表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/142

甘える


今日はロアの誕生日だ。

ロアも久方ぶりの休暇とあって、体をゆっくり休めている。

朝食を一緒に取った後、ロアの部屋に行った。

ロアは随分と前からわたしの部屋で寝ているので、自室に行く事は少ない。


「おじゃまします」


ロアの部屋……あんまり良い思い出は無い。

大剣が立て掛けられてあった。今日ばかりは出番はないだろう。


「お休み、久しぶりだね」


正確な日数は忘れてしまったが、ブラックと言っていい連続勤務だったはずだ。

ロアが勝手に出て行った事が原因だから、本人は何も言えないみたいだけど。


「旅よりも訓練がキツイ事を思い出したよ……」

「えっと……ロナントさん監修の訓練?」

「おじい様の訓練は地獄だから……おばあ様の方がマシ」


鬼教官と言われるレッドよりも地獄なのか……

感情が抜けきった笑顔を浮かべるロアを見て、訓練の壮絶さを想像した。

ベッドの定位置に座り込んだロアの隣にいつも通り座る。

ロアは今日が自分の誕生日だと気が付いていない様子だ。

今まで忙しかったからかも知れない。


「ねえ、ロア」

「ん?」


部屋には二人だけ。

ちょっとだけ甘えてもいいかな、とロアを見上げる。


「どうした?」


ぱちっ、と完全に眼が合って急に恥ずかしくなった。

甘えたいけど、甘えていい? なんて聞けない!


「何でもない!」

「? 顔赤いけど」

「気のせい!」

「気のせいじゃないと思うんだけど」


抱き寄せられて至近距離で顔を覗き込まれる。

ますます顔が赤くなる。


「体調悪いのか?」

「ちが……すっごいげんき」

「元気ならいいんだけど」


ロアは心配そうに見つめてくる。

旅の途中で風邪で倒れてるから余計に心配なのかもしれない。

魔力風邪って危ない病気もあるみたいだし……


「あのー……」

「……?」

「えっとぉ……」


恋人らしい事がしたいなあ、なんて……

手を繋いだり、キス……したり?

想像したら変な汗が出てきた。


「ミツキ?」


ふと気が付いた。

手を繋ぐのも、キスをするのも、ロアが主導でわたしからした事は無い。

わたしからキスした事はあるけど、あれはロアがしてって言ったからであって!


「手……繋いでも、いい?」


真っ赤になりながらようやく絞り出したお願い。

恥ずかしい! 穴があったら入りたい!

お願いを聞いたロアが色々と察してくれたみたいで、微笑を浮かべた。


「どっちの手がいい?」

「えっ」


両の手を差し出されて何度も右手を左手を繰り返し見返す。

どういう事? 何か意味があるの?

わたしはロアの右側に座っている。だから右手を、と思っていたのだけど……

右手、左手、右手を見て、もう一度左手を見た。


「どっちもがいいっ」


両方ロアだ。選べない。混乱して欲張りな事を言ってしまった。

真っ赤な顔で泣きそうになりながら勢いよく言うと、ロアが本当に嬉しそうに笑った。


「じゃ、両方な」


両手を繋ぐのかな? ドキドキしながら待つと、ロアの手はわたしの手を素通りして背中に回った。


「わっ、ロア……?」


すっぽりと腕の中に納まった。

ぎゅ、と抱きしめられておずおずとロアの背に腕を回す。

ロアの胸に頬っぺたをくっ付けて、すり寄った。


「手は繋ぐか?」

「ううん、これがいい」

「そうか」

「うん……えへへ」


嬉しさと恥ずかしさで変な笑いになってしまう。

ずっと一緒に居たい。言葉にするのは恥ずかしいけど、好きって気持ちをいっぱい伝えたい。

あったかいな……ロアはわたしより体温高い気がする。

それにいい匂いがしてる気がする。


「ねえ、ロア」

「なに?」

「今日が何の日か知ってる?」


首を傾げるロアを見上げる。

やっぱり覚えてないみたいだ。


「今日……?」

「思い出せない?」

「………今日って……ッ、あー!」


どうやら思い出したようだ。


「だから休暇が貰えたのか」


そうなのかな? 随分とお休みがなかった事は確かだけど。

ロアは俺も21か、と感慨深げに呟いている。


「ミツキは?」

「わたし?」

「誕生日、いつなんだ?」


わたしは6月生まれだけど……この世界は年と月と言う概念はあるのだろうか。

そもそも一年が365日なのかも分からない。この際聞いてみようかな。


「6月生まれで……」

「ろくがつ!?」

「あ……月が無い?」

「いや月はあるけど……」


反応で全てを察した。

月はあるけど、6までは無いようだ。


「違う世界だから細かいところが違うのか」

「アークバルトにはいくつ月があるの?」

「4月までだ。ミツキは?」

「12月……」

「え……多すぎないか? 一年は何日だ?」


一年は12月までで、基本的に365日。ひと月だいたい30日ぐらい。

対してアークバルトは……

一年が4月までで、400日。ひと月100日ジャスト。


「一年が400日!? 多くない?」

「常識だと思っていたから、多いとは思わないけど……」


蓋を開けるとアークバルトの方が日数が多い。

……もしかしたら、この世界は一日が24時間じゃないのかもしれない。

この世界に時計は無い。時刻を知らせるのはどこかから聞こえてくる鐘の音だけだ。

もし仮に一日が22時間ぐらいだったら……一年間の総時間は同じぐらいになると思う。

それに一日がそれぐらい短くなっていても、時計を持っていないわたしでは気が付けない。


「一日って何時間ぐらいなんだろう?」

「? 一日は一日じゃないのか?」


ロアが不思議そうな表情を浮かべる。

一日が24時間で、1時間が60分で、1分が60秒なのがこの世界では常識じゃないって事か。説明が難しそうだ。


「と言う事は……ミツキは2月生まれかな」

「うん……そうなるかな」


ちなみにロアは1月生まれだそうだ。

今日が誕生日としか教えてもらってないから知らなかった。


「誕生日おめでと」

「……うん、ありがとう」


ロアの表情が暗い。

理由を聞こうとして、口を引き結んだ。

セレナがロアの誕生日は盛大に祝うのが慣例だって言ってたけど……


「……」


どうしてロアが家も仕事も投げ出して、一人国をふらついて事を思い出せば……盛大に祝う理由が分かってくる。

この日はロアが産まれた日でもあるけど、ナタリアが死にかけた日でもある。


「ロア……」


誕生日なのにちっとも嬉しそうじゃない。

ロアの表情を見ていると、何故か悲しい気持ちになる。


「プレゼント、選んだのわたしなの……喜んでくれる?」

「えっ、ミツキが?」


暗かった表情が一瞬だけ明るくなった。

少しほっとしてロアの腕に触れた。


「うん、王都のお店に行って来たんだ」

「……王都の? 行って来た……? どこに?」

「宝石店に……高そうなお店だったよ」


正確な値段は知らない。

書いてなかったし、そう言うお店なんだろう。


「宝石店に行って来た……?」

「何を買って来たかは見てからのお楽し、み……で……」

「ミツキ」


ロアは怖いくらい笑顔だった。

いつもの爽やかさなど微塵も感じられない、闇を感じる嫉妬に溢れた笑顔。

背に回っているロアの腕の力が強まって、体が密着する。

そこでようやく余計な事を話した事に気が付く。


「屋敷から出たんだ」

「……っ……うん」

「知らなかったなあ、一言欲しかったよ」

「ご、ごめ……」

「それよりさあ、誰と行ったの?」

「え?」

「宝石店に……一人で行ったんじゃないだろう? 誰と行ったんだ?」


本当に余計な事を言った。

わたしが宝石店なんか知っているはず無い上に、魔力を持っているせいで一人では外出できない。

ロアはロゼと一緒に行った事に感付いたのだろう。


「えーと……」


どうにかごまかす方法は無いものか……

ナタリアと行った事にする? ……いや、ナタリアは病気だし。

セレナかサラ? 二人も魔力持ちで敷地から出ないし……

ぐるぐると頭を回転させる。


「屋敷に来た騎士と」

「あ? だれだよ? 名前は?」

「名前はー……」


ロアは騎士隊に所属している人の名前を、全て覚えているのか……?

いずれ騎士隊のトップになるのだから知っていてもおかしくは無い……

適当に名前を言っても無駄か……

ロアの眼が鋭すぎる……ロナントのようだ。


「ごめん……ロゼさんと行って来た」

「やっぱり。どうして隠そうとしたんだ」

「だって……いがみ合って欲しくなくて……」


二人は仲が悪い。出来れば仲良くしてほしい。


「二人で行ったのか」

「……うん」

「はあ………店員に父上の愛人に間違われなかったか?」

「え!? そんなことありえな……」


いや……店員が最初に持ってきたピアスは、女性用でわたしにと持って来た。

ロゼの愛人だと、勘違いしていたのか?


「ミ・ツ・キ・?」

「店員さんにはちゃんと、ロアの恋人だって言っておいたから! もう間違わないよ!」

「もう? やっぱり間違われてるじゃないか!」

「まってロア! なにするの!」


ベッドに押し倒されるのは一体何度目だろう?

こうして見上げるのは何回目?

怒りと嫉妬にとらわれる赤い瞳に慣れつつある自分が少しだけ怖い。


「今日、俺が産まれた日だ」

「……ロア?」

「プレゼントが欲しい」

「えっ、買って来た物が」

「そんなものよりも」


ロアの手がゆっくり伸びて来て、頬を撫で、首を撫でた。

鳥肌が立ちそうになる。


「俺は、ミツキが欲しい」

「っ! ロア! まだ……」


これから皆でお祝いを……

重ねた唇から、触れた肌から魔力が流れ込んできて、思考が完全に止まった。


「うぅ……だめぇ……」

「他の男に良いようにされやがって」

「されて、ないぃ……」


まだ昼前なのに……


「はぁ……」


甘い吐息が漏れる。

今日はロアの誕生日なのだし……好きにさせていいか……

多分ロアは、わたしとエッチしたいんだろうなあ。

色んな壁があるからしないだけで……独占欲をもう少しくすぐれば、壁を壊しそうな気もするけど。

セレナにお昼になったら呼びに来るようにお願いしているし、それまで自由にさておこう……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ