再会
外に出て、深く、深く深呼吸する。
新鮮な空気を胸一杯に吸い込んで、ゆっくり吐き出した。
助かった。助かったんだ。
外に出て出てきた建物を見上げる。
立派なお屋敷だった。やっぱり貴族の家っぽい。
広い芝生の庭に数え切れないくらいの沢山の騎士が忙しそうに動いている。
遠くの騎士が隊長を大声で呼んでいた。
「教官、後は任せます」
そう言ってライトは一旦その場を離れる。
「皆、こっちだよ。もう安全だから安心して」
レッドがそう言うので付いて行こうとするが、
「ミツキはちょっと待ってて」
そう言われてテントの様な物の前で待たされる。女の子達は中に入って行った。
テントと言っても旅で使っていた物では無く、運動会などで使われるような背が高い物で、それに垂れ幕が付いていて中は見えなくなっている。
漏れ出る中の話し声を聞くと、女の子達の中には両親に売られた子、幼くて家の場所が分からない子など、帰れない子が何人か居るようだった。
そう言った子達には孤児院を勧めていた。
孤児院と言っても魔力を持った女の子だけの孤児院があるようで、将来的には良い所の家に嫁ぐために勉強が出来る場所の様だ。
嫁ぐのは強制ではないので結婚しないで修道院に行ってもいいと説明されていた。
恐らく、彼女達が魔力の無い女性と変わらずに生きて行く事は出来ないのだろう。
きっと家に帰ってもまた攫われる。
殆どの子が孤児院に行く事を決めた。
他の子は親が貴族の子なのだろう。
家の名前をしっかりと言って、迎えが来るのを待つようだ。
「ロア……」
作戦に参加できないって言ってたけど……
近くに居るのかな。
すぐ戻るようにして、ちょっと近くを探してみようかな……
思い立って、その場を離れる。
歩き始めて結構な人がいる事に気が付く。
全員男性で同じような服を着ている。
騎士の人たちだろう。
すれ違う騎士達に数人、二度見された。
こんな所に女がいるのがおかしいからかな。
でも特に咎められなかったので適当に歩みを進める。
広い庭を歩き回る。
歩き続けたら何もない所に出た。
庭が終わって、木が沢山生えていて林のようになっている。
近くに人はいない。
相変わらずめまぐるしく人々が動き回っている。
疲れた、とっても。
静かな場所で休みたい。
木の根元に座り込んで肩の力を抜いた。
テントに戻らなきゃ。でも、あそこ騒がしいし……
もう少し……もうちょっとだけ。
「ミツキちゃん?」
ハッと目を開ける。わたしは気が付かない内に目を閉じていたようだ。
「あ……ライト、隊長?」
「ライトで良いよ」
美しい顔がニコニコと笑っている。
本当に綺麗な顔だなあ。
思わず見惚れる。
「ロアが探してたよ」
「えっ!」
「案内するよ」
勢いよく立ち上がって、ライトの後を付いて行く。
人混みの方に向かって行く途中、
「手を繋いでいい?」
「……えっ?」
「はぐれるとロアに言われそうでさ」
「は、はい……」
ためらいがちに手を伸ばすと、ライトはしっかりと手を握ってくれた。
ライトは綺麗な顔で、手も綺麗な形だと思ったが、触ってみると武骨だった。
そう言えばライトが腰に差している刀の形状はレッドと同じ日本刀に似たもののようだった。
「急に居なくなったから教官が心配してたよ」
「すみません……」
「いいよ、ロアを探しに行ったんだろう? むしろほったらかして悪かった」
少し後ろからニコニコと笑うライトを見上げる。
この感じ、覚えがあった。
ロアと手を繋いでる感覚と同じだ。
優しいけど、力強くて……
早く会いたい。
気持ちだけが急いた。
レッドに待ってて、って言われたテントの近くまで来た。
テントには誰も居なくなっていた。女の子達は何処かへ移動したのだろう。
「これ、外すから待って」
ライトはそう言って、未だに手首に引っ掛かっている手錠を簡単に砕いて取ってくれた。
身体強化の魔法で筋力を強化したのだろう。クッキーでも砕くように簡単だった。
「ありがとうございます」
一度ライトに頭を下げた。
その時、
「ミツキ!」
遠くで慣れ親しんだ、安心できる声が耳に届いた。
周りは人の話し声でうるさい位だったが、その声だけははっきりと聞こえた。
「ロア!」
振り向き、姿を認識して叫んだ。
何も考えずに走った。周りの事なんか気にしていられなかった。
ロアも走り寄って、わたしはロアの腕の中に納まった。
「ミツキ、ああ、本当に良かった……!」
ぎゅっと抱きしめられて、さっきまでの不安や恐怖が一気に噴出する。
「ロアっ……怖かったよぉ!」
思い出したように涙が溢れた。
今までずっとこんな風に泣きじゃくったりしなかったのに。
「わあぁん、ひっく、うわぁん」
「ごめんな、ミツキ。守ってやれなくて」
「ロアはわるぐない! わだしが! わあぁん!」
声を上げて泣いた。
此処には沢山の人がいる事なんかすっかり忘れていた。
ロアに謝られながら、背を撫でられていた。
「ロア、ミツキはずっと泣かなかったんだよ。偉いから褒めてあげて」
声のした方を見ると、レッドが安心したように微笑んでいた。
涙で滲む視界で、こんな優しい母親みたいな表情が出来るんだ、とぼんやり思った。
「頑張ったなミツキ」
ロアのその言葉に何度も頷いた。
「教官、隊長、ありがとうございました」
ロアがそう言って頭を下げるので、わたしも何とかお礼を言って頭を下げた。
その様子を見たレッドはカラカラと軽快に笑い、ライトは微笑みながら、
「いいって事よ! おれこう言うの大ッ嫌いだからさ!」
「こう言うのを取り締まるのが仕事だから気にする事はないよ」
と言った。
ボロボロ落ちる涙を何度もロアが拭ってくれた。
拭われる度に思考がどんどん冷静になっていく。
人目もはばからず号泣して、ロアと抱き合って? よく考えたらすごく恥ずかしいんですけど!
ロアと再会できた喜びよりも恥ずかしさの方が勝ってしまい、
「もう大丈夫、ありがとう。ロア」
そう言ってロアと距離を取った。
ロアは少し名残惜しそうだった。
「そういやなんで隊長の上着を着てるの?」
ロアがそう言うので、服が駄目になっている事を伝えた。
あ、そう言えばさっきすれ違った騎士に二度見されたのは上着のせいだったのかな。
「ミツキは取り敢えずロアの家に行くの?」
「その予定です」
レッドの質問にロアが答えた。
ロアの家があると言う事は……どうやら此処は王都のようだ。
わたしは改めて二人を見比べる。
髪の色、瞳の色も同じで顔立ちも似通っている。
ロアは20歳だって言ってたし、レッドはわたしと同じぐらいの年だろう。
思った事を聞いてみる。
「あの……レッドさんてロアの妹ですか?」
何気なく言った一言だった。
シン、と辺りが静まり返った。
先程まで慌ただしく動いていた騎士達も聞いていたのだろう。
ぴたりと作業を中断してこちらを見ていた。
静寂。
ロアもレッドもライトも、目を真ん丸にしてわたしを凝視していた。
「ミツキ違」
そこまでロアが言ったのは聞こえた。
「おっにいちゃあん!!!」
さらに大きな声でレッドが叫びながらロアの腕を掴んてすり寄った。ついでに胸の辺りも掴んでいた。
「ひぃっ!」
ロアが今まで聞いた事の無いような声を出した。
気が付くと遠くの騎士達は行動を再開していた。
「お兄ちゃん、おれすっごく寂しかったあ!」
「あ、きょ、かん」
「ねえ、ちゃんと訓練はしてた? 簡単に掴まれちゃったね?」
「す、スミマセン、スミマセン……」
「おにいちゃあん、謝ってちゃ分かんないよお? 妹に分かりやすく言って?」
訳が分からずに二人をポカンと眺める。
「相変わらず魔力だだ漏れだねえ、治す気有るの? あっ! あったら旅になんか行かないよねえ? おれ分かっちゃった!」
「スミマセン、許してください……」
「どうして謝るのお? 自業自得でしょう? 面白いお兄ちゃん!」
すると隣で、
「ブハッ! グフゥ、クックックックック……」
ライトがこらえきれずに腹を抱えて笑い始めた。
「1番隊に上がったら訓練付けるって約束忘れちゃったの? 妹寂しい」
「兄に訓練付ける妹がいる」
「いるんだよ此処に。おれにケチ付けるのか?」
「申し訳ございません……」
「おれよりロナントの方が怒ってるから覚悟しとけよ……お兄ちゃんっ!」
取って付けたような『お兄ちゃん』に察する。
レッドはロアの妹じゃない、と。
それにロアに居るのは妹じゃなくて姉だ。
ならレッドは姉? ……そう言う感じでもなさそうだ。
訳が分からなくて何度も瞬きを繰り返した。
「いい加減にしてください!」
ロアが叫んだ。
それをレッドが冷たく見上げる。
「は? いい加減にするのはどっちなんだ? おい、ロア。言ってみろよ、なあ?」
レッドに凄まれてロアは青い顔をしている。
「勝手に家飛び出して。どんだけ心配かければ気が済むんだ? なあ、ロア。どうなんだよ」
「もうしわけ、ありません……」
「おいロア、あ、お兄ちゃん」
「罰は受けます、もうやめて下さい……」
レッドはロアを睨んで、ロアは青い顔をしている。
ライトは変わらず静かに爆笑している。
「あ、あの……」
二人に声を掛ける。
「わたし、間違えましたか?」
ロアが叫んだ。
「大間違いだよ! 一番間違っちゃいけない間違い方だよ!」
レッドは笑いながら反論する。
「やだなあ、お兄ちゃんたら! 妹の事を忘れちゃったの?」
「俺には姉しかいません! ミツキ! そう言ったろ! 忘れたのか!?」
「さっき思い出したけど……」
レッドがロアに『お兄ちゃん』と言いながら迫る。
ロアが小さく悲鳴を上げ、再び叫んだ。
「もうやめて下さい! おばあ様!!!」
……え?
入って来た言葉の意味が理解できずに呼吸を忘れ、硬直する。
「お、おばあ……?」
「ミツキ! この人は俺の祖母だ! 3番隊の教官を長年務めている凄腕教官なんだよ!」
「もうばらしちゃったの? 妹ごっこ楽しかったのに」
「俺は楽しくありません!」
え? え?
何度も何度もロアとレッドの顔を見比べた。
わたしと同じぐらいの年じゃないの? ロアの祖母?
え? でも……
「女性は魔力を持たないって……」
「そうだけど! 中には当てはまらない人も居るんだ!」
ロアは早口で説明する。
女性で最高位魔力保持者は、確認されているのは数人で、ロアの祖母つまりレッドとその子孫だけらしい。
理由は簡単で、単にアーク神が気に入ったから、と言う事らしい。
前にロアが神は世界にちょくちょく干渉してくるって言ってたけど、これもその一つだろうか?
「叔父さん! ライト叔父さんいつまで笑ってるんですか! 助けて下さい!」
ライト、叔父さん……?
お腹を抱えて笑うライトに視線をずらす。
「ああー、面白かった」
「あの……ライト叔父さんって……?」
「ん? ああ、俺はロアの父親の弟でさ。つまり叔父さん」
綺麗な顔がニコニコと微笑む。
「ちなみにロアに迫ってるのが俺の母親」
そう言ってレッドを指差した。
「は、あ……!」
びっくりして空気を胸一杯に吸い込んだ。
口をあけたまま硬直した。
自分の母親と甥っ子が兄妹と間違われたからあんなに笑っていたのか?
それに、ライトとレッドは驚くほど似ていない。
「母上! 此処ではそのくらいにしましょう! ロアも反省しているようですし」
「ライト! お前にはロアは反省しているように見えるのか!」
「此処ではもうやめておきましょう。帰ってからお仕置きでも何でもして下さい」
普通に親子の会話をしているレッドとライトに大きな衝撃を受け、瞬きを忘れる。
助け出されたロアがわたしの近くに来る。
「ごめん、俺の家族個性的で……」
何度も横に首を振った。
「大丈夫、すごく楽しいおばあさんだね」
そう言うとロアは安心したみたいで息をゆっくり吐いた。
話によると、わたしはこの後、ロアの家に行くようだ。
そう言えばロアが貴族って事はレッドもライトも貴族って事なのだろうか?
でも3番隊って貴族以外の隊のトップだよね。
じゃあ違うのかな?
疑問に思って口を開きかけた時、ロアが鋭く遠くを見た。




