、ロアが立っていた。
レッドより先にロアが来たので、忠告した。
「わたし今から気持ち良くなった事をレッドさんに言うのだけど……」
「うん。ミツキだと地雷を踏みそうだから俺がフォローに来たんだけど」
「ああ、それで」
ロアを部屋に通して、椅子に座った。
机とセットで置いてある木製の椅子は2脚しかないので、サラがもう一つ持って来てくれた。
「……ミツキは俺に色々される事、どう思っているんだ?」
「えっ……どうって……」
「やっぱり、嫌だったか?」
ハッキリ言うと、嫌では無い。
むしろもっとしたいとか、ずっとしていたいとか……中毒性があるし、デメリットがあまりないから……
でもそれを口に出して言う事はわたしには出来ない。
「う、ん、と……嫌、じゃないよ。」
「昨日みたいに一緒に寝るのは?」
「やじゃない……何もしないなら良いよ」
それを聞いたロアは安心したようにニコリと笑った。
「今日も一緒に寝て良い?」
「何もしないなら良いけど……」
「うん。何もしない。約束する」
今晩もロアと一緒に寝る事になりそうだ。
やっぱり少し恥ずかしいけど、ロアの近くに居たい気持ちが大きい。
ここ数日は夕方頃にならないと逢えないから、寂しいのかもしれない。
好きな人と長く一緒に居たいだけかもしれないけど。
その時、ノックの音が聞こえた。
返事をすると、入って来たのはやっぱりレッドだった。
「えー? なんでロアが居るの?」
「邪険にしないで下さい」
レッドの後に続いてメイドが三人入って来た。
さすが前元帥の妻。わたしとは待遇が違いそうだ。
「女の子同士で話そうと思ってたのにぃ」
「女の子って年齢ですか」
「見た目だけは若いから!」
ふふんと誇らしげに笑うレッドにロアは呆れたような視線を向ける。
レッドが席に着いた事を確認して、仕方なく、あの時の事を話し始めた。




