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お米!


数刻後、ステラが戻って来た。

手には何か箱を持っている。


「ミツキ様、こう言った物はお好きですか?」


木の箱に入っているそれを、そう言って見せてくれた。

シンプルなデザインのネックレスだった。

青を基調として作られており、散りばめられている青い石が光の加減でキラキラと光り、見ているだけで楽しい。

この石は恐らく、名のある宝石だろう。


「素敵なネックレスですね」

「お気に召しましたか?」

「? はい」


良いものを見たと満足してステラの方を見返す。

やっぱり貴族は違うなあとぼんやり思っていると、手にネックレスを手渡された。

驚いて声をかける。


「あ、の……?」

「差し上げます」

「!?」


驚きと驚愕で呼吸が止まる。

こんな高そうな物を無償で貰ったりできない!


「駄目です! こんな高いもの」

「大昔に買った物なので古いデザインなのです。誰にも使われないのは可哀想かと思って……」

「これは奥様の物ではないのですか?」


ステラはまた、悲しい顔をして微笑んだ。

表情を見て、娘さん関連かなと察してしまった。


「未使用ですから、使って下さい」

「でも……」

「今日、こちらにいらした記念に、どうか」


助けを求める為にロアを何度も見た。

気が付いたロアが間に入ってくれた。


「ステラさん、この様な高価な物、受け取れません」

「ロア様にしてみれば、安物同然かと思いますが」

「……ミツキは貴族ではありません。分不相応だと本人は思っている様です」


ロアの言葉に何度も頷く。

確かに素敵なネックレスだけど、自分が着けているイメージが沸かない。

と、言うか無くしそうで怖いから着けたくない。

……興味が全くないって言ったら嘘になるけど。

ステラと目があった。優しいお婆ちゃんの目だった。


「ご迷惑でしたか?」

「いえ! そんな事は無いです。わたしよりももっと相応しい人が居るかと……お気持ちだけ受け取っておきます」


恐らく、このネックレスは娘に買った物なのだろう。

買ったはいいが、結局、着ける前に娘は亡くなってしまった。

日の目を見ることができなかったのだろう。

だったらこれは、わたしでは無く、娘が着けるべきなのだ。

例え、着ける事が叶わなくても。


「ステラ? 何かもめてるのかい?」


料理を作っていたハイドが数人メイドを引き連れて戻ってきた。


「あなた……これをミツキ様にと思って」


箱に入ったままのネックレスをハイドに見せる。


「あぁ……これか……」


ハイドは、何かを思い出したのだろう。

本当に寂しそうな表情を浮かべた。でもそれは一瞬で、すぐに何時もの微笑みを湛えた。


「取り敢えず、夕食にしよう。ステラ、今日のは自信作さ」

「まあ、何を作ったの?」

「水が豊かな土地で作られている主食、米と言うもので」

「ハッ! お米!!!」


思わず大きな声が出てしまった。

両手で口を覆う。

部屋にいる全員の視線を浴びまくる。

真っ赤になる。

恥ずかしい! 何で大声出しちゃったんだろう!

いや、でも仕方無いよ! 今までずっとパンだったんだもの!!

驚いた表情のまま、ハイドが口を開く。


「パエリアと言う物を作りました」

「お、美味しいですよね! 具材はやっぱり魚介系ですか!?」

「よくご存知ですね……ミツキ様は何が好きですか?」

「卵かけご飯とか納豆が好きです!」

「ナットウ? 聞いた事ないですね……」


恥ずかしさのあまり言わなくて良い事を口走った気がする。

この世界に納豆があるはず無いだろ……お味噌汁が飲みたいけど、きっと味噌も無いのだろうな。


「卵かけご飯、とは何でしょう?」

「えっと、溶いた卵に醤油を入れてご飯にかけて食べます」

「ショーユ?」

「まさか卵を生で食べるの?」


醤油も卵を生で食べる文化もなかった!

卵をかけると聞いて、ステラがさらに驚いている。

一体どこの国の文化だ? と二人が考え始めてしまったので、言い訳をあれこれ考えていると、


「……ロア?」


ロアが、複雑そうな顔をしながら手を握ってきた。

何だろうとじっと見返す。

視線が合って、体が跳ねた。


「教官、食事にしませんか?」


机の上にはメイドが準備した食事が綺麗に並んでいた。

ロアの声にはいつもの覇気がなかった。

もう一度ロアを心配そうに見る。

やっぱり、元気がなかった。


「温かいうちに食べようか」

「ええ、そうね」


ステラとハイドがそう言って笑いあった。

見た目の年齢が離れていても、二人は夫婦だった。

少し、羨ましいと思う。

わたしも、向こうに帰って結婚したら年を取っても仲のいい夫婦で居たいなあ。

漠然とした憧れだった。


「アーク様、豊かな恵みに感謝いたします」


ステラはそう言って手を合わせた。

ロアとハイドは同じように手を合わせた。

わたしも見様見真似で手を合わせた。

宗教っぽいけど、この世界に宗教はあるのだろうか?

アーク様へのお祈りが終わって、各々食べ始める。


「ミツキ様、はいどうぞ」


ハイドがパエリアを分けてくれた。

黄色いけど、これは香辛料の色かな?

それとも異世界の米は黄色いのか?

スプーンで一口食べる。

お、美味しい!

日本の米よりぱさぱさしてるから海外のお米に近いかな。

久しぶりのお米が体と心に沁みる。

わたしは日本人なんだなあと改めて実感した。

とてもおいしく頂いている途中、ロアが気になってちらりと盗み見た。


「……」


やっぱり元気が無いように見えた。




*****




夕食を食べ終え、再び帽子をかぶって、お礼を言ってから家を出ようとする。

ロアは此処から宿泊先まで少し距離があるので、お手洗いを借りに行った。

先に挨拶をする。


「ごちそうさまでした」

「お口に合ったかな?」

「はい! パエリアがすっごく美味しかったです!」

「正直だね」


ハイドはそう言って笑った。

隣にいるステラもつられて微笑む。


「そうだ、目を閉じて頂いてもよろしいですか?」

「え? ……はい」


しばらくすると、首の周りが重くなった。

まさか、と思い慌てて目を開ける。


「本当に、素直な方ですね」

「あ、あのこれ……!」


一度は断ったあのネックレスだった。

ハイドはにこりと微笑んだ。

その瞳は悲しみを孕んでいる。


「その石は魔力石と言って、もしもの時は自身の魔力の代わりになる石です」


魔力石は、赤、緑、青、の三種類あって、青の石は水属性。

魔力が宿っていると色が付くが、魔力を使い切ってしまうと透明な石になってしまう様だ。


「受け取れないです」


外そうとするも、外れない。と言うか外し方が分からない。

ロア……まだ帰ってこないのかな。


「ミツキ様……」

「奥様、外してください……」


ステラはにっこりと微笑んだ。


「これで、未使用では無くなってしまいましたね」

「……あ、あの」

「返さなくて結構ですよ」

「か、返します……返したいです……」

「とてもよくお似合いですよ」


は、話が通じないよ。

ステラが慈しむ様にわたしの眼を見つめる。


「どうか、娘の分まで生きて、幸せになってください」


その言葉に、ふと女神の言葉を思い出した。

わたしの幸せを祈るという、漠然とした願いだ。


「……私の眼は娘さんに似ていますか?」

「そうね……幸せになって欲しいと思うくらいには……ねえあなた」

「とてもよく似ているよ……深い、青が」


そうか……二人はわたしの眼を通じて娘を見ていたのか。

魔力をもって生まれる女性の数は少ない。

二人にとって、わたしは人生の中で二番目に会う青い瞳の女性なのだろう。


「頂いていいのですか?」

「タンスの肥やしになってた様な物だけど、持っていて欲しい」

「私とハイドもそれを望んでいるわ」


まだ少し悩んだけど……最後には頷いた。

その時、ちょうどロアが戻ってきた。

ロアはわたしがネックレスをしている事に首をかしげていたが、


「服の中に隠しておいた方がいいぞ」


と言うので服の中にしまった。

こんな高価な物、出して置いたら危ないよね。


「教官、お世話になりました」

「ああ、ロア様」


ロアのあいさつの後、ハイドが引き止める。

ロアはもう一度ハイドと向き合った。


「元帥からご連絡です。早く帰る様にとの事です」


ロアは、思い切り顔をしかめた。


「分かっている……」


ロアは、ようやくそう絞り出した。

元帥って、騎士隊のみならず騎兵達のトップだよね。

ロアが顔を歪めたって事は、父親と何か関係があるのかな。


「お二人とも、お元気で」

「ステラさんも」

「ふふ、ありがとう」


手を振って二人に別れを告げる。

日はとっくに暮れて夜になっている。

オレンジ色の街灯が道を照らしていた。

背の高い城壁に圧迫感を感じつつ、ロアに手を引かれ、歩いた。

ロアにはやっぱり元気がなかった。


「……」


何も聞けず、宿屋へ戻った。


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