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お風呂!


うっすらと目を開ける。

明るい太陽の光が暴力的に目を刺激する。

反射的にうつ伏せになった。


「んぅ……」


庭ではちゅんちゅんと鳥が鳴いている。

今日の布団はやけにフカフカだな。

カナトラの布団もいいと思ったけど……此処のはもっとすごい。

あれ? 此処何処だっけ?

再び仰向けになる。

天井から垂れ幕が下りていた。

と言うか天井は布だった。

なにこれ? 天蓋付きのベッドでもあるまいし……

……天蓋付きのベッド!?


「はあっ!」


勢いよく起き上がる。

広い部屋に立派な家具。

そうだ、昨日ロアの家に来たんだ。

ベッドから降りると、靴では無くスリッパのような物が置かれていた。

昨日、こんな物は無かったはずだ。準備してくれたのだろうか?

今……何時ぐらいだろうか?

太陽は高い位置にある。もしかしたら昼かも知れない。

寝坊だ! 着替え……ない、どうしよう……えーと……

目に留まったのはハンドベルだ。

鳴らしたらメイドが来るってロアが言ってたよね……着替え、貸してもらえないかな?

ベルを手に取って、ためしに鳴らしてみる。


ちりん……


控えめに鳴らし過ぎて自分でもちゃんと聞き取れないぐらいだった。

もっと大きく鳴らさないと誰にも聞こえないよね……

部屋から出て力一杯鳴らそうかな……

そう思いベル片手に部屋から出ようとした時だ。


「お呼びですか、ミツキ様」

「は、わっ!」

「おはようございます」


扉の前でセレナと鉢合わせした。

昨晩は暗くて良く見えなかったが、セレナはわたしと同じ青い眼をしていた。


「い、今ので聞こえたのですか?」

「はい。そのベルは魔法具ですので。今ので十分でございます」


言われて、ベルを見る。

魔法具には見えなかったな……

セレナの片耳にはイヤフォンのような物が付いていて、ベルの音の高さと位置から誰が鳴らしたかが分かるそうだ。

なるほど、と感心しながら聞いていた。


「入浴の準備は出来ています。お着替えもそちらに、こちらへどうぞ」


促されるまま部屋の外に出た。

昨日シャワーを浴びなかったから体中ベタベタで気持ちが悪い……

お風呂に入れなかったのは旅をしている最中以来だろうか。

昨日、暗くて見えなかった廊下が目に飛び込んでくる。

木造だけど、日本家屋とは全く違う。

壁や柱一つとっても豪奢に飾り付けられている。それなのに嫌味にならず落ち着いて見えるのはさすがとしか言いようがない。

金ぴかな金属のような物が所々にあしらわれていて、金じゃないよね……? と不安になる。

部屋に居た時も思ったが、天井が高い。

廊下の途中途中に高そうな大きな花瓶やら絵画などが飾ってあって、本当にロアは貴族なのだと実感した。

どうしてロアはこんな素敵な家を飛び出したりしたのだろう。やっぱり父親絡みなのだろうか。

お風呂場は一階のようでこれまた豪奢な階段を手すりを伝って下りて行く。


「こちらです。どうぞ」


入った部屋にはすでに着替えが用意されていた。


「あ、の……これ……」

「はい」

「わたしの着替え、ですよね……?」

「ミツキ様のお召し物になります」

「違うのはないですか……?」


着替えにはピンクのドレスが用意されていた。

子供の時ぐらいしか着た事ないよ……汚しちゃいそうで怖いからやだな……


「お気に召しませんでしたか?」


寂しそうにセレナがそう言うので、何故か心が痛んだ。

気に入る気に入らないの問題ではなくてですね……


「私が選んだのですが……ミツキ様は何色がお好きですか?」

「そう言う意味では無くてですね……」


色が嫌だったのではなく、ドレスが嫌な事を告げると、セレナは、


「しかし、ドレス以外に着るものが無いので……」

「……ロアは」


ロアが着替えを持っているはずだ。

旅の最中に着ていた服。

しかし、


「坊ちゃまは騎士隊へ向かわれました。今頃は訓練の真っ最中かと」

「……坊ちゃま?」

「ロア様の事です」


家でロアは坊ちゃまと呼ばれているらしい。

マジか。あのロアが……ちょっと面白い。後でからかってやろうかな。

セレナが困った様にドレスを見るので、


「分かりました……それで十分です、セレナさんありがとうございます」


他に着るものも無いのでドレスを着る事にした。

セレナは自分が選んだドレスをわたしが着る事に喜んでいた。

ちょっと大げさな気がしたけど、喜んでくれるなら何でも着るよ?


「入浴のお手伝いは必要ですか?」

「一人で大丈夫です!」

「ではドレス着用の際にお呼び下さい。それではごゆっくり」


セレナはそう言って笑顔で部屋を出て行った。

確かに一人で着た事も無いドレスを着るのは無理な気がする。

呼ぶ時には置いてあるベルを鳴らせばいいんだよね。

早速着ている物を全て脱ぎ捨てて、浴室に足を踏み入れる。

途端、目の前がホワイトアウトする。

何と言う湿気。これは……蒸気?

この世界はシャワーが基本だ。

シャワーからすでにお湯が出ているとでも言うのか?


「……あ、あ!」


正体はシャワーでは無かった。

正確にはシャワーもあったが、蒸気の正体はそれではなかった。


「お風呂だあっ!」


なみなみと注がれたお湯。

家の浴槽、と言うよりは銭湯の浴槽に近く、とても広くて大きい。

貸切じゃないか!

久しぶりのお湯に飛び込みたい気持ちになったが、ぐっ堪えて先に体を洗う事にする。

昨日お風呂に入ってないからね。汚いよ。

体を洗おうとシャワーに近付くと、石鹸だけでは無くボトルが何本か置いてあった。

文字をよく見ると、シャンプー、コンディショナー、と書いてあった。

異世界には石鹸しか無いかと思ってた。

貴族の家にはあるんだね。

石鹸も何やら普通とは違う匂いもするし、使い心地も普通と違う。

絶対高い石鹸だ。大事に使わせてもらおう。

久しぶりのシャンプーに心が踊る。

家に居た頃は毎日シャンプーにコンディショナーで髪を整えていた事を思い出した。

異世界に来てから髪がボロボロになって行くのをただ見ているしかなかったんだよな……


「ふあ、あぁあ……」


命の洗濯、とは良く言ったものだ。

温度ばっちり、加えて広いと来た。

温まるし気持ちが良い。

此処は日本だったかな? いや、異世界だったはず。

昨日までの苦労が洗われて行くようだ。

体中の力を抜いてぷかりと浮いて楽しむ。

そう言えば、浴槽や壁、床に至るまで石で出来ている。

黒っぽい石だ。

……大理石的なもので無いと思いたい。


「ふう」


お風呂を十分に堪能してお風呂から出る。

自分はやはり日本人であったと再度認識できた。

家に帰ってお風呂に入りたいなあ……ぅん?

別に家でなくても此処で入ればいいのでは?

……いやいやいや、此処はロアの家、わたしは突然の来訪者。

何時までも居座れないし。わたしは家に帰るので……

下着を身に着けて、ドレスを持ち上げる。

どうやって着るのかな? ……聞いた方が早いか。

早速ベルを鳴らすと、すぐにセレナがやって来た。


「お呼びですか?」

「その……着方が分からなくて」

「承知しました。後ろを向いてください」


言われたとおりに背を向ける。

ドレスはボタンで留めるタイプのようだった。

何故かウエストの部分をぎゅっと絞められたので口から変な声が出そうになった。

これは一人じゃ無理だ。


「御髪が濡れたままですが?」

「ああ……何時もはロアが乾かしてくれるのですが……」

「……はい?」


セレナが首を傾げたのでいつもはロアが乾かしてくれていた事を告げる。

今はロアが居ないし、仕方なく濡れたままで……


「まあ、坊ちゃまったら……所有欲がすごいのですね」

「? 何か言いましたか?」

「ふふ、いいえ」


セレナは机の上に置いてあった腕輪のようなものを取り出す。

その腕輪は、やけに見覚えがあった。


「これを腕にして下さい。此処の魔石の部分がスイッチになっています」


言われたとおり腕にして魔石を押す。


「わわっ!」


腕輪をした手のひらから熱風が出てきた。

セレナはふふふと軽やかに笑っていた。


「ロアと同じ魔法だ……」

「恐らく、坊ちゃまがこの魔法具を真似たのですね。昔からある魔法具でほとんどの家に普及していますから」


見覚えがあるのも当たり前だ。

今まで宿泊して来た宿にはこの腕輪が脱衣所の何処かに置いてあったのだから。

問題はどうしてこれの使い方をロアは教えてくれなかったのか、それに限る。

が、答えは単純な気がした。


「坊ちゃまはミツキ様と接点を持ちたかったのですね」


鏡を見なくったって分かる。

わたしの顔は真っ赤だ。

ロアの馬鹿……恥ずかしいよ……

自分で髪を乾かし終える頃には赤い顔は元に戻っていた。


「朝食のご用意ができております」

「はい……あの……」

「はい、何でしょうか?」


笑顔のセレナと目が合って、言いにくい事を言う。


「わたし、その……マナーとか分からなくって……」

「食事のマナーですか?」

「はい……」


異世界に来てからナイフとフォークだけど、わたしが普段使っているのは箸だから……二本の棒があれば食事が出来るので……


「それを咎める人は誰も居ませんのでご安心なさって下さい」

「でも……」

「誰かに何か言われたのなら私にご相談下さい」


頼って下さいとセレナは自身の胸を叩いた。

……頼っていいのかな。

食事を取るために通された部屋は、とても広く長細いテーブルがど真ん中に置かれていた。

その中央部分にコップが置かれていた。

セレナがその椅子を引いて、どうぞ、と促すので座る。


「本日のメニューはかぼちゃの冷製スープ、トマトサラダ、ほうれん草のキッシュ、それから……」


ぽかーんと聞き続ける。

朝からそんなに? 食べ切れるかな?

と思ったけど、大きなお皿に少しの量しか載っていなかったのでデザートまできっちり平らげた。

全部美味しかった。異世界一美味しかった。

満足げにニヤニヤしていたらしく、


「ご満足いただけたようで幸いです」


セレナにそう言われた。


「この後のご予定ですが……」


いつの間にわたしに予定が出来たのだろうか?


「奥様と会っていただきます」

「奥様、ですか?」

「はい、ミツキ様に会いたいと切望なされています」

「わたしで良ければ……」


お世話になっているから何か返さないと。


「その、奥様って……ロアの?」

「坊ちゃまの母君になります」


やっぱり、ロアのお母さんか。

わたしの母親よりは年上だろうか?

もしかしたらレッドのようなパターンもあるかもしれない。

気を引き締めて挨拶するぞ。

セレナに先導されながらロアのお母さんへなんと言うか考えた。

ロアにはお世話になりましたって、お礼は言いたいかな。


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