#005 錬金術の怪物 2
「今回も厄日だ……っ……」
ベレトは、大気の盾を作って、敵の攻撃を防いでいく。
敵は、かなりの猛攻を行ってきた。
赤い球体が宙に浮かぶと、それが勢いよく破裂していく。
軽い小型爆弾クラスの破壊力はあった。
辺り一帯の天井が、壁が、床が、破壊され尽くしていく。
大きな柱が倒れてきて、あやうく彼は、柱の残骸に当たって大きな負傷を受ける処だった。
「何故、我らの創造主の知識を欲する?」
液体の怪物は訊ねる。
「俺は俺の目的がある。だから、近付くんだよっ!」
ベレトは叫ぶ。
「俺には夢がある。俺だけの美術館を創るんだ。無限の時間に留められた美術品が陳列する空間をな。今の俺では、未だそれが叶わない。だからこそ、不死の秘密が知りたいんだ!」
ベレトの瞳は、焦燥さえ伴っていた。
何か自分のやってきた行為が、不完全なものでしかない、それ故の焦りなのだろう。
「この世界を俺の世界へと加工してやりたいんだ。支配するんだよ。お前のボスは、それを願ってきたんだろう。だから、俺は後追いをするだけだ」
魔人には、ある種の理想があった。それ故に、このような場所で朽ちるわけにはいかなかった。
ベレトは、二つの小刀を握り締める。
そして、爆発の衝撃を、大気の固定によって、それぞれそらしていった後に。
破裂した瞬間の、赤い液体の幾つかを空中に固定していく。
†
カナリーを先頭に、花鬱とゴードロックは遺跡の中を進んでいた。背後には、三頭の豹が連れそっていた。
しばらくすると、行き止まりに突き当たった。
そこは、異形の神像が祭られた祭壇だった。
祭壇の前には、玉座が置かれていた。何者かが座っている。
生きた人間ではない……。
カナリー達は息を飲む。
玉座に座っているのは、朽ちたミイラだった。頭に王冠を被っている。
不気味さよりも、何故か、滑稽さを感じた。
「造物主さまを調べに来たのだろう?」
ミイラは告げる。
「そうだっ!」
ゴードロックは叫ぶ。
「もうどれくらいの年月であろうか、吾輩がこの遺跡に入り込んだのは、かつての吾輩は栄光と名声を手に入れたい探検家だった。錬金術の知識に魅入られて、この場所を知った。吾輩は造物主さまの力を知りたいと思ったのだ」
奈落の底から響いてくるような声だった。
「もはや、今では、そう思わない。吾輩は造物主さまの世界に連れていかれた。そして、此処に戻ってきたのだ。吾輩は幸福になった」
ミイラは立ち上がり、玉座の背後に立てかけてあった槍を手にする。
「造物主さまに仇為す共を始末する。覚悟はいいか」
「上等だ」
ゴードロックが前に出て、機関銃を取り出す。
花鬱も、自身の能力を使い、無数の刀を生み出した。
ミイラに一切の攻撃の隙を与えるつもりなんて無かった。
機関銃と刀が、それぞれ、ミイラを撃ち抜き、切り裂いていく。
余りにも呆気なく、この敵はバラバラになって倒れた。
しばらくして。
部屋の四隅で、何か水が流れていく音がする。
「やはり、この男では役不足か…………」
何処からか、声が聞こえた。
「遺跡の王座につかせてやったが、役に立たなかったか。お前達は『黄色』が良いだろう。『緑色』はそこのお前を畏怖しているみたいだからな」
「何だ? 一体?」
ゴードロックが、銃を片手に辺りを見渡す。
黄色い二つの腕が、石畳の隙間から生え出してくる。やがて、それは一人の人の形を形成し始めた。
顔のパーツが何も無い、のっぺらぼうだった。
人型の黄色い塊は、全部で、四体現れる。
†
花鬱は、何度も、黄色い人型の塊を切り刻んでいく。
その度に、ぐにゃぐにゃと弾け飛びながら、再生を繰り返して、更に増殖を始めた。最初は四体だったが、今では二十体近くに増えている。
この敵は、斬って首を落とす事が戦法の基本になっている彼女にとって、勝利するには、不可能に近い相手だった。それでも、彼女は闘うと決めたみたいだった。
ゴードロックは、カナリーを連れて、別の場所へと向かわせた。二人で闘うよりも、むしろ、分断して、犠牲となる者を減らした方がいい。
そう。
栄光の手の任務は重過ぎる。
他にも支部があり、メンバーもすぐに入れ替わっていく。辞めた者も多いし、戦死した者も多い。中には、錬金術師に取り込まれた者達もいると言う。
それ程、『ドーン』にとっては、栄光の手は特別任務を請け負っている者達なのだ。
「成る程、成る程、成る程……」
黄色い人型達は、同じ言葉を唱和していく。
「お前相手には『青色』も必要みたいだな。これでは私の方ももたない」
どうやら、ひたすらに斬る事によって、ダメージは通っているみたいだった。同時に、他にも能力を持っているのを知ると、戦慄する。
花鬱の刀の一本を、黄色い人型の一人が受け止めていた。その人型の右手は、いつの間にか、途中から青色の腕が接合されていた。
「何……っ?」
彼女は少しだけ、動揺する。
それは、いつも、見知った形になっていった。
見る見るうちに、その人型は花鬱そっくりの姿へと変わっていった。
「お前の力の名を教えろ」
「『邪魅曼荼羅』よ。覚えておく事さね」
「そうか」
完全に、花鬱のコピーになった不定形だった存在は、何も無い場所から、幾つもの邪魅曼荼羅の刀を出現させていく。
「お前は私を倒せない。そろそろ終いにさせて貰う」
†




