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お部屋訪問


足をくじかなようにゆっくり、でも気持ち早く歩を進める。

玄関前の階段まで来た。天井が高い分、階段も長い。


「ロア!」


姿を見つけ、微笑みながら声を掛けた。

ロア、ずいぶんと久しぶりな気がする。

旅をしていた頃はずっと一緒に居たから一日一緒に居ないと久方ぶりのような気になる。

声に気が付いたロアが階段を見上げた。


「えっ……ミツキ……?」


ようやく階段を下り終って、ロアの側に寄る。

……? どうしたのかな。

ロアはぽかんと口を開けたままわたしを見つめていた。


「お帰り、ロア」

「ただい、ま……えっ? 誰……?」

「誰って……さっき名前を呼んでたよね?」

「やっぱり、ミツキなのか」

「うん」


ロアはじっとわたしを見るばかりで、何も言わない。

ちょっと期待してたけど、がっかり。

大仰しい褒める言葉は要らないから、一言何か欲しかった。

まあ、いいや。切り替えよ。


「ロア、その服どうしたの?」

「あ、これは……」


騎士服の上着、ロアは1番隊だからか胸の刺繍は緑色だった。

オークション現場にロゼと一緒に居た騎士と同じ紋様だ。

その右肩辺りがバッサリと裂け、黒焦げていた。

そもそも全体的に服が砂埃で汚れている。


「おばあ様に帰る途中襲われて……」

「えっ! レッドさんに?」

「お前の訓練はまだ終わっていない! 戻れ! って」

「怪我は無い? 大丈夫?」

「大急ぎで帰って来る最中に治ったみたい」


逃げ切れて良かった……とロアは小声で呟く。

勝手に傷が治るの便利だなあ、と裂かれた服から右肩を覗き込んで傷が無い事を確認してから安堵する。


「夕食を皆で食べるって、ナタリアさんが」

「……皆?」

「うん、ナタリアさんとロゼさんと」


ロアはとてもとても渋い顔をした。

やっぱり父親の事が嫌いなのかな……ロゼさん、良い人に見えたけど……

聞いてみたいけど、他の人、メイドや執事がいるから後にしよう。


「夕食までまだお時間がかかります」


申し訳なさそうに執事が告げる。

そこでふと、


「ねえ、ロア。わたしの服知らない? 持ってたりする?」

「ミツキの服? 確か俺の荷物に入ってるよ」

「何処にあるの?」

「俺の部屋だけど」

「服が無くて、ドレスを着る事になっちゃって……」

「ああ、それで……」


ロアはわたしの今の服装に納得がいったようだった。

ロアは自分の服、特に右肩を見た。


「俺も着替えないとな……ミツキ、俺の部屋に来るか?」


ロアと目が合った。

首を少し傾げて、わたしの反応を待って居た。


「うん、行く」


すぐに返事をした。

ロアの部屋かあ。どんな部屋かな? 整ってるかな? 散らかってるかな?

純粋に興味が湧いて来た。

好きな人のお部屋訪問にワクワクした。


「じゃあ、はい」


ロアが手のひらを上に差し出して来た。

いつも通りその上に手をポン、と置いた。


「まあ」


セレナが声を上げた。

……わたし、何かいけない事をしただろうか?

ああ、よくよく考えたら、犬のお手と同じかも知れない。それでかな。


「……?」


あれ? 何時もなら手を握って歩き出すのに、何もしてこない。

それどころか片膝を突いてわたしを見上げた。部屋に行くんじゃないの?


「ロア?」


どうしたの、と言いかけ、驚きに言葉を失った。


「!!!」


手の甲にキスされた。

余りの事に硬直する。

ちょっ、ロア! 待って、何?

ぐるぐるぐる。混乱する頭で何て言い訳しようか考えた。

周りに人が! いるのに!

目を見開いてロアの行動を眺めるしかなかった。

今度は、わたしの手を、


すり……


叫びたいけれど声が全く出てこなかった。

ロアはその手を頬擦りした。

ああ、あの時……ロアが片膝を突いたあの時……

ロアは一瞬、悪い事を思いついた顔をしていた。

何で手を引っ込めなかったんだ、と後悔した。


「お部屋へご案内しましょう、レディー」


もう、怒っていいのか照れていいのか分からなかった。

ただ、血液が沸騰して頭から煙が出た。

つまりとても恥ずかしかった。

ちょっと芝居がかったロアのセリフに言葉を返す事は出来なかった。

そしていつも通り、手を握ってくれた。


「用意が出来次第、お呼びいたします。ごゆっくり」


執事がそう言い、ロアが返事をした。

わたしは、ごゆっくりの意味を理解できなかった。

意味は後々理解する事になる。

何時もより優しい手つきで、優しい足取りで、気遣われながら屋敷の廊下を歩く。

ずっと頭から湯気が出ていたが、熱が引いて正気に戻る。


「ロア、なんであんなこと……」

「あれな、誘いの合図なんだ」

「誘いの合図……?」


例えば、ダンスに誘った。手を差し出して手を取ったら了承、と言った貴族間のマナーのようなものらしい。

男性はお礼に手にキスをする、と言うらしい。

ロア曰く、お礼は簡略化されてしない事の方が多いらしいが。

今回の場合は、ロアが部屋に行こうとわたしを誘った。手を取って了承した。

お礼にキスをした。ただそれだけ。

……それだけって、しなくていいならしないで欲しい。

ああ、セレナに何か言われそうで怖い。


「本当は違う意味もあるんだけど……」

「……ぅん? なに? 何か言った?」

「いいえ、何も」


芝居がかった口調で言って、微笑むロアに唇を尖らせる。

精一杯の反抗だ。

だけど、


「キス待ち?」

「ちーがーうー!」

「なあんだ、残念」


いたずらが成功してロアはご満悦のようだ。

調子狂うなあ、もう……

……あの一件、ロアに「いくな」と言われたあの時から、ロアはわたしへの好意を隠さなくなった。

でも、ロア。わたしは、家に帰るんだよ。ずっと此処には居られないんだよ。

恋人になれないし、結婚だって無理。ナタリアはそれを望んでいるかも知れないけど、願いは叶えてあげられない。

別れがつらくなるだけ、そう思うのだけど……


「此処が俺の部屋」

「一階にあるんだ」

「子供部屋は一階固定。まあ、俺は子供って年齢でも無いけど」


今はまだ、ロアが笑顔で楽しそうだから、何時かやってくる悲しい未来の事は忘れてしまおう。

まだしばらく、ロアに助けてもらわないといけないから。


「レディーファースト、どうぞお嬢様」


そう言ってロアは扉を開けて促した。

ロアはとっても所作が綺麗で、やっぱり貴族なんだなと再確認した。

そして、モテる、と言う事も。


「わたしはお嬢様じゃないよ」

「今は貴族のお嬢様にしか見えないけどな」

「それは服だけで……はあ、もういいや。お邪魔します」


ロアの部屋に入った。

部屋の中は意外にも、さっぱりしていた。

わたしが与えてもらった部屋と同じぐらいの広さ。

身だしなみの為なのか姿見に、勉強机。

勉強机は子供の頃から使っているのか年季が入っていて、教材だろう使い古された本が並んでいた。

もう一つの机は普通の四角い机。お茶とか飲むのに最適そうなそれ程大きくない机だ。同じデザインの椅子が二脚ある。

それとクローゼット。

恐らくウォークインクローゼットだろう。ナタリアの部屋で同じ形状の扉が壁にあった。

あとは……天蓋付きの大きなベッドが置かれていた。


「着替えてくる。荷物はそこに……投げ出してあるから適当に探して」


指差された方向に見覚えのあるリュックが無造作に置かれていた。


「分かった、ありがとう」


ロアは着替える為にクローゼットの方へ、わたしは早速リュックの中を探り始めた。

ごちゃりと入っている魔法具を一時的に取り出して、服を探す。

これは……タオル。これはロアの下着だ。わあ、わたしが見るべきではなかったよ。

その下にようやく服を見つけた。

下着も入ってる。良かった。

ロアに気を使っていつも着替えを一番先に入れてたから予想通り一番下だった。

一番下だから皺が寄るんだよね……まあいいや。明日からこれを着よう。


「見つかった?」

「うん、一番下にあった」

「それは何より」


ロアを見て、ハッとなる。

清潔で綺麗な白のシンプルなシャツに細身の黒のズボン。

いつも何処か薄汚れている様な服しか着てなかったから驚く。

……いつも汚れてる服を着てるのはわたしもだったけど。


「今から何処かに行くの?」

「行かないけど? この後夕食だろ?」

「……そうだったね」


何を言っているんだ、わたしは。

あんまりにも余所行きの服を着ているようだったから、つい聞いてしまったよ。


「パーティに行く時はそんな服装で行くの?」

「……招待された場所にもよるけど……もう少しかっちりした服装かな」

「へえ」


感心しつつ、服を抱えて立ち上がる。

取り敢えず机に置いて、畳み直した。

あんまりにもクシャクシャだったから……アイロンがあったら借りたい。

ロアは服を畳んでいるわたしの脇を通り過ぎてベッドに腰掛けた。

フカフカなベッドがロアの重さで少しだけ沈む。


「母上とは上手くやってるのか?」


少し心配そうな声が聞こえてきた。


「うん。ナタリアさんとっても優しいお母さんだね。このドレスもナタリアさんが選んでくれたの」


笑顔でドレスの裾を持ち上げながらそう返す。


「……そうか、上手くやってるみたいで安心したよ」


ロアはそんなわたしを見て、柔らかくふわりと微笑んだ。

部屋の大きな窓から夕日の赤い日差しがわたしの心情を表すかのように鋭く差し込む。

不覚にもときめいてしまった。顔、赤くないかな? 夕日で上手く隠れてるかな。


「あ……ロア、わたし聞きたい事があって」

「なに?」


服を机に置いたまま、ベッドに居るロアに近づく。

なぜ父親であるロゼを嫌うのか。理由が聞きたかった。

小走りで近付くと


クキッ!


慣れないヒールに足を軽く捻った。


「あ!」


そのまま、ロアに飛び込んで行く事になった……


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