表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/142

「ただいま」


昼食を食べた後、屋敷の中を案内してもらった。

西館、東館、北館、それから中央館と大雑把に四つに別れている事を知った。

中央館には応接間などお客が来た時に対応する部屋や、家でも当主である元帥が仕事が出来るようにと簡単な仕事場があるらしい。

夜中に元帥に用事があって来た騎士などを泊める為のスペースもある。

西館には天井を抜いた広いパーティ会場がある。

最近は全くないが、昔は貴族に招待状を送りパーティを開いていたそうだ。

東館は居住スペースだ。

グラスバルト家の人達は、みな東館に部屋がある。

わたしの部屋も東館にあてがわれている。

客なら中央館なのだろうけど……あまり深く考えるのはやめよう。

北館は住み込みで働く人達が部屋を持ち暮らしているスペース。

セレナもサラもそこに住んでいる。


「北館は案内できません、ご了承ください」


客を入れる訳にはいかないのか、セレナにそう言われ少し残念だったが仕方ないと諦めた。

何度か屋敷を歩き回って、玄関の位置と何時も入っているお風呂の場所は覚えた。


「あと……ロアの部屋は……」

「……ミツキ様」


セレナに呼び止められた。


「あまり二人きりにならない方が良いと思いますわ」

「……はい」

「坊ちゃまにご用の際は私かサラに……」

「分かりました。ありがとうございます」


ロアの部屋の場所は追々覚えて行こう。




*****




夕方になった。

部屋で一人、書庫から持ってきた本を読んでいた。

題名は、『英雄の娘』だ。

勿論、改稿後のレイチェルの話だ。

何処までが本当で何処からがフィクションなのだろうか。

レッドに聞けばすぐなのだろうけど……聞きにくいな。

セレナによると、ナタリアの調子が悪いから今日もロゼは早くに帰って来たらしい。

二人はナタリアの部屋に居るとの事。

何事もなければ、昨日と同じ時間にロアは帰って来るのだろう。


「ミツキ様、坊ちゃまがお帰りになられました」


もうすぐ帰って来るだろうとサラが様子を見に行っててくれた。

やっぱり昨日と同じぐらいの時間だ。

夕日が落ちかけている光景を眺め、


「ロアは玄関ですか?」

「そうですね。もうすぐお着きになられますよ」


昨日とは違い、動きやすい服装に靴。

玄関の場所も分かっているので足早に向かった。

向かっている最中、はた、と。

なんでお出迎えみたいな事をしているんだろうかと疑問に思った。

……まあ、お世話になっているし……ロアに早く会いたいし……?

何だかとても恥ずかしくなった。

早く会いたいとか、恋人じゃないんだから……!

ブンブンと左右に頭を振った。

サラが、え……? と言う顔で見てきたが、曖昧に笑っておいた。

玄関に着いたが、ロアの姿は無い。

まだ庭に居るのかな?

すでに玄関で待って居た白髪の執事と目が合った。


「ミツキ様。お出迎えですか?」

「あ、はは……はい、そんな感じです」

「ロア様はきっとお喜びになられます」


そう言えば執事はロアの事を坊ちゃまって言わないのか。

メイドは一貫して坊ちゃまだけど。

ロアって、20歳でしょ? 坊ちゃまって年齢では無い気がするな……

確かに坊ちゃまなんだろうけども……

ロアの坊ちゃま呼びに違和感を感じた頃、かちゃりと玄関が音を立てた。

あ、帰って来たのかな。


「ロア!?」


ロアの姿を見て、思わず叫んだ。


「どうしたの!? その服!」

「そこはお帰りじゃないのか」

「言おうとしてたけど吹っ飛んだよ!」

「えー?」


ロアの騎士服は、昨日よりズタボロだった。

もう全体的に黒焦げてるし、裂けてるし穴も開いてるし……

ロア自身も疲れ切った表情を浮かべている。


「俺はお帰りって言って欲しかった」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 怪我は無いの?」

「もう治った」


もう治ったって……何だか昨日と同じやり取りをしているような……ハッ、もしかして。


「またレッドさん……?」

「おばあ様、今日はしつこかったなあ……街にまで追いかけて来たから、大変だったよ」


やっぱり……3番隊の教官か……

まだ訓練の途中だ! って言われて襲われたのか?

ロアの様子から察するに、何とか撒いてきたようだが……


「多分、おじい様が居なくて欲求不満なんだろうな」

「寂しいって事?」

「いや……そっちじゃなくて……それもあるかもしれないけど……」


首を傾げた。

ロアは呆れたように続けて答えを教えてくれた。


「あの夫婦は暇さえあれば手合せばっかりやってるんだ。子供の頃からの習慣だって言ってさ……誰もあの二人には敵わないよ」


思っていたよりもアクティブな欲求不満だった。

もういい歳なんだから抑えた方がいいと思うけどなあ、とロアはぼやいた。

ロアはすでに服としての機能を果たしていない上着を脱いで、執事に預けた。

中に着ていたシャツも裂けている。

丁度、お腹の部分だ。軽く血も滲んでいたので、怪我をしたっぽい。今はもう傷跡すら無いけれど。


「食事の前に風呂に入る。上着は適当に捨てておいてくれ」

「かしこまりました」


風呂の準備をするためか、足早に執事は去って行った。

そこでようやく、ロアが一息吐いた。


「ロア、お腹怪我したの?」

「うん? ああ……防ぎ切れなくてな……俺の修練が足りない証拠だよ」


痛かったなあとロアはお腹をさすった。

それだけで済むロアは、やっぱり普通の人間とは違うのだと認識した。

普通は痛みで転げまわるぐらいだと思うけど……


「部屋来るか? もう夕食になるだろうけど」

「うん」

「じゃあ、ほら」


ロアが手を差し出して来た。

無視して先を歩いた。


「もうその手には乗らないもんね」

「ふーん……」


つまらなそうに鼻を鳴らした後、ロアはわたしの手を掴んできた。

ちょっと……セレナとサラが居るのに! 何するの!


「っ、ロア……! 人前!」

「少し前まではこうして手を繋いで歩いてたのに」

「そ、それは迷子になるからって……」


カナトラは人も多く、道も広かった。

対して此処はロアの家であって……


「いいだろ、減るものでもないし」

「………」

「な?」


分かっている。わたしはロアが好きだ。

だから笑顔でお願いされるとついつい聞いてしまうんだ。

無言で頷いた。


「その姿だと、やっぱり落ち着くな」


わたしと手を繋ぐ権利を意気揚々と手にしたロアが、安心するように息を吐きながらそう言った。

今までずっと着ていた薄茶色のワンピース。


「わたしもこっちのが落ち着くよ」


昨日着たドレスも悪くは無いけど……わたしにはちょっと早かったかな。

それに、ロアに豹変されても困る。


「あ、そうだミツキ」

「なあに?」

「ただいま」

「?」

「返事は? ただいまの返事」

「……? お帰り?」

「うん。ただいま、ミツキ」


ロアは向日葵のように笑った。少年のようだった。

何故か心臓がバクバク動き出した。

そして赤くなった。

ただいまとお帰りを言い合って幸せを感じるとか……新婚でもあるまいし……

いや、待って……同じか……?

わたしは家から出られないし、ロアの帰りを時間を潰して待つのみ……

夫の帰りを待つ妻……

頭を殴られたような衝撃が襲い来る。

……違うんだ……そんな気は全くない、のに……

わたしは家に帰りたいだけなのに……


「……ロアは、お帰りって……言われたいの?」

「ミツキに言われたい」

「……なんで?」


新婚か、なんて思ったが、ロアは違う事を思っているかもしれない。

と言うかなんでわたしに言われたいんだ……


「なんか……元気になると言うか……一日の疲れが吹っ飛ぶと言うか」

「うん……」

「ミツキが家に居た、って思うと変な気持ちになるんだよな……」


変な気持ちって、何だ? どんな気持ちだ?

聞いてみたい気もするけど、藪蛇になりそうだったから、そうなんだ……と無難に返した。

これでロアが新婚みたいな気分とか言い出したら、わたし、屋敷から出ていけなくなりそうで怖い。

メイド包囲網を思うと怖すぎる。


「ロア、わたしロアに聞きたい事があって」


話を変える事にした。


「え? なに?」


ロアは変わらず爽やかな夏の風のように笑う。

ああもう、カッコイイな!

わたしの恋心、今だけは大人しくしてくれ……


「部屋に着いてからで……」

「此処が部屋だけど」


言って、ロアは扉を開けた。

昨日みたいに開けて、先に通してくれた。


「ミツキ様、私達は……」

「セレナさんでもサラさんでもいいので居て下さい」

「ではサラ、付いていなさい」

「かしこまりました」


わたしとロア、それからサラが部屋に入った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ