追跡
何番の馬車に乗るのか確認した。
もうすぐ出発の時間だった。
ミツキを置いてくる必要なかったな。
「はぁ……」
王都……いや、家に帰るのも久しぶりだ。
どちらにせよ帰らなくてはいけないのは分かっている。
分かってはいるけど……分かりたくなかった。
おじい様を頼ってしまってはいるが……正直あの人の怒りが一番怖い。
俺、殺されるんじゃないだろうか?
そう思うと自然と笑いが漏れた。
父上より恐ろしい。阿修羅だ。
どうでも良い事を考えながら心無い足取りでミツキの元へ向かう。
「あれ?」
街灯下に戻るとそこにミツキの姿は無かった。
「ミツキ……?」
名を呼びながら辺りを見回す。
待ち合わせ場所は此処だよな?
違う街灯だったかな。
その時、
ドクンッ
一度だけ心臓が強くはねた。
何だ……?
きょろきょろと何度も辺りを見回す。
ミツキの姿は無い。
何故だ? 嫌な予感がする……
「ミツキ」
もう一度呼ぶ。それに返事をする者は居らず、喧騒にかき消されてしまう。
多くいる人を見て、何故か鳥肌が立った。
「すみません、此処に居た女の子を知りませんか?」
近くに居た女性に声をかける。
目を隠した帽子を被っていると言った特徴を言うと、
「ああ、その子なら帽子取られて裏の子を追いかけて行ったよ」
「裏の子?」
「スラムの子だよ。何処に行ったかまでは知らないよ」
そこまで言って女性は去って行った。
俺は迷わず『魔力可視』の能力を使う。
俺の一族だけが持つ魔力を見る事が出来る瞳の力だ。
ミツキの持つ『妖精の眼』と似ている。
その場にはまだ水の魔力が残っていた。
ミツキの魔力の波長は何度も見ているから間違えようがない。
此処にミツキが居た、間違いない。
その魔力はすうっと何処かへ続いていた。
人混みを避けつつ魔力痕を追って行く。
「……!」
魔力痕は細い裏路地へ続いていた。
馬鹿! あいつ何してんだ!
裏に足を踏み入れ、ミツキの後を追う。
いつ来ても此処は空気が悪い。淀んでいて息がしにくい。
汚水がポタポタと道路に落ちて汚い水たまりを作る。
高い城壁に遮られ、何時も薄暗く人の通りもない。
「ミツキ!」
全速力で走る。
何事も無く無事でいてくれ……っ。
ふと十字路で足を止める。
……何度も此処を行き来している。
何故? 何かを追っていた? それとも……追われていた……?
「ミツキっ」
追えば追うほど、ミツキが別の魔力を持った人間に追われていた事が分かる。
複数の魔力痕がミツキの魔力痕に付いて来ていた。
それに……空気中の魔素の残り方……ミツキは魔法で攻撃された……?
「クソッ」
どのぐらい時間が経った?
すぐ戻ったつもりだった。でも……ミツキを連れ去るには十分な時間だったかもしれない。
路地裏を走り抜ける。
「……?」
途中、何か光ったような気がして足を止める。
何てことないガラクタ置き場にミツキの魔力が残っていた。
『魔力可視』を切ってそこを覗き込む。
「!」
ミツキにあげた姉上のナイフ。
拾い上げ埃を落とす。
何故此処に? 焦って落としたのか?
鞄に無造作に突っ込んで再び走り出す。
「ミツキっ」
ひたすら追いかけて、角を曲がるたびミツキが居ないかと期待を持つ。
居ない、何度角を曲がっても……何処にも。
ただ魔力痕が続くだけ。
最後に辿り着いた場所にミツキの魔力が多く残っていた。
魔法は使うなって口を酸っぱくしていつも言っていたのに……
使わなきゃどうにもならない状況だったのか。
そのすぐ近くでミツキの魔力が途切れていた。
何度見てもそこで終わっている。
魔力を遮断する布、と言う物がある。ぱっと見る限りでは普通の布だ。
それを袋状にしてミツキを入れて運んだ……? 良くある方法だった。
俺の様な魔力が見える人間に対しての対策だ。
すぐにミツキを攫ったと思われる人間の魔力痕を追って行く。
一体何処に向かって居るんだ?
その先は……確か……
「クソッ! やられた!」
魔力痕は表の……大通りに紛れていた。
ミツキの魔力ならばよく見知っているから追えるが、此処は一時に何十人と人が通る。魔力痕も相当数残っていた。追うのは無理だ。
なんて正確な撒き方だ。普通人を避ける様に運ぶのに……
このやり方は昔教えてもらった事があった。
「セネド……!」
魔力が見える眼か妖精が見える眼、いずれも無力化できる方法だ。
このやり方はセネドが初めて行った方法として有名だ。
攫ったのはセネドの手の者かもしれない。
時間的にまだ遠くには行ってないはずだ。
地面を蹴り、飛び上がって屋根の上に乗った。
そのまま屋根伝いに走る。
行儀が悪いがそんな事を言っている場合ではない。
いくつもの屋根を飛び越えてある場所へ向かう。
*****
ドアを壊さないように強く叩く。
「教官! 教官殿! 居りますか!?」
ミツキと来たハイドフェルト教官の別荘だ。
「教官」
「ロア様? どうしたのです? 血相を変えて」
玄関を開けたのは教官だ。
奥に妻の姿も見えた。
「ミツキが攫われましたっ」
「な……」
「魔力可視し、後を追いましたが人混みでまかれてしまいました」
「何故、ロア様が付いていながら何故……!」
教官は震えていた。
娘の事を思い出したのかも知れなかった。
奥で妻のステラが悲鳴を上げていた。
「時間的にまだ遠くには行っていません! 手を貸してください!」
「……分かりました」
教官は頷いて妻が持ってきた剣を受け取った。
状況を説明する。
何故かミツキが裏に入ってしまい、攫われた事。
セネドの手の者である可能性が高い事だ。
教官は何度も眉を寄せた。
「ロア様、連れ去られたと言う事は近々オークションがあると言う事です」
二人でカナトラの駐屯場に向かって居た所、そう言われ、眉を寄せる。
どんな悪人だって売れない物をいつまでも持って居たりはしない。
特に人間、足がついて捕まったりしたら損をした所の話では無い。
だからすぐに売ってしまえる場合でもない限り、攫ったりはしない。
「此処の騎兵達には私から説明した方が指揮が速いと思って、先に声を掛けられたのでしょう?」
俺は今はまだ、ただの騎士だ。今は、まだ。
カナトラの騎兵全てを把握していない。
その点、ハイドフェルト教官は此処カナトラに教官の立場で何度も赴いている。
今此処に居るのもそれがあっての事だろう。
「別行動をしましょう」
教官の提案はこうだ。
教官はこのまま駐屯場へ行き騎兵を率いて街を虱潰しにミツキを探す。
だが、今日中に見つからない場合が高い。
人も多いし建物も多い。
騎兵達を総動員しても数日はかかる。
そして何より裏にあると言う街の出入口の存在。
そこからすでに街を出ている可能性だってある。
「オークション会場、場所をつきとめましょう」
場所が分かれば後は簡単だ。
ミツキがその場所の方角に連れ去られたのは確実だからだ。
「カナトラに会場があるのでしょうか?」
「それは……分かりません。その際は大規模な捜索で尻尾が掴めるかと……ただ、そんな悠長な時間があるかどうか……」
オークションが開催される日時。
もしかすると今日かも知れない、明日かも知れないと思うと焦りが募る。
「教官、俺は裏で情報を集めてきます」
「了解いたしました。こちらは手筈通りに進めて行きます」
「お願いします!」
教官とは別の方向に飛んだ。
ミツキ……頼む、無事でいてくれっ……
思いを叶えるべく、ただ走る。




