指切りげんまん
少し経って、料理が出てきた。
新鮮そうなサラダにかぼちゃのスープ、クロワッサンの様なパンが二つ……ロアは五つ。
それから白身魚の煮つけに、一番目立つのはステーキだろう。
今まで食べて来た肉とはまず見た目から違った。
盛り付けもなんだか貴族っぽい。
お箸で切れちゃう様な、そんな柔らかさを持った肉。
これ絶対美味しいやつだ。
「……ん?」
お肉ばかりに気を取られていると、何かが部屋に入ってきた。
なんだ、あれは……一見すると肉の塊に見えるが……
するとシェフは細長いナイフを取り出し、表面を薄く切った。
「こちら、生ハムでございます」
まだそんな美味しそうなお肉が出るの?
「それではごゆっくり」
シェフが部屋を出て行った。
出て行った後も料理をぼんやり眺めた。
生ハムとか食べた事……ああ、スーパーで買って食べた事あるけど……切りたては味が違うのだろうか。
ロアは生ハムをパンに巻いて食べていた。
ちょっと試しに同じように食べてみた。
想像以上に美味しくて呼吸を忘れた。
「うまいか?」
「うん! 美味しい!」
さすが、貴族が経営してるお店だけあるなあ。
お肉が特に美味しかった。
ロアの様子を盗み見ると、わたしの三倍はありそうなステーキを食していた。
いくら美味しくてもそんなには食べられないかな……
味付けは塩と胡椒のみで、わたしが知っている牛肉の中で一番美味しかった。
現実世界の黒毛和牛とかってこんな感じだろうか。
食べた事ないからなんとも言えないけど。
ほとんどを美味しく頂いた所で、シェフが再び部屋に来た。
「本日のデザートでございます」
えっ、甘いもの?
目の前に置かれたお皿をのぞき込む。
見たことがないフルーツをふんだんに使った果物のタルトの様だった。
早速一口食べてみる。
桃みたいな、味がした。
色が黄色いけど……黄色い桃って、そういやあったな。
無言でちょこっとずつ食べる。
……ぅん?
強い視線を感じて顔を上げる。
「なに、ロア?」
タルトには手を付けず、ロアが微笑ましそうにわたしを見つめていた。
「美味しそうに食べるなあって、思っただけ」
スプーンを口に入れたまま、ロアを睨む。
睨まれたことに対してロアは少し笑って、
「ミツキはほんとに可愛いなあ」
ロアはそう言ってタルトを食べ始めた。
頬が熱くなる。
わたし……男の人に可愛いって言われたの初めてかも……
一瞬父親の顔が頭に浮かんだが、いや、それは除外。
「………」
甘いものが好きなロアもタルトに舌鼓を打っていた。
じっとロアを見つめる。
視線に気が付いたロアと目が合った。
「ミツキ?」
「……」
「どうかしたか?」
仕返しをしようと思ってた。
可愛いって言われたから、かっこいいって言い返そうって……
でも、そんな恋人同士みたいな行動、わたしには無理だったようだ。
「べつに……」
ロアって本当にかっこいいよね、って……
何当たり前の事言おうとしてたんだわたしは……
そんな事を言おうと考えていた自分が恥ずかしいよ……
頭を振って今まで考えていた事を吹き飛ばし、タルトを美味しく頂いた。
食事が終わって、これからの事をロアから聞く。
「まず王都に行くだろ」
「うん」
ロアの祖父に会ったり、図書館に行ってみる。
なんでも王立図書館は、此処にない本は何処にも無い、をテーマに掲げていて世界一の蔵書を誇る様だ。
規模も大きく、図書館自体の大きさが他とは比べ物にならないようだ。
……そんな図書館の本を全部読んだんだよね……ロアの祖父は。
「後は王族に……聞いてみるか」
「アーク様に聞くって事?」
「そうだな」
王族は今でも変わらずアーク神と対話ができるので不可能では無い様だ。
あの月のような女神さまの事、何か知っているだろうか?
その時、ノックが聞こえた。
「入れ」
「失礼いたします」
入ってきたのはシェフだ。
「お楽しみいただけましたか?」
「ああ、良かったよ」
「ありがとうございます」
シェフはロアに頭を下げた後、わたしに向き直った。
「お嬢様はいかがでしたか?」
「は、はい! えっと……すごく美味しかったです!」
特に、最後の、デザートが!
思い出しただけで頬が落ちそうだ。
どうやらお会計の時間の様で、ロアが支払っていた。
いくらかはよく分からない。
金貨と銀貨を数枚使っていた。
やっぱり金貨があるんだ。
部屋を出て、来た道を戻る。
「時にロア様……」
「何だ?」
「ロア様はご結婚を考えられている方はまだいらっしゃらないのですか?」
「……」
ロアは黙ってシェフの背中を見た。
盗み見ると、複雑そうな表情をしていた。
「今はまだ、居ない」
「さようですか」
「何故その様な事を聞く」
「ロア様のご結婚が国の安定に繋がるからです……お父様のロゼ様もそうでしたが、なるべくならば早くに、と私に限らず全ての人がそう思っているのです」
「その様な事……聞き飽きている」
「申し訳ありません、差し出がましい事を……」
会話を聞いて、何度もロアを見た。
ロアの結婚が国の安定に繋がるって……どういう事だろうか?
ロアはただの貴族ではないのだろうか?
古い家、とは聞いているけれど……
「ロア様!」
思考をさえぎる様に声がして、声の主を見る。
あのそばかす少女だ。
少女はロアの元に行こうとしたが、叶わなかった。
少女の母親が少女の腕を掴んでいたからだ。
「あなたがすべき事はそのような事ではないでしょう?」
言い方は優しかった。口元も弧を描いていた。
でも……目は笑っていなかった。
少女は恐怖を覚えたようで喉を引きつらせていた。
「こ、この度はご迷惑をおかけしてま、まことに申し訳ありませんでした!」
少女は深々とお辞儀をし、母親の様子を窺った。
母親も深々と頭を下げた。
ロアが口を開く。
「気にしていない」
そう言うと、今度は奥さんが口を開く。
「ですが……」
「……料理は最高だった、また来る」
「ありがとうございます」
ロアに頭を下げた後、わたしにも頭を下げた。
「お嬢様も、申し訳ございません」
「いえ……わたしも気にしていませんので」
いきなり、何様だ! って言われた時はびっくりしたけど……
奥さんと目が合う。綺麗な茶色の目だ。
その目は、何かを探るような目で、首を傾げる。
「お嬢様はロア様の恋人、でしょうか?」
「は、い……?」
「いえ……ロア様が此処に女性を連れてきたのは初めてですので……」
「ちがい、ます……」
「ああ、では……」
婚約者、でしょうか?
続けられた言葉にフリーズする。
二人で食事に来ただけで婚約者になっちゃうの……?
貴族怖い、怖すぎる。
「ちがいます……ロアとはただの同行者で……」
「そうですか……余計な事をお聞きしました」
その会話を聞いていた少女は面白くなさそうな顔をしていた。
ロアをふと見る。
「……ロア?」
ロアの顔がちょっと赤い気がしたけど、気のせいかな。
「ありがとうございます、またいらしてください」
その言葉を聞きつつ、店を後にした。
手を引かれ、ロアの後を付いて行く。
「ねえ、ロア」
「何?」
「ロアの家って普通と違うの?」
「貴族だから普通とは違うと思うけど……」
いや、そう言うのが聞きたいんじゃなくて……
「普通の貴族とも違う?」
「……何が言いたいんだ?」
ロアに少し睨まれる。
あ、えっと……聞いたらまずかったかな……
「わたし、ロアの事呼び捨てにしたら、何様だ!? って言われたし」
「……子供の戯言だ」
「………」
ロアは相変わらず、多くを語ってはくれない。
特に自分の身分に関しては教えてくれないようだ。
その事実に胸が痛んだ。
わたしは、ロアに信頼されてないのか。
きっと理由があって教えてくれないのだろうけど、理由が分からないから心が痛んだ。
胸の奥に小骨が刺さったみたいだった。
「……?」
ぎゅっと、さらに強く手を握られた。
「ロア……?」
「いつか、ちゃんと言うよ」
ロアを見上げる。
「ロアが隠している事?」
「うん」
「全部?」
「うん、全部」
「約束」
わたしは繋いでいた手を一度離して、指切りをした。
「何? これ」
「わたしの国のおまじない」
「へえ」
「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、指切った」
「何気に鬼畜だな……驚いた」
「う~ん……言われてみればそうだね」
「飲まされないように気を付けないとな」
ロアが笑ったので、わたしも笑った。
王都に着いたら、教えてもらえるだろうか。
ロアの事、知りたい事全部。
「取り敢えず宿を探すか」
「うん」
今日は此処に泊まる事になっている。
今日と明日、王都へ向けての準備をして、目的地である王都へ。
準備と言っても乗合馬車に乗って行くだけなのでそれ程時間はかからないようだ。
他に人がいるのでわたしの魔法が使えない為、水系の魔法具を買う予定だ。
ロアが今まで使っていた物があるが、安物で壊れかけの様だ。
後は食料かな……この際に洗濯もきちんとしておきたい。
そう思うと、やりたい事はいっぱいあるな。
ふと、胸のあたりに触れる。
ロアから預かっているナイフは落としていないようだ。
結局、迷いに迷って服の中に入れておくことにして、こうして何度も確認している。
「そうだ、じゃあ、俺も……」
ロアに両手を持たれる。
ロアの手は大きくて武骨だけど……優しい。
「俺はミツキを無事に送り届ける事を誓うよ」
「……指切り?」
「うん、針千本」
「言葉のあやで本当に飲まなくてもいいんだよ?」
「フフッ、分かってるよ」
一度手が離れ、もう一度しっかりと手を繋ぎなおした。
「行こうか」
「うん」
少し気合を入れて人混みの中に入って行った。




