嘘を吐く女
森を抜け、門が見えた。
随分と久しぶりに門を見た気がする。
風の村に行った時はこの門を通らなかったからなあ。
王都の街に出るのも図書館に行った時以来だ。
門を抜けると、閑静な住宅街に出る。
どれもこれも立派な庭に、大きな屋敷。柵越しに眺める。
比べるべきでは無いのだろうけど、グラスバルト邸の規模はやっぱりおかしい。
住んでいる人は多くは無いのに、広すぎる気がした。
「アクセサリーって、具体的には何をプレゼントする予定ですか?」
腕輪、首飾り、指輪……もっと種類があると思う。
ロアがアクセサリーを付けてるのを見た事が無い。
激しく動くから邪魔なんだろうけど。
「ピアスだよ」
聞いて納得した。邪魔にならないアクセサリーだ。
そう言えばロゼもピアスをしている。
……ロナントもレッドもライトもしていた気がする。
「ロゼさんもピアスをしてますね」
ロゼが耳に触れた。
赤い宝石が太陽に反射して一瞬だけ輝いた。
「綺麗な石ですけど、宝石ですか?」
「いや、これは魔力石だよ」
魔力石と言えば……ハイドに貰ったネックレスを思い出した。
お礼をしていない事も同時に思い出す。
「あの……ハイドさんって、ご存知ですか?」
「ハイド? ……ハイドフェルト2番隊教官の事か?」
「そうです! その、ハイドさんにお礼がしたくて……」
「お礼? 何故?」
簡単に魔力石を使ったネックレスを貰った事と、闇オークションで捕まった時にそのネックレスが役に立った事を伝えた。
何処で出会ったのかと聞かれて、カナトラで会った事も伝える。
わたしとハイドとの接点が分からなかったようだ。
普通にしていればまず会う事はなかっただろう。
「そうか……なら俺から伝えておく」
「すみません……お願いします」
話がそれてしまったが……
魔力石のピアスかあ……やっぱりもしもの時の為にしているのかな?
「プレゼントにピアスを選んだのは、もしもの為ですか?」
「……それもあるが、第一の目的ではない」
「違う目的があるんですか?」
「そうか……ミツキは知らないよな」
そうロゼは言って、教えてくれた。
貴族の慣例? しきたりのようなもので……
結婚をしたら両耳にピアスをするのだそうだ。
わたしの世界で言う所の指輪だろうか。
「でもロアはまだ……」
「婚約者が出来た際、片耳にピアスをするんだ。良い機会だと思ってな」
ロアが御令嬢に狙われていたのは、決まった相手がおらずピアスをしていなかった事も原因の一つのようだ。
見ただけで相手が居ないと主張しているのと同じだそうで、ピアスをしていない、イコール結婚相手を探していますと周りに受け止められるそうだ。
ロアがあれだけ令嬢に襲われ続けたのは、彼女らの両親が行けと娘に命令したからではないかとロゼは言った。
運良くロアに見初められたならば、グラスバルトと深く関係を持つチャンスだと彼らは思ったのだろう。
娘の幸せよりも、家の繁栄か……
「なんだか、令嬢が可哀想ですね……」
「そうでもない、ロアに惚れて家まで押しかけて来た女も居たよ」
なんとその人は騎士隊にまでロアに会いに来たそうで、さすがに追い返したがストーカーに発展し、ロゼも相手が貴族なだけに参ったようだ。
「俺もライトもあそこまで酷くは無かった」
「ストーカーされなかったんですか?」
「俺は片耳にしていたし、ライトはそもそも社交界にあまり顔を出さなかった」
「ライトさんパーティに行かなかったんですか? どうして?」
「父上と間違われるからだろう」
ロゼは片耳にピアスをしていた事で、決まった相手がいると認識されてロアほど酷い目には合わなかった。言い寄られたりはしていたようだが。
ライトは父親のロナントに間違われるのが嫌で、あまり参加しておらずそう言った経験もそれほど無い。今でも社交界に顔を出すのは妻のイザベラだそうだ。
「じゃあ、ロナントさんは?」
「父上の事はさすがに俺でも分からん」
「そうですよね……すみません……レンさんはどうでしたか?」
「姉上は……」
何故か言いよどむロゼに首を傾げる。
当時王子殿下だったクロームと結婚して、今は王妃だよね。
「女学院を卒業後、すぐに結婚したから……ロアのような苦労は無かったはずだ」
「お二人は婚約者だったのですか?」
卒業後すぐにって事は……家格も釣り合っているし、婚約者だったのかなと思って聞くと、ロゼは顔をしかめた。
「婚約者では無かった。姉上は陛下と恋仲ですら無かった」
「えっ……ならどうして急に結婚をしたんですか?」
ロゼの眉が寄る。
何か聞いてはいけない事を聞いているのだろうか。
レンがどう言った経緯で陛下と結婚したのか聞いているだけなのだが。
「悪いミツキ……俺の口からは言えん。陛下の名誉に関わる」
「えっ……え?」
「一つ言えるとしたら……あれほどまで怒り狂った父上を見たのは初めてだった」
ロゼは何故か真っ青になっていた。
普通に考えたら王子と娘が結婚する事は喜ばしい事なのだろうけど……ロナントはそうでは無かったって事?
グラスバルト家でお世話になって、ロナントと接する事も多いけど……怒り狂ったロナントを想像する事は出来ない。
優しい人、と言う印象が強い。
そんなロナントが怒り狂う……一体何があったんだろう?
気になったがロゼの表情を窺って、聞けないと判断した。
聞いても多分……教えてくれないだろう。
その時、
ガタン!
と馬車が大きく揺れた。
「きゃっ」
「…………どうした?」
馬車が止まってからロゼが身を乗り出し、御者に声をかける。
「そ、それが……」
戸惑う御者、そのすぐ脇にドレスを着た金髪の若い女性と、お付の侍女らしきメイド服を着た人が三人居た。
「やっぱり! この御者、嘘を付いていましたわ!」
道のど真ん中で大声で話し始めた貴族らしき女性に一瞬で関わったら駄目なやつだと身を隠す。
女性とメイドの四人が騒ぎ立てる。
一方的な会話の中から、四人はこの馬車にロアが乗っているのかと尋ね御者が否定。
ならばロゼが乗っているのかと聞かれ否定した所、女性が前に飛び出した為馬車が止まったようだ。
車で言ったら飛び出しだよね。危ないよ……
四人はひとしきり御者を悪く言って自分達を正当化。
こんな所に元帥が居るなんて言えないだろうに……此処は貴族街の大通り、左右には高級店が立ち並び人通りも少なくない。
「閣下! 何度もお手紙をお送りしているのに良いお返事が無いのはどうしてなのですか!?」
「……手紙には返事を出していると思うが。そもそも君は誰だ?」
「お忘れですか!? 見合い絵を何度も送っているではありませんか!!」
見合い絵……? お見合い写真みたいなものだろうか? そう言えばこの世界に写真は無い。
女性から死角になる場所からロゼの表情を窺う。
無表情だ。怖い顔にも見える。
「ロアへの見合い話は全て断わりの手紙を出した」
「私ほど条件の良い家は無いはずです! 理由をお教えください!」
「手紙の通りだ。ロアにその気がない」
女性は真っ赤になって、ほとんどロゼの事を睨んでいた。
手紙に何が書かれていたのかは分からないが、女性は納得できなかったのだろう。
「私とロア様は愛し合っているのです! その仲を裂くおつもりですか!?」
「君が? はあ……最後にロアに会ったのはいつだ」
「……数日前です」
「具体的に言ってくれないと困る。いつ頃会い、何をしたんだ?」
「夕方お会いして一緒に食事をしました」
「何を話したんだ?」
「騎士での仕事内容を詳しく……」
ロゼは鼻で笑った。
わたしもすぐに嘘だと分かった。
数日前っていつだか分からないけど、ここ最近ロアはずっと家で食事を取ってる。
仕事で遅い日もあったけど、遅番だったからって言ってたし疲れてたみたいだった。
「もう少しまともな嘘を吐くんだな」
「っ、本当です! ロア様と私は」
「近親者でもない限り、騎士が仕事の事を詳しく言う事は無い。騎士の妻になりたければそのぐらい知っているべきだ」
グサッ! と言葉が刺さる。
言葉の書き方では無く、騎士の勉強をした方が良いのかもしれない……
御者に行くようにロゼが言い、馬車が進み始める。
「また平民との結婚ですか!? 今度こそ許されませんわ!! グラスバルト家は三大貴族なのですよ!? 貴族ならば貴族と結婚すべきです!!」
「それなら嘘を吐かない貴族令嬢と結婚させるよ」
「私を馬鹿にするおつもりですか!?」
真っ赤な顔でキーキー言いだした。
貴族の御令嬢って、おしとやかなイメージだったけど……変わってしまった……
目的の為なら嘘を平気で吐くって……どんな教育を受けて来たんだ……
女性の金切り声が聞こえなくなった所で、申し訳なさそうにロゼが口を開いた。
「すまん、ミツキ……不快な思いをさせたな」
「すごい、人でしたね」
「最近多いんだ……ロアがミツキを連れて帰って来てからかな……あの子の名前は思い出したから、抗議しておくよ」
「大変ですね……貴族ってあんな感じの人が多いんですか……?」
「いや、ほんの一握りだよ。平民にも貴族にも変な人は一定数いるんだよ」
そう言われ、納得した。
貴族も平民も、同じ人間だもんね。
「ロアは浮気してないと思うが……」
「わたしもしてないと思ってますので、大丈夫ですよ」
そう言うとロゼは安心したようだ。
直接抗議に来た女性はあれで五人目で、あそこまで過激だったのは二人目らしい。
ロアは色んな人に想われているようだ。一方的にだが。
「ロアの事が好きな人っていっぱいいるんですね……」
「ロア、と言うよりは……グラスバルトだろうな……」
「ロアじゃない?」
ロアの妻、では無く……グラスバルトへ嫁に行きたい、と言う事らしい。
日本ではあまり馴染みの無い考え方だ。
貴族では普通の事なのだろうか。
何にせよ、ああ言う人達とは関わらないようにしよう……
今度はゆっくりと馬車が止まった。




