部屋の秘密
屋敷に戻ると、ロアは服が焦げ臭いらしく、お風呂に入りに行った。
ロアとレッドが訓練? をしている事を知った使用人がすでにお風呂の準備を終えていた。
レッドが泊まるのでその準備も着々と進んでいるようだ。
「ミツキー!」
手を振りながらレッドが走り寄ってくる。
ナタリアと話は出来たのだろうか?
「レッドさん、ナタリアさんには……」
「部屋で紅茶飲んでたよ。階段がつらいから部屋に居るみたい」
「そうですか。元気になって良かったです」
「あの感じだと明日には元気になるよ」
ニコニコと笑うレッドに、オークション会場で助けてくれたライトの姿が思い浮かんだ。
えっと……ライトはロナントとレッドの息子なんだけど、魔力類似症で父親のロナントと同じ顔してて……笑っていると息子のライトで、鋭い目だと父親のロナントで……あー、明日のパーティで間違えそうで怖いな。
ライトのニコニコ良く笑う性格は母親譲りなのだろうか?
「ミツキの部屋行こ?」
「はい。いいですよ」
レッドが泊まる事は急に決まった事らしく、レッドの部屋の準備がまだ出来ていないらしい。
わたしの部屋で話すのが一番良いかな。
「こっちです」
玄関から部屋の位置は分かるので先導切って歩き始める。
後ろからレッドの後にセレナとサラも付いてきた。
歩き始めてすぐ、あれっ? とレッドが声を上げた。
「中央館じゃないの?」
「はい。東館に……」
「ふーん……東館、か…………ええ?」
レッドは何か悩んだ様子だった。
前元帥の妻だから、昔はこの屋敷に住んでいただろうし、詳しいはずだ。
だから、客であるわたしが何故東館に部屋を持たされているのかが、分からないのかもしれない。
「この部屋です」
立派なレリーフが付いている扉の前で立ち止まる。
そう言えばこのレリーフがどう言う意味なのか聞くの忘れてたな。
レリーフが付いていた部屋、と言えばロアの部屋とナタリアの部屋だろうか。
「……」
レッドは扉を見て真っ青になっていた。
「あー、あー……ああー……!」
何か思い出したくない事を思い出して頭を抱えて声を発した。
困惑しながらレッドに声をかける。
「レッドさ」
「誰だ!! この部屋を選んだ奴は!? 何考えてやがる!!」
「え? え?」
何故かすごく怒ってるんだけど!?
レッドは怒りで肩を震わせ、拳をきつく握りしめていた。
わたしがこの部屋で寝泊まりしてるのが気に入らなかったのかなっ?
どうしよう! レッドに殴られたら本当に死ぬ!
「へ、部屋を選んだのはロアで」
「ロアだとぉ……クソ、あいつ……」
「レッドさん……?」
「変えなさい」
「あ、え?」
「部屋を今すぐに変えてもらいなさい!」
「え? ええ? どうしたんですかレッドさん!」
「後でロアには言っておくから」
「あの……せめて理由を……」
この場にロアが居たら殴りかかっていそうなレッドの雰囲気に、ビクビクしつつ何とか質問する。
レッドは震える声で教えてくれた。
「この部屋はな、ミツキ……良く聞け………次の元帥の妻になる人物に与えられる部屋だ」
「……はい?」
「つまりミツキはロアの妻に」
「わあぁああっ!!! なんですかそれ!! 知りません! 知りません!!」
この部屋はロアの奥さんになる人が住む部屋だって?
聞いてない! 知らない! ロアは知っててそんな事を!?
慌ててセレナに詰め寄る。
「どうして教えてくれなかったんですか!?」
「坊ちゃまが決めた事ですから……それに、お教えしたらこうなる事が分かっていましたので」
「ええ……? よく分かんない……なんで……?」
「ミツキ」
レッドに呼ばれ、視界にとらえる。
ふう、と溜息を吐いてレッドが優しく教えてくれた。
「此処のメイドはな、出来る奴ばっかりだ。分かるよな」
「はい……それは……」
セレナにもサラにも不満なんてない。すごく良くしてくれている。
「だがな、ミツキ。こいつらはあくまでもグラスバルトの使用人だ。おれやミツキに仕えている訳ではない」
「あ、の……」
「グラスバルトの為になると思ったら手段を選ばないからそのつもりでな」
ぞわっ! 全身に鳥肌が立った。
この部屋にわたしが泊まる事になったのはロアが決めた事だけど、使用人はそれを全く咎めなかった。
その方がグラスバルトの為になると思って今まで何も言わなかったのか。
「申し訳ございません、ミツキ様……口止めされていたので……言いたくても言えず……」
「セ、レナさん……」
「明日には別のお部屋をご用意いたします。今日はこちらでお願いできませんか?」
今、屋敷はレッドの急な泊まりでバタバタしている。
さらにわたしの部屋替えとなると大変な事になるだろう。
仕方なく頷いて、レッドと一緒に部屋に入った。
部屋に入ったレッドは早速椅子に座り、テーブルを挟んだ椅子に座るように言われる。
セレナとサラは紅茶でも淹れるのか、部屋備え付けの食器棚からカップとポットを取り出していた。
「あの……ありがとうございました」
「うん? なに?」
「部屋の事……全く知らなくて……居座ってしまう所でした」
本来はロアの妻が住む部屋にわたしが居座るって……将来の妻の立場からするとすごく気分が悪いと思う。
早めに気が付いて良かった。
「ロアはミツキが此処に居れば良いと思ってるんだね、きっと」
「そんな事、思ってないと思います」
「どうしてそう言えるの?」
「ロアと約束してて……」
「約束? なあにそれ。教えてくれる?」
家に帰る事を手伝ってくれる、わたしを家に帰す、と言う約束を話した。
レッドは少し難しそうな顔をした。
「ロアがロナントが帰って来たら話がしたいって言ってたのはこの為か」
「はい。とても博識だと聞いています」
「あいつ本読むの好きだからなあ。今も他国に行って本を何冊か買ってくるんだろうなあ……仕事の関係で普通の人間が知りえない事も知っているだろうし……」
レッドは納得したように頷いて、一度パン、と手を叩いた。
「決めた! おれもミツキが元の世界に帰れるように手伝うよ!」
「本当ですか!?」
「うん、ロナントが帰って来たら聞いてみるよ。異世界について何か知らないか? って」
「わあ! ありがとうございます」
レッドはすごく良い人だなあと思い、笑顔になる。
そこでふと、どうして良くしてくれるのか疑問に思って聞いてみる。
「どうして手伝ってくれるんですか?」
「……あー、それは……」
「?」
「ミツキがおれの境遇と似ていると言うか……」
「レッドさんと似てる?」
普通の家庭の子供のわたしと英雄の娘のレッドが似ている?
そんな事を誰かが聞いていたら鼻で笑われそうだ。
「うん……行く当てが無くなって此処に居候する事になったけど、与えられた部屋が此処、って言う……」
「レッドさんもこの部屋に?」
「正確にはこの部屋じゃないよ。レリーフの付いた扉は取り外しができるから………うん、おれも次期元帥の妻の部屋に住んでいたよ……もう50年? 前になるかな」
「それは……結婚した後でではなく?」
「違う違う。ミツキと同じ状態だよ。まだ……16歳の時だったかな? ロナントにこの部屋で寝てくれと言われて……結婚も何も……恋人でも無かったよ……」
話をまとめると……行く当てが無くなったレッドが幼馴染であったロナントの屋敷に身を寄せ、与えられた部屋がわたしと同じ意味を持つ部屋で……
当時まだ二人は恋人でも何でもない、本当にただの幼馴染だったと言うから驚きだ。
「初めてレリーフの意味を知った時……もうその時は結婚してたんだけど……頭に来たよ。おまえおれと結婚する気満々だったのか? って」
「満々だったんですか……?」
「そうだよ! 色んな意味でやる気満々だったんだ! おれはまんまと罠にはめられたんだ、結婚する気なんて無かったのに!」
色んな、意味で……
ロナントはどういう気持ちでレッドをはめたのだろうか?
やっぱりロナントもロアと一緒でグラスバルト的な恋愛をして、レッドと一緒に居る事を画策したのだろうか。
とあるグラスバルトの男が、恋した女を手に入れる為に汚い事にも手を染めた話を思い出した。
「だから、ミツキには親近感が……」
「確かに似た境遇ですね」
「ロアがまさかロナントと同じ事をするとは思わなかった……血だな」
「血ですね……」
脱力しながら二人で笑った。
レッドの事を怖いだなんてもう思わなかった。
逆に親近感が湧く相手になった。
目の前に置かれた紅茶を二人で飲んで、一息ついた。
「後でロアはぶん殴っておくから」
「あ、ああ……手加減はして下さい……」
「ロアの態度次第だな」
ニヤリと笑うレッドに口元を隠して笑った。
すごい行動的で面白いお婆ちゃんだった。
わたしは祖母とは一緒に暮らしていなかったから新鮮だった。
とは言ってもレッドの見た目はわたしと同じぐらいの年齢なのだけど。
「それで……本題だけど」
「妖精の事ですか?」
「そう。色々聞いても良い?」
「はい、どうぞ」
背筋を伸ばして、レッドに向き直った。
妖精の事とは言っても知っている事はあまりない。
何が聞きたいのだろうか?
レッドの言葉を待った。




