プレゼント
昼になってセレナが呼びに来てくれた。
「あっ、だめ……ロア……!」
「なにが?」
「それ以上はだめ! レッドさんに言うから!」
「……仕方ないな」
ノックが聞こえて安堵した。
ロアが舌打ちをした。
失礼しますと部屋に入って来たセレナを笑顔で睨んだ。
「どうかなさいましたか?」
「……いや」
部屋の状況からセレナは睨まれた理由を察しただろう。
ベッドから起き上がって、セレナの方へ向かう。
遠くから鐘の音が聞こえてきた。昼食の合図だ。
「小腹が空いた……用意出来てますか?」
「ご用意出来てますよ」
「ロアも行こ」
手を繋いで食堂まで行った。
ロアの食べる量が減ったのを見て、今までどれだけの量の魔力を垂れ流しにしていたのだろうか、と恐ろしくなった。
「ロアって……騎士って普段どんな仕事をしているの?」
「ん? う~ん、そうだなあ」
訓練とか、王都の見回りとか、そのぐらいしか知らない。
少しでも知って置きたい。周りの人にふさわしくないって思われたくないし。
「普段は訓練ばかりだな。騎士自体結構な人数が居るから、見回り業務はたまにしか回ってこない」
「他には無いの?」
「細かい所まで言うと、城や重要な建物の警備、王族の警護とかかな」
聞けば聞くほど警察っぽい。
「あとは……地方や国境に派遣される事も稀にある」
「国境に?」
「治安が悪かったり、隣国が戦争好きで注視しておきたい場合とか」
「抑止力で派遣されるの?」
「そう。他国に行く事もあるよ」
戦争への抑止力で派遣されるって事か……
ロアは相当強いと思うけど、騎士全体がロアみたいに強いのかな。
「ロアも遠くに派遣されたりする?」
「俺は次の元帥だし、情報を元に戦局を読むのが仕事だから……矢面に立つ事はあまりしないかな」
ロアは次の元帥だからあんまり出張とかは無いみたいだ。
何ヶ月も帰って来れない任務は独身者に回される事が多いようだ。
奥さんや子供が居たら大変だから配慮していると補足してくれた。
「普段は訓練ばっかりなんだね」
「そうだな」
「やっぱり訓練が多いのは……戦争、とかがあるから?」
戦争に関する知識はあまり無い。
歴史の授業で知りえた事ぐらいで……
「少なくとも、俺の代で戦争は無いだろうな」
「……そうなの?」
「今は周りの国は友好的だし、一番不安だった北の国もおじい様の代で潰したから」
北の国がここ最近では一番好戦的で、何度もアークバルトに戦争を仕掛けては負けていた歴史があるそうだ。
最後はロナントが元帥の時代、騎士を率い北の国を制圧。アークバルトの領地となった経緯がある。
「難攻不落だった北を落とすなんて……おじい様はすごいんだよ」
「へえ……」
攻めにくい場所に国があったのかな?
まあその辺は分からないけど。
食事を終えて、ロアをわたしの部屋に誘った。
「誕生日プレゼント、部屋に置いてあるの」
「何をくれるんだ?」
「見てからのお楽しみ」
悪戯っぽく笑うと、頭を小突かれた。
ロアを見上げると楽しそうな笑顔が眼に入った。
わたしも自然と笑顔が零れる。
部屋でナタリアが準備してくれてるだろう。
向かう途中、廊下にナタリアの姿を見つけた。メイドのリファも一緒に居る。
「呼びに行く所だったのよ」
笑顔のナタリアと合流して部屋に向かった。
部屋に入るがいつもとほとんど変わらない光景が広がる。
唯一変わっているのは机の上だけ。
ナタリアにロアに渡す物を部屋に置いてくれるように頼んだ。
ロアの誕生日は盛大にやる、とは言っても本人がもう大人なので最近はプレゼントを渡して、夕食が豪華になるぐらい……この家の豪華な食事って……
昔はロゼが休みを取って家族四人で小旅行に行っていたそうだ。
「ロア、御令嬢からたくさんプレゼントが届いているのだけど……いつも通りでいいかしら?」
「興味ないからそれでいい」
ロアは誕生日を迎えると、沢山のプレゼントが山のように届く。
殆どが顔も名前も覚えていない貴族令嬢から。
何が入っているか分からないから捨てていたそうだが、ナタリアがもったいないと換金して孤児院など恵まれない子供達に寄付をしている。
「まずは……これよ」
ナタリアが置いてある中で一番大きな箱をロアに渡した。
箱は黒っぽい木で出来ていて、ロアが早速開けて何度か瞬きをした。
「ナイフ?」
「旅先で一本駄目にしたと言っていた事を、ロナント様は覚えていらっしゃったのですよ」
「確かに駄目にしたけど……安物だったんだけどな」
柄の部分も金属で刃物部分と一体になっており、刃は細くしなやかに伸びている。
ロアは手に取って握り心地を確かめている。
ぐ、とロアの手に力が入る。刃が赤色を帯び始めた。
「やっぱり、魔鋼鉄か」
「魔鋼鉄?」
聞いた事あるような……と首を傾げる。
魔鋼鉄とは魔力を帯びやすい金属の総称で、普通の金属と比べると魔法耐性が高く壊れにくいのだとか。
そのかわり加工が難しく、数も普通の金属より少ないため高価なようだ。
ちなみにロアの大剣は魔鋼鉄で出来ている。高そうだが騎士の愛刀は魔鋼鉄で出来ていないと普段の訓練に耐えられない。
「あとでおじい様にお礼を言わないとな」
一緒に入っていた鞘にナイフを入れ、箱の中にしまい入れた。
次にナタリアが渡したのはナイフが入っていた箱を少し小さくしたものだ。
開けると黒いお財布のような物が入っていた。
「なんだこれ……見た事無い」
くまなく調べると透明な石が付いている事に気が付いた。
「それはロザリアからよ」
「姉上から……?」
ロアが財布の中を覗き込む。何の変哲もない財布に見えるけど。
「スーリア様が空間魔法の術式を施したと言っていたわ」
「空間魔法? 義兄上が眼を付けて研究してたやつ?」
「そうね……その石に魔力を溜めれば使えるようになるはずよ」
石は透明魔力石のようだ。ロアが石に触れるとあっという間に赤くなった。
「開けと念じながら開けてみなさい」
ロアがナタリアの言うとおり再び財布を開けると、ぽっかりと穴が開いた空間が現れた。
「セキュリティ万全の財布、とロザリアは言っていたけれど……」
「これに金を入れるのは躊躇しますね……」
魔石に登録した魔力の持ち主で無いと開かないので安全らしいが……
ぽっかり空いた真っ暗な空間にお金を入れるのは勇気が必要だ。
「義兄上、変なの作ったなあ……う~ん……よし」
ロアが意を決して財布に手を突っ込んだ。
「ちょ、ロア」
「お、結構広い……地面はあるのか?」
肘まで手を入れた。財布にロアが食べられているようにしか見えず、一人焦る。
空間を探っていたが、ロアは眉をせて手を抜いた。
「床も壁も天井も無かった……入れた物はどこに行くのだろう……」
しゅんとしたロアにナタリアが慌てて声をかける。
「使い方を良く聞いてなかったわ、ごめんなさい」
「いえ……姉上か義兄上に聞いておきます。多分、最新鋭の魔法具でしょうから」
スガナバルトが直々に作った最新鋭の魔法具かあ……
まだ試作段階なのかな?
財布を元に戻して、ナタリアは細長い小さな箱を胸元から取り出した。
「これは私と旦那様から」
「……あれ? ナタリアさん、それは?」
これからプレゼントするピアスはロゼが買った物で、わたしとロゼとナタリアからの贈り物だと思っていたのだけど。
ナタリアはにっこりと微笑んだ。
「旦那様と話し合って決めたのよ。そっちはミツキさんからの贈り物にしようって」
「でも……そんな、悪いですよ……」
わたしはお金出してないのに……
ロアが首を傾げている。意味分からないよね、ごめん。
「受け取って。これからのあなたに必要な物よ」
ロゼとナタリアからのプレゼントは、万年筆だった。
黒色で高級感溢れるつくりだ。
「元帥になれば書類にサインする事が増えるでしょう? 良い物を使った方が疲れないわ」
ロアは万年筆を手の平で転がして眺めている。
表情を覗き見ると、微妙な表情をしている。
「ロア?」
「あ……いや、母上ありがとうございます」
恐らく、プレゼント自体は嬉しいのだけど、ロゼの存在が喜びに水を差したのだろう。
ロアはまだ、素直になれないのかな。
「それで、ミツキのは?」
万年筆を元に戻して早々に聞かれる。
さっきまでの微妙な表情はどこへ。早く欲しくてたまらない様子だ。
引き出しから小箱を取り出す。
「はい。ロゼさんが買ってくれたんだよ。それだけは忘れないで」
「選んだのはミツキなんだろ?」
「そうだけど」
「金の出所はこの際眼をつぶるよ」
「ええ? ロア?」
つぶっちゃ駄目だろうに……そんなに嫌か。
慣れた手つきで箱を開けるロア。
まあ、ロゼについてあれこれ言うのも今更か……誕生日だし黙っておこう……
「ピアスか……そういや必要になるな……」
「うん、した方がいいかなって思って」
「そうだな、ありがとう」
ロアが少しでも女性のあれこれに巻き込まれないように……お守りのような物の感覚だ。
「早速付けて……ん?」
一つ手に取ったロアが何かに気が付いた。
「これ……魔力石? 水の……?」
「あー……あのね、その魔力……」
ハッ、と驚いた表情のロアと眼が合った。
「ミツキの……?」
「……うん、わたしの」
「えっ、えー……マジで? ほんとに?」
言葉だけでは嫌なのか嬉しいのか分からず、ロアの様子を心配しつつ眺める。
だけど、杞憂だったみたい。
「滅茶苦茶嬉しい! すごく大事にするよ!」
「良かった、喜んでくれて」
「ミツキの魔力貰って嬉しくないはずないだろ!」
魔力を貰って……? そう言う事になるのか……?
少年のように笑うロアに微笑み返した。
ロアはニコニコ笑いながら自分の片耳を触り始めた。
「これを機に水魔法の練習をするよ」
「水魔法って難しい?」
「いや、三つの中では一番簡単らしい。イメージがつきやすいとかで」
ちなみに一番難しいのは風魔法だそうだ。眼に見えないから難しいようだ。
納得して頷いていると、バシュ、と軽い音がした。
ロアがグニグニ耳を触っている。
「……ロア?」
「穴開けたんだけど……もう治ったみたいで……すぐに入れないと……」
ピアス穴を怪我だと思って治っちゃったって事かな?
え……今付けるの?
また空気が抜ける音がした。
今度は手早く耳にピアスをした。
「どうかな。この際もう片方も付けようかな」
「それは結婚してからだと思うよ……」
もう片方も付けようと耳に手を当てたロアをナタリアが止めた。
ロアは少しだけ悔しそうだった。
「ミツキは?」
「えっ?」
「ピアスしないのか?」
やっぱり、言われると思った。
引き出しからもう一つ小箱を取り出した。
「これを付けようと思って」
ロアは中身を覗き見る。
ルビーとダイアモンドのピアス、とっても高そうだ。
「これは、ミツキが選んだのか?」
「ううん、ロゼさんが」
言葉の途中で、眼の前からピアスが無くなった。
ついでに言うと正面に居たロアが消えた。
「えっ? えっ!?」
戸惑いながら辺りを見ると、ロアが部屋の窓を開けて外に出て行く途中だった。
手にはわたしがする予定のピアスの箱が。
「ロア! どこに行くのです!」
ナタリアとリファが止めに入るが、ロアは外に出てしまった。
窓まで走って近寄った。ロアに睨まれた。
「ロア、それどうするつもりなの?」
「捨てる」
「そんな……せっかく買ってくれたのに……何がダメだったの?」
「お前が他の男からの贈り物……それもピアスだなんて! 到底許せない!」
飢えた獣のように歯をむき出して唸るロアの姿に、ロゼから貰ったと言うんじゃなかったと後悔し始める。
「落ち着いて話そう?」
「俺は至って落ち着いている!」
嘘を吐けと言いたい所だが、どうすべきか考え始める。
ピアスが駄目だったんだよね……ロゼには悪いけど……
「そのピアスはロアにあげる。わたしは付けないから、戻って来て」
「……本当か」
「うん、絶対触らないから」
何度か念押しして、ようやく部屋に戻って来てくれた。
さっきまで嬉しそうに笑っていたのに……嫉妬に駆られた表情をしている。
……見ていて飽きないと思うのは、ロアに悪いだろうか。
「わたしもロアみたいにピアスしたいんだけど、どうすればいい?」
「俺が……今度買ってくるのを付けて欲しい」
「それじゃダメ?」
「絶対にいやだ」
言い切られたので、素直に引き下がった。
あんまりつつくと何をしてくるか分からないのが一番怖い。
「じゃあ買って来てね」
「どんなのがいい?」
「ロアが選んでくれた物なら何でも良いよ」
「……これ、好きだった?」
ロアが強く握ったせいで箱が歪んでしまっている。
今も怒りからか握りしめてミシミシと音がしている。
「嫌いじゃなかったよ」
「……そうか」
無関心を装っていても眼が怖い。
折角の誕生日なのに……わたしのせいだろうか。
ロアは歪んだ箱をポケットに入れた。わたしに触らせる気は一切ないようだ。
わたしがするピアスはロアが自分で買ってくる事で落ち着いた。
ナタリアとリファには謝罪したが、二人は感情を剥き出しにしたロアを久しぶりに見たと、何故か感動していた。
その日の夕食はロアと二人で食べた。ロゼが居ると絶対空気を悪くすると思ったのでナタリアにお願いした。
ロアは終始、楽しそうだった。




