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鉢植え


ロアがグラスバルトに来た女性、カリスタと会って来た。

時間はかかるけど絶対に追い出すから、なるべく俺に部屋に居て欲しいと言い残し、ロアは途中で抜け出して来た仕事に戻って行った。

セレナはまだ戻ってこないので、サラに文字を教わっているが全く入ってこない。

こんな状況だから仕方ないけれど。


「サラさん……外の空気が吸いたいです……」

「えっ……今ですか?」


部屋は危険だからと窓は閉め切ってカーテンがしてあり外の様子は全く分からない。

閉鎖的すぎて外の空気が吸いたくなってきた。

そっとカーテン越しに外を見ると、夕方に差し掛かっていた。

もうちょっとしないとロアは帰ってこないだろうな……


「駄目ですか?」

「う~ん……せめてセレナが居れば……」


サラは悩んだ末、頷いた。


「少しだけですよ」

「ありがとう、サラさん」


部屋の外に出ると、念のためにサラがロアの部屋に鍵をかけていた。

ベッドに針を仕込まれていた前例があるからだろう。


「すぅ、はぁ……」


屋敷の外に出て、大きく深呼吸。

思っていたよりも緊張してたのか体がカチコチだった。

ちょっと魔法の練習でもしようかなと思い、芝生に向かって歩き始める。


「! ミツキ様!!」


サラが珍しく大きな声で呼んだ。


「え?」


振り返っている途中、何かに押され芝生の上に倒れ込んだ。


がしゃん


と、何かが割れる音がした。

突然の事に混乱しながら状況を確認する。


「ミツキ様、ご無事ですか」

「う、うん」


わたしを押し倒したのはサラだった。庇うように覆いかぶさっている。

そしてさっきまでわたしが立っていた場所に割れた鉢植えが落ちていた。

とっさにベランダを見上げるが人の姿は無かった。


「お怪我は」

「うん、大丈夫。ちょっと擦りむいたぐらい」


倒れた拍子に自分を庇って手を擦りむいた。サラにも見せてたいしたことないと告げるとサラは安心した表情を浮かべた。

騒ぎを聞きつけて他のメイドが集まって来た。

状況を説明すると、真っ青になっていた。

ベランダに鉢植えはあったものの、落ちるような場所には置いていなかったようだ。

誰かが故意に、わたしを害そうと落としたのだろう。


「サラさん……?」


サラの様子がおかしい。倒れたまま立ち上がれないようで苦悶の表情を浮かべている。


「サラさん! どうかしましたか?」

「いえ……足を挫いてしまったようで……痛みが……」


片方の足首が腫れ始まっていた。

わたしを庇ってしなくて良い怪我を……

近くに居たメイドに助けを求めたと同時に、一人慌てた様子で近付いてきた。


「ロゼさん!」

「ミツキ、一体何があったんだ」

「説明します、だからサラさんを治してあげてください!」


泣きそうになりながら言うと、すぐに回復魔法をかけてくれた。

痛みで呻きながら、わたしの怪我を先にと言うので馬鹿な事を言わないでと思わず叫んでしまった。


「ミツキも怪我を?」

「わたしはこの擦り傷だけです! 魔法は必要ありません!」

「落ち着け、取り敢えず屋敷に入ろう。外より安全だ」


ロゼがサラを抱き上げて屋敷に戻った。

サラの表情が幾分か和らぐ。魔法が効いて来たのだろう。

移動の途中、上から鉢植えが落ちて来た事を話した。


「旦那様……申し訳ありません……ミツキ様に怪我を負わせました、申し訳ありません……」

「この状況では仕方ないだろう。お前はよくやった、謝らなくて良い」

「悔しいのです、相手に良いようにされて何もできなくて……」


ボロボロと泣き始めたサラの手を握った。

悔しいと言う気持ちは良く分かる。

わたしはロアが居ないと何もできない。グラスバルトの庇護のもとしか生きていけない。何も持っていないわたしは貴族に反抗する事も許されない。

一番近い空き部屋に入り、椅子にサラを座らせ本格的に回復魔法をかけ始まるロゼをサラの隣で見つめる。


「……酷いな、どんな転び方をしたんだ?」

「夢中だったので……分かりません」


サラの足首の腫れが引いて行く。


「サラさん、ごめんなさい……わたしが外に行きたいなんて言ったから……」

「ずっと部屋に缶詰では仕方ありません……ミツキ様のせいではありません、鉢植えを落とした人間が悪いのです」


そうかもしれないけど、胸にもやもやが溜まる。

今の屋敷の状態が危険な事は十分理解していたはずだった。

外に出たいだなんて、軽率でしかない。


「まだ痛みはあるか」


治療が終わり、サラが痛めた足首を何度か触る。

おそるおそる立ち上がって足に体重をかけていた。


「ありがとうございます。もう大丈夫です」


酷い捻挫だったけどすぐに治ってしまった。

やっぱり魔法はすごいなあ……

ロゼが重たい溜息を吐いた。


「父を待たず無理にでも追い出すか」

「追い出せるのですか?」

「無理に追い出すの事は可能だ……だが……」


権力と武力に訴え追い出す事は出来るが、彼女らは決議書の通りに行動しているだけなので議会で決まった事を当主が履行しなかったと騒ぐだろう。

そうなれば保守派は他の貴族を巻き込んで、ロゼは当主にふさわしくないと追い込みにかかるのが眼に見えている。

わたしの安全を取るか、のちの厄介事を重く見るか……ロゼが眼を細め遠くを見た。


「ミツキ、元居た部屋から出てどこの部屋に行ったんだ?」

「ロアの部屋です。安全だからって、ロアが……」

「そうか……確かにそこならばある程度安全だろうが……」


またロゼは考え始まってしまった。

そわそわしながら様子を窺う。

ロゼはずっと難しい顔をしている。


「仕方ない……ミツキ、ロアの部屋だとしても不安が残る。ナタリアと一緒に居てくれないか」

「今日ぐあいが悪いって聞きましたけど、大丈夫ですか?」

「一緒に居た方がナタリアも安心するだろう。嫌か?」


首を振って否定した。嫌な事なんて何も無いです!

なるべく安全な所に居た方が皆安心するだろうし。

取り敢えずナタリアの部屋に向かう事にし、空き部屋を出た。

移動の途中、会話は無かった。ロゼがずっと考え込んでいて、眉を寄せていた。

部屋におじゃますると、顔色の悪いナタリアがベッドで寝込んでいた。

ナタリアがロゼの顔を見ると、堰を切ったようにボロボロと泣き始めた。


「旦那様、私……私……」

「ナタリア……!」


震え声を上げながら涙するナタリアの手をロゼが握った。

ロゼは心配して顔を覗き込む。


「どうしたんだ? 泣く事無いだろう?」

「私が生家を捨てたから……貴族として結婚しなかったから……ロアに禍根が残ってしまったんだわ」

「違う! それに関しては答えは出ているだろう? 捨てて良かったんだ、あのような家……」


ナタリアの生家は捨てるぐらい酷い家だったのだろうか。

こんな事態になったのは自分のせいだと責めるナタリアを、とても見ていられない。


「原因をあげるとすればそれは……俺だ。俺が当主として相応しくないからだ」

「他にふさわしい方などおりません!」

「居るだろう……風の魔力を持った、父上に良く似た弟が」


会話を否定するように左右に首を振った後、ナタリアが叫ぶ。


「やめて! ライト様だってそんな弱音は聞きたくありません!」

「だろうな、あいつは俺の方がふさわしいって出て行ったから……」

「どうして心無い事を……」

「ナタリアが自分が悪いと泣くから」


泣きやんでほしかった、と続けたロゼをナタリアが見上げている。

眼に涙は残っていたものの、新しく零れ落ちる事は無かった。

悲しみよりもロゼへの怒りが勝ったようだ。


「過去を悔いるのは後にしよう。ミツキを匿ってくれないか?」

「そうだわ、ミツキさんのベッドに針が……」

「先程庭に出た際頭上から鉢植えが落ちてきた。ミツキに大した怪我は無かったが、側仕えのサラが立ち上がれない程の怪我をした」


真っ青になったナタリアに話しかける。


「ナタリアさん、ロアが帰って来るまで居させてもらっても良いですか?」

「ごめんなさい、ミツキさん本当に……」

「保守派の人達の考え方が普通と違うからこうなってしまっているので、ナタリアさんが悪い訳では無い事はちゃんと分かっていますから」


何度も謝るナタリアが痛々しかった。ナタリアが悪い訳では無いのに。

ロゼはすぐに部屋を出て行った。

何か考えがあるようで実行するために準備をし始めると言っていた。

それからこの事をレッドに相談するそうだ。

妖精の眼を持っているレッドならばロナントを見つける事など造作も無い事だろう。

取り敢えずは事態が好転するのを待つしか無いようだ。


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