選択肢の有無
「結論から言うが……お前をロアと会わせるためにあの場に送った」
言葉が出なかった。
やっぱり、そうだったんだ。
「草原に送った、と言うのは正しくない。私はロアの近くにお前を送ったのだ」
「もし、ロアが家に居たらグラスバルトの敷地に送ったのですか?」
「そうだ。出会わせるために送ったのだ」
「それはどうしてです? わたしはロアと幸せになるべきだからですか?」
女神は難しそうに眉を寄せた。
「どこから説明すれば良いか……私が未来視を使える事は分かるだろう」
「未来を見て、ロアの所に?」
「ううむ……正直、私はお前をロアの元に送るつもりはなかった」
「……えっ?」
「アレは少々嫉妬深すぎる。お前が苦労すると思って別の男の元に送るつもりであった」
……え? 疑問符で頭がいっぱいになる。
じゃあなんでロアの所に?
ハテナを浮かべた顔で女神を見上げると非常にすまなそうな顔をしていた。
「お前と本当に相性の良い男は別にいると言う事だ」
「ええええ!?!?!?」
「ハハッ、予想していた通りの反応だな」
「なんでその人じゃなくてロアの所に……あっ! ロアが嫌とかそう言うのではなくて……」
「分かっている。順に説明しよう」
女神はわたしの肉体を作っている最中、わたしが誰と一緒になると幸せになるのか未来視を使って確認していた。
未婚の結婚適齢期の男性、一人一人確認していきたかったが時間が無く魔力を持っている女性を十分に守り切れる男性を候補に挙げ、未来視を使いわたしとその男性が出会った未来を見た。
結果、最終的に三人にまで絞り特に相性の良い男の元へ送る事を決めた。
ちなみにロアは、その三人の中に入っていない。
座標を指定し、いざわたしを異世界へ送ろうとした瞬間。
女神は違和感に気が付いた。
「あの日、あの瞬間、美月がアークの世界に存在する事が決まった瞬間……未来が書き変わったのだ」
慌てて未来を再度確認した所、わたしは幸せになるどころか不幸になっていた。
送り先はアークバルト国内の貴族男性だった。
グラスバルトとはあまり関わりの無い家だった。
書き変わる以前は、わたしはその男性と出会い、普通の幸せを過ごす事になるはずだった。
それが何故か……
「ロアが現れた。出会うはずが無かった美月とロアが出会ってしまったのだ」
騎士として地方を遠征中に貴族の家に寄り、わたしはロアと出会ってしまった。
そんな未来何処にも無かったのに、いつの間にか変わってしまっていた。
「ロアは一目見たお前に恋をする。沢山の貢物をし、愛を囁く。だがお前はなびかない……最初に出会った男性に恋心を抱いているからだ」
「ロアを拒否したって事ですか……!?」
「今のお前ならば、それがどれだけ危険な行為か分かるだろう?」
血の気が引いた。
ロアの全てを拒否する……そんな事をしたらロアが何をするか分からない。
わたしと少しでも離れている事が苦痛で……森を破壊するぐらいなのに……
「ロアは……何をしたのですか」
絶対に何かしらの行動を起こすはずだ。
恐らく、悪い方向に……
「ロアはお前の気持ちを知ってしまった。男性が好きでロアの事は好きでは無い、もう会う事をやめよう……お前ははっきりそう言った」
「そんな事……! 直接言ったら……!」
「お前は気絶させられ連れ去られた。場所は王都、お前が居る屋敷の地下」
「地下? 地下があるのですか?」
「地下牢と言って良い。メイド連中は花嫁の籠と呼んでいる」
花嫁の籠とは、花嫁を閉じ込める地下牢の事。
グラスバルトは一目惚れ家系。惚れた女性の中には恋人や婚約者居る場合があった。
何をしてもなびかない、自分を好きになってくれない女性を連れ去り無理矢理我が物とする……嫌がり逃げ出そうとする女性を入れておく籠が存在していた。
「お前は籠に入れられロアの相手をするだけの生活が始まる。外に出られず太陽を見る事も無い。やがて産まれる子供もすぐに取り上げられ会う事もままならない……未来視の中のお前はずっと泣いていたよ。この私を恨んでいた……故に送るのを急遽取りやめたのだ」
女神が次に国外の男性を選び、わたしを送ろうとした。
しかし、また未来が書き変わりロアが現れ結局同じ未来を辿った。
何百通りも試したが、わたしが不幸になる結果にしかならなかった。
ロアと会せないつもりで最果ての孤島に送った際の未来も見たが、ロアは海を渡ってやって来た。
わたしとロアが出会わない未来は無かった。
女神が決断した。
もう時間は無かった。わたしの魂が輪廻に帰ってしまう前に送る必要があった。
最初に出会ったのがロアだった場合、少なくとも籠に入れられる事は無い。
少し苦労はするだろうが、子供にも恵まれ幸せになるだろう。
女神はわたしをロアの元へ送った。
「人間の執着心に恐怖したのは初めてだ。お前の未来を覗き見、ロアが現れるたび全身が凍り付いた……まさに恐怖映像であった」
「未来って、そんな簡単に書き変わってしまうものなのですか?」
「些細な変化で小さく変わる事はよくあるが……ここまで大きく変わる事は殆ど無い。ロアの家系が特殊である事が原因だろう」
「グラスバルトが特殊って事ですか?」
「ああ、グラスバルトはアークから神の力の一つを貸し与えられている」
「神の力?」
「魔力可視、魔力を色として見る力だ」
今からずっと昔。自分に自信の無い男が居た。
グラスバルトの嫡子として生まれた男は優秀だったのにもかかわらず、自信が無くそのうち自分の元にやって来るだろう当主の座を分家の誰かに継がせる気でいた。
アーク神は未来視を使い国の未来を監視している。
ある日国が危機に見舞われる事を知ったアーク神が原因を探った所、発端はグラスバルトを分家に継がせた事である事を知り、男の夢の中に入り生家を継ぐように説得をした。
神に説得されたのにもかかわらず、男が頷く事は無かった。
全ての原因は男に自信が無い事だと察したアーク神は、男に自信を持ってもらおうと力の一部を貸し与えた。
それが魔力を見る眼だった。
男は少しずつ前向きになっていった。自分だけが持っている能力に少しだけ自信が付いた。
アーク神の助言もあり、男は無事に当主となった。
貸し与えた能力を返してもらっていないのは、男の子供にも力が発現した事と、また同じような事態になると面倒だからとそのままにしている。
「その際に神の因子が混ざってしまったのだ」
「神の因子?」
「一目惚れ家系と言われるようになったのもこの時からだ。神と同じような恋愛をするようになった」
神の恋愛は、グラスバルトと同じく一目惚れ。
正確には神の中の神が結婚適齢期になると、その神の恋をする相手をたった一人だけ選び、運命の赤い糸で結ぶ。
相手と眼が合った瞬間に恋に落ちるそうだ。
「アークと初めて出会ったのは偶然だった。あの時の衝撃は一生忘れないだろう」
「グラスバルトの人達は相手が一人しかいないって事ですか?」
「いや、さすがに一人では無いが……ロアは、な……」
通常、神の因子が混ざったグラスバルトの人間は、神とは違い複数人惚れる相手がいる。
最初に惚れた相手に執着するので浮気をする事はあまりない。
しかし……
「ロアには恋をする相手が居なかった」
「えっ、どこにも……ですか?」
「世界の何処にも居なかった。ロアは恋を知らずに一生を終える運命だった……英雄好きのアークが毎日悲しんでいた。ロアが可哀想だー、とな」
「わたしがこっちに来ても良かったのですか? 未来を変えてしまったような……」
「むしろアークは喜んでいたぞ。私に礼を言う始末だ」
アーク神はロアが恋愛出来る事になって大変喜び、最初死んだ人間を送って来る事に嫌な顔をしたそうだが今では受け入れてくれている。
つまりアーク神もわたしの存在を最初から知っていた、と言う事か。
「神様の恋愛も嫉妬とか執着とかあるのですか?」
「………ああ、もちろんだとも。ロアが嫉妬深いのもそれが原因だろう」
「女神様……?」
聞いた瞬間、女神の表情が曇った。
聞いたらいけない事だったのだろうか。
「大丈夫ですか……?」
「いや、己の恋を思い出しただけだ……苦い思い出もあるのだ」
「そうでしたか……聞いてしまってすみません」
「気にするな。いい機会だ、お前にだけ特別に教えてやろう」
「何をですか?」
「アークの世界……何故女性がまともな魔力を持っていないのかについてだ」
元々アーク神の世界は性別問わず平等に魔力を持っていた。
女性の最高位魔力保持者が当たり前のように存在していた。
それが変わったきっかけを作ったのが女神だった。
「アークと初めて出会い恋に落ちた私はあの手この手でアークを手に入れようとした……どんな様子だったのかはロアを見ていれば察しはつくであろう」
女神の方が力が強い事もあり、アーク神はやられたい放題だった。
そしてアーク神は……女嫌いになった。
女性に力など必要ないと魔力を持たせないようにしてしまった。
今では女神と和解し、無事に愛し合い結婚したものの一度変えた世界の理を元に戻すのは大変らしく、そのままになっている。
「昔は女性も魔力を持っているのが普通だったのですね」
「大昔の話だがな。まあそのうち元に戻すだろう」
うっすら微笑む女神の隣の星々がさっきよりも激しく瞬いた。
慰めているように見える。……昔は色々あったのかな。
「女神様、お話ありがとうございました」
「お前の送り先に関してはすまなかった。他に選択肢が無かったのだ」
「いいえ、未来を変えてしまうほどロアがわたしの事を想っていたとは思いませんでしたけど……わたしはロアと幸せになろうと思います」
女神が嬉しそうに頷いた。
とても綺麗な笑顔に見惚れていると、
ドサッ
真後ろに何かが落ちてきた。
驚いて振り返った。
「っ~~~~!!!」
「ロア!? どうしてここに!」
ロアが頭を抱えて呻いていた。打ったのだろうか? 痛そう……
女神がぎょっとした表情を見せた。
「大丈夫?」
「kn? おlksy???」
「ウッ! 言葉、あれ?」
知らない言語に拒絶反応が出た。
そう言えば……今わたしは日本語を話してた?
いつも勝手に翻訳されて声に出るから気が付かなかった。
「jksdyそp! ミツキ! えyくぉjあhkdhb!!!」
「待って! ちょっと落ち着いて!」
「へkkhd? whまpぇhいbぁおlぅlqr!!!」
ロアが女神を見て驚きわたしに声をかける。
わたしの声を聞いてさらにロアが混乱していく……
ごめん、今話せない。
「喚くでない! 今、翻訳機能を……」
「ミツキhhgdぁを!!! ミツキかbんlwwmqえpxz!!!」
「分かんない! 何言ってるか分かんないんだってば!」
ロアがぎゅう、とわたしを抱きしめる。くるしい!
その上異世界語で女神に大声で言葉を続けていく。
女神が眉を寄せる。どうやらロアが何を言ってるのか分かっている様子だ。
ぱちん、と女神が指を鳴らした。
「ミツキを渡すものか! 神だとしても容赦しない!!!」
「ちょ、ロア待って! 何の話なの?」
「言葉が通じなくったて構うものか! 今すぐ俺達を元の世界に帰せ!」
「えっ? 通じてないの? ロア???」
「通じなくても一から覚えれば……………ん?」
ロアと眼が合った。
「大丈夫?」
「ぅん? 通じる……?」
「翻訳機能を一時的に切っておいたのだ。母国語の方が話しやすいのでな」
混乱しているロアを見た女神が深い溜息を吐いた。
その美しい顔が少し歪んでいる。
「安心しろ英雄の系譜、若き黒獅子よ。貴様からミツキを奪おうなどと考えた事も無いわ」
「本当か?」
「疑り深い奴め……我が名、月照天之雫姫に誓おう」
ロアが真偽を確かめるように女神を見つめる。
女神が嫌そうにさらに顔を歪める。
「それよりも……貴様、どうやって来た? ここは私とミツキの繋がりの部屋だ。他人が入れるはずが……」
「女神様……それロアが特殊だからでは……?」
「一介の人間が神の領域に踏み込んだと?」
少し間を開けて、女神は声を上げて笑い始めた。
本当におかしかったようで、お腹を抱え涙を拭った。
「ああ、そうだな。未来を簡単に変え神の作った時空に入り込んでくる。貴様は異常だ。その力はどこから出るのだ? やはりミツキか? 愛の力と言うものなのか?」
「俺はミツキを失いたくないだけだ!」
「分かった分かった。はあ全く……貴様の顔は私にとって恐怖以外の何物でもない。さっさと帰るがいい」
未来視を多用したせいでロアが恐怖の対象になっていたのか……
自分のせいではないけど、申し訳ない気持ちになる。
「ミツキ、分かったか? お前にも私にも他に選択肢は無かった。この先苦労するだろうがこの道しかなかったと諦めてくれ」
「いいえ女神様、ロアと出会わせてくれてありがとうございました。わたしはこの人と生きていきます」
相性が良い人が他に居たって言われてもピンとこない。
わたしはすでにロアと恋人だし、そのうち結婚だってする。
有り得なかった未来より、現実味のある未来しか選べない。
分かっていたから女神も全てを話したのだと思う。
一瞬だけ女神が眼を閉じた。
「良い未来だ。その気持ちを忘れずにな」
「はい」
空間に綻びが出始める。
足元からゆっくり、しかし確実に崩れていく。
「達者でな。もう会う事も無いだろう」
「はい、お世話になりました!」
崩れた空間の向こうからまばゆい光が差し込んだ。
ロアに後ろから肩を抱かれる。足元の白い机が完全に崩れた。
落ちる。
「私の世界の子よ。アークの世界の子よ。お前達の幸せをいつまでも祈っているぞ」
その言葉を最後に二人で落ちて行った。
崩れた先の真っ白であたたかな世界。
眼の前が完全に真っ白になる直前、女神の微笑みがかろうじて見えた。
とても美しく、慈悲に溢れた姿に日本での神の姿を重ねあわせた。




