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上書き


個室を出て、シャンデリアがきらめく店内へ戻って来た。

白い内装に、いくつものガラスケースが置かれている。

どれもこれも高そうなアクセサリー。

そう言えば値段が書いていない……いくらなんだろう。


『こっち!』


妖精に先導されて店内を進んで行く。

ロゼと一緒だから平気だが、居心地の悪さを感じる。

妖精が店の端に置かれたガラスケースの上に立った。


『あれ! 一番端のやつ!』


端の端に置かれたピアス。

さっき見た物とほとんど同じだが、少しだけ白く濁っていて模様があるみたいだった。

小声で妖精に話しかける。


「ほんとに……?」


『妖精は嘘言わない!』


「……んー、ロゼさんあの端にある物みたいなんですけど」

「あれか。濁っているようにも見えるが」

「ほんとに魔力石なのかなあ?」


ロゼと一緒に考え込んだ。

透明魔力石って言うぐらいだから、からっぽの魔力石イコール透明なんだろうし。

かと言って妖精が嘘言うとも思えないし。


『本当だもん! 一番良い石だもん!』


妖精が騒ぐと他の子達も集まって来た。

他の子達も口々に良い魔力石だと騒ぎ始める。

人間って見る目無いね! とカラカラ笑い始める子も。


『さっきの石の3倍入るよ!』


「ええっ、そんなに?」


『魔力溜めが大変だけど、滅多に使うものじゃないし……おにいちゃんにはこのぐらいじゃないと!』


本当にこれが魔力石か分からず悩む。

お金を出して買うのはロゼだし……確実に魔力石だと分かっている物を買った方が良い気がする。

ロゼに逐一妖精の言葉を伝える。


「うん、分かった」


話していると店長が話しかけてきた。

ロゼのお気に召さなかったのかと気にしている様子だ。


「その端のピアスを取ってくれ」

「こちらですか? しかしこれは……ただの水晶ですよ?」

「気が変わったんだ」


ガラスケースから取り出したピアスをロゼが確かめるように手に取った。

ピアスを覗き込んだ。やっぱり濁っていて、透明とは言い難い石だ。


「これを貰おう」

「えっ! ロゼさん!?」

「ミツキに選ばせる予定だったんだ。これにしよう」


ロゼは納得して妖精が選んだピアスを買う事を決めたようだ。

店長はと言うと、少しだけ残念な表情を浮かべていた。

もっと高い物を買って欲しかったのかも知れない。

ピアスは小さな箱に入れられリボンが付いた。

ロアへの贈り物をロゼから受け取った。


「支払いがあるから先に馬車に乗って待って居てくれ」


そう言われて居ずらい店内から逃げ出した。

外は天気が良く汗ばむ陽気だ。

馬車は店の前に止まったままだ。

御者に声をかけてプレゼントが決まった事を伝えた。


「それは良かったですね。ミツキ様が選んだ物ですからロア様はさぞお喜びになるでしょう」


照れてニマニマ笑う。

喜んでくれるかな?

その前にこれが本当に魔力石なのか確かめないと。

馬車に乗り込んでリボンを解いて中身を取り出した。

リボンは後でまた結んでおこう。

一つだけ摘まんだ小さなピアスをまじまじと見つめる。

透明な石の中に白いすじみたいのが走っている。


『魔力注いでごらん! めいっぱい!』


妖精に言われて魔力を注ぎ込んでみる。

ここ最近で魔法の扱いにも慣れた。上手く出来ていると思うが、どうだ?

もう一度覗き込む。

色は付いていなかった。


『もっとー!』


「もっと? ぅんー!」


『もっともっと、もっとー!』


「んぅうー!」


『がんばれー! もっとー!』


これでもかと注ぎ込むが、妖精が止まらない。

もっと? まだなの? わたしの魔力は中位だよ? そんなに魔力ないよ?

魔力欠乏になる寸前で注ぐのを止めた。


「ふへー……もう無理だよぉ」


妖精と一緒に石を覗き込む。


「あっ!」


白い所が青くなっていた。


「わあ! よかったあ、ほんとに魔力石だったんだね」


『ひどい! 信じてなかったの!?』


ぷりぷり怒り始めた妖精に笑いながら謝る。

この魔力石は白い所に色が付いて、その後透明な部分に色が付いて来て最終的に透明部分がなくなるそうだ。

妖精達にお礼を言って、妖精の眼を解除した。

無駄に魔力を使ってふらふらする。

座席にうつ伏せになって眼を閉じた。休めば少しは魔力が回復するから……


「ミツキ? どうしたんだ」


支払いが終わったのかロゼが心配そうに覗き込んできた。

ふらふらしながら起き上がり、ピアスを見せた。


「魔力石だったみたいです……」

「そうか、だから魔力欠乏一歩手前なのか」

「はい……」


上体をふらふらさせていると、ロゼが隣に座った。

大きな手が伸びて来て、途中で止まった。


「ロゼさん?」

「……ミツキに魔力を送ったら……あいつ気が付くだろうか?」


どうやらわたしに魔力を分けるつもりだったが、ロアが頭をかすめたようだ。


「気が付くものなんですか?」

「分かるかも知れん」

「分からないかも知れないんですよね? じゃあ、少しで良いので分けて下さい」


躊躇しているロゼの手を握った。

眼の前がグラグラして気持ちが悪くなってくる。

何でも良いから魔力が欲しい。

しばらくすると魔力が流れ込んできた。

ロアの魔力と似てとてもあたたかい。お日様のようにポカポカ。


「……もう大丈夫です。ありがとうございます」


体調が良くなった所でロゼの手を離した。

あまり貰いすぎるのも悪いし、貰いすぎてふにゃふにゃになりたくない。

ロゼが御者に声をかけると、馬車がゆっくりと走り出した。


「ミツキ」


呼ばれてロゼを見ると、ピアスが入っている箱と全く同じものを手にしていた。

アクセサリーを入れる用の箱なのだろう。


「それは?」

「ミツキにも必要だろうと思ってな」


ロゼが箱を開けると、ピアスが入っていた。

一目で女性用だと分かる煌びやかで可愛らしい赤い宝石の付いたピアス。


「わたしにも?」

「ミツキも付けるべきだと、あいつの事だから騒ぐと思ってな」


確かに恋人になったら片耳に付けて、結婚したら両耳に付けるのが習わし……なんだよね?

ロアだけつけるのは不公平で、わたしにもって言われるだろう。


「ありがとうございます」


ピアスを受け取って、まじまじと観察した。

魔力石と違って透けている立派な大きい赤い石。

その周りを小さくて透明な宝石が囲み、赤い石を際立たせている。


「ロゼさん……これ、宝石ですか?」


怖かったが聞いてみた。

名のある宝石か? それともイミテーションか?


「赤がルビー。透明がダイヤモンド」

「……はい?」

「赤が……」

「ああっすみません、繰り返さなくて大丈夫です」


あの店にイミテーションなど置いてあるはずが無かった。

これがルビー……異世界の宝石だけど、価値は向こうの世界と変わらないのかな。


「高かったですか?」


恐縮しつつ隣に座るロゼを見上げる。

これ、おいくらしましたか?


「それ程でもない」

「これ一つで家が建っちゃうような金額ではないですよね?」

「……建たないから安心しろ」


ロゼの言葉を信じていいのか分からない。

安価な庶民の家ぐらいは建ちそうだけど……

まあ、いっか。

折角買ってくれたんだし、受け取らないと逆にバチが当たりそうだ。

返却したらロゼが困るだろうし……


「ロゼさん、これ返しておきます」


プレゼント用のピアスをロゼに渡そうとする。

だけどロゼは手を振って受け取るのを拒否した。


「ミツキが持っていてくれ」

「えっ?」

「ロアに送る物が無いんだろう? なら、魔力石にミツキの魔力を溜めた物を送ろう」

「わたしの魔力を込めて、ですか?」


ロアに送る物が無いのは事実だけど……

手の中に残った片方だけ青く色付き始めたピアスを見つめる。


「本人の魔力の方が良いんじゃないですか?」

「練習すればロアも水魔法が使えるようになる。それに……ロアが追い詰められるとは考えにくい」


ロアが追い詰められる事なんて万が一にも無い気はするけど。

ロゼはわたしに気を使って提案してくれてるのかな。


「空っぽよりもミツキの魔力が入ってた方が喜ぶだろう」

「そうでしょうか?」

「そうだとも。頼まれてくれるか」

「……分かりました」


二つのピアスを膝の上に置いた。

後五日で魔力をいっぱいに貯める仕事が出来た。

本当にロアは喜んでくれるだろうか。

心配と楽しみが合わさった感情に脈が少しだけ早くなった。




*****




その日の夕方。

買ったピアスを部屋の引き出しにしまった。

余裕がある時に石に魔力を溜めないと間に合わなくなっちゃうかもしれないと、さっそく魔力を溜めた。

その隣にロゼに貰ったルビーのピアスを置いた。

出番があるのは五日後。

ピアスって穴開けるでしょ? 痛いのかな? ロアの為に我慢するけど。


「……あ、ロア」


ノックなしで扉を開けるのはロアしかいない。

帰って来たんだ。


「おかえり」

「ただい……ま」

「……ロア?」


部屋に入ってすぐ、ぽかんと口を開けたままロアは固まってしまった。


「どうしたの? ロア?」


近付いて見上げると、ロアに両肩を掴まれて物凄い形相で迫って来た。


「誰だ!!!」

「!?」


上から見下ろされ、びっくりしてわたしの方が今度は固まる。

ほんとに訳わかんなくて表情が強張る。

何も言えずにいるとしびれを切らしたのか、ロアがまた叫んだ。


「お前、男と出かけただろ!」

「ひ、ぇ………え? なんで?」

「俺じゃ不満だって言うのか!?」

「ちょ、ちょっと待って落ち着いてよ! 不満なんかないよ!」


男……と言うかロゼだけど……出かけた事に怒ってる?

なんで分かった? まだ何も言ってないのに。


「どうして分かったの?」

「お前に俺のじゃない魔力がべったり付いてるからだ!」

「魔力……? あっ」


ロゼに魔力を貰ったからか!

ばれるかもしれないとロゼも気にしていた……本当にばれるとは。

魔力可視で魔力を見てるのか。


「俺の眼を誤魔化そうったってそうはさせねえ」

「ごまかすつもりなんて……」

「いや! 赤魔力で俺のと波長が似てるけどち、がう……」


ロアが何かに気が付いた。

怒りがどこかに飛んで行ってしまったようで間抜けな顔をしていた。


「今日父上は休暇だった……」

「ごめんね、魔力使いすぎてロゼさんに少し貰ったの」


その場にしゃがみ込んで頭を抱えたロアの隣に、同じくしゃがみ込む。


「ロア……」

「ごめんな、ミツキ」


怒鳴った事を反省しているようでしょんぼりしている。

わたしも悪かったと言えなくは無い、かな。


「違う魔力が付いてて頭に血が……」

「そんなに魔力が付いてるのが嫌なの?」

「嫌だ」


即答。

そんなに嫌なのか……ロゼの魔力なんだけどなあ。

う~ん。


「どうして嫌なの?」

「ミツキは中位だから、受け取った魔力が体に残りやすいんだよ」

「消えないの?」

「消えるけど、数日かかるし……」

「消えちゃうのに、嫌なの?」


わたしは魔力なんか見えないから、ロアがそこまでこだわる理由が分からない。

デメリットは無いし、問題ないように思えるけど。


「だって……それは……」


歯切れ無くロアがモゴモゴする。

揺れる赤い瞳と眼を合わせる。


「ミツキ」

「なーに?」

「今から、ドン引きする事言ってもいいか?」

「えー? いいけど」


どうせ、嫉妬とか独占欲とか、いつものパターンなんだろう。

ロアとの接し方を理解しつつある。


「ミツキの体に他の奴の魔力がある事が気に入らない」

「どうして」

「魔力を渡されたって事はつまり、肌を触れ合せたって事だろ」

「う~ん……確かに手を握ったけど……」


冷たい殺意に背筋が凍った。

ロアの眼が怖い。今から殺しに行きそうなぐらい殺伐としている。


「少しの間だけなのに……」

「手を握ったと言う事実が重要だ」

「浮気じゃないよ、相手はロゼさんだもの」

「誰が相手でも嫌なんだよ!」

「っ、わあ! ロア! やめて!」


いつもより乱暴に抱き上げられて、肩に背負われた。

山賊じゃないんだから! やめてえ!

ばたばたと暴れ、背中をぼすぼす叩く。まったくびくともしない。


「ひゃっ!」


乱暴にベッドに落とされる。衝撃に体を固くさせた。布団が柔らかくて痛くなかった。

酷い事をした張本人を見上げた。

さっきまでの殺意に満ち溢れた瞳はいずこへ、爛々と瞳を輝かせ獲物を見定める肉食獣の眼だ。

やばい、魔力を流してふにゃふにゃにする気だ。


「ロア、まっ」


覆いかぶさって来たロア相手に抵抗する。

だけど、ロア相手に敵うはずもない。

あっという間に抱きすくめられた。


「上書きしてやる」

「あ! だめ、」


まだ夕方だから……これからお夕飯なのに……

最初は抗ってキスを拒んだが、だんだん魔力が溢れ始めると頭も体もふわふわしてきた。


「ぅん、……やっ」

「気持ちいいんだろ? なあ」

「きもちい、けどぉ」

「父上にその姿見せてないだろうな?」

「みせてないよお」


呂律が回らなくなってきた。

夕方だし、これ以上手を出してくる事はないだろうと少し考えただけで分かるけど。

恥ずかしい。今、自分はどんな表情をしているのだろう?

ロアはエロいって言うけど、自分じゃ分からないし不安になる。

魔力の上書きはロアが満足するまで続いたのち、無事に離してくれた。


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