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名前


ロアの視線を辿ると、そこには数人騎士が居た。

この場で忙しく動いていた騎士達とはまた雰囲気が違う。

向こうもこちらに気が付いたのか近付いてくる。

近付く騎士は胸に緑の紋章が入っていた。

此処に居た騎士にも紋様が入ってはいたが赤色で形が違う。

そして一人だけ、金の紋様が入っている人がいた。

服装も他の騎士とは違い、正装っぽさがある。

その人はロアを認識すると、睨みつけるように目を細め眉を寄せた。


「ロア」


その人はとてもよくロアに似ていた。

黒い髪に赤い瞳、目鼻立ちも、声の感じも、全部。

年齢は相も変わらず若く見えるが、最高位の魔力なのだろう。本当の年齢は分からない。

その人に呼ばれたロアは同じように眉を寄せつつも敬礼して返事をした。


「お呼びでしょうか、元帥」


………元帥?

元帥って、確か騎士の……


「何故俺に報告をしなかった」

「……3番隊の方が適任だと判断したからです」

「その判断をするのはお前では無い! 元帥である俺だ! そんな事も分からないのか!」


怒られ始めたロアを心配そうに何度も見る。

ロアは苦々しそうに俯いて分からないように顔を歪めている。


「勝手に家を飛び出したと思ったら、今度は勝手に3番隊を動かして……お前にそんな権限はない! もう少し考えろ」

「……申し訳ありませんでした」


どうしよう……ロアが怒られてるのってわたしのせいだよね。

わたしが攫われたりしたからだよね。

ああ、どうしよう……二人の会話に入って行く勇気はないよ……

誰か……何とか出来る人は居ませんか……?

レッドは二人のやり取りを高みの見物中らしく頭の後ろで腕を組んで眺めている。

ライトもじっと二人を見ていたが、視線に気が付いたのか目が合った。

目が合って、ライトは察してくれたみたいで二人に近付く。


「元帥、そのぐらいにしたらどうです?」

「……ライト」

「ロアの判断はある意味では正しかったはずです。現にすでにオークションは始まっていましたから、あと少し遅かったら間に合わなかったかもしれません」

「どうしてお前はロアに甘いんだ」

「兄上が息子に厳しいだけだと思いますよ」


そう言ってライトはいつも通りニコニコと笑った。

元帥は深く深く溜息を吐いた。


「……ロア」

「はい」

「お前は正しい事をしたと俺も思っている。ただ一言、何か断わりを入れるべきだった。そのぐらいの時間はあったはずだ」

「……はい」

「ロア、よく帰って来た。家でナタリアが待って居る、早く顔を見せに帰りなさい」


元帥の顔にはもう怒りの感情は無かった。

厳しい顔でロアを見ていたが、優しい目をしていた。

ふと父親を思い出した。

お父さんもあんな風にわたしと弟を見ていた。

元帥はロアの事を思って厳しくしてるのかな。

第三者の視点からだとそう見えた。


「ロゼ、待って待って」


現場の視察に来たのか元帥が去って行こうとすると、レッドが呼び止めた。


「何ですか? 仕事中なので名前で呼ばないで下さい、教官」

「おれはもう仕事終ったし! 可愛い息子の名前が呼びたいなあ」

「……はあ~、何の用ですか?」


そう言えば最初、レッドは息子であるライトを隊長と呼んでいた。

仕事中は名前では無く役職で呼ぶルールがあるのだろう。

元帥の溜息の吐き方がロアと全く同じで少し反応してしまう。


「ロアが連れてきた子、行く当てがないの。家に置いてもらってもいい?」


わたしの事だ!

そっかロアの家って事はお父さんの家でもあるのか!

あ、えと……挨拶した方が良いよね、ど、どうしよう……


「は、初めまして美月と申します……!」


勢いよく自己紹介をすると、元帥の目元が少しだけ緩んだ。


「俺はロゼだ。君の問題が解決するまで家に居ると良い」

「ありがとうございます」

「家にはあと妻が居る。君に会えるのを楽しみにしていたよ」

「奥様ですか……?」

「手紙で君の存在を知って、まだロアは帰ってこないのかと首を長くしているよ」


そう言えばロアは手紙を書いていたっけか。

さっきまでロゼは怖い人なのかなってちょっとだけ思ってたけど、話してみると全く怖くなかった。むしろ優しい人だ。


「今日はもう遅い。家でゆっくり休むと良い」


そう言われて、またお礼を言って頭を下げた。

とっても親切だ。家に身元不明の女が入るって言うのに。

わたしの家じゃ考えられないよ。

ロゼはまだ仕事があると言うので、お仕事頑張ってくださいと言った。

その場を離れて行くロゼを見送ると、


「よかったねえミツキ」


レッドがそう言って微笑んでいた。

同じように微笑んでから、わたしは振り向いた。


「ロア!」


詰め寄ると弱弱しくロアが、なんだよ。と言うので、なんだよ、じゃないよ! と返す。

ロアはいろいろ怒られて傷心中のようだ。


「ロアの家って何なの!? ロゼさんはロアのお父さんなんだよね!?」

「そうだけど……」

「えー? もしかして何にも言ってないの? ロア?」


もごもごと言いにくそうにしているロアにレッドが助け舟。


「レッドさん、わたしロアが貴族な事しか知らなくて」

「うーん、グラスバルト家って知ってる?」

「はい! 三大貴族の一つですよね!」


王族と元々兄弟の家で、子孫は今も国防のトップをしてるって言う。


「ロアの父さんは何て呼ばれてたか覚えてる?」

「元帥ですよね……」

「そうだね、騎士のトップだね」

「はい……」

「もう分かるでしょ?」


分かる、分かるけど、分かりたくない。

今までの謎が全部解けて行く感覚だ。

道中の騎兵にあんなに気を使われていたのは、騎士だからでは無く元帥の息子だから。

高級料亭で結婚を早くにと急かされていたのは、元帥が世襲制でロアの子供が元帥になるからだ! だから国の安定に繋がるって言ったんだ!

ロアに限らずロアの父や祖父がモテモテなのも当たり前だ! 王家と深い繋がりのある家でしかも安定していると来たら、どんな令嬢だって結婚したいって思うだろう!

ロアは自分の家を古い家だって言ってたけど、最古の血筋じゃないか!


「何で言ってくれなかったの!?」

「言ったら混乱すると思って」

「してるよ! 今! もっと早く知りたかったよ!」

「ごめん」

「ごめんじゃないよ! ロアのフルネーム教えて! ロアの事全部教えて!!」


わたしの剣幕にロアが押され始めて、分かったから少し落ち着こうと言われ、少し冷静になる。

ゆっくりとロアが口を開いた。


「俺は、ロア・グラスバルト・アークバルト・オーラ。グラスバルト家の嫡子、次の元帥だ」


膝から力が抜けた。

芝生の上にぺったりと座り込む。

一日で色んな事がありすぎた。

ズキズキと頭痛もし始めた。

連れ去られたと思ったら、ロアがすごい所の家の人だった?

駄目だ、混乱しててまともに考えられない。


「馬車、あるんでしょ? 今日は帰って一度休んだら?」

「はい……ミツキ、ごめんな。立てるか?」


レッドの提案にロアが頷いて、わたしの手を取る。

ゆっくりとふるえる膝を誤魔化して立ち上がる。


「おれとライトはもう少しやってくから、先帰ってていいよ」

「はい、先に失礼いたします」


いつも通りロアに優しく手を引かれる。

最後にしっかりと二人にお礼を言って、歩き出す。

庭を出ると、何台も馬車が止まっていた。

そのうちの一番綺麗で大きい豪奢な馬車にロアが乗り込もうとするので、


「え? え?」

「これがうちの馬車だから……混乱するのは分かるけど、大人しく乗って」


豪華な馬車は内装も豪華で、この椅子に座れって言うの!? わたし、今ボロボロで埃っぽくて汚れてるんだけど!


「危ないから座って、ミツキ」


言われて、ロアの正面に浅く腰掛けた。

馬車がゆっくりと動き出す。


「……」

「………」


無言でロアを見つめる。

ロアは居た堪れなくなってか視線を外へ逃がす。


「どうして言いたくなかったの?」


少しキツイ言い方になってしまった。ロアはわたしが怒っている事に気が付いたようだった。


「……言ったら、俺の手を掴んで甘えてくれるか分からなくて」

「な、に……それ」

「あの関係を壊したくなかったんだよ……仮初でも構わないと思えるぐらいに、ミツキの事が好きだから」


そんな事言われたら、怒りにくくなっちゃうじゃないか。


「わたしは、そんな事でロアを見る目が変わる事は無い」


元々、貴族制度なんて無い国だったし。


「だから全部、教えて欲しかった」

「……分かった、ごめんな。今日はもう休もう。明日、全部教えるから」

「うん……」


馬車は真っ直ぐにロアの家に向かって行く。

ふと見上げた空の星々は月と同じくらい美しかった。


「そうだ、これ」


ロアが何か差し出して来たので、視線を戻す。


「あ……」

「ミツキにあげたナイフ。拾っておいたよ」

「ごめん、わたし……落としちゃって」

「あの状況じゃ仕方ないよ。怒ってないから、はい」


またナイフを受け取る。


「今度は落とさないようにするね」


と言うと、ロアは薄く笑って、


「また拾うから大丈夫さ」


少しおどけて言うので、わたしも少しだけ笑った。


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