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逢った日のこと


バサッ! と布団を蹴り上げ勢いよく起き上がった。

カーテンの隙間から優しい朝日が零れていた。

ふとロアを見ると同じように起き上がって驚いている。

ほぼ同時に起きたみたいだった。


「俺達、落ちたよな……?」

「うん……でもあれは夢の中の出来事で……」

「あれが女神か……息巻いて喧嘩売ったのは良いけど絶対勝てなかっただろうな……」


夢に出て来たのはやっぱりロア本人だったのか。

神様に喧嘩を売るとは恐れ多い。真似できない。


「ロアは凄いね……夢にまで入って来るなんて……」

「不安で寝つけなかったんだ……ミツキが居なくなってしまったらどうしようって……気が付いた時には寝てて、夢の世界に居たんだ」

「落ちて来たもんね……痛くなかった?」

「滅茶苦茶痛かった。だけどミツキを取られると思って頭に血が上って……痛みなんか忘れたよ」


痛みを忘れるぐらいだったの?

ロアが大きなあくびをした。

夢の中で動いていたせいで休んだ気がしない。

同じようにあくびが出た。


「わたし、まだ寝てるね」

「ミツキ」

「うん?」


横になろうとした所、ロアがじっと見つめてきた。

真剣な表情に嫌な予感が……


「女神と何を話したんだ」

「何って……家族の事だよ。元気にしてるかなと思って……」

「他には?」

「え?」

「他に。あるだろ」


他に? 一番記憶に残っているのは未来を何度も変えてしまうロアの話だ。

女神が元々わたしを別の男性の元に送る予定だったなどと言ったら……

ロアは何をするのだろう? 好奇心はあるが怖くて試す気にならない。


「英雄の事とか、レッドさんの事とか……」

「他には?」

「……風の民の事とか、神様についてとか」

「他には?」

「アーク様について」

「………」


ロアが睨む。その眼に嫉妬を宿している。

俺はそんな事が聞きたいんじゃない! 吐け! と、取り調べを受けている気分だ。

わたしが誤魔化しているのが分かるのかロアの機嫌が急降下。


「ミツキ」

「なに」

「俺に話せない内容なのか?」

「意味わかんない。事細かに知りたいなら教えるけど」

「………」

「わっ! なにすっ……やめっ」


ぼすん! とベッドに押し倒され、強引に唇を奪われた。

ロアから魔力が流れ込んできて足をばたつかせる。

いま! あさ! なんだけど!

何度もロアを蹴るがダメージ無し。己の非力さを呪う。


「んんん~~~~っ!!!! ぷはっ! ……やめてよ朝から!」

「……俺が気が付いてないとでも思っているのか?」

「なにが……?」

「女神はこう言った。『ミツキ、分かったか? お前にも私にも他に選択肢は無かった。この先苦労するだろうがこの道しかなかったと諦めてくれ』」

「………」

「聞いてるのは俺だ。まるで他に道があったかのようではないか。俺以外に選択肢があったかのようなセリフじゃないか」


疑いの眼で見降ろされ、思わず眼を逸らした。

ロアはそれを肯定と取った。


「聞かせろ。………ミツキ」

「っ! 分かったから魔力送ってこないで!」


このままじゃ性的な方に行ってしまう。

朝からとか嫌だし、禁止されてるでしょ!

だったら話してしまった方が楽だ。

起き上がってロアと視線を合わせ、仕方なくロアが未来を変えてしまう話する事にする。


「女神様は未来視が使えて、わたしをどこに送るか検討してたんだけど……」

「それで?」

「ロアの所に送るつもりは無かったって」

「はあ?」


鋭い視線が突き刺さる。

不機嫌になると思ったよ……だから言いたくなかったのに。


「花嫁の籠って知ってる?」

「……なんでミツキが知ってるんだ」

「女神様に教えてもらったの!」


ロアが言うには、花嫁の籠は大昔の先祖が数回使ったきりだそうで最近は使われていない。手入れはされているみたいだけど。

自分は絶対に使う事は無いと言い張るロアを見て微妙な気持ちに。


「わたしを籠に入れる気は……」

「無い。人権無視だろあんなの」

「ふ~ん」

「なんだよ」

「じゃあ、さ……」


もしわたしに他に好きな人がいて、ロアの事を何とも思ってなかったら?

何をしても振り向いてくれなくて会うのをやめようなんて言われたら?


「籠、使う?」

「……」

「ロア?」

「……使ったんだろ? 女神の未来視で知ってるんだろ?」


黙って微笑むとロアが溜息を吐いた。

自分が花嫁の籠を使うとは思わなかったようだ。


「どこに送ってもロアが現れてわたしを籠に入れるって女神様が言ってた」

「だから俺の所に直接送ったのか」

「でないと籠に入れられちゃうから」

「そっか……他に選択肢が無かったってそう言う意味か……」


もう一度、籠に入れる? と聞くと必要ないから入れないと返って来た。

必要があると判断した時は使うのかな……だとしたら怖すぎる。

ロアが考え込み始めた。


「どうしたの?」

「いや……ミツキと初めて会った日の事を思い出していたんだ」


ロアと初めて会ったのは町近くの何も無い草原だった。

真夜中で月が三つある事と知らない植物に頭を悩ませていた。

それに……ゲームの中だと勘違いしたっけ。

ロアの事をお助けキャラクターだと勘違いしていた事は今ではいい思い出だったりする……


「あの日、妙な胸騒ぎがして一人町の外に出て涼んでいたんだ」

「胸騒ぎ?」

「予感と言うか……ざわざわして落ち着かなかったと言うか……特に行きたくもないのに草原に向かった。そうしなきゃいけない気がしたんだ」


ロアの勘が鋭いのは戦闘職を生業としてきたグラスバルトの血故なのか、神様の因子が混じってしまっているからなのか……はたまた両方か……


「何故かは分からないけどずっと月を見てた。いつもと変わらない月だったのに、眼が離せなかったんだ」

「なんで見てたか分からないの?」

「今思い出しても分からない……一つ言える事があるとするなら、俺の勘は良く当たるって事だ」

「勘、かあ……」


その勘が原因で、わたしはロア以外と幸せになれなかったんじゃないだろうか。

本当なら真っ直ぐに進む道を、何となく右に進んでみたら恋をしてわたしを連れ去ると……女神が恐れた未来視のロアはそうやって何となくで進路を変え、わたしと出会ってしまうのではないのだろうか。


「そのうち月を見る事にも飽きて、町に帰るんだが……何故か遠回りをしたんだ。町の夜景なんて見るつもりなかったのに。それでミツキと会ったんだ」

「なんで遠回りを?」

「う~ん、どうしてだろう? 俺にも分からん」


わたしを見つけだすロアの能力に呆れ半分驚き半分……

どうあがいてもロアとしか幸せになれない事がよく分かったよ。


「ミツキの最初の送り先ってどこ?」

「えっ?」

「俺の所に送る予定無かったんだろ? 他の男の所だろ。誰?」

「しっ、知らないよ……名前は教えてくれなかったかから」

「本当に?」

「本当。本当に知らない」


疑う眼に見据えられ体が無意識に震えた。

本当に知らないけど、知っていたらどうするつもりだったんだ。

確か……アークバルト国内の貴族男性らしいけど……特定するのは無理だよ。


「もういいでしょ! わたしはここに居てロアのそばに居るんだから!」

「お前がそいつに恋をする危険が」

「無い! 絶対無いから! 籠に入りたくないもん」

「入れるつもりは無いって言っただろ」

「わたしは! ロアが! 好きなの!」

「………」

「会った事も無い人を好きになんかならないよ」


分かった? と言いながらロアに寄りかかった。

他の人を好きになる事なんて、もう無いと思う。

もし他の恋が始まるとしたら、それはわたしがロアの事を好きじゃ無くなっている時だ。


「ロアの事、好きで居させて。余所見させないでね」

「……分かった」

「ありがとう、大好き」


ロアの腕の中にすっぽりと納まった。

背中に手を回すとロアも抱きしめてくれた。

ここがわたしの居場所。誰にも渡さない、一番落ち着く場所。

至近距離でロアと視線を合わせ笑いあった。

ロアの幸せそうな笑みに心が安らいだ。

朝食だとメイドが呼びに来るまでそうしていた。

ロアと共に居る事を決めたのは自分だと心に刻んでいた。


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