ロゼの休暇
ドキドキしてあまり眠れなかった。
早朝、何時もより機嫌が良さそうなロアが、寝てろって言って頭を撫でてくれた。
「いってらっしゃい……」
どうにかそう言うと、寝ている所に覆いかぶさってキスして来た。
ロアの機嫌の良さは、昨晩の事が要因だろう。
わたしはロアと一緒にこの世界で生きていく決心をした。
それに当たって一つ、決めた事がある。
部屋で半分寝ている状態でロアを送り出して、少しだけ寝た後にいつもの服に着替えた。
「……う~ん」
旅をしていた時の服は毎回綺麗に洗濯されてはいるが、元々の色が薄茶なせいで汚れているようにも見える。
着やすいし、楽なのだけど。
置いてある姿見で今の自分を確認してみる。
「あっ!」
首の所、赤くなってる……!
昨晩、此処にロアが何かした事を思い出す。
痕付けないでって言ってるのに! こんな目立つ場所に……どうしよう……
考え込んでいると、扉がノックされた。
「おはようございます、ミツキ様起きていらっしゃいますか?」
「あ……はい!」
いつもと同じく返事をしてから、やばい首の痕どうしよう! と慌てふためく。
「……何をなさっているのですか?」
「あー……あはは、気にしないで下さい」
結局、ハンカチを首回りに無理矢理巻いた。
上手く隠れてると思う……
「おはようございます、セレナさん」
笑顔で誤魔化そうとするが、セレナに通用するかどうか……
「何故ハンカチを首に?」
「こうした方が良いかなって思っただけです……」
「スカーフをお持ちしましょうか?」
「いえ! 大丈夫です! これが気に入ってるんです……」
苦しい言い訳にセレナが首を傾げる。
それ以外は問題ないと判断したのか話題を変えた。
「今朝、坊ちゃまがミツキ様と恋人になられたと言っておられましたが」
「……なりましたけど」
「むしろ今まで恋人では無かったと、私には言えない気がするのですが」
「本当、その通りですよね……」
今までいっぱいキスして一緒に寝たと言うのに……
そう言われても仕方ない。
「セレナさん、わたし……色々勉強したいです」
「勉強ですか? どのような事を?」
「わたしはこの世界の常識を知りません。文字も書けないんです……わたし、ロアとずっと一緒に居たい。結婚の事だって前向きに考えられるようになりました! だから……」
「坊ちゃまと一緒にいる為に、勉強をすると?」
「この家に見合った……は無理かも知れませんけど、お嫁さんとして恥ずかしくない女性になりたくて……ダメですか?」
動機が不純すぎるかな……不安げにセレナを見つめる。
真剣な表情で考えるセレナが、不意に笑顔を浮かべる。
「勿論、使用人一同、喜んでお手伝いいたしますわ」
「本当ですか!?」
「ええ、早速有名な講師の方をお招きして……」
「あっ、ああっ………まだ早いです、セレナさんで良いので文字を教えてください……」
慌てて言うと、セレナは軽やかに笑った。
冗談だったのか本気なのか判断がつかない。
「では今日から文字のお勉強をしましょうか」
「はい! お願いします!」
「取り敢えず、朝食にしましょう」
楽しそうに笑うセレナに安心して後を付いていこうとして、気が付いた。
「いけない、忘れてた」
机の上に寝る前に外して置いた首飾り。
風の村でリリアに貰ったものだ。
丸く削られた木に、まだ色は付けていない。
首から下げて風の民に習って服の中にしまった。
おまもりだと思って毎日するようにしている。
「ミツキ様?」
「今行きます!」
この世界の事を学ぶ。
ロアと恋人になった時に決めた事だ。
挫折しないで勉強頑張ろう。
*****
セレナが書いてくれた文字を隣に写した。
この世界の文字は日本語と同じように、大まかに分けてひらがなと漢字ががある。
文法は英語っぽい。英語は苦手だ。覚えきれるだろうか。
あれからまた数日、文字をひたすら書いて覚えようとしているが思わしくない。
ひらがなぐらいは頭に入ってきているが、日本語が邪魔をする。
「少し休憩をしましょうか」
「外の空気を吸っても良いですか……?」
「かしこまりました」
頭が鈍痛を訴える。
こんな時は魔法を放って鬱憤を晴らすとすっきりする。
庭の芝生に思いっきり水やりをしたい気分だ。
外に出ようと向かうと、玄関先にロゼがいる事に気が付いた。
服装が良く見る元帥のものでは無く、白いシャツに黒のスラックスを穿いている。
あれ? まだ昼過ぎなのに……お仕事はどうしたんだろうか。
近付くとナタリアと話し中である事にも気が付いた。
「ナタリアさん、ロゼさん、こんにちは」
「ああ、ミツキか」
「お仕事は……」
「今日は休暇なんだ」
ロアの言う、カナトラの掃除が昨日無事に終わった。
作戦が終わるまで数日、ロゼは家を空けていた。
無事に作戦が終了し、事後処理が終わったので休暇が取れたのだろう。
ちなみにロアは作戦には参加しておらず、毎日帰って来ていた。
もうずっと休暇を貰っていないが、大丈夫なのだろうか?
「では行って来る」
「行ってらっしゃいませ」
「……何処かに行かれるんですか?」
ロゼが背を向けて出て行こうとするので、興味本位で聞いた。
笑顔のナタリアと眼が合った。
「プレゼントを買いに行くのよ」
プレゼント……? 誰にあげるものだろう?
疑問が顔に出ていたのか、ナタリアは続けた。
「もうすぐロアの誕生日なの」
「……えっ、そうなんですか?」
「あの子も21歳……立派な大人ね」
感慨深げに頷くナタリアの話によると、プレゼントを買いに行くのはいつもロゼの役目で、自分はプレゼントの案を考えているだけらしい。
病気のせいで外に行くのが難しいからだろう。
「ロアに誕生日プレゼント……」
腕を組んで考え始めた。
わたしも何かあげた方が絶対良いよね。
「誕生日っていつですか?」
「五日後よ。その日はロアも休暇を貰える事になっているから」
ロアの久しぶりの休暇は五日後になるようだ。
それまでにプレゼントを用意しなければいけない。
再び考え込む。
わたしはお金も無いし、外にも行けない。
かと言って手持ちの物でプレゼントになるような物は無い。
一瞬だけ思いついたのは、わたしがプレゼントだよ! と思い切る事だが……
そんな事をしたらロアがレッドに殺されるだけだろう。
何の為に今まで清い関係で居たのかと問われそうだ。
「う~……」
「ミツキ……?」
「……あっ、何ですか?」
戸惑いを顔に出したロゼが話しかけてきた。
「良ければ一緒に行くか?」
「えっ?」
「まあ、それは良いわね」
ナタリアの笑顔がはじけた。
「旦那様と一緒に選んできてくれる? 私は一緒に行けないから」
「でも……」
「アクセサリーを買いに行くのだけど、こういうのって女性が選んだ方が良いと思うの」
「そうですか? でもわたし……家から勝手に出ちゃいけないって……」
「旦那様が居るから大丈夫よ。ロアだって文句言わないわ」
笑顔のナタリアに押されて頷いてしまった。
ロゼが居るから大丈夫だと思うけど……一緒に出かけた事に文句言われそうだ。
……黙っていればいいか。
行く事が決まって、セレナが目隠し帽子を取って来てくれた。
風に飛ばされたりしないように深くかぶる。
「ロゼさん、よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
「ナタリアさん、行ってきます」
「二人とも行ってらっしゃい」
終始笑顔のナタリアに見送られて屋敷の外に出た。
外にはすでにいつもの豪華な馬車が待って居た。
またこれに乗るのか……場違いな感じが否めない。
「ミツキ」
先に乗り込んだロゼが手を伸ばして、わたしが乗るのを手伝ってくれた。
椅子を汚したくなくて浅く腰掛ける。
ロゼは座った後に長い脚を組んだ。
そう言えばロアも足が長くてスタイルが良かった。
この家には足が長くなる呪いでもあるのだろうか……
「ロゼさん」
「……ん?」
馬車が走り出した所で話しかける。
「これから何処に行くんですか?」
「宝石店、って言えばいいかな」
グラスバルトが長く贔屓にしているお店で、ロゼもナタリアへの贈り物を良く買うそうだ。
考えなくても分かる。きっと一流のお店に違いない。
ロアと旅をしていた時の服装で来てしまった……入れるだろうか。
馬車は森の中へ入って行った。




