ロアの事3
ナイフを鞄にしまう。
ロアから預かっているものだから無くさないようにしよう……
「……」
何だか不安になって来た……これ絶対高価な物だよね……
寝るとき以外は服の中に隠していようかな……常に持ってた方が安心な気がする。
「ふあ、ぁ」
眠くなってきたので布団に潜り込む。
ロアは今シャワーを浴びている。
今日はいろいろあったな……
寝込んでたけどロアの回復魔法で元気になったし……
おじいちゃんに応援されたり、ロアの事も少し知った。
ロアは父親の事が苦手で家を出た。うん、いきなり家出したらどんな親だって怒ると思うよ。子供の事を大切に思ってる親なら……誰でも。
それで旅をしてた。たまにわたしみたいな子を助けながら……
わたしも家に帰りたいな……きっと皆心配してると思うから。
あ、そうだ……一番聞きたかった事、聞くの忘れてた。
「あ、ロア」
タイミングよくロアが出てきたので、起き上がり、疑問を口にする。
「ロアって貴族なの?」
「……え?」
足が止まったロアはわたしを見遣る。
「貴族なの?」
「……どうしてそう思ったんだ?」
「だって……」
まず診療所の老父がロアに対して敬語だった。
あの人はわたしに対しても敬語だったけど、ロアに対しては特に気を使っていたような気がした。
後は町の騎兵の様子。
前の町、ストーラではロアはめちゃくちゃ気遣われてたし……
「それに、ロアって食べ方が綺麗だよね」
この国にお箸はない。基本ナイフとフォークだ。
ロアは量を食べるけど綺麗に食べる。姿勢よく上品に食べる。
それが普通かなって思ってたけど、わたしの世界と同じで食べ方が綺麗汚いはある様だ。
他にも細かい点はあるけど、ロアはきちんとした教育を受けた人、というのは伝わってくる。
あれこれロアに説明すると、ロアの眉間に皺が寄る。
「お前はスパイか何かか」
「ち、違うよ!」
「はあ~……」
ロアがベッドに座り込む。
この部屋にはベッドが二つあるのでわたしが寝ていない方のベッドに座った。
「まあ、この世界の貴族の括りには入るかな」
「この国の貴族?」
「うん、そう」
そっか、やっぱりロアは貴族なんだな。
「ねえ、ロア」
「ん?」
「ロアの本名って長いの?」
「苗字の事?」
「うん」
貴族しか苗字を持たないってロアが言っていた。
この世界の苗字ってどんなのだろうか。
「俺のフルネームは……」
言いかけて、ロアは止まる。
「名前より何倍も長いよ」
「何て言うの?」
「………」
「ロア?」
「……言いたくないかな」
えー? なんかちょっとがっかり。
どうして言いたくないのか聞くと、わたしがロアを見る目が変わっちゃうのが嫌なようだ。
そんな事ないのに。
「そうだ、聞いたけどロアって女性が嫌いなの?」
「……どこで聞いた」
「え? えっと……診療所の先生だけど」
「はあ~……」
ロア、二回目の溜息。
何か嫌な事を思い出したようで苦々しい表情になる。
「俺は女が嫌いな訳ではないんだ……」
聞くと、ロアはちょっと有名な貴族で、自分をお嫁さんにして! と大勢からアタックされその必死さにドン引きしてしまった様で……つまり貴族の御令嬢が苦手なのだと語った。
「その言い方だと俺がまるで男色みたいじゃないか……俺は女が好きだから!」
「そ、そうなんだ」
ロアがちょっと必死だった。
恋愛対象は女性か……貴族の女性は苦手だけど。
そっか、だからわたしに苗字を教えてくれないのか。
わたしロアに、お嫁さんにして! 何て言わないのになあ……言ってみたい気もあるけど、わたしは家に帰るし……
「ね、ねえ……ロアって強いんでしょ? どのぐらい強いの?」
ロアが女嫌いと知って声をかけてきた男色の貴族の話を鳥肌を立てながら聞いている途中、話題を変える。あんまり聞きたくない話だった。
「俺の強さ?」
「うん」
「まず、俺に勝てる人間は少ないな」
ロアに勝てる人とは。
まず魔力が最高位である事。
戦闘経験が豊富でロアよりも勘が鋭い人。
または特殊な魔法が使える人。
だが、最高位で同じ魔力の量なら最低でも引き分けに持ち込む事が出来るらしい。
「じゃあ、ロアに勝てる人って?」
「……父親とか」
「お父さんも武芸に長けてるの?」
「ああ、俺なんか赤子だよ。ひねられて終わり」
ロアをそんな簡単に……?
わたしが見ている限り、ロアは負け知らずだ。
敗北何て知らないのかとすら思っていたのに。
「ロアのお父さんって仕事は何をしてるの?」
「……王都騎士隊は覚えてるか?」
「うん、確かエリートしか入れないんでしょ?」
「………」
「まさか騎士隊の人なの!?」
ロアがゆっくり頷いたので、呼吸が止まる。
うわ、ロアはそんなエリートな父親を持っているのか……何で家を飛び出したか分かってきたような気がする。
何もかも自分よりすごい父親への反抗だろうか。
それに、確か……騎士って騎兵より上なんだよね……
はっ!
「もしかして……ロアも……?」
「……………」
「………」
「……そうだよ」
ああ、そう言う事か……!
上の立場である騎士が町にやって来て居たから騎兵は声をかけていたのか。
成る程、ロアは立場上、上から目線になってしまうのも仕方なかったのか。
「ロアって何番隊なの……?」
えーと確か貴族は1番隊と2番隊だったよね。
2番隊が魔力と剣技に優れた貴族が入る隊で。
1番隊はその中から特に実力が優れている人、だったよね。
「……1番隊」
「ぐう……」
「何その声」
「だって1番隊って言ったら……騎士隊の中でも限られた人しか入れないって」
「うん、言った。事実だから」
何て事ないようにあっさりロアが言うのでますます混乱する。
ちょっと待とう、えっとつまり、ん?
1番隊は精鋭部隊なんでしょ? うん?
でもロアって今……20歳じゃなかったっけ?
「ロア……20歳で1番隊に入るのって普通?」
「いや……普通じゃない……異常だと思って良いよ」
「ロアって……すごいんだね」
「そう言う風に言われるのが嫌で今まで黙ってたんだけど?」
「あ……」
ふい、とロアがそっぽを向いてしまう。
どうしよう……えっと、ロアがすねた?
多分だけど、ロアは自分を肩書きで見てほしくないんだと思う。
王都騎士隊、1番隊所属、ってだけで単純にすごいから。
「あの……」
声をかけてもロアからの返答は無い。
「わたしは」
この言葉を言っていいのか、少し迷う。
意を決して、言葉にする。
「ロアが何者でも良かった……ただ、ロアの事が知りたかっただけで」
「………」
「ロアの事が、うんと……その……」
ええと、い、言ってしまえ!
「好き、だから?」
ぱちっ、と目が合った。
ロアは驚いた顔をしていたが、その顔が脱力する。
「疑問形……?」
恥ずかしくて言い切れなかったんだよ!
「でもそっか……ふーん」
「な、なに?」
「ミツキって俺の事が好きなんだ」
「ち、違うそれはっ、人としてって意味で」
違う、わたしは恋愛的な意味でロアが好きなのだ。
人として尊敬できる事も沢山あるし、そこも好きだけど!
「ふーん」
にやにやした顔のロアと目が合う。
墓穴掘った? 必死に否定しすぎた?
「違うんだってば!」
何も違わないけど違う。
ああ、言うんじゃなかった。恥ずかしい!
「違うの?」
「違うよ!」
「ふーん」
「ロア!」
「なあんだ、期待したのに?」
「えっ?」
「がっかり」
ロアはそのまま寝ころんだ。
「……」
がっかりって……どういう事?
じっと目を閉じてしまったロアを見つめる。
……ロアはわたしの事どう思ってるの?
聞きたい衝動に駆られるが……いや、どうせわたしは、こっちには居られないし。
迷惑だよね……少し頑張ってみたい気持ちもあるけど、ロアは貴族だし貴族令嬢にモテモテみたいだし……わたしに勝ち目はないかな……
しょんぼりした気分になる。
「ロアは婚約者とか居るの?」
そう聞くと、ロアがこっちを向いた。
貴族なら婚約者とか居るのかなってふと思った。
ロアの顔を見る。
……いつ見てもロアの瞳は綺麗だ。
「居るって言ったらどうする?」
「……ぇ」
ああ、そっか……貴族だもんね、やっぱり居るよね……
わたしが入る隙間なんかないよね。
俯いていると、ロアが少し笑う。
「言ってしまうと、居ない」
「え」
「だから気にするな」
「居ないの?」
「居た事ない……俺は女が苦手だからな」
特に貴族女性が。
それに、とロアが続ける。
「ミツキに好かれてるし?」
「ロア! だからそれは」
「分かってるよ、そうムキになるな」
ロアはゆっくりと息を吐く。
わたしは体温が上がって顔が赤い気がする。
「俺はミツキの事、好きだよ」
耳の中でロアの言葉が反響する。
「……ぇ?」
意味が理解で出来ずにロアを見返す。
待って、ロア……それってどういう意味?
「どっちの意味……?」
「さあ、どっちだろうな」
「ロア……」
小声でロアを呼び、咎める。
さっきから心臓がうるさい。口から飛び出しそうだ。
布団にもぐりこむ。面と向かって居られなかった。
布団の隙間からロアを窺うと、ロアは少し気まずそうにしていた。
「……明日にはこの村を出る、早めに寝ておこう」
「………うん」
消すぞ、ロアがそう言って蝋燭の火が消えた。
暗闇の中、ロアの言葉を思い出す。
体に熱が溜まって行く。茹で上がりそうだ。
……どっちの意味なんだろう。
聞くに聞けない、小心者のわたし。
その夜はなかなか寝付けなかったけど、とてもよく眠れた。
良く眠れたのはこの世界に来て初めての事だった。




