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異世界に来ましたが今すぐに帰りたいです  作者: ぽわぽわ
美月の知らぬ間に(番外編)
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間章:亮と夏輝


大学を卒業した。

俺はそこそこ良い企業に就職する事が出来た。


「亮君」

「ん? どうした?」

「帰ったらゲームしよ」

「夏輝が好きなゲームな」

「うん!」


付き合い始めてから、自然とお互い下の名前で呼ぶようになった。

夏輝は俺より後に就職先が決まった。

お互い都心で勤務先が近いため、一緒に住む事になっている。


「同棲になるだろ? 夏輝の両親に会っておきたいんだ」

「大丈夫だよ。私から言ってるし」

「駄目だよ。俺が直接言わないと……」

「私の家、遠いよ? 同棲ぐらい大丈夫! もう子供じゃないんだから」


確かに夏輝の家は遠い。

新幹線でも遠いから飛行機になるだろう。


「お金ないでしょ。貯まってからでも遅くないよ」


確かに、金は無い。

まだ働き始めた訳じゃないから、まとまった金が無い。

この時は笑顔の夏輝に甘えるしかなかった。

そして後悔した。

やっぱり行くべきだった、と。


働き始めて一年。同棲を始めて一年。

その日は日曜で休暇だった。

休みの日なのに、夏輝の顔色が優れなかった。


「大丈夫か? 具合、悪いのか?」

「……ちょっとね」

「風邪でも引いたのか?」


夏輝は何も言わずに天を仰いだ。

顔の血色が良くない。

夏輝は緩慢な動きで、ふとカレンダーを視界に入れた。


「………あれ?」


首を傾げた夏輝に俺も首を傾げる。

カレンダーを見たまま、まばたきもしない夏輝に心配になってきた頃。

夏輝は勢いよく立ち上がった。


「どうしたんだ?」

「ちょっと買い物! いってきます!」

「はあ、いってらっしゃい……」


急に元気になった夏輝に安心して、途中だったゲームを再開する。

数分後、夏輝は近くの薬局のレジ袋を提げて戻って来た。


「おかえり、何買って来たんだ?」

「内緒。後で教えるね」


夏輝はそのままトイレへ。

カチカチ……ゲーム音とコントローラーを押す音だけが聞こえる。

五分後、夏輝がトイレから出てきた。

やけに長かったな。


「見て、亮君」


夏輝の手には体温計、みたいなものがあった。


「なにそれ」

「妊娠検査薬」

「え?」

「妊娠検査薬」

「え?」

「にんし」

「え?」

「……難聴になっちゃったの?」

「いや……え?」

「ほら、ここ見て」


終了に縦線、判定に縦線が入っている。

検査薬の見方なんて俺にはさっぱり。


「妊娠したかも。今度の土曜に病院行って来る!」

「えっ!」

「え? ダメ?」

「ダメってか……えっと」


いつ? 避妊はちゃんと……………あっ! 一か月前に失敗してた! それだ!

だとしたら俺はどうしたら……


「結婚して下さい」


あ、飛躍しすぎた。

何の準備も出来てないのに、結婚とか……断られたらどうしよう。

そもそも産むつもりなのだろうか? まだお互い若いからどうなんだろう。


「こちらこそ、ふつつかものですが……」

「産むの?」

「うん。折角授かった命だからね」

「そっか……ありがとう」


ゲーム画面では主人公がゾンビにむしゃむしゃされている。

ポーズ画面にするのを忘れていた。


『ぐぎゃぁああぁぁあ!!!!』


悲鳴を上げる主人公を夏輝が見つめ始める。

俺は思わず、テレビの電源を落とした。


「なんで消しちゃうの?」

「胎教に、悪そうだから……」


と言うと、夏輝が笑顔になった。

気を使われた事が嬉しかったようだ。


その後は、とんとん拍子に事が運んだ。

夏輝はやっぱり妊娠していた。

俺の家は都心からそう遠くないから二人で行った。

母さんは一回だけ姉ちゃんが死んだ事を忘れて、姉ちゃんを部屋に呼びに行った。

途中で思い出して項垂れて帰って来た。

夏輝には事前に説明してあったので、あれこれ聞かれる事は無かった。

姉ちゃんに線香をあげて、帰って来た。

両親は夏輝の事をいたく気に入っていた。

ホラゲ好きだとは夢にも思ってないだろう。


問題は夏輝の実家、甲斐家。

飛行機に乗って数時間。

妊婦の夏輝を連れて行きたくない。

かと言って挨拶に行かないのも……


「出産した後でもいいよ」


と、夏輝は言うが……俺が嫌だ。

籍は先に入れるが、結婚式は色々と落ち着いた頃を予定している。

式前に会っておけばいいのかもしれないが、ご両親にとって俺は結婚前に娘を孕ませた下半身の緩い男なのだ。

俺はスーツを着て、一人で夏輝の実家に向かった。

夏輝の家は一般的な戸建てだった。

チャイムを鳴らすと、夏輝をぷくぷくにした感じの奥様が出てきた。

夏輝は母親似らしい。


「どちらさま?」

「河野 亮と申します。夏輝さんとの結婚の件で……」


夏輝の母は目をまんまるに見開いた。


「ほんとに!? あの子本当に結婚するの!?」

「え、ええ……夏輝さんは妊娠中なので、私一人ですが……」

「お父さん! おとうさーん!! 夏輝が結婚するわ! 嘘じゃなかったのよ!」


夏輝は今までの経緯を親に説明はしていたが、信じてもらえなかったみたいだ。


「あっ、ごめんなさい。取り乱してしまって……どうぞあがって」

「失礼します」


ともあれ家の中に入る事に成功した。

門前払いされなくて良かった。


「同棲してた彼って、あなたの事?」

「はい、ご挨拶が遅れて本当に申し訳ありません」

「いいよの。ずっと嘘だと思ってたから。あの子に彼氏なんて、できっこないって」


夏輝の母がカラカラ笑う。

夏輝は十分可愛いと思うんだけどなあ……


「河野さん、だったかしら?」

「はい」

「あなたもゲームするの?」

「ええ、夏輝さんともそれが縁で知り合って……」

「夏輝が好きなゲームってちょっと特殊でしょ?」

「ホラーゲームの中でも逃げ回る系が好きですよね」


銃とかでゾンビを撃ちまくる、ではなく。

倒せない敵から逃げ回る感じのゲーム。

多分、あの焦燥感とかドキドキ感が好きなんだと思う。


「趣味の合う人が見つかって本当に良かった! 絶対結婚できないと思ってたもの」


返答に困る。

見た目は可愛いから出来ると思う。でも趣味がなあ……

入ったリビングで夏輝の父が新聞を読んでいた。

口をへの字にして、機嫌が悪そうだ。


「君が河野君か」

「……はい」

「娘から何度も聞いているよ。都合のいい妄想だと思っていたが……」

「現実ですみません」


夏輝の父に鋭い目で睨まれる。

逃げ出したくなったが、ぐっと堪え気合を入れる。


「ところで君は……」


スッ、と目の前に見知った大きさの物が置かれる。


「これについてどう思う」


目の前に置かれたもの、最近発売されたホラーゲームだった。


「コンセプトもゲームバランスも良かった、それ故に惜しい作品です」

「ほう?」

「物語が薄っぺらかった。ホラーはストーリーが重要なのに、最後まで作りこんで無かった。DLCに期待しています」


夏輝の父は嬉しそうに頷いた。


「完璧だ。河野君、君に夏輝を託そう」

「ありがとうございます!」


そんな俺達の様子を、夏輝の母が呆れた顔で見ていた。

夏輝のホラーゲーム好きの原因は父だとは前から聞いていたものの、本当だったとは……

夏輝の父はゾンビを薙ぎ払って行く爽快感のあるゲームが好きなようだ。

程なく俺達は意気投合。

夏輝の父を最初は『甲斐さん』と呼んでいたが、おとうさんと呼べと言われ、お義父さんと呼ぶようになった。

結婚の許しを無事に貰えたので帰宅した。


数か月後、夏輝はまんまるの女の子を産んだ。

女の子である事は前々から知ってはいたが、名前は決まってるけど教えないと夏輝に意地悪されていた。


「出生届け出しに行って来る。なあ、そろそろ名前教えてくれよ」


母になった夏輝がニコニコと笑いながら子供を抱き上げる。


「美咲。この子の名前、美咲ちゃん。可愛いでしょ」

「……美咲? なんで……?」

「亮君のお姉さんから一文字貰おうと思ったの……この子には長く生きてほしいから」

「姉ちゃんの名前なんて……」

「反対されると思ったから今まで言わなかった。でも、決めた事だから」


夏輝が子供を『美咲』と呼んだ。

子供はにっこり微笑んだ。

お腹の中に居た時から呼ばれ続けていたようだ。

曇りがない美咲の表情を見て、姉ちゃんを縁起が悪いと勝手に思っていた事に気が付いた。


「……分かった、美咲な」

「ほら美咲、パパだよ~!」


夏輝から美咲を受け取る。

軽いけど、重かった。

そっか、俺父親になったんだ。自覚が芽生えたのはこの時だった。

少しして、出産を聞いて俺の両親が様子を見に来た。


「可愛い女の子じゃないか」

「……そうね、あなた」


父さんはとても喜んでいたが、母さんの表情がすぐれない。


「……美月………」


姉ちゃんを産んだ時の事を思い出していたのだろう。


「母さん……この子の名前、美咲って言うんだ……姉ちゃんから一文字貰ったんだ」

「みさき……?」

「抱いてあげてよ」


母さんに美咲を渡した。

母さんは美咲をまじまじと見た後、


「美咲……み、さき……」


泣き始めた母さんを何も言わずに見ていた。

姉ちゃんの事を悲しまない訳にはいかない。

でも、俺達は生き残って、今を生きている。


「亮、ありがとう……お母さん、前を向ける気がする……」

「うん」

「ありがとう、亮……ありがとう、夏輝さん……」


母さんは泣きながら何度も美咲の名前を呼んだ。

それから母さんは姉ちゃんが死んだ事を忘れなくなったと父さんから聞いた。

少しずつだけど前を見ている。

だからと言って姉ちゃんの事を忘れる事は無い。

姉ちゃんとの思い出は、間違いなく忘れられないあたたかいものだから。



これにて完結になります。

ここまで読んで下さった読者の方々、本当にありがとうございました。


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