#003 水色の墓標 2
固めた空気に包まれながら、ベレトは海底の中を漂流していた。
今になって、切断した腕の痛みが激しく伝わってくる。
彼は憎悪を深く、心の中でたぎらせていた。
†
ベレトは波止場に辿り着く。
釣りをしている初老の男の横を通り過ぎる。男は海から上がってきた彼の姿を見て、怪訝そうな顔をしていた。
ベレトは港に置かれていた布をつかむと、自らの上に纏う。
しばらくの間、周囲を見ながら、彼は歩みを進めていた。
彼は港町で小さな電化製品のショップを見つける。
そして、通信機が売られている場所で、適当なものをスリ取る。
店を出た後に、彼は記憶している番号を入力する。
電話は繋がる。
「おい、デス・ウィング。お前、まさか奴らの側にも、何か力を貸さなかっただろうな?」
電話の相手は、何かを含むような言い草だった。
「まあいい。俺がこれから潜伏する場所を教える。畜生、自分で切断した腕が痛ぇ。あちこち、骨折してやがる……」
†
「それで、スリ取ったお金で、この安ホテルに隠れているんですか」
「そうだよ。誰かが敵側に知恵入れしてくれたお陰でなっ!」
ベレトは、にやにやと笑っている、くすんだ髪の女を睨みながら、果物を口にしていた。
リンゴにバナナ、ブドウにナシ。見舞いの果物を一通り持って、彼女は、この部屋に現れたのだった。デス・ウィングは律義な面もあるみたいだった。
「私は特に何もしてませんよ。あちら側に一人、興味のある人物がいたので、少し話を聞いてみただけです」
「それが余計だったんだろうよ、ああ、これは最低、二週間は戦えねぇな」
彼は酷く、落ち込んでいた。
「何かあったんですか?」
「分かるだろ。あいつら、俺の塔に、俺の大切なコレクションに火を放ちやがったんだ。ああ、ふざけやがって」
ベレトは頭を抱えていた。
「いくつか押収したみたいですから、回収してきては?」
「後、二週間は戦えねぇんだよっ!」
彼は思わず、悲鳴を上げていた。
「そうですか」
彼女は少し考えて、提案を行う。
「ベレト、貴方も、しばらくは、私と同じスタンスになりませんか?」
「どういう意味だ?」
「傍観者になりましょう。彼らの。きっと、面白い事が起こると思うんです。楽しいですよ」
無邪気な言葉だった。そして、それこそが、彼女のスタンスなのだ。
自らは、あくまで彼女が言う処の、他人のストーリーの観客なのだ。
「少しだけならな……。だが、俺も参加するぜ、お前が言う処の劇役者にな。そうでなければ、この腹の虫が収まらない」
「そうですか」
ベレトは、バナナの皮を剥いて、それを口にしていく。
デス・ウィングは、ふと、敬語口調を止めて、神妙な顔付きになる。
「なあ、それと、ベレト。もう一つ、気になる事があるんだ」
「なんだ?」
「極めて、単刀直入に言う。シンプルな問いだ。そして、もっともお前の核心に迫るような問いかもしれない。脚色なく、答えて欲しい」
「いいぜ」
ベレトは、痛む右腕を見ていたが、それを止め、彼女と瞳を合わせる。
「私を殺害して作品にしてみたいと思うか?」
デス・ウィングは、無感情な声で、彼に訊ねた。
きっと、色々な者達に、同じような問い掛けをしているのかもしれない。
だが、彼の心の底を覗き込むには、充分な一言だった。
ベレトは首を横に振る。
「思わない。デス・ウィング、今や俺にとって、お前は俺の神なんだ。俺という神話を見届ける伝承者になって欲しい。俺は愛が何なんか分からないが、俺は絶対的な力に魅せられるんだ。お前がいなければ、俺は地を這うムシケラだった。初めてかもしれない。俺が自分以上に価値のある存在が出来たのは」
「錬金術師は?」
「あれは俺が力を得る為に必要な存在でしかない。奴は俺を評価しないだろう。だが、お前は違う。理解者になってくれる」
「ベレト、それは友情というものだよ。お前には分からない感情かもしれないが」
「そうなのか? なら、そうかもしれない」




