望むもの
扉をノックして、声をかけた。
「ロア、居る?」
扉が勝手に開いた。
ロアが開けたようだった。
「ロア、あの……話を……」
「何の話?」
「……ロア」
酷い顔をしていた。
気が滅入っているのか心なしか顔色が悪い気がする。
「昨日、ロアの事教えてくれるって……」
「……ああ、別にもう何も隠してないだろ? 家の事をずっと隠してたぐらいで後は何も」
「じゃあ、あの……ロアと一緒に居たいなって……」
と言うと、ロアは一つ息を吐いてから静かに頷いた。
部屋にはいる時、
「ではミツキ様、私はこれで……ご用の際には」
「待って下さい! 一緒に居て下さい」
セレナの腕を掴んだ。
さっきの事もある。頭がぐちゃぐちゃになったさっきの恥ずかしい出来事だ。
何も話したくなくてさっきみたいな事になったら嫌だ。
「ですが、二人きりの方が坊ちゃまも話しやすいかと思われます」
「二人きりはわたしが嫌です……」
何とか説得して、セレナと二人でロアの部屋に入った。
そのままセレナは扉の脇に控えた。
ロアはまたベッドに座っていた。
そこが定位置なのだろうか?
ベッドは天蓋付きだから、照明の陰になっていて丁度いい明るさかもしれない。
「……ミツキ」
ロアは隣をぽんぽんと叩いた。
何も言わずに隣に座った。やわらかいマットがゆっくりと沈み込んだ。
ロアはそれきり何も言わなかった。
ただそばにいるだけ。それでも、いいのだけど。
父親の、ロゼさんとの事を聞きたい。
でも、小心者のわたしはいきなりは聞けないから、言葉を選ぶ。
「ロアは子供の頃、どんな子だったの?」
苦し紛れにそんな事を聞いた。
聞くのだから自分の事もと思って、沈黙も嫌ですらすらと言葉が出た。
わたしは平凡な子供だった。
自分の言いたい事、気持ちを満足に言えないような内気な子供だった。
勉強も運動も全部並み。取り柄は何もなかった。
ロアとの旅の中で唯一良かったと言えるのは虫が平気な事だろうか。取り柄と言えば取り柄だろう。
弟に付き合ってカブトムシを取りに行ったものだ。懐かしい。
「恋愛も普通だったし……」
「……恋愛?」
ようやくロアから返事が届いた。
適当に話してるだけだけど、ちょっとは元気になったのかな?
「ほとんど片思いで、実った事は無かったな……ああ、思い出した。そう言えば告白されて付き合った事は一回だけあったけどすぐにわ、か、れ……」
違う。
ロアは元気になった訳では無かった。
今にもわたしに噛み付きそうな顔をして、睨んでいた。
黒い感情はわたしに向けられたものでは無い。
それに断じてロアの嫉妬心を煽りたかったとかは無い。
「でもね! 本当に何にも無かったの! わたしは彼の事好きでも何でもなくて、それで付き合っているのがつらくて直ぐに別れたと言うか……数日! たった数日だよ! もう付き合っていたともいえない様な日数で」
「数日って何日だ」
「10日位です……」
「何処の誰か名前を」
「向こうの世界です……会う事は出来ないよ……」
と言うか知ってどうするんだ。
その自慢の大剣で刺殺しにでも行くつもりか。
「ロアだって付き合ってた人とか居ないの……?」
「……居ない。居たらそいつは婚約者って事になる」
……そっか、貴族だからそうなるのか。
そう言えばロアには婚約者も居なかったって、言ってたよね。
「っ……ロア?」
ぐっと体を寄せられてじとりと見つめられる。
「そんな話をして何が言いたいんだ?」
「っ、わたしがどんな人生を送って来たかって話してただけで」
「また押し倒されたいのかよ……」
ロアの喉から低い声でそう言われ、左右に首を振った。
押し倒されたくは無いよ!
例え殆どの女性がロアに押し倒されたら嬉しいって言ってたとしても!
「ロアの事が知りたくて自分の事を話してたんだよぉ」
「……俺の事が知りたいのか」
「……うん」
「そうか、そう言う事にしといてやるよ」
ロアはいつもと違う笑い方をした。怖い。
ロアの事を教えてくれるのかなって思って待ってみたが、何かを考えているようで話し出さない。
「ロア?」
「……対価が欲しい」
「はい?」
「俺はミツキの話を聞いてとても不快な気分になった。対価として何か支払うのは当然だろう?」
「お金は持ってません……」
「俺はお金は欲しくない。何が欲しいと思う?」
何がって……ロアが欲しい物……って言われても……
助けを求める様にセレナに視線を向ける。
気が付いたセレナが、悩んだ後、
「ミツキ様、坊ちゃまが欲しがっているのはミツキ様自身かと」
なんだって?
笑顔のまま固まる。そんな事、あるはずが……
ロアに抱き寄せられた。
何をするんだ、とロアを見て、そして目が合った。
ああ……セレナの言った事は本当だった。
否定もしないし、そうだと言わんばかりに体を寄せた。
「ロ、ア! 待って……」
「俺の事が知りたいんだろ?」
「知りたい、けど、何させる気なの!?」
「ミツキからキスしてくれたら何でも話すよ」
「………は、い?」
「話したくない事も話しちゃおっかなあ? 大奮発するよ」
ニコニコ顔で迫るロア。
背中のぞくぞくが止まらない。
「セレナさんが居るのに何を言ってるの!?」
「連れて来たのはミツキだろう? 俺は関係ない」
「人前は駄目だって……」
「見えなきゃいいのか?」
「そう言う問題でも……って、あ」
ロアは布団を掴んだと思ったら、ばさっと空中に広げ、わたしはその下敷きになった。
布団の中は思ったよりは明るかった。照明が良いからだろう。
暗がりからロアの手がすっと伸びて来て変な声が出た。
両肩を掴まれて、暗い中互いに見つめあった。
「出来ない?」
それだけ聞かれて、顔が真っ赤になる。
今までその……たくさんキスをしてきた訳だけど……自分からする事は無かった。
何時もロアが求めて来て、わたしはそれを受け入れてただけ。
「ロアがしたいなら……」
「俺じゃなくて、ミツキからじゃないと意味がない」
「そんな……恥ずかしくて出来ないよ……」
「しなくても良いけど、その場合は何も話せない」
「……ずるいよ」
ロアはそれ以上何も言わなかった。
黙ってわたしを抱き寄せて、目を閉じた。
ドクドクと血液が送り出されていく音が耳元で大きく聞こえた。
ああ、ロア……カッコイイな……綺麗な顔してる……
ロアにキスをする? わたしが? ああ、なんて綺麗な形の唇……
頭が沸騰しそうだ。
でもしないと、しないと……
わたしは、散々迷った挙句にロアに唇を落とした。
ちゅ……
ロアはものすごく不満げに目を開けた。
「何で頭?」
「場所の指定が無かったから!」
「胸張って言うな、普通口だろ!」
「恥ずかしくて無理!」
「クソッ、ミツキ!」
がっ、と勢いよく唇が合わさる。
むにゅむにゅと何度か唇を食まれた。
「ん、ロア、まって」
「何だよ」
「人いるからぁ……もう満足したでしょ?」
ロアはやっぱりすごい顔をしてわたしを睨んだ。
ああ、口にしておけばこんな事にはならなかったのに……でも恥ずかしくて無理。
慌てながら布団をどかす。
はあ、布団の中は空気が篭っていて汗掻くぐらいとっても暑かった。
続けてロアも出てきた。
納得してない顔だった。
「もう話してくれないんだったらそれでもいいよ……」
たぶん、わたしが過去の恋愛の事とか話したのが不味かったんだよね。
ロアがわたしの事好きなのは知ってたのに……何で話しちゃったんだろう?
さっきまで完全に忘れていた元彼、とも言えないような存在。
ロアの地雷だったわけだ。
「……はあ~」
ロアは深い溜息を吐いた。
そして諦めたようにわたしの頭を撫でた。
「いいよ、特別に。何から話そうか」
ロアは腕を組んで考えた。
「じゃあ、俺の生い立ちから……」
ロアは一つずつ自分の過去を振り返り始めた。
グラスバルト家、次期元帥の普通とはちょっと違う半生を。




