脱出
牢屋に着くと、男性が一人、女の子と一緒に牢に入っていた。
女の子は一様に怯え男を見上げていた。
「オレ、違うんだよ……悪い奴じゃなくて……」
じりじりと女の子に近付きながらそう言っていると、無言で少女が刀を抜いて振った。
鉄格子がズタズタのバラバラに地面に落ちる。
金属同士がぶつかって耳を塞ぎたくなった。
「なに」
少女は飛び出した。
「してんだ」
男性の胸ぐらをつかんだ。
「てめえ!」
そしてぶん殴った。
「ぎゃあっ! ……教官! 何するんですか!」
男性は服装から騎士である事が分かった。
少女も本気では殴らなかった様だ。
……それでも痛そうではあるけど。
「お前みたいな悪人面の仕事じゃねえだろ!」
胸ぐらをつかんだまま少女が吐き捨てる。
確かに男性の顔は……少々怖い。
「悪人面て……酷いですよ!」
「言われたくなきゃその汚ねえ無精髭を剃るんだな!」
男性は自分の顎に触れた。
じょりじょりと音が鳴った。
「此処は良いから違う事しな」
「はい」
「あと……もう一人護衛が欲しいから顔が良いの呼んで」
女の子の人数を考えてか、少女はそう言った。
「顔が良いの、ですか?」
「女受けが良い顔だよ」
「……?」
男性は首を傾げた。
女受けの良い顔、と言うのが分からない様子だった。
そんな男性に少女はイライラした様で足先をトントンし始めた。
「分かんねえ、具体的に教えて下さい教官」
「はあ……お前後で個人的に訓練付けてやるからな」
「ぎぃっ……勘弁して下さいよぉ」
悲鳴を上げた男性に、少女は呆れた様に溜息吐いた。
顔が良いのって言ったらアレだよ。と少女は一拍おいて、
「隊長とか……?」
そう呟いた少女に男性はやや冷たい視線を送る。
「教官、それって夫がイケメンだって言ってる様な、ひぃえっ!」
男性は少女に刀を喉元に突き付けられ、再度悲鳴を上げる。
「いいから……さっさと行動しろ!!!」
「は、はいぃい!!」
男性は途中転びそうになりながら慌てて牢屋を出て行った。
もう鉄格子は無いから、牢屋とは言えないかも知れないけど。
「ごめんね、騒がしくて」
先程まで牙を剥き出しにして怒っていた少女だったが、わたしを含め女の子達には笑顔で優しく話しかけた。
少女に手を引かれて、わたしも女の子達の集まりに入った。
「おねえちゃん!」
わたしの腕から転げ落ちた女の子だ。
「良かった、怪我はない?」
「うん、だいじょうぶ」
女の子の頭を撫でた。
安心した様で、ボロボロと泣き始めた。
その様子を見てようやく、
わたし、助かったんだ。
そう思えた。
少女は他の女の子達の手錠の鎖を切って回っていた。
「ねえ、他に此処に居ない子は居たりする?」
そう聞かれたので、人数を数えていない事を告げる。
「あ、怪我してるの?」
わたしの足の包帯を見て少女が問いかけてくる。
「はい……捕まる時に転んでしまって」
「ちょっと傷見るよ」
少女は慣れた手つきで包帯を取って行く。
「うん、浅いから痕は残らなさそうだね」
「あの……?」
「今、治してあげるね」
治す……?
疑問に思っていると、
ふわっ
と、体が軽くなる。
体がぼんやりと光っている。
これ……もしかして回復魔法?
ロアが使ってくれたものと同じだ。
「わ、あ」
膝の傷があっという間に塞がって行く。
治療はものの数秒で終わった。
「もう大丈夫」
傷があった所に触れた。
傷も無くなって、もう痛くなかった。
「あ、ありがとうございます………あの」
少女と目が合った。
可愛らしい顔立ちをしていて、ハッとなる。
やっぱりロアと似てる……
「今のって回復魔法ですか……?」
「そうだよ」
「回復魔法って、とっても難しい魔法だって聞きましたが……」
女性は魔力は持てない。
それなのにこの少女は……?
バンバン魔法使うし、難しいと言われる回復魔法まで使いこなしている。
じっと少女に見据えられる。
「……」
少し居心地が悪くて身を捩った。
「ねえ」
変わらず少女はわたしを見つめている。
「ロアって名前に聞き覚えある?」
そう言われ、頭が真っ白になった。
「あ、あの。えっとロアって、ええ?」
「もう大丈夫だよ。じゃああなたがミツキ?」
「は! はい美月と言います……!」
「そっかあ!」
そう言って少女は笑った。
「ロアも見る目があるなあ!」
ど、どう言う意味だ?
取り敢えず分からないからぎこちなく笑っておく。
「おれはレッド、よろしくなミツキ」
「ああ、はい。よろしくお願いします……?」
差し出された手に反応して握手した。
何をよろしくされたのだろうか?
その時、遠くから足音が聞こえた。
「教官、呼びましたか?」
現れたのはとても美しい人だった。
茶色の髪にとっても綺麗な緑の眼。
年は20代前半で、普通の騎士とはまた違った服装だ。隊長服なのだろうか?
現代日本でここまで美しい男性はお目にかかれないだろう。
例えるならば、彫刻の様だった。
「隊長、やあっと来たか」
「部下に指示出さなきゃいけない立場なんでねえ」
軽い口調でレッドと話し始める隊長。
周りの女の子達は同じ男でも隊長には怯えていなかった。
それどころか頬を染めている子もいる。
そりゃそうか。イケメンって一口に言う事すらはばかられる美しさだもの。
「もうほとんどの制圧は完了しています」
「……そうか」
「それと……セネドを捕えました」
「ふうん、あいつ……」
レッドは獰猛に笑った。
「もう片方の眼も抉られに来たんだな」
「……実行はしないで下さいよ」
「分かってる」
レッドがセネドの眼を抉ったって事だろうか?
「あいつは逃げるのが得意だ。何重にも警備を付けておけ」
「了解しました」
ふと、隊長と目が合った。
何かに気が付いたように上着を脱ぎ始める。
「はい、着てた方が良いよ」
優しくそう言われて、思い出した。
自分の服が引き裂かれている事に。
「ありがとうございます……」
お礼を言って上着を着てボタンを閉めた。
袖が余ってダボダボだけど……ロアと同じで隊長も着やせするタイプなのだろうか?
「ああ、隊長。その子がロアが言ってたミツキだよ」
「え? そうなの? ……そっかあ、綺麗な眼をしてるね」
ニコニコと笑う隊長を見上げる。
隊長もロアと知り合いなのだろうか?
ああ、当たり前か。
同じ騎士隊なのだろうし、接点はいくらでもありそうだ。
「俺はライト、ミツキちゃんよろしくね」
「は、い……ライトさん、美月と言います」
レッドの時と同じように握手した。
「あの……ロアは」
「ロアは作戦に参加出来なかったの、騎士を休職中だったから」
レッドがそう教えてくれた。
「それにしても……教官が飛び出して行っちゃうから焦ったよ」
ライトがそう言うと、怒った様にレッドが言い返す。
「あんなに焦ってる妖精見た事ないから仕方ないだろ」
「あっ!」
それを聞いて思わず声を上げる。
妖精! 本当に助けてくれたんだ!
きょろきょろと妖精を探す。
……あれ? 見えない。
胸元からネックレスを引っ張り出す。
「あ……」
青の魔石が透明になってしまっていた。
使い切ったって事か。
手錠はまだ鎖を切っただけだから、自分の魔力を使う事は出来ない。
ありがとうってお礼が言いたいけど……
「あの、レッドさん」
「なあに?」
「レッドさんは風の民……なんですか?」
黒髪で妖精が見れる。
ロアが言っていた特徴と一致する。
「おれは風の民だよ。村出身じゃないけど」
「村出身……?」
「風の民の村の出身じゃなくて、生まれも育ちも王都」
話によると、両親は村出身で父親の仕事の都合で王都に住み始め、それから産まれた子供の様だ。
血筋は風の民だが村には数える程度しか行った事がないと語った。
「どうしてそんな事を聞くの?」
「あの……妖精が見えるならしてもらいたい事があって」
「いいけど? なに?」
隣にレッドが座った。
背丈はわたしとそんなに変わらないのに、大きく見える。存在感の違いだろうか。
「妖精さんにお礼が言いたくて……わたし、今見えないから」
と言うとレッドは目をまんまるにして驚いていた。
少し離れた場所に居るライトも同じように驚いている。
「ミツキは風の民? 違うよね?」
「はい、それは違います」
「妖精に指示を出したのはミツキ?」
「指示、と言うかお願いをしました。助けてって」
「……う、ん。どう思う? 隊長」
近くに来たライトにレッドは声を掛ける。
「どうもこうも……人間を助ける妖精が居ると思いませんが」
「だよなあ、おれもそう思う」
「えっ? でも妖精さんはとっても親切で……」
そう言うと二人とも首を傾げた。
もしかしたら……二人の知っている妖精とわたしの知っている妖精は違うのかも知れない。
「まあ、この話は外に出てからで良いでしょう。少し様子を見てきます」
そう言ってライトは立ち上がった。
部屋を出て行ったと思ったらすぐに戻ってきた。
「脱出するよ、さあ。大きい子は小さな子の手を繋いでね」
わたしはずっとくっ付いている女の子の手を取った。
「足元に気を付けて」
途中の暗い廊下をレッドが火属性の魔法で照らしながらゆっくりと進んで行く。
女の子は怖いようで手をぎゅっと握って来た。
なるべく安心させようときゅっと握り返した。
しばらくすると階段が見えた。僅かな光が見える。
女の子が階段を上るのを手伝いながら、地下を出る。
そこは立派な屋敷の中だった。
隠し階段になっていて、普段は壁があるようだった。
此処は裏口の様で、客用の入り口はまた別にあるようだ。
大きな窓から空を見上げた。
「……綺麗」
淡く、けれど強く、三つの月が世界を照らしていた。
今は夜……攫われてまだ一日経ってないのかな。
周りを見渡す。
置いてある家具から、貴族の屋敷なのではないのかと思った。
屋敷の出口に向かって歩き始める。
進むにつれ、屋敷の外から色々な人の声が聞こえ始める。
作戦に参加した人達が集まってまだ何かしているのだろうか。
やがて、
「あっ」
誰かが声を上げた。
貴族の屋敷らしい大きな玄関の扉がいっぱいに開け放たれている。
外だ。
そうして、ようやくわたし達は外に出た。




