訓練!?
夕方、庭で魔法の練習をしていた。
わたしはどう頑張っても長い時間本を読み続ける事が出来ない。
ナタリアは昨日よりは良いとは言っても病み上がりでベッドで寝ているそうだ。
庭には芝生が続き、芝生終わりからは森になっている。
此処なら水魔法を使っても問題ないだろうとセレナに言われ、練習をしている。
妖精と会話しつつ、どうしたらもっと上手く魔法が使えるのか学びながら水球を作った。
「ミツキ様、一度休みましょう」
「はい」
やりすぎると倒れてしまう事は十分分かっているので休み休み、セレナとサラが用意してくれたお茶とお菓子を摘みながら練習をした。
お菓子はクッキーのような硬さと形で、味は柑橘系の甘いけど酸っぱさもある味だった。美味しい。
日の傾き具合からもうすぐロアが帰って来るような気がする。
……物知りなロナントが帰って来るのが明日だから、明日パーティになるって言っていたけど。そこでロナントと初めて会う事になるのかな。
色々と聞きたいけど、家族パーティだし……明日は控えた方がいいかな……
庭に用意された椅子に座り、机に置かれたクッキーを食べながらそう思った。
その時、空から庭に何か落ちた。
遠くに落ちたため、判断が付かなかったが、目を凝らしてよく見ると、それがロアである事に気が付いた。
空を飛んで帰って来たのだろうか?
「ロアー? 帰って来たの?」
大きな声で話しかけながら近づこうとして、
「馬鹿!! 近付くな!!!」
「えっ?」
空から……隕石が落ちてきた。
隕石は真っ直ぐにロアにぶつかって、ロアは隕石を受け止めた。
芝生を強くえぐりながら、ロアが押されていく。
強い衝撃と風に目を閉じた。
衝撃が収まった所で、目を開けると、ロアが誰かと交戦中だった。
剣同士がぶつかって高い音が幾度となく鳴る。
あれは……
「レッドさん……?」
レッドが振り下ろした刀をロアが受け止める。
腰の入った一振りにロアが押されていく。
ロアは防戦一方だ。
「クソッ!」
ロアはたまらず右から左へ剣を振り下ろすが、ひらりと簡単にかわされてしまった。
レッドが冷たく言い放つ。
「殺すつもりで振れ。でなければ、おれには一生勝てないぞ」
「っ! このっ!」
ガキンと剣同士が合わさる。
じりじりとした押し合いになった。
押し合いなら男のロアの方が有利……と思ったが、あっという間に弾かれた。
距離を取ろうとしたロアを追いつつ、レッドは多数の火球を飛ばす。
ロアは威力が高かったのだろう、火球を相殺しきれず、いくつか被弾する。
「ぐぅ!」
火傷の痛みにロアが呻き、怯む。
その隙を逃さず、一瞬で距離を詰めたレッドがロアの大剣を弾いた。
あの重たい大剣が宙に舞って、弧を描いて遠い所に突き刺さった。
最後にロアは蹴り飛ばされて、仰向けに倒れて動かなくなった。
「ろ、ロア……!」
ビックリしつつ、慌てふためいてロアに駆け寄る。
上半身を抱き上げて様子を窺う。
意識はあるようで、レッドを睨みつけていた。
ロアに睨みつけられているレッドは刀を鞘にしまった。
「好きな女の前で恥をかいたな。精進しろよ」
「はい、教官……」
ロアはぐったりと力を抜いた。
訓練が終わったって事なのだろうか?
「ロア大丈夫? 今水で冷やしてあげる」
「ありがとう……ミツキ……」
すぐに水を作って火傷を冷やした。
元々の自己治癒力が高いからあっと言う間に火傷は無くなった。
「ミツキ! 久しぶり! 元気だった?」
レッドに話しかけられて、硬直した。
さっきまでロアに厳しい言葉をかけていた時と全く違う。楽しそうな声。
ロアも十分強いけど、レッドは次元が違う。これが英雄の娘なのか。見た目の年齢はわたしぐらいなのに……
「はい……わたしは元気です」
「ロアはほっといて平気だよ。すぐに元気になるから」
「酷いです、おばあ様……」
「酷いのは誰だよ。呼び止めたのにスタコラ逃げ始めてまあよくも」
またレッドがロアを睨み始めたので、なだめる。
欲求不満だと言う話は本当らしい。
「ミツキ、おれはなんでそんなに早く帰りたいんだってロアに聞いたんだよ。そしたらなんて返って来たと思う?」
「おばあ様、言わないで下さい」
考えてもさっぱり分からないので、首を振った。
ロアが言わないでと言っているのが気になったがレッドの言葉を待った。
「ミツキに早くお帰りなさいって言われたいってぬかしたんだよ。はーやだやだ。ムカついて本気で叩いちゃったじゃないか」
「……」
「ちゃんと仕事してから言われた方が良いだろ? なあロア」
「俺はちゃんと仕事しました」
「護衛はしたけど、訓練サボっただろ」
「おばあ様の追加訓練は残業です」
ロアがよたつきながら立ち上がる。
もう怪我は治っていた。
「大丈夫? ロア?」
「うん。もう平気」
ほっと胸を撫で下ろす。
立ち上がってロアを見た。服が無残な事になっていた。
こうして服がボロボロになって行くのか……
「ねーミツキ」
「はい? 何でしょう?」
「妖精の事だけど……」
そう言えばロゼがそのうち妖精の事でレッドが話を聞きに来るって……
「おれ今日、此処に泊まってくから」
「えっ!? どうして急に?」
急なお泊りにロアが反応する。
ロアの表情から、レッドが家にいると何かまずい事があるのだろうかと勘繰ってしまう。
ロアの質問に、レッドは急に寂しそうな表情をした。
「家に一人だと寂しくて……」
「おじい様が居なくて寂しいなんて……きっとおじい様喜びますよ」
「ロナントは関係ない! 一人だから寂しい!」
「おじい様にはおばあ様が一人で寂しかったと伝えて……」
「やめろお! あいつ勘違いするからやめろ!!」
頭を抱えて叫ぶレッドの隣で、ロアが教えてくれた。
ロナントは妻であるレッドが大好きすぎて、全てを犠牲にしてでもレッドの事を優先するらしい。
寂しかったなんて言った日には、片時も離れず家では軟禁されそうになるとか。
そもそもロナントはレッドが騎士隊の教官に従事する事に反対していたそうで、軟禁して仕事に行けなくて首になったらいいなあと考えているらしい。
まあ、その囲いをいつもレッドはぶっ壊してもくろみが達成された事はないようだけど。
意外にもレッドの弱点はロナントなのだろうか。
「ロゼにはちゃんと宿泊の許可取ったから!」
「父上に許可を?」
「ロゼ、今日遅いって! ナタリアに挨拶してくる」
「はあ」
軽やかな足取りで屋敷に向かうレッド。嵐のようだ。
今日、ナタリアとは会っていない。
昨日の今日だからゆっくり休んでいるのだろう。
ロアは溜息を吐きながらレッドを見送った後、自分の服を見た。
黒焦げて焼け落ちている部分もある。もうこの服は駄目だろう。
わたしの視線に気が付いたロアが、肩を落とした。
「俺、弱いだろ? 幻滅した?」
「え、いや……レッドさんがすごすぎて、ロアが弱いとは思わなかったよ」
ロアは頑張って食らい付いていたし、弱いなんて思わなかった。
確かに実力はレッドに及ばないのだろうけど。
「ロアはまだ若いんだから、これからだよ」
「はは、良く言われる言葉だ」
ロアは乾いた笑いを零した。
笑った顔に煤が付いていたのでハンカチで拭う。
ロアは本当に大変な家に生まれたんだな、と改めて思った。
ふと目が合って、微笑んでおいた。
「なあ、ミツキ」
「なあに?」
「お帰りは言ってくれないのか?」
……わたしのお帰りが早く聞きたくて、レッドの制止を振り切ろうとしたんだっけ。
レッドが怒るのも無理がない気がした。
「……お帰り、ロア」
ロアは予想通り嬉しそうに微笑んだ。
やっぱりわたしは、この顔が好きだ。
「ただいま、ミツキ」
「うん」
手を繋いで、屋敷へと戻った。
抉れてしまった芝生の跡がさっきの訓練の余波のように見えて痛々しかった。




