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ロアへ実験


人通りが多い道を歩く。

無事に宿を取ったわたしとロアは再び町を出歩いていた。

宿は何時もより少しいい所になった。

と、言うのも……安い宿は人気があって何処もいっぱいだったのだ。

後はグレードを上げるか下げるかだが……ロアはわたしを考慮してか良い宿にしてくれた。

部屋の内装は同じ木造だったがとても広く、家具が揃っており、備え付けのシャワーも最新型らしく、いつもと少し形が違った。

トイレも共同じゃなくて部屋にあったし……

それに……衣類の洗濯のサービスがあったのだ。

少し費用はかかるが、宿泊客は安くなる仕組みらしくすぐに頼んだ。

今日は洗濯しなくて済むぞ。


「どうしてこの街には人が多いの?」

「流通の要だからな」


ロアによると、王都はあまり交通の便は良くないらしい。

いざ戦争になった場合、道が多いと守りきれなくなる可能性が有る為、道は最小限しかない。

代わりに、此処カナトラが流通を一手に引く受けているらしく交通の便がいいのだ。

商人達は王都では無く、カナトラに店を構える者が多いらしい。


「王都に向かう場合は此処を絶対通るからな」

「そうなんだ」

「だから宿屋が多いんだ」

「なるほど」

「あとは……」


城塞都市、との名の通り、此処は騎兵、または王都から数人騎士を派遣されている街だ。

騎兵の数は多く、それを目当てにやってくる商売人も居るそうで……


「定食屋が多いだろ?」

「うん」

「腹が減った騎兵目当てで店を出してるんだ」


何度か頷いた。需要と供給だね。

定食屋の多くは男性向けな感じで、ドカ盛りの店、などと書いてあった。大盛りのお店だ。

きょろきょろと周りを見回す。


「あんまりきょろきょろしてると田舎者だと思われるぞ」


ロアに笑われながらそう言われ、少し恥ずかしくなった。

日本と全然違うんだもの……珍しくてつい……

ロアに手を引かれ、歩き続ける。

そう言えば何処に向かって居るのかな?


「ねえ、ロア」

「んー?」

「何処に向かってるの?」

「ああ……馬車乗り場だよ」

「えっと……王都に行く?」

「そう」


長距離を走るバス、の様な感覚だろうか?

相乗りするし、きっとそうだよね。

しばらく歩くと見えて来た。


「わあ」


ずらりと並んだ数えきれないぐらいの馬車。

沢山の馬と小屋。世話をする人達。

馬車に乗りたくてやって来たであろう沢山の人達。


「ちょっと人が多すぎるなあ」


ロアがぼやく。


「ミツキ、此処で待っててくれる?」

「うん、分かった」

「すぐ戻る」


わたしは目印として街灯の下に立った。

やる事も無いのでぼんやり人の流れを見つめる。

通りは人が多いが、騎兵の数も多い。

傍に居なくても大丈夫だとロアは思ったのだろう。

そう言えば……裏通りは治安が悪いんだっけ。

視線を彷徨わせて、細い道を見つけた。

しばらく見ていたが、あそこに入って行く人間は居なかった。たぶん裏なのだろう。


「……?」


気が付くと隣に誰か立って居た。

ロアと同じような服装に、腰に剣を差していた。

特徴的な金の髪に、青の瞳……

年の頃は、20代前半、だ。

わたしの視線に気が付いた男性はにこりと微笑んだ。


「こんにちは、お嬢さん」

「あ、はい……こんにちは」


男性はじっとわたしを見つめる。

よく分からなくて首を捻る。


「あちら側にご興味がおありですか?」


あちら側って……裏って事だろうか。


「いえ……危ない事だけは知っているので……行く気はないです」

「そうですか、それは安心しました」


男性は、たまに怖いもの見たさに裏に入ってしまう若者の話をしてくれた。

裏は縄張りがあるようで、それを犯した者に対しては容赦がないみたいで……最悪死が待って居るようだ。

男性は、わたしが熱心に細い道を見つめて居たから声をかけたようだ。


「あの……あなたは騎兵、でしょうか?」

「私ですか?」

「はい……」

「……いいえ、私はもう騎兵でも騎士でもありませんよ」

「……?」


もう、って事は、だった、ってことだろうか。

確かに身のこなしには隙が無いよう見える。

ロア、よりも……


「お連れ様は何処でしょうか?」

「明日、馬車に乗るのに予約? に行っています」

「そうでしたか……はあ、全く……ロア様は……」

「ロアの事、ご存知だったんですね」


そう言うと、男性は笑いながら頬を掻いた。

わたしがロアと一緒に居るから声をかけて来たのかな。そう思うのが自然だ。


「ロアならすぐ戻ると思いますので」

「……いいえ、私はあなたと話したくて此処に居るのです」

「えっ……?」


気が付いたら、手を握られてた。

やっぱり、この人もロアと同じ……剣を握る人だ。

綺麗な青い瞳……魔力は相当高いと思われる。


「どうです? この後、食事でも」


そう聞いて、混乱する。

わたし、口説かれてるの?

初めての経験にわたわたする。


「い、いえ! わたしはロアを待って居ますので……」

「此処に居ない人などどうでも良いではありませんか」

「だ、だ、駄目です!」


首を左右に激しく振る。

この人をちょっとかっこいいとかって思ったけど! それとこれとは話が違う!

ロアはわたしの為に馬車を取ってくれているのに!

それを置いてなんて行けない!


「一緒には行けないです! ごめんなさい」

「そうですか……身持ちの固い人ですね」

「他を当たって下さい!」

「大丈夫ですよ……フフッ、面白い方ですね」


男性はニコニコ笑い続けた。

手は未だに握ったままなので離して欲しくて動かすがびくともしない。

え……細いように見えて意外と筋肉あるの? ロアと同じ?


「ロア様を驚かせてしまいましょうか」

「え?」

「あなたにちょっかいを出す男をロア様はどう思うかの実験です」

「え? え? 実験?」

「ロア様が貴方様をどう思っているか、興味ありませんか?」


それ……普通に興味ある……

抜け出す事をやめたわたしを見て、男性は笑った。


「素直な人ですね」


ロアが帰って来るまでこのままになる事が決定した。

手を握られるなんてロア以外だと久しい。

時間があるので聞きたい事を聞いてみる。


「その……お名前伺っても? わたしは美月と言います」

「失礼、申し遅れました。 私の事は、ハイドとお呼び下さい。ミツキ様」

「わたしに様は要らないです、ハイドさん」

「いいえ、立場上そう言えないのです……ご了承ください」

「私は……貴族ではありません」

「……はい、それでも、です」


うーん……何でだろう?

様付で呼ばれ慣れないから背中がぞわぞわする。

わたしがロアと一緒に居るからだろうか?


「ハイドさんはロアと知り合いなんですか?」

「ええ……長い付き合いです」

「ロアと一緒に居るから、わたしに敬語を?」

「……実を言いますと、」


ハイドはたまたまこの辺りを通りがかった際、知り合いであるロアを見つけ、こっそり後を付けて来たそうだ。

付けている際、わたしを見つけて普通に興味を持ったらしい。

ロアの女嫌いは有名だからだ。

ロアとわたしはとても親しく話し合っていたのでどんな関係なのかますます気になった。それでわたしに接触してきたようだ。


「ミツキ様は怖くは無いのですか?」

「……何をでしょう?」

「私が、です。会ったばかりの男性を怖く思わないのですか」

「ハイドさんは元騎士だと思いました……なので乱暴はしないと思って……」


言葉遣いも丁寧だし、立ち居振る舞いは綺麗だ。恐らくこの人はロアと同じで貴族なのだろう。


「よく分かりましたね」


ハイドは微笑んだ。


「ロア様も罪な人ですね」

「? 罪ですか?」

「こんなお嬢さんを一人で残すなんて……」

「人が多いので仕方ないですよ」


ハイドは溜息を吐いた。

わたしは視線を馬車乗り場に移した。


「あ、ロア……」

「来ましたね、ではお嬢様……困ったような顔をしていて下さいね」


ハイドはそう言って、帽子ごしにわたしの頭にキスをした。

って、ええ!?

困った顔するだけじゃないの!?

ロアの様子を見る状態じゃ無くなり、混乱する。

何度も瞬きをしてハイドを見た。

そして……遠くのロアと目が合った。


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