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異世界に来ましたが今すぐに帰りたいです  作者: ぽわぽわ
美月の知らぬ間に(番外編)
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別章:失った最愛 下


王都を出て数か月。

何をするでもなくふらふらしていた。

夜、街に繰り出し酔えもしないのに酒場に行った。

安い酒を一人で煽っていると、中年の……と言っても俺より若そうな男に捕まった。


「よお兄ちゃん。一人かい?」

「……連れが居るように見えるか?」

「ははっ、一人同士仲良くしようや」


男は無遠慮に隣に座り、酒とつまみを頼んでいた。

店内は人も多く、騒がしい。

特に美味くもない酒を飲む。

今日は酷く落ち込む日だ。

ナタリアの事を想えば想うほど、会いたくなってしまう。

自分の命を絶ってしまいたくなる。


「兄ちゃん旅人だろ? 何の用でこの街に来たんだ?」

「理由は無い。ただふらふらしているだけだ」


気の赴くまま、今までの責任のある仕事を捨ててふらふらと。


「兄ちゃん名前は?」

「……ロゼ」

「まだわけぇのに、彼女とかいねえのか?」

「………」

「そーか、そーか」


俺の無言を肯定と取った男が小さな紙を出した。

名刺のようだった。


「オレ、隣の街で風俗店やってんだ」

「隣、と言うと有名な花街か」

「おうよ」


この街の隣には国で有名な花街がある。

言ってしまえば風俗店が軒を連ねている街だ。

反社会勢力が力を蓄える場所であったが、数十年前、騎士隊によりに是正され今は清く正しく春を売る場になっている。

男は自分の事をスカウトの営業だと言った。

良さそうな女性に声をかけて体を売らせるのか……


「酒なんか飲んでないで仕事したらどうだ」

「いんや、オレは今絶賛仕事中よ」

「……どういう事だ?」

「オレの店で働かねえかって兄ちゃんを誘ってる訳だ」

「はあ?」


昔から風俗店は男相手に商売をしてきたが、最近は女性向けの店舗が出始めたらしい。

綺麗な男性を集めて客を抱かせる……世も末だ。


「兄ちゃん綺麗だからすぐに人気が出るぞ! 女抱きたい放題だ!」

「興味ない」

「セックスに興味ねえ奴なんて居るかよ。それとも枯れちまったのか?」

「他を当たれ、俺は枯れ木だ」


男は諦めきれない様子で俺を説得してきたが、最後には諦めて席を移動した。

目星を付けてた奴が他にも居たらしい。

花街……一度視察で行ってみたいと思っていた場所だ。

やましい気持ちは無い。純粋にどんな街でどんな風に機能している街なのか見たいだけ。

それに、花街は騎兵の数が多い街でもある。

……行ってみるか。

会計を済ませ店を出た。

三つの月が通りを明るく照らしていた。




*****




明るい光が通りと建物を照らす。

魔力石の無駄遣い。目が痛いぐらいだ。

華やかな夜の街に負けないぐらいの人間達が通りを闊歩していた。

始めて来たが、これは凄いな。

明らかに水商売している女性が他から来た男性に声をかけていた。


「おにいさんっ、どお? 一晩泊まっていかない?」

「お姉さんが相手してくれんの?」

「もちろん!」


二人はすぐ近くの建物に消えて行った。

通りには騎兵も多く配置されている。

客とのトラブルで暴力沙汰になる事が多いと報告書にあったな……こんな場所では仕方ないか……

一通り街を見終え、取っている普通の宿に帰ろうとした時、


「ねえ」


一人の地味な女性に声をかけられた。

一見すると水商売をしているようには見えないが、服の隙間から覗く肌には妙な色気があった。

ここで商売している女性だろう。


「お兄さん、綺麗だね。ここで商売してる人?」

「いいや」

「やっぱり! 服が地味だもんね」


ここで働いている男性とも何度かすれ違った。

皆一様に綺麗な服を身に纏っていた。


「ねえ、今夜の相手って決めちゃった?」

「いや……」

「そうだよね! お兄さんってここに来る人達と全然違うもんね……誰にも誘われなかったでしょ」


街を一周したが風俗嬢に声をかけられた事はなかった。

彼女の話では、風俗嬢達が俺が女を買いに来たのではないと瞬時に判断したからだろうと教えてくれた。

無駄な時間を作らない為か。


「あたしリナ。フリーでお客を取ってるの」

「……ロゼだ」

「ふぅん、ロゼね。あたしの部屋に来ない?」

「金は無いぞ」

「お金はいいの。ね? 話すだけよ」


リナは勝手に俺の腕を取って組んだ。

少しだけ考える。

……気を紛らわすにはちょうどいいか。

引っ張られるまま、俺はリナに付いて行った。

リナは古びたアパートに住んでいた。

街の煌びやかさとは正反対の建物だ。

部屋の中は家具が少なくさっぱりしている……と言えば聞こえはいいが、単純に貧しいのだろう。

店に所属すればここまで貧しくならないと思うのだが……


「ねえ、ロゼはどこから来たの?」


狭い部屋の中、リナは安いベッドの上に座りこむ。

俺も荷物を降ろして隣に座った。


「王都」

「えっ!? 王都? すごい!」

「すごいか?」

「すごいよ! 王都から来た人と初めて喋った」

「嘘言うな。結構いるだろ」

「えへ、ばれた? まあ初めてじゃないけど」


リナは場を和ませるためかよく話し、よく笑った。

やっぱり俺を客としてここに連れて来たんだろうか。


「ねえロゼ、もういい時間でしょ? だから……ね?」


寄りかかるリナに眉を寄せる。


「金が無い。貧乏なんだ」

「お金は要らないよ。ロゼとセックスしたいだけ」

「賃金が発生しないのに、お前は体を売るのか」

「あたしは綺麗な人とセックスしたいの。そう言う趣味なの」


リナが艶っぽい表情で微笑む。

先程までの地味さは影をひそめた。


「この部屋に連れて来るのは、あたしがセックスしたい人だけ。客はラブホテルで相手してるの」

「何が目的だ」

「知りたいの? ふふ、知りたがりさんね」


リナは俺のように見た目が整っている男性に抱かれたいだけだそうだ。

理由は……


「女を抱く時、どんな顔をするのかしら。どんな顔で達するのかしら。あたしは綺麗な顔が歪んでいるのを見たいだけ」

「……良い趣味だな」

「ロゼ、あなたは今までの男と比べ物にならないわ! 冷静な顔がどう歪むのか考えただけで濡れちゃう」


明らかに興奮し始めたリナにどうすべきか考える。

まあ別にいいか。八割がたそう思い始めていた。

リナに手を出したからと言って問題になる訳でもない。

俺は家を捨てたも同然だ。問題も何も無い。


「今までの経験人数は? 童貞じゃないでしょ?」


俺の指先がピクリと動いて戸惑いを見せた。

そこで気が付いた。俺は何をしようとしていたんだ。

場の空気に呑まれ、魔が差したとしか言いようが無い。

こんな事をしたらナタリアが悲しむ。

当たり前の事なのに、忘れていた。


「ちょ、ロゼ?」

「帰る」

「なんで、これからなのに!」


荷物を持って部屋を出て行こうとすると、リナに縋りつかれた。

リナの目には薄く涙の膜が張っている。


「一回だけでいいの……お願い」

「君に応えられない……すまない」

「なんで、理由を教えてよ!」

「……俺には妻が居たんだ……病気で死んだ」

「!」

「これはせめてもの詫びだ」


息を飲んだリナを押して、有り金を全ておいて部屋を出た。

生暖かい夜風が服の隙間から入ってくる。

ナタリア……俺の事を責めているのか?

ロケットを取り出してナタリアの髪を撫でる。

責めてもいい、ただ……君に生きていて欲しかった……




*****




金が無い。

花街で有り金を置いて来た事が響いている。

花街から遠く離れた小さな町。

今まさに金が尽きようとしていた。

困った……どうすべきか……

王都に帰れば金はあるが……家の金はすでにロアの物だ。手を付けたくない。

稼ぐ……日雇いの仕事がこの町にあるだろうか。

道を歩いていると、ポスターが目に止まった。




騎兵急募!


あなたも一緒に町を守りませんか?

高収入、高待遇を約束します。

我々と一緒に働きましょう!


募集要項

上位以上の魔力を持つ男性。

年齢30才以下。

剣術、魔術。腕に覚えのある方、またはどちらか。




騎兵の数が少ないのか募集をかけている。

高収入……まあ、騎兵の給金がどのぐらいなのか知っている。

受けてみるか。

年齢は軽くオーバーしているが、見た目でばれる事は無いだろう。

少し働いて辞めればいいだけの話だ。




*****




騎兵として働き始めて一年が経った。

平和だ。騎士だった時よりも気を抜いて仕事をしている。

休みを取ってナタリアの命日に王都へ帰る事も出来た。

元帥の仕事がどれだけ大変だったか……身に沁みる。

それなりに金が溜まった。もう辞め時だろう。正体がばれても良い事無い。

ここは王都から遠く離れた場所の為、俺が元帥だった事を知る人物はいない。

俺は在任期間の短い元帥だった。

名乗らなければばれる事は無い。


「おうロゼ、お疲れ」

「お疲れ様です、センパイ」

「悪いけどコレ、騎兵長室に運んでくれない?」

「分かりました」


渡されたのはいくつかの書類。

その中には収支決算が……


「……ん?」


なんだ? 妙な違和感が……

決算書類をめくって頭に入れる。

……足りない。こんなに少ない資金なはずない。

資金は騎士隊から分配される。こんな少ない金額……有り得ない。

だとしたら表記されてない金はどこに行ったんだ……?

少し調べるか。


調べた結果、騎兵長、副長、共に黒。

騎士隊からの資金を横領して贅沢をしていたようだ。

他騎兵達が、貴族でもないのにどうして二人は湯水のように金を使えるのかと、疑問を口にしていた。

簡単なカラクリだったわけだ。

それを騎兵達が集まった集会の時に伝える。

証拠は、と喚くので証拠も提示。

騎兵達は二人の金遣いを知っていたのでざわめいた。


「小僧、こんな事してタダで済むと思っているのか」

「犯罪を犯した者に慈悲は無い」

「騎兵ども! あの嘘つきを捕えろ!」


騎兵は誰一人動かなかった。

嘘つきがどちらなのか、分かり切っているからだ。

誰も騎兵長を捕えに行かないのは、騎兵長がこの隊の実力者だからだ。

騎兵長が剣を握った。


「お前さえ居なければ」

「横領は自分でした事だろう。遅かれ早かれ明るみに出ていた」

「小僧ォ!」

「遅い」


振り下ろされた剣を素手で弾く。

それだけで騎兵長の手首が折れた。

なんて脆い……

鳩尾に一発入れると、簡単に失神した。


「ひぃ、ひいぃいぃ!!!」


副長が逃げ出したが捕まえて連れ戻して、取り敢えず牢に入れた。

……騎士隊に連絡入れないと駄目だな。


「ロゼ……お前、一体」

「ああ、センパイ」

「みんなぐちゃぐちゃだよ、仕事どころじゃない」

「騎士隊に連絡入れる。すぐに来るだろう」

「お前、何者なんだ? 騎兵長を簡単に倒すなんて普通じゃねえ」


町で風鳥を一羽買って足に手紙を付けた。

鳥の目を隠し、届け先のイメージを伝える。


「行け」


風鳥が羽ばたいて王都の方角へ向かって行った。


「センパイ、俺は元々騎士だった。それだけの話です」

「騎士がどうしてこんな所に……」

「しばらくは俺が面倒見ますよ」


俺は騎兵長の椅子に座った。

妙に懐かしく感じた。

騎士が来るまでの間、騎兵隊を指揮していた。

俺が何者なのか……言わなかったが、気が付いていた騎兵は多い。

センパイに、ロゼって最近辞めた元帥と同じ名前だな、と言われていたからだ。

数日そこに居座って、騎士が到着したと聞いて去った。

どうやらロアも居たようだが……会わなくても良いだろう。


ロアにふざけないで下さいと後で言われた。

反省している風に俯いておいた。




*****




その後も金が無くなると近くの騎兵隊に新兵としてもぐり込んだ。

新しい楽しみが増えた。

そんな事を言うとロアにキレられそうだが……

今居る騎兵隊は、大丈夫なようでもう少ししたら辞める予定だ。

ロケットを取り出してナタリアの髪を撫でた。


「ナタリア……」


自分なりに生きがいを見つけた。

もう少し、ここに居るよ。

ナタリアが微笑んだ気がして、自然と心が安らいだ。


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