城壁
早朝、二人で白馬に乗って草原を駆ける。
ようやく太陽が昇って世界が白んできた時間帯だ。
「見えた」
ロアが呟いたので指差す方向を見る。
遠くからでも背の高い城壁が見えた。
「あれが城塞都市カナトラ。有事の際は王都を守る壁となる街だ」
「王都を守る……大きい」
遠くからでもその大きさは分かった。
わたしが知っている中で一番大きな町は最初の町ストーラだが、その比ではないぐらいの巨大な街だ。
有事の際、と言うのは戦争の時の話で、大昔、この国がまだ小さかった頃、戦争が絶えなかった時には大活躍していたようだ。
今ではこの世界で一番の大きさを誇る豊かな国、アークバルト。
この街が再び活躍する時は、本当に追い詰められた時だけの様だ。
「ちなみに王都はあれの五倍ぐらい大きいからな」
「えっ!?」
「カナトラも大きいから迷子にならないように注意な」
王都はあれの五倍だって……?
想像しようとしたが、あまりの大きさに想像も出来ない。それ程の大きさだ。
ロアの話を聞くと、人口も多く人の数が多いので迷子にならないか一気に不安になってくる。
「大丈夫、道に番号が振ってあるから」
道の各所に看板が設置されている為、メイン通りを外れなければ取り敢えず大丈夫なようだ。
そう言えば石畳の町、ストーラで字が読めないと駄目って言っていたのを思い出した。そう言えばこれが理由だった。
城壁に近付いてきた。
ロアが馬の走るスピードを緩める。
城壁の入り口には人の列が出来ていた。
「簡単な入街審査があるけど、心配はするな」
わたしがもたもたと馬を下りて、ロアはひらりと下りる。
馬に慣れてるだけあるなあ。
騎士になるためには馬に乗れなくちゃいけないんだよね……
乗れて当たり前なんだろうけど……すごいなあ。ぼんやりとそんな事を考えた。
ロアが馬の手綱を持って、列の一番最後に並んだ。
ぐうう……
お腹が空いてさする。
それに気が付いたロアが保存食を出してくれた。
いつもの乾パンだ。
予定では街に入ってから朝食を食べる予定だったが……自分の体は待ってはくれなかった。
「ありがとう」
ぱさぱさの乾パンをかじる。
よく唾液を出してからじゃないと喉に詰まるかもしれないからよく咀嚼して飲み込む。
列は少しづつ進んではいるようだが、それ以上に並ぶ人数のが多く、あっという間に大行列になってしまった。
早朝早くにこの街に着いておきたいと言っていたロアの言葉を身に染みて感じた。
これじゃあ、時間がかかるよね。
喉が渇いて自分で水を作ろうとしたら手をロアに叩かれた。
「わっ」
「お前は……危機感がないのか?」
水筒を渡される。
ああ、そっか。こんな人目がある所で魔法を使っちゃ駄目だよね。
ただでさえ人さらいが横行してるし、一回危ない目にもあったし……
危機感があまり無いのは日本生まれだからです……日本が平和だから悪いの……
「ごめんなさい」
「気を付けろよ」
「うん」
水を一口飲んだ。
水筒にはわたしが作った水が入っていた。
作りたての方が冷えてるし美味しいんだけど……贅沢は言ってられない。
「……ん?」
水筒の蓋を閉めていると、列の裏の方から馬車がやって来た。
……何やらいかつい護衛を複数連れて。
ロアに帽子越しに手を勢いよく置かれ、必然的に下を見る。
「馬鹿、目を合わせるな」
小声でそう言われ、怖くなってロアの近くに寄った。
あと少しで街に入れそうだ。
もう少しで馬車が通り過ぎる。
その時。
「よお、兄ちゃん」
馬車は隣に止まり、いかつい護衛から声をかけられた。
恐らくロアに話しかけたが、ロアは一切を無視した。
「無視してんじゃねえぞゴラ!」
男の周りに風が渦巻く。
魔法で攻撃してくる気か。
ロアの後ろに隠れる。
此処が一番安全だと分かっているからだ。
私達の前と後ろに並んでいた人達は、妙な事に巻き込まれてしまった私達を憐れむような視線を投げかけて来るだけで、助けてはくれないようだ。
どうやら男達は細身のロアを弱いと踏んで脅しているようだ。
「何用か」
ロアが不機嫌を隠さずに答える。
「悪い事は言わねえ、順番を譲りな」
「へえ、一応聞くが、何故?」
「へへっ、この方は貴族なのよ。早く中に入りたいんでね」
ロアが馬車に視線を投げる。
馬車からは人の気配はするが、何の返答もない。
「貴族ならば貴族用の入り口があるだろう」
「あっちも混んでるんだよ」
「向こうの入り口が混んでいる何て見た事ないが……何か訳ありか?」
一向に譲る気配のないロアに、男がキレ始める。
「おめぇに関係ねえだろうが」
「貴族と言うのも、嘘だな」
「うるせえ! 譲るのか、譲らねえのか!?」
「小悪党が、話す時間すら惜しい」
「テメェエエェエッ!!」
短気な男がロアに掴みかかる。
ごきん、ぼぎっ
嫌な音がした。
「ぎいやあああああぁああっ!!!」
掴みかかって来た男の肩を外し、腕の骨を折った。
鮮やかな手並みだった。
「あ、兄貴っ!」
もう一人の護衛が駆け寄り、ロアと距離を離す。
「ひっ、腕がっ、いでえっ!」
「よ、よくも……!」
転げまわる男を見て、もう一人の護衛は魔力を練り始めた。
それを察して、周りの人間はますます離れて行く。
もう一人の男は風の刃を作った。
「死ねえ!」
刃をロアに飛ばした瞬間、
ザッパア!!
と、上から水が降って来た。
わたしが作る水の量など到底及ばない。
滝。
男の魔法をさえぎる様に流れ続ける。
「な、なんだ!?」
落ちた水が意思を持ったようにうごめく。
まるでスライムの様に。
「ぎゃあっ」
「なっ、なんだ!」
男達と馬車は大量の水に飲まれ、そのまま何処かに連れて行かれた。
唖然とその光景を眺める。
「騎兵か騎士の元へ連れて行かれた様だな」
そうロアが呟いた。取り調べを受けるのだろう。
「大丈夫ですかあ!」
声が聞こえて上を見上げる。
高い塀から男性が一人降りて来た。
衝撃を和らげる為か、彼の着地地点には大きな水球が出来て、役目を終えると濡れた後だけを残し、跡形も無く消えた。
彼の眼はとても美しい青い瞳だ。
水魔法ってそんな事が出来るんだ……
少しドキドキ、ワクワクした。
「って、え?」
ロアは騎兵らしい彼から視線を逸らした。
「ロア様?」
「……」
「どうしてこちらに? 貴族用はあちらですよ」
「いや……連れが居て」
「お連れ様がいらっしゃっても大丈夫ですよ?」
「いや、その……」
「さあ、どうぞどうぞ! お連れいたします」
騎兵はにこやかだ。
ロアはどうにか断る理由を探していたようだが、
「……分かった」
とうとう最後には折れた。
貴族用の入り口は意外と近くにあった。
ロアの話によると、こう言った出入り口が東西南北一か所ずつ、四か所あるそうだ。
が、ここは裏通りもあり治安が悪い地区もある。そう言った人達が出入りする裏口が有るそうで、今度摘発するそうだ。
ロアが貴族用の入り口を嫌ったのは、貴族用を使うと情報が騎士隊の方に筒抜けになるからの様だ。
貴族とは騎士からすれば守るべき対象。所在を把握するのも大切な事らしい。
……でも、一般用の入り口を使っても変わらないのでは? と思ったが、ロアは軽く変装をする予定だったみたい。
「それにしても……さっきの人は何だったのかな?」
ぽつりと呟く。
「ああ、それはですね」
騎兵が教えてくれる。
護衛の様な二人組は金を貰って割り込み業を営んでいるとの事だった。
馬車に乗って居たのが依頼主。
この騎兵は突然割り込みをされた、との情報を元に見張っていたようだった。
「そんなに時間がかかる事じゃないから大人しく待って居ればいいのに……」
溜息交じりに騎兵が呟いた。
貴族用は一般用とは少し離れた場所にある。
並んでいる人は居ない。
ロアによると、貴族は王都に住んでいる事が多く、比較的近い此処カナトラに住んでいる者は少ないらしい。既に立派な城壁があるので土地は限られており、別荘を持つ貴族も少ない。
城壁の中に入る。
カウンターが置いてあり、ここで審査を受けるようだ。
「ロア様! いらっしゃいませ」
カウンター越しに立っていた騎兵がロアに敬礼する。
「開門だ! 開門しろ!」
特に審査も無しにそう告げる。
門の大きさは馬車が通れるようになっている為か、横にも縦にも大きい。
「ロアっ、審査は良いの?」
「俺は身分がばれてるからな……審査は必要ないんだ」
「そう、なんだ……」
音を立てながら門が開いて行く。
わたしの審査は良いのだろうか?
ふと思ったが言わない事にした。
「行くぞ」
完全に開き切った門と、数人の騎兵に敬礼されつつ、
「うん」
頷いてロアに手を引かれる。
ロアはとても居心地が悪そうだった。
騎兵に敬礼されるのがそんなに嫌なのかな。
わたしは新しい街へ一歩を踏み出した。




