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帰りたい


夕食も済ませ風呂にも入った。あとはもう寝るだけ。

眼を閉じるとロアに拒否された光景を思い出す。

逢いたい、話がしたい……だってわたしはロアの恋人だから。

窓を開けて空を見上げた。

赤い日差しはなりを潜め、明るい三つの月が王都を照らしていた。


「……はぁ」


ロア、今何してるかな。自分の事を責めてなければいいけど。

ナタリアやロゼに迷惑をかけてないかな。


「ミツキ」


扉の向こうにミレイラが立っていた。遊びに来たようだ。

部屋の扉が開いた事に気が付かない程、ぼおっとしていたようだ。


「ミレイラ……」

「大丈夫? あまり元気ではなさそうね」

「……ねえ、グラスバルトってどっちの方角にあるのかな」


ミレイラは戸惑いながらも向こうの方、と指を差して教えてくれた。

その方向をぼおっと眺める。


「帰りたいの?」

「……わたしは……」


ずっと家に帰りたかった。この世界にはわたしが帰る場所なんて無いと思っていた。

だけど今、わたしは……


「帰りたい……わたしの居場所は、ロアが居る場所だから」


わたしにとってロアは家族に代わる……ううん、違うそれ以上の存在だから。

ロアに拒絶されて、わたしは……どうすればいいのだろう。

不安だった。ロアはわたしの事なんてどうでも良くなってしまったのだろうか。嫌いになってしまったのだろうか。他に好きになった人が出来たんだろうか。

そんな事ばかり頭に浮かんでしまう。


「ロアのところに帰りたい」


わたしに力があるなら、すぐにでも飛んで帰るのに……どうして非力なのだろう。

一人では何もできない。分かり切っている事なのに……


「明日になればロア様も考えを改めるわ。また迎えに来て下さるわよ」

「明日じゃ駄目なの……今が良い……」


ロアの苦しそうな表情が浮かぶ。

どうしてわたしを見てそんな顔をするの?

原因はなんなの? わたしが悪いの……? だったら、謝るから……


「ロア……」


物憂げに名前を呟くと、ミレイラが窓から離れた。


「分かったわ!」


緩慢な動きで振り返るとミレイラが仁王立ちしていた。


「帰りましょう! 連れて行ってあげる!」

「……え?」

「お父様にお願いしてあげるわ! 行きましょう!」

「ちょ、っと、ミレイラ!?」


少々乱暴に腕を引っ張られて廊下に出た。

あれだけ帰りたいと願っていたのに、いざ帰る事になると戸惑いが顔を出す。


「もう遅いから……ライトさんだって」

「叩き起こすから問題ないわ!」

「ぅえぇ? ダメだよそんなの」


わたしはミレイラにも力で勝てない。なので引きずられていく。

あっという間にライトの部屋の前まで来てしまった。


「お父様! 起きていらっしゃいますか!?」


ドンドンドン!

強めに叩かれる扉。


「お父様!!!」


ダンダンダン!!!

こっ……壊れる! 扉がギシギシ言ってる!

しかし、出て来ない。ミレイラがさらに強く扉を叩かんと拳を振り上げる。


「お、とお、さまあ!!!!!」

「うおっ!? そんなに強く叩かなくても、返事したのに」

「もっと大きな声でお返事くださいませ!」

「いつもながら理不尽だなあ」


三回目のノックは拳が扉に届く前にライトが出てきた。

良かった……扉が壊れずにすんで……


「ミツキが帰りたいんですって! 送って下さいませ!」

「え? 急に?」

「急ではありませんわ! ミツキは良く考えのに……デリカシーの無い……」

「ミツキちゃん、帰りたいの? ミレイラが言ってるだけじゃなくて?」

「わたくしはミツキの気持ちをちゃんと聞きましたわ!」


ライトはいつも通り爽やかな笑顔を浮かべている。

今から帰りたいって言ったら迷惑になるよね……遅い時間だし、寝るだけだし……

でも、でも……それ以上に、ロアに逢いたい……

力無く頷くとライトは、そっかあと呟いた。


「じゃあ準備しないと。荷物まとめて来て。その間に馬車を出しておくから」

「すみません、こんな遅くに」

「気にしないで。俺もロアの事が気がかりだし……兄上に用もあるから」


ライトが嫌な顔一つせず連れて帰ってくれることになった。

ミレイラが一緒に行く! と宣言したが、もう遅いし学園もあるだろうと父親に諭され、食らい付いたが許可が下りなかった。


「むぅ、お父様ったら意地悪ね! 仕方ない、荷物まとめるのを手伝いますわ」

「ありがとう」


部屋に戻る前にルクスに一言声をかけておく。


「今から帰ります。お世話になりました」

「そうか……ミツキが決めたのなら仕方ない。気を付けて」

「はい、ありがとうございました」

「……特にロアに。あいつ何をするか分からないから」

「覚えておきます」


何度も頭を下げてルクスと別れた。

途中セレナに声かけ、帰る事を告げた。

セレナは何も言わず一度頷いて荷物まとめを手伝ってくれた。

荷物と言っても着替えぐらいしかないのだけど。

外に出る為、着替えて部屋を出た。荷物はセレナが持ってくれた。

玄関から外に出ると、すでに馬車が用意されていた。


「ミツキ!」


先に乗っていたライトの手を借りて馬車に乗り込むと、ミレイラに呼ばれた。


「楽しかったわ! また泊りに来て頂戴! いつでも待ってるから!」


ほんの少し涙を浮かべ、別れを惜しむミレイラの姿に、沈んでいた気持ちがあたたかくなる。


「うん! ありがとう! わたしも楽しかったよ!」

「そうだわ! ロア様と喧嘩したら泊りに来ればいいわ!」

「ふふっ、じゃあそうする!」


馬車が動き始めた。

ミレイラが大きく手を振って見送ってくれる。


「バイバイ! またね!」

「ミツキー! また泊りに来てね! 絶対よ!」

「約束ねー!」


やがてミレイラが見えなくなった。

深夜の静寂が耳に痛い。

外は暗いけれど、三つの月が明るいおかげで明かりが無くても平気。

敷地の外に出ると街灯に明かりが灯っていた。


「ミツキちゃん」

「はい? なんですか?」


相変わらずニコニコ顔のライト。


「ミレイラと仲良くしてくれてありがとう」

「……えっ? いえ、ミレイラとは友達ですから」

「俺があんな家の出だからミレイラには本当の友人が居ないんだ。ずっと可哀想だと思っていてね……」


貴族社会だからこの世界では血筋が尊ばれる。

三大貴族、グラスバルト家出身の父を持つと気の置ける友人が出来ないらしい。

自然と権力に興味のある人間が寄ってくる。


「まあ俺も……友人なんて数えるほどしか居ないけど……ミレイラには普通の幸せを送って欲しかったな……」


溜息交じりにそう言って、諦めたように眼を閉じた。

ミレイラはライトに対して酷い対応だけど、大切に想われているようだ。

わたしのお父さんはこんなふうに想ってくれていたかな。

もう確かめる事は出来ないけれど……


「ミツキ様。帰った後のご予定は如何なさいますか?」

「予定? ロアに逢いに行くけど」

「そのまま一緒に寝られますか?」

「うん、いろいろ話したいから」


セレナとの会話を聞いていたライトが、えっ? って顔に。


「ロアと一緒に寝てるの?」

「そうですけど……」

「ごめん、えっと……ど、どこまで……?」


どこまで? どういう意味……ハッ。


「ただ寝てるだけです!」

「あっ……そうだよね! ああ、驚いた」


安心して胸を撫で下ろしているライトの隣で真っ赤になる。

そっかそう言う意味にとらえられちゃうんだ、気を付けないと違う所で平然と話しちゃうかもしれない。


「見えて来たよ」

「……はい」


森と大きな門が見え始めた。

たった数日だったけど、随分と久しぶりに見た気がする。

門が開いて馬車のまま敷地内に入る。

いつも木の匂いがするのだけど……今日はなんだか、焦げ臭いような……


「……なっ、なにこれ!?」


木々が巨大な何かが通ったように薙ぎ払われていた。

薙ぎ払われた木とその周りの木も焼け焦げている。

セレナと一緒に茫然とその光景を眺めていると、


「ロアの仕業だよ」

「ロアの? まさか、地震の原因って……」

「ミツキちゃんと離れたくなかったみたいでね……ロアが何を考えているのか、誰にも分からないよ」


こんな……魔法をロゼさんに放ったなんて……何を考えてるの……?

わたしと離れるのがそんなに嫌だったの? 嬉しい気持ちもあるけど……それ以上に唖然とするしかなかった。

森を抜けて庭に出たが、そこでもロアの魔法の痛々しい痕跡が見て取れた。

めくれ上がった芝生、抉られた地面。庭師による修復が始まっているようだったが、何があったのか感じる事は出来た。

屋敷前で馬車が止まった。


「俺は兄上に会いに行って来る。ミツキちゃんが帰って来た事も伝えておくよ」

「ありがとうございます。わたしは……直接ロアに逢いに行ってきます」

「気を付けてね。何かあればすぐに呼ぶんだよ」


屋敷の中に入った。この空気、随分と久しぶりな気がする。

ライトと別れ、ロアの部屋へと向かう。


「ロア……」


怖い気持ちもあるけど、今はただ……逢いたい、そばに居たい。

悲しんでいるのなら、慰めてあげたい。

ロアの部屋に続く廊下を進む。

セレナは荷物を置いて来ると言って別れた。道は知っているから問題ない。


「……?」


ロアの部屋の前あたりに人が立っていた。

窓からの月明かりだけではその人が誰なのかここからではよく分からない。

その人は前かがみで具合が悪そうにしている。

心配して近付くと、誰なのかはっきり見えた。


「ナタリアさん」

「………ミツキさん……?」


体調がすぐれないのかふらふらと手を伸ばして向かってくるナタリア。

その手をしっかり掴むとナタリアが膝からくずれた。


「えっ!? 大丈夫ですか!?」

「あぁ、夢を見ているのかしら……ミツキさんが居るなんて……」


ぽろぽろと泣き始めたナタリアに戸惑っていると、背中に手が回って抱きしめられた。


「もういい、夢でもいい……誰かロアを助けて……!」

「ナタリアさん、夢じゃないです! 美月です! 現実です!」

「……本当に?」


両手で顔を包み込まれて、至近距離で顔を合わせる。

最後に会った時より顔色が悪い。月明かりでも判別できるぐらいで、相当変わってしまっている。

心労で痩せたのだろう。頬のふくらみが少し減って、眼の下の隈が酷い。寝ていないのだろうか。


「部屋に戻りましょう。少しでも休んで下さい」

「ロアが苦しんでいるのに休んだり出来ない! 不安なの、ロアがおかしくなってしまったと思うと……眠れないの!」


子供が苦しんでいるのに母親が休むなんて出来ない! と泣きながら語るナタリアに胸が締め付けられる。


「何があったんですか? 教えてください」


ナタリアは震えながら話し始めた。

わたしが出て行った日にロアはロゼに反発して魔法を放った。

王都を破壊出来る強力な魔法だった為、ロアは魔力を封じられ謹慎となった。

ここまではわたしも知っている。

謹慎となったロアは部屋から一歩も出ず、少しずつおかしくなっていった。

ずっとピリピリしてて話しかけても曖昧な返事しか帰ってこない。

遠くを睨み付けていて、ナタリアの事を見る事が無かった。

ロゼはほうっておけと言うけれど、ナタリアはどうしても心配だった。

そして無事に問題だった決議書の件がロナントのお陰で解決し、ロアの謹慎も解かれその際にわたしの居場所を知って早々に連れ戻しに行った。

今日の夕方の出来事だ。

ナタリアは、わたしが戻ってくればロアは元に戻ると思っていた。

なのに、ロアは一人で帰って来た。


「ミツキさんはどうしたの? と何度も聞きました……けれど、何も答えてはくれませんでした」


ナタリアは不安になっていろいろ問いただすと、ロアは一言「うるさい!」と怒鳴った。

ナタリアがまた泣き始めた。


「私を怒鳴るなんて……優しい子で、そんな事を言う子じゃなかったのに……どうしたらいいの……」


ロアは自分の母に対してとても気を使っていたはずだ。

自分が原因で病弱になった母親に怒鳴るなんて……一体どうしてしまったのだろう。


「ナタリアさん、わたしロアに逢ってきます」

「危ないわ、それに扉に鍵がかかってて声をかけても開けてくれないのよ」


ロアは帰って来てまた部屋に籠ってしまったようで、食事は取っていないそうだ。

話を聞けば聞くほどもやもやした。

ロアがどうしたいのか全く分からない。

母親を傷つけたいだけ? わたしと別れたいの? 皆を混乱させたいだけ?

分からない……分からないからこそ、きちんと話がしたい。

ナタリアを落ち着かせてから、立ち上がって扉の前に立った。

三回ノックして声をかける。


「ロア、起きてる? わたしだよ、美月」

「………」


ドアノブを捻るが、やはり開いていなかった。


「開けてロア。ロアに逢いたいよ」


……返事は無かった。

駄目か、あんまり騒ぎ立てても逆効果かもしれないし……今日はこのあたりにして明日また声をかけるしか……

悩みながら扉から離れてナタリアの元へ向かっていると、


カチャッ………キィ………


振り返ると、ロアの部屋の扉が少しだけ開いていた。

この反応にナタリアはとっても驚いていた。


「ちょっと行ってきます」

「み、みつきさん、危ないわ……!」

「ロアはわたしに逢いたいんだと思います。大丈夫です、ナタリアさんは休んで下さい」

「ミツキさん! 待って! ミツキさん!」


ナタリアの制止を振り切って扉を少しだけ開けて中に入った。


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