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家族のそれから


ベッドの中に潜り込んで息を吐いた。

隣に居たロアもベッドに入ってくる。

最近はロアの部屋では無く、自室で寝ている。

ロアはわたしが寝る場所で寝るので、わたしの部屋で一緒に寝ている。

ロアの部屋で寝ても良いけど……色々と思い出すから遠慮したい。

あれからロアがわたしに手を出す事は無い。

約束を守ってくれているので安心して隣で眠る事が出来ている。


「夢に女神が来るんだっけか」

「うん」

「そっか……」


ロアは何故か不安そうだ。

ぎゅっと抱きしめられたので、大人しく腕の中に居た。


「どこかに行ったりしないよ」

「分かってる。分かっているけど……不安なんだ」


わたしが帰れない事を、ロアは十分に理解している。

けれどどうしようもない不安が湧いてくるのだろう。

いつかこの不安が完全に無くなればいいけれど。


「ミツキの夢に入れればいいのに」

「ロアも一緒に話せればいいのにね……」


ロアがわたしのおでこに唇を押し付けた。

お返しに自分から唇を重ねたが、不安そうな瞳と眼が合った。


「おやすみ」

「……おやすみ、ミツキ」


眼を閉じた。完全な暗闇がやって来た。

ロアはすぐ近くに居る。温かい体温を感じ、妙に安心した。




*****




ばちゃ。


湖に物を落としたような音に驚き、眼を開けた。

眼に飛び込んできたのは鮮やかで煌びやかな宇宙。

無数にある多様な色の星々が瞬き、流れ星とほうき星が通り過ぎていく。

この光景を見るのは二度目だ。

寝ていた状態から上体を起こす。

地面には薄く水が張っていた。もしかして、さっきの音はわたしが落ちてきた音だったのだろうか。

そして水の下は……白い肌色……慌てて遥か上を見上げた。


「女神様……!」


巨大な体に豊かな体。絹糸のような艶やかな髪。優しい金の眼がわたしを見下ろしていた。

美しすぎる顔に微笑を浮かべ、


「美月、よく来た。歓迎しよう」


そう言ってわたしを女神用の大きな白い机の上に乗せた。

女神は椅子に座っていた事を初めて知った。

初めて女神の全身を見た。濃い青の服を緩く着こなし、見た事も無い宝石が散りばめてある。

どことなく……着物っぽい気もする。


「すまなかった、説明をする暇が無かったのだ。いきなり異世界に放り出されて困惑しただろう」

「はい……最初はとても驚きました」

「早くアークの世界に送らねばお前の魂が輪廻に帰ってしまう所だったのでな……説明をする時間も無かった……問題も起きてしまったのでな」


問題? 聞く前に女神は話を進めていく。


「結論から言うが……お前を元の世界に戻すわけにはいかない」

「本当の体は死んでしまったから、ですか?」

「そうだ」


わたしの両親から貰った本当の体はすでに死に、今の体は女神が作った物だった。

女神はわたしの体を寸分たがわず作り出し魂を入れこんだ。

それだけではアークの世界に順応出来ない為、魔力を与えた。

わたしに一番適性があったのは水の魔力だった。


「風の民が魔力に優れているのって……」

「あやつらは魔力が無いと環境に適応できないのだ。似た世界に見えて全く理が違う世界だからな」


風の民は魔力が無いとあの世界では生きていけないのか……自分も含めてだけど。

女神によると純粋な風の民はもう居ないみたいなので魔力を持たない女性が少し前に生まれたらしい。

だがこちらの世界の血が強いため、体が弱く早死にしてしまったそうだ。


「風の民は魔力を持っている事が普通だ。邪険にされているようだった」

「虐められていたのですか?」

「穀潰しなどと言われていたよ。可哀想だったが、何もしてやれんかった」

「……女神様は風の民を空から見ているのですか?」


最近の出来事に詳しいから、定期的に見てるのかな……

自分が手心を加えた人間の末裔が気になるのだろうか。


「そうだな……こちらの世界から送った人間の末裔に関してはよく見る。最近は巷では英雄などとはやし立てられている男を見たよ。空からではなく、妖精を介してだが」


そう言えば妖精は神様の眼だって言ってたっけ。

女神も英雄・オーランドの事を知っているのか。


「あれは立派な男よ。アークが惚れこむのも無理はない」

「えっ? 惚れこむ?」

「アークは英雄に心底陶酔している。私が見ていなくともアークが勝手に語りだすのだ」


アーク神は英雄のファンって事だろうか?

そう言えば、わたしは英雄の事をあんまり知らないんだよね……後で勉強しよう。


「英雄の娘はアークの被害者だ」

「……どう言う事ですか?」

「女性の身で最高位の魔力……おかしいとは思わないか?」

「それは……思いますが……」


女性は魔力を待たない。持っていたとしても魔法は使えない程度。

わたしは例外だとしても、レッドやその子孫は女性でも強い魔力を持っている。


「ちょっとした手違いだったのだが……」


当時、今から60年以上前の事。

英雄の妻が身籠った。アーク神はとても喜んだ、毎日がお祭り状態でうるさいぐらいだったそうだ。

しかし、英雄の妻は体が弱く子供はこの子一人きりだろうとアーク神は未来視で分かっていた。

アーク神は英雄のファンだ。第二の英雄を誕生させたくなったらしい。

取り敢えず最高位の魔力持たせることにした。剣の才、魔法の才も持たせた。

残りは性別だったが、一度にすべてを変えてしまうと世界に負担がかかるそうで、一度調整をやめてしまった。

別に変えなくても男の子かもしれないと、少し経ってから様子を見ようと考えていたらしい。

そんな時、女神がアーク神に仕事を手伝うように言いつけた。


「アークは中位神、私は上位神、アークが逆らえるはずもなかった」


女神の手伝いから戻ったアーク神はすっかり忘れていた英雄の子の存在を思い出した。

慌てて様子を見ると、その子はすでに産まれており女の子であった、と……

剣の才、魔法の才がある最高位魔力保持者の女性が誕生した。


「あの時のアークのへこみっぷりと言ったら……今思い出しても笑える」

「笑わないであげてください……」

「グラスバルトに嫁ぐと知った時の喜びの反応が一番笑えたのだがな」


あれも単純な男神だ、と女神が笑う。

レッドがもし男性だったら……第二の英雄と言われるような活躍をしたかも知れない。

でも女性じゃないとロナントとの間に子供は出来なかったし、ロアだって産まれてこなかったはず……

変えなくて良かったんじゃないかな。


「神様にも位があるのですね」


中位神と上位神、魔力の位と似ている。

女神が頷いた。神様にも力の差があるようだ。


「何か聞きたい事はあるか? お前と話すのはこれきりだろう。迷惑をかけた分誠意をもって答えよう」

「では……教えてください。家族はどうなったのです? 元気にしていますか?」


時間も限られているだろうと一番気がかりな家族の事を聞いた。

女神はゆっくりと眼を閉じた。


「あの事故の際、死んだのはお前だけであった。弟はお前が間に入り衝撃を和らげ骨は折れたものの後遺症もなく元気に過ごしている」

「父と母は……」

「損傷が激しいのは後部座席だった。運転席と助手席に座っていたお前の両親に大した怪我は無かった」

「そうですか……元気にしているのですね」

「今はそうとも言えんかもな」

「え?」

「お前の母は心を病んでしまっているからだ」


事故があった際、わたしはアスファルトに投げ出され月を見ながら死んだ。

怪我が一番少なかった母が家族の中で最初にわたしの亡骸を見た。

わたしの体は損傷していてお世辞にも綺麗な死に方では無かった。

母は完全に心を病んでしまったそうだ。


「そんな……どうにかできませんか?」

「案ずるな、悲しみは時間が解決してくれる。数年後には弟が結婚し孫が生まれる。祖母となったお前の母は気持ちを新たに前向きに生きていく」

「先の事が分かるのですか?」

「私も一端の神だからな。未来視程度簡単にできる」


未来が見えるのか……それで眼を閉じているのか。

それにしても……弟が結婚とは……ゲーム好きで勉強なんか碌にしない弟が……


「弟はどんな人と結婚するのですか?」

「……んー、おしとやかな子だ。しかし芯が強い子で少し頑固だな。ゲーム好きでそれが縁で知り合うようだ」

「ゲーマー夫妻……」

「弟はお前が事故で死んだ事により大きく未来が変わった人物だ」


弟はわたしが死んだ後、わたしの分まで真面目に生きる、を目標に好きだったゲームだけは完全に止められなかったが、今までの怠惰な生活を辞め勉強に打ち込んで良い大学に行った。

ゲームのサークルがあったのでそこに入り、そこで未来のお嫁さんと出会うそうだ。

わたしが死ななければ有り得なかった未来だと女神が付け加える。


「弟は幸せになるんですね……父も母も、悲しみを引きずらずに」

「母の方はまだ時間がかかる。だがそのうち前を見るようになるだろう」

「ありがとうございます、女神様」

「よい。他に聞きたい事はあるか? まだ時間がある、もう少し付き合おう」


他に? う~ん……頭を抱え考えた。

一番聞きたかった事は聞いたし……あと、疑問に思っている事……

そうだ、と女神を見上げた。


「わたしをあの草原に送ったのは偶然ですか?」


初めて異世界で眼を覚ました時、周りは草原で人は居なかった。

遠くに町はあったものの、近くに居た人間と言えばロアだけだったはず。

送る場所は草原で無くとも良かったはずだ。それなのに、何故?


「………」


女神は少しだけ黙った後、ゆっくりと話し始めた。


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