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絶体絶命


皆で体を寄せ合ってどのぐらい時間が経っただろうか。

極度の緊張状態で時間の感覚は麻痺していた。

遠くで足音が聞こえた。

それだけで皆震えて密着した。

足音はどんどん近付いてくる。音が反響して余計に恐怖を煽った。

悲鳴を上げる子、許しを請う子、ただ体を震わせる子。

わたしは腕の中に居る緑の眼の子をぎゅっと抱きしめた。

やがて、一人の男が牢の前で足を止めた。

男はこんな場所だと言うのに穏やかに微笑んでいた。

年齢は30歳……いかない位だろうか? ダークブラウンの髪をしている。

一見すると穏やかそうな人、にも見える。

しかし、頬から目にかけて深く大きな傷を負ったのだろう。片目に眼帯をしていた。


「………」


男が普通でない、と言うのは直ぐに分かった。

残った片方の青い眼は冷たく、すべてを拒絶していた。

わたし達を見下して、不気味に微笑み続ける。

ぶわりと鳥肌が広がった。


「兄貴、此処に居ましたか」


後から男が二人走り寄って来た。


「年齢が上の女から出しましょうか」


兄貴と言われた男は鉄格子ごしにわたしを見ながらそう言った。


「ひっ」


その時に目が合って、声を上げた。

なんて、冷たい……本当に人間の目なのだろうか。

何の感情も見て取れない、冷たい氷の瞳。無感情に見下ろされる。


わたしから。


そう聞いて震えが激しくなる。

ガチガチと奥歯も鳴り始める。

まだ、まだなの?

妖精の眼で周囲を見ても誰も戻って来ては居ない。

鉄格子の一部はドアの様になっていて、一人の男がカギを外した。


嫌、ロア……誰か!


男が牢に入って来て皆で固まって震える。


「オラ、お前だよ!」


乱暴に腕を引っ張られて、腕の中に居た女の子が転げ落ちた。


「かひゅ、おねえちゃ」

「っ!」


女の子の声が聞こえたが、無理矢理引っ張られて牢の外に出た。

恐怖で声も出せない。


「私、黒髪って大っ嫌いなんですよねぇ」


未だに微笑み続ける眼帯の男に再び鳥肌が立つ。

黒髪が嫌い……? 何を言って……?


「だから、変態貴族に買われて不幸になって下さいね」


口元はニコニコと笑い続けた。

だが、目は……怒りに震えていた。

悲鳴を上げる余裕さえも無かった。

わたしはそのまま引っ張られ、暗い水が時々落ちる石の廊下を歩かされる。

眼帯の男はわたしとは違う道を行った様で姿は見えなくなった。


「お前も災難だなあ、セネドの兄貴に目を付けられるなんてよ」


セネドって……聞いた事がある。

何処でだっけ?


「兄貴の顔の傷、見たろ? あれは黒髪の奴にやられたって話だぜ」


黒髪の人に片目を駄目にされたのか。

そうか……そのとばっちりを受けているのか、わたしは……


「抵抗しようなんて思うなよ。最悪殺す事になる」


抵抗する気力など、すでに無かった。

牢の中にずっと入れられて精神は疲弊しきっていた。

進んで行くと大勢の人間の大きな声が聞こえて来た。

熱気に包まれた会場が少しだけ見えた。


『さあ、次はお待ちかねの魔力を持った女! これ目当てに来た方も多いでしょう! もう少しお待ちを!』


此処は舞台袖の様で司会を担当している男と、アシスタントの男一人が居た。

舞台にはもう一つ、大きな宝石をあしらった首飾りが置いてあった。

もしかすると女性だけでは無くああいった宝石も扱っているのかもしれないと気が付く。

アシスタントの男がその首飾りを舞台袖に下げた。


「っ」


此処まで連れてきた男がわたしの手錠に鎖を引っ掛けた。

わたしはその男に渡されて、その鎖を無理に引っ張られた。

成すすべなく舞台に立つ事になった。


「さあ、最初の一人目です! 髪の色から風の民だとお分かり頂けると思います! 今日仕入れた女の中では一番美しい青い眼をしています! 金貨500枚から!」


むわりとした異常な熱気、むせ返るような臭い。

目が眩むほどの大勢の客。

服装からこの国の人間でない者が大半だったが、中には商人やこの国の貴族も居るようだった。

立って居られなくて膝を突いた。

胸が苦しい……気持ち悪い……吐きそう……

その間にもわたしの値段はどんどん上がって行く。


「おう兄ちゃん、その女処女か?」


客の一人が司会に質問した。


「時間が無いので買ってからのお楽しみと言う事で」

「処女ならもっと出してやるよ」


それを聞いた司会はアシスタントの男に目で合図した。

な、なに……? 処女ならって……え……?

指示を受けた男はナイフを持っていた。

い、いや……なんで? 何する気なのっ?


「暴れるんじゃねえぞ」


恐怖と戸惑いですでに動けなかった。

ナイフの刃がわたしに向けられる。

い、いや……ロアっ、ロア!


「きゃあぁああぁあっ!!!」


ワンピースがいとも簡単に切り裂かれた。

恐怖で出ないと思っていた声が甲高く響く。


「はっ、はっ、はっ」


短く呼吸してあらわになってしまった肌や下着を必死に隠した。

怖い、やだ、いやだっ……ロア、誰か……


「どうでしょう、この悲鳴! この反応! 判断はお客様に任せます! さあさあ!」


司会の男はわたしの反応に満足して笑顔を浮かべる。

どんどん値段がつり上がって行く。


「さあ、873枚! 873枚でよろしいですか?」


騒がしかった会場がしんと静まり返った。


「では873枚! 32番様、落札です!」


ああ、駄目だ……もう……

バチが当たったんだ。

ロアの言いつけ守らないで、危ない所に踏み込んで……

攫われるから気を付けろってあんなに言われてたのに。

後悔も、もう遅い。

わたしが馬鹿だった……ごめんなさい……

ロア……ロアっ……最後にロアの姿が見たかった……


たすけて、ロア……


……その、時だった。


「ねえ」


静まり返る会場。


「楽しそうな事してるね」


此処では場違いな、冷めたような声だった。

涙で滲んだ瞳で声の主を見た。

ぼんやりと映ったその姿は……


「……ろあ……?」


声の主は司会の男ににっこりと微笑んだ。


「おれも仲間に入れてくれる?」


声の主は一発、男の腹を力一杯腰を入れて殴った。

太鼓を打ち鳴らしたような大きな打撃音が耳に入った。


「ぐぎゃあっ!!」


男は吹き飛んで壁にめり込んだ。

唖然とその光景を眺める。

人が壁にめり込んでいる光景……見た事があった。


「に、逃げろお!!」

「3番隊だあぁあ!!!」

「うわああっ!!!」


此処は地下の様で出入り口は一つしか無い。

全員叫びながら入り乱れて出口へ向かう。

そして、


バタン!


その出口の扉が勢い良く開いた。


「3番隊だ! 出口は完全に包囲した! 全員大人しくしろ!」


部屋に騎士と思われる人達が大勢入って来た。

何が起きているのか分からず、放心状態でその様子を眺めた。


「! きゃあ!」


そしてわたしはアシスタントの男にナイフを首元に突き付けられた。


「人質だ、俺だけでも見逃せ」


男はわたしではなく、司会の男を吹っ飛ばした人物にそう言った。

ようやく視界が鮮明になって、わたしを助けてくれた人物を捉えた。

ロアよりもほんの少し長い黒髪に、大きく真ん丸な……ロアと同じ赤い瞳。

たぶん身長はロアの方が高い。

服装は薄手の黒いセーターに黒い細身のズボン。

太いベルトをしていて、ポーチがいくつか付いていた。

それと……腰に刀を差していた。

剣ではない。形から察するに、時代劇でよく見る日本刀だ。


「ふうん」


そして何より……


「もう一回ナイフ見てから言ってみ?」


ロアに良く似た人物は、女性だった。

年頃は、わたしと同じぐらいだろうか?

少女と言って良いかもしれない。


「な、なんだっ」


男の声がして言われたとおりナイフを見た。

ナイフの刀身がドロリと溶けてしまっていた。


「安物使うからだよ」


一瞬のうちに少女はナイフを持っていた男の手首を掴んで腕をねじった。

ゴリ、ボキ、と骨が滅茶苦茶になる音が聞こえた。


「ぐぎゃあぁああ!!」


腕があらぬ方向を向いた男は、痛みからかひとしきり痙攣して、気絶した。


パキン


と音がして、自分の手首を見た。

手錠の鎖の部分が千切れていた。


「後でちゃんと外してあげる。こっち」


男をまたいで、少女に肩を抱かれて舞台袖に戻る。

暗がりから何人か束になって襲ってきた。

すると少女は刀を抜いた。


「……!」


やっぱり日本刀……!


「雑魚があっ! 寄ってくんじゃねえぇえ!!!」


少女がそう叫ぶと、刀が赤く光った。


ヒュッ!


たった一振り。


「わっぷ!」


すごい風圧で思わず目を閉じた。

男達の悲鳴が聞こえた。


「……!」


目を開けると男達は何度も切り付けられたかの様なボロボロの状態で倒れていた。


「浅い傷だから大丈夫だよ」


心配するように男達を見ていたのだろう。

少女にそう言われて、少し安堵した。


「ねえ、あなた以外の女の子の居場所は知ってる?」

「あ……はい」

「案内してくれると嬉しいんだけど」


一本道だったから案内できる。


「こっちです」


途中何度か襲われたが少女が強くて何度も撃退する。

その後ろ姿や横顔を見て、ロアを思い出した。


「どうした?」

「いえ、何でもないです……すみません」


進むにつれ騎士の人達と何度もすれ違った。

だいぶ制圧が進んでいる様だった。

助かった、のかな……?

助かったんだよね……?

何度も心の中で呟きながら、道を進んで行く。


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