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ペンダント


体調のすぐれないナタリアを気遣いながら部屋で大人しく待って居た。

やがてセレナが帰って来て、鉢植えが落ちて来た事と長く不在だった事を謝られた。

わたしが悪かったのでサラに対しても謝り直した。

ベッドに仕込まれていた針はスガナバルト家に持ち込んで成分検査をしてくれているそうだ。

今回の件に関してスガナバルト家が関わって来るとややこしい事になる為、ロザリアは怒り心頭だったようだが何も手助けは出来ないと残念がっていた。

グラスバルトの事はグラスバルトで解決しなければならないと言う事だろう。


「ミツキ様」


部屋にやって来たメイドが話しかけてきた。

外の空は真っ赤になっている。ロアが帰って来たのだろうか?


「旦那様がお呼びです」

「ロゼさんが? 分かりました」


ロアでは無かったがナタリアにお礼を言って部屋を出て、素直に後を付いて行く。

セレナとサラも付いて来てくれた。

東館を抜けて中央館を歩き進める。

普通とは違う大きな両開きの扉の前で止まった。


「この部屋は……?」

「応接間です。さあ、旦那様がお待ちです」


メイドが扉を開けた。

一声かけてから中に入るとロゼ以外に見知った人物の姿があった。


「ロナ………ライトさん?」

「ライトであってるよ。元気だった? って……ごめんね、巻き込んじゃって」


ライトは困った様に頭を掻いていた。

一瞬ロナントが見つかって解決、なんて思ったが……そう上手くはいかない。


トントントントン……


それからもう一人、イライラしながら指先で机を小突き続ける少女が……


「なんでロナントを探しに行かなきゃなんないの? 追い出せば全部解決なのに」

「それで良ければもうやってます」

「あー! もう! これだから貴族って嫌い! 体裁体裁って馬鹿みたい!」

「母上……この家は貴族ですからしょうがないんですよ」

「なんでこんな時に出かけてんだよアイツ! 肝心な時に役に立たないんだから!」


ロゼがレッドを説得していた。

レッドは確か貴族嫌いだったってどこかで聞いた気がする。

夫を役立たずだアンポンタンだとすごい言いようだ。

これにはロゼも狼狽えている。


「あ! ミツキ!」


さっきまでのつんけんした表情から一瞬だけ笑顔になり、わたしの存在に気が付いたレッドが走り寄って来た。

そして何故かぎゅっと抱き着かれた。


「わっ!」

「ごめんね! つらい思いさせて! 全部ロゼが悪いんだよ!」

「俺ですか!?」

「当たり前だろ! 自分の家ぐらい自分で守れ! 異物混入させてんじゃねえ!」


ぐうの音も出ないのか、ロゼが眼に見えてへこんでいる。

ロゼのせいでは、無いと思う……それに異物って……カリスタの事?

ロゼは母親に頭が上がらないのかもしれない。


「おれは今からロナントをとっ捕まえて縄で縛りあげて来るから」

「そんな父上見たくないのでやめて下さい……」


ライトが本当に嫌そうな顔をした。

二人はそっくりだからライトは自分が縛り上げられた光景を思い浮かべたのかも知れない。


「魔防縄でぐるぐるの簀巻きにして地面引きずりながら移動してやる……」

「母上……此度の件、父上が悪い訳では無いと」

「分かってるよ! でもこの怒りを誰にぶつければいいの!? 不当に居座ってる女にぶつけて良いの!?」

「やめて下さい」


レッドはいつもパワフルだ。

息子の二人、特にロゼの方が頭を悩ませ始めた。

個性的な母親を持つと息子は大変そうだ。


「ミツキぃ、本当にごめんね。うちの男達が役に立たなくって」

「いえ! ロゼさんが原因でこうなったのではないので……それに役立たずでは無いですし……」


むしろ頼りがいのある人たちばかりだ。

レッドも含めてだが。


「めっちゃいい子だよぉ、守ってあげたいよお」

「れ、レッドさん?」


ぎゅうぎゅうに抱き着かれ……と言うか羽交い絞めに近いかもしれない。

守るために行動しています、とロゼが呆れたように言うとようやく離してくれた。


「しょうがない。じゃあ行って来る! 今日中に見つけて帰って来るから!」


と言ってレッドは部屋から出て行った。今からロナントを探しに行くのだろう。

今日中は無理だろうな、と息子の二人が呟いた。もう夕方だから仕方ないけど。


「はあ~………素直に頷いてくれれば楽なのに……」

「母上はそう言うお人ですから、仕方ないですよ」


レッドが部屋から出た後、ライトがロゼを慰めていた。

部屋は嵐が過ぎ去ったように一瞬だけ静かになった。

ええっと……どうしてわたしは呼ばれたのだろう?


「あの……」

「……ああ悪い、ミツキこれから話す事を理解した上で承諾してほしい」


レッドへの対応で疲れた表情を無理に笑顔に変えたロゼが話し始める。

ロゼはわたしをここに居させることが困難だと判断した。

屋敷ではカリスタが連れて来たメイドが我が物顔で出歩いているらしく、わたしを守りきれないと執事もメイドも主張した。


「でもわたし……他に行く場所なんて……」

「それならば問題ない」


ライトがにこりとドキリとする表情を浮かべる。

そう言えばどうしてライトがここに?

理由はすぐに分かった。


「ワイドナ家にミツキを預ける事になった」

「……えええっ!?」


ワイドナ家ってライトが婿に行った家で……

ライトがニコニコ笑っている。


「現状では俺の家の方が安全だろうし、遠慮する事無いさ」

「でもその……ご迷惑では? 遠いだろうし……」

「王都の別宅なら近いし、問題が解決すればすぐに戻ってこられるよ」


ワイドナ家は王都から少し遠い場所に領地を持っており、本宅はそこにある。

王都の別宅は騎士として働くライトとルクス、それから国立王都女子学園に通うミレイラが現在は住んでいる。

イザベラは領地経営で本宅を離れる事はあまりないそうだ。


「えーと……そちらに行くのはいつからですか?」

「今からすぐにだ。セレナ、サラ、準備をしてきなさい」


ロゼが命令すると、二人は心得たとばかりに部屋を出て行った。

混乱しつつ今の状況を考える。

命の危険があるからワイドナ家に行くってことだよね。

頭に思い浮かぶのはロアの事ばかり。


「あの……ロアに相談しても……」

「相談されると困る。何も言わずに行って欲しい」

「えっ?」


ロゼが非常に困った表情を浮かべている。

わたしが外に出る事、ロアは絶対反対するだろうと考えているからだ。

例え親戚の安全だと分かっている家だとしても側に置きたがる、と。

わたしを側に置いておけないと判断したロアは何をするか分からない。

説明を聞いて、相談すると厄介な事になりそうだなあと笑いそうになる。

わたしを連れて家出をするか、カリスタを無理に追い出してしまうか……確かに行動が読めない。


「ミツキちゃんが来たら、きっとミレイラ喜ぶよ」

「そうでしょうか?」

「友達と家でお泊りをするなんて初めてだから」


本当にライトはよく笑う。綺麗な顔してるから見惚れてしまう。

20代にしか見えないけど、本当は40代で二人の子供の父親なんだよね……


「分かりました……ロアには相談しません。ライトさん、お世話になります」

「よろしく。ゴタゴタに巻き込んで本当にごめん」


ライトも笑顔の中に少しだけ疲れた表情を浮かべた。

保守派の事に関して辟易としているのかもしれない。

荷物を纏めたセレナとサラが帰って来た。


「一人はミツキに付いて行きなさい」


ロゼが言うと二人は眼を合わせ、セレナが一歩前に出た。

セレナが付いて来てくれるようだ。

良かった、一人だと不安だったから居てくれると助かる。

ロアが帰って来ると騒ぐだろうと、そのまま追われるように屋敷を出た。

屋敷の前には落ち着いた雰囲気の馬車が止まっており、セレナと一緒に乗り込んだ。


「ロゼさん、ロアが何か言うと思いますけど……」

「恨みごとを言われるだろうが、慣れてる。気にせず平穏にすごせ」


ロアにはわたしがどこに行ったのか教えないそうだ。

教えたら無理にでも迎え来てしまうからだろう。


「ルクスとミレイラ、二人と仲良くしてやってくれ」

「はい……ロゼさんも、できれば喧嘩しないで下さい」

「……善処しよう」


馬車が動き始めた。

ふと思いついて、首から下げているネックレスを外した。

風の村でリリアから貰った木を平べったく丸く削ったペンダント。

遠くなってしまったロゼにそれを投げると、きちんと取ってくれた。


「ロアに渡してください! よろしくお願いします!」


わたしが唯一、普段から身に着けているアクセサリー。

取りに帰って来るから、安心して待って居て欲しい。

そんな思いを込めて。

馬車はやがて森へと入って行き、ロゼの姿は完全に見えなくなった。

なので、戸惑ったロゼの表情を見る事が出来なかった。


「やっちまったなミツキ……意味分かってるのか?」


手元に残ったペンダントを眺め、ロゼが独り言をぼやく。


「分かってないんだろうな……」


溜息を吐いてから、無くさないようにとロゼはペンダントをポケットに入れた。


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