ふわふわ
「いてて……」
ベッドの上に倒れたためかあまり衝撃は無かった。
今、どう言う状況? 前かがみに突っ込んで、その先にロアが居た気が……
うつ伏せに倒れたので、両手両足をベッドについて四つん這いになって体を起こす。
「!」
ロアが居た。わたしの下敷きになってる。
仰向けでじっとわたしの事を見ていた。
「あ! ご、ごめ! 今退くから!」
本当に悪い事をした。退いたらもう一回謝ろう。
痛くなかったかな? 怪我はしてないよね、さすがにロアだもの。
その時、
「……えっ」
腰にロアの腕が回った。
ぎゅっと片手も握られた。
「あ……ロア? 動けな……怒ってるの……?」
ロアの目を覗き込んだ。
怒っている様子は無かった。でも……この目は……
さあっ、と背筋が凍った。
「ロアっ……」
怒ってはいなかった。でも、違う感情を宿していた。
この感情を向けられるのは、今が初めてじゃない。良く知っている目だ。
嫌な予感がして心臓が大きく鼓動する。
「女に押し倒されるなんて死んでもごめんだって思ってたけど……」
ごめんともう一度言おうとして、続けられた言葉に固まる。
「ミツキなら悪くないな」
ロアがにんまり笑うものだから、わたしはどうしたらいいか分からず、硬直してただロアの言葉を待った。
「大胆なお嬢様にはお仕置きが必要かな?」
「……ひっ」
ロアの腰に回った手が体のラインをなぞるようにゆっくり這って行く。
ぶわりと鳥肌が立った。
部屋には僅かな夕日が差し込んでいる。もうすぐ夜がやってくる。
もう片方の手で掴んでいるわたしの手の甲にキスを落として、同じように頬に寄せる。その行動には何の意味があるのだろう。
背を撫で頬を撫でられ、段々変な気持ちになって来た。
あれ……これ……ロア、わたしに魔力流してる気がする。魔力枯渇してないのにどうして……?
ああ、ロアの魔力、きもちいな……
そこで、すでに薄暗い室内でわたし達は何をしているのだろう、と少しだけ不安になった。
「あぁ……ろあ、やだ」
気が付くとロアに抱きかかえられていた。
わたしが上でロアが下の位置関係は変わらずだったけど、ロアが優位に立っていた。
四つん這いだったはずなのに気が付くと足は伸び、ロアの足が絡んでいた。
上半身はかろうじて腕を突いてわずかに上がってはいたが、時間の問題だろう。
「なんで、ろあ……魔力……」
「気付いたのか」
「なん、で……」
魔力きもちい、きもちい、きもちいよ……
頭ふわふわ……おかしくなる……逃げたいけど、すでに逃げる気力も意思も無かった。
「ん……っ」
ロアに頬を撫でられた。
上擦った声が出かかって口を引き結ぶ。
「ミツキが綺麗だから」
「……?」
わたしが綺麗だから……? 何の事?
ぼおっとロアを見つめる。
「なあ、ミツキ」
「……?」
「俺以外にその姿、誰に見せた?」
「ぅ……?」
頬を何度も撫でられて答えを促される。
「メイドさんとか、ナタリアさん……んと、ロゼさ」
答えの途中、
ドサッ
と言う音が聞こえた。
気が付くと天井を仰いでいた。
ロアを見上げながら、体勢が逆になったと冷静な部分のわたしが判断した。
「な、に……!」
自由になったロアはわたしを睨みつけた。
両腕を片手で簡単に拘束されて、戸惑う。
変わらず体は酔っぱらっている様に思うように動かない。
「他の男に見せるとか腹が立つんだけど」
「他の、って……お父さん、でしょう?」
同じ家に居るんだから顔を合わせないのもどうかと思うけど……
今出来る精一杯の抵抗をするも、まるで効果がない。
「はなして」
「……」
「はなしてよ、ろあ………あ、えっ!? まっ、んんっ」
抵抗虚しく唇が重なった。
同時に多量の魔力が入ってくる。
びくりと体が勝手に跳ねて、力が抜けた。
どうしよう、このままじゃ、意識飛んじゃう……
「ミツキ……綺麗だな……本当に」
互いの涎でベタベタになった唇を舐めつつロアは恍惚に囁く。
僅かな夕日がロアの顔を赤く照らす。
綺麗だって思っててくれたんだ。
ハッキリしない意識の中、その事実に嬉しくなる。
「はっ、あ……ろあ、や………っ」
何度も何度も、奪うように唇を重ねる。
荒く呼吸をして何度もロアを受け入れた。
「俺以外にキスした奴居る?」
首に口を押し付けられ、吸われる。
ぴくりと勝手に体が跳ね、頭に霞がかかる。
「いなぁ……い」
「俺だけ?」
「ふ、ぅ……ろあ、だけ……」
わたしはクラスでも地味な方だった。
友達に彼氏が居てキスをしたとかなんて浮いた話は聞いた事はあったけど、わたし自身にはそう言った事は一切なかった。
「良かった」
ロアともう一度唇を重ねて舌を絡めた。
もう何度目か分からない行為に慣れきって、知らない内に舌を差し出していた。
「もし居たらそいつの事殺してたかも」
ぞくっ……
居もしない相手に憎悪の感情と、わたしに対する渇望。
ごくりと唾液を飲み込む。
ロアがこの先何を望んでいるかなんて、考えなくても分かる。
駄目だ、これ以上は……頭の片隅でそう思っているのに、体は思うように動かない。
「ん、あ! ろあ、まって……!」
衣服の締め付けが急に無くなった。
そう言えばこの服はどう言う構造だったか。
「そう言えば、何で赤い服なの?」
「……なん、で?」
「髪飾りもそうだけど、意味深」
意味深って……別に深い意味なんて何もない。
ナタリアが選んでわたしはそれを着ただけ。
その事をつっかえつっかえロアに告げる。
「でも、最終的に承諾して着たのはミツキだろう?」
「……? わかんない、なにが、いいたいの? ろあ……?」
「教えてあげる、可愛いミツキに……」
一度キスをしてから、ロアは教えてくれた。
誘いの合図の一つらしい。
部屋に誘って、ありがとうの意味で手にキスをする。ここまではいい。
頬擦りをするとまた意味が変わるようだ。
意味的には、お部屋でお相手願えますか、だ。
勿論、性的な意味で。
この合図を使う、と言う事は遠まわしに結婚してくれますかとのプロポーズにも使われるようだった。
また、わたしが赤いドレスを着ている、と言うのも問題があった。
相手、この場合はロアだけどロアと同じ瞳の色のドレスと髪飾りをすると言う事は、わたしがロアの事が好きだと言っているようなものらしい。
魔力を持って居たら基本的に三色しかないのに? と疑問に思ったが、その場合は誘いを断ればいいとの事。
ロアの瞳と同じ色のドレスを着たわたしが、ロアの誘いを受け断わらなかった。
その結果がこれ、と言う事のようだ。
「ん、ん……ごめ、しらなくて」
「知らなくて当然だ。ミツキは貴族じゃ無いもんな」
「あやま、るから……はなして……」
つまりわたしは今、ロアの相手をしている事になるのか。
ずっ、と服が剥がされそうになって慌てて抑える。
「もう、ごはんになるよ……」
「後で二人で食べればいいだろ」
「みんなでって……いったのに……」
ロアは幾度となくキスを落とした。
口が一番回数が多かったけど、手や頬、それに首筋。
唇を拒否して何とか背を向けるとうなじに押し当てられ、きつく吸われた。
部屋は、もうほとんど真っ暗だった。
魔力を与えられすぎて頭がぐわんぐわんした。
「ひゃ、っ……ぁ、ろあ……もう……」
頭はすっかり麻痺していた。
もう抵抗しないで、このままロアに身をゆだねれば、上手く行くような気がした。
此処に来た目的は……何だったっけ。
ロアは恋人で、結婚するのだったか。
わたしに恋人は……
コンコンコン
三回、ノックが聞こえた。
びくりと体を震わせる。
今まで熱に浮かされていたのが嘘のように体が冷えた。
「坊ちゃま、ミツキ様。お食事の準備が出来ました」
この声は、セレナだった。
青ざめる。
こんな場面、見られたら追い出されるかもしれない。
「鍵かかってるから大丈夫だよ」
耳元でロアがそう言った。
首を左右に振った。
「行こう、ロア。二人が、待ってるよ」
ロアは嫌そうな顔をした。
歪めた顔のまま、わたしを抱き留める。
「まだ、一緒に居たい」
「……ロア」
「ミツキと二人で……駄目か?」
じっとロアを見上げた。
恐る恐るロアの背に手を回す。
再び、扉がノックされた。何時まで経っても返事が無いからだろう。
「愛してる、ミツキ」
「ダメ、ロア……部屋に二人っきりなんて怪しまれちゃうから、ねえ」
「別に勘違いされてもいい」
「っ、セレナ……っ」
助けを呼ぼうとしたけど、唇でふさがれた。
胸がざわざわして、ドキドキする。
また、魔力が流れ込んでくる。
勝手に涙が溢れてきた。ロアはわたしをどうしたいのだろう?
分からなかった。わたしとエッチがしたいだけ? そんなの、すごく悲しかった。
頭がふにゃふにゃになる前に、
「約束忘れないで……お願いだから……」
告げると、ロアはさらに眉を寄せる。
ぎりっと歯を食いしばっていた。
「約束、約束って……なんだよ……お前は、俺の側に居られないって言うのか」
「居られない、前から言ってるでしょ?」
「ああ、クソッ」
ロアは吐き捨ててわたしから離れた。
とても機嫌が悪く、苛立っているように見えた。
「ロア……」
ロアは深呼吸して心を落ち着かせているようだった。
その背中にすがりついた。
「ごめん、ごめん……ロアごめんね……」
「いいよ、ミツキ……俺も頭に血が上ってた。ごめんな」
この世界に残る。
その選択が出来ればきっと、ロアは悲しまない。
この世界の人が傷つく事は無いのだ。
ロアの事が好きだ。長く一緒に居たいとも思ってる。
でも……それ以上にわたしは、家族に会いたかった。
あの悲惨な事故の後、どうなったのか。それだけでも知りたい。
「ミツキ……約束、忘れてないから。だからもう、泣くな」
「だって……ロア、わたし……」
「もうしない。これも、約束する」
涙が伝う頬を撫でられた。
もうしないと聞いて、安心すると同時に残念な気持ちにもなる。
「たまになら、いい……だれもいないところでなら……キス……」
ちゅ、と触れるだけのキスをして、ロアは微笑んだ。
ありがとう。そう言われてはにかんだ。
「部屋の前に居るの、ミツキに付いてるセレナか」
「うん、多分……」
「俺は先に行ってるから。服着直してから来い。悪かった」
ロアはバツの悪そうな、何時もの表情をした。
言われて、今の自分の状態を見た。
服は半分脱がされそうになっているし、綺麗にまとめてもらった髪は乱れきってしまっていた。
とても人前に出られる状態では無かった。
「分かった……先に行ってて」
「皆で食べるんだろ? 俺が言えた義理じゃないけど早くな」
「うん、早く行く」
ロアは笑いながら頷いて立ち上がった。
わたしはベッドから動く事が出来なかった。
ロアが部屋から出て行くのをただ見ていた。




