今はただ
『霞お姉さま! 真一さんが、真一さんが来てくださいました!』
『なっ!? そんな…いえ、そうですよね……そう、ですか…そうですか』
『というわけで霞お姉さま、今すぐ会いに行きましょう』
『えぇ!? でも、もう夜も更けましたし』
『むぅ霞お姉さまは真一さんがキライになってしまったのですか』
『そんなわけ!…いえ、その…』
『分かりました! 霞お姉さまが行かないなら、私は寝ません! ストライキというやつです』
『聞き分けのないことを…』
『…寝ません!…寝ません…くぅ…くぅ…』
『…』
『…はにゃ…は! 寝ません!』
『…分かりました。真一さんに会いに行きます』
『やったぁ!』
『もう…何であなたが喜ぶんですか』
『だって霞お姉さまが嬉しそうですから』
「そしてそのまま詩織は寝てしまい…」
ただでは来ないとは思ったが。うん。詩織ちゃんありがとう。
「む。情けないことを言うようですが、これでも真一さんに会いたい、という気持ちは無理強いされたものではないのですよ」
そっと俺の着物の裾を掴む霞さん。まあそうだろうな。本気で抵抗すればどうとでも出来ただろうし。
「ぁ…いけませんね。こんなことでは」
「それが、俺から離れた原因なんだろうか」
そっと手を放そうとする霞さんの手をぐっと掴む。
いじける霞さんはまたよいものなのだが頭を抱えている霞さんは放ってはおけない。
「…嫌、なんです」
はっきりと言葉にする。
「愛希さんも、明日香さんも、華凜さんも、素敵な人だとそう思っているのに。なのに、心のどこかで、皆さんのようになれないと。なれないのかと。そう…呪ってしまうのです」
霞さんの言葉は次第に強く、自らを蝕んでいく。
「嫉妬くらい、皆さんだって抱えることくらいはあると思います。けれど、私は、いざ自らにそれが降りかかると…どうしたらいいのか分からなかったんです。あの夜、真一さんに無理矢理迫っても、実の所、全くと言っていいほど気持ちは晴れませんでした。ただ寂しくて恥ずかしくて…虚しかった」
頭を垂れ、悔しそうに縮こまり、それでもなお止まらない。俺も止めない。
「明日香さんはまっすぐ、すっきりとしていましたね。自らの望むように堂々と。
けど私は、真一さんに迷惑をかけたくないだとか、そんな、自分でもわかってしまう程に言い訳をして、自分を慰めて…結局、逃げ出してしまいました」
「それは、真実だよ。霞さんは優しい」
「嘘、です」
「慰めてるわけじゃないんだ」
顔を強引に向けさせる。涙の跡が残るその目を、じっくりと見つめて、続ける。
「霞さんは、皆のこと、大好きだろ?」
「それは…でも…!」
「だから霞さんは苦しんでる」
霞さんが傍若無人であったならきっとこんなに苦しみはしなかっただろう。霞さんは、本来ならそんな苦しみを独りでに消してしまう人だった。
「いっそ、嫌いになってくれれば楽なのかもしれないけどな」
もしも、霞さんが俺以外の誰かを、一途に愛する人を探せば、と。そう言っていて、吐き気がした。霞さんが俺を嫌いになって、誰か他の奴と一緒にいるのを想像するだけで。
結局の所、俺は誰かのために生きられはしない。霞さんは、誰かのために生きられるかもしれない。
「そんなこと、言わないでください」
怒るような色を伴って、霞さんは言う。
「前にも言ったはずです。私は、真一さん以外の誰かを愛することはきっとできません。少なくとも、そんなの…嫌、です」
けれど、霞さんは、俺への心を消すのは嫌だと言った。言ってくれた。本来なら、それを嬉しいと受け取るのであれば、喜びに満ちているのであればそれはきっと単純で、幸せで、祝福に満ちた恋の物語にでも昇華できるのだろう。
だが、俺はまだまだどうにも出来そうにない。ここに来るまでだって、俺は俺自身の力だとは到底言えない。支えて、励ましてくれる人が、たいせつな存在がいたから、かけがえがないからこうしている。だから、
「俺は、霞さんの想いを踏み躙るかもしれない。けど言う。帰ろう霞さん」
返る。誰のことも選ばず、誰のことも大切でしかないそんな場所に。
卑怯だな、と自分でも思う。霞さんが皆のことを好きでいることを知っている。けれどそれでは嫌だからこうしてここにいることも。けれどその天秤を、バランスをこちらに思い切り引き寄せる。霞さんを、俺と同じところまで貶める。覚悟だなんて立派なことは言えない。だらしのない決着だろう
「また、やきもちを妬いてしまいますよ」
「霞さんの気持ちは嬉しいのだが…うん。やっぱり俺がどうにかしないといけないよな」
「…少しだけ、待ってください」
少し、とはどういう意味か、と尋ねる前に霞さんは、俺の布団にぽすんとその体を横たえた。
「真一さんと、ふたりきりの時間を過ごさせてください。わがままというのは分かっています。でも…」
「そういうのはわがままなんて言わないさ。俺みたいなのを言うんだぜ」
「…真一さん。ありがとうございます」
「…昨夜はお楽しみでしたか」
翌朝に、食堂に集まった俺達を出迎えたのは詰問であった。霞さんが顔を真っ赤にして沈黙している以上、俺がどうにかするしかあるまい。まあ詩織ちゃんが部活動で早く家を出ている、というのは不幸中の幸いというべきか。
「はっはっは。ふむ。こうして一緒にいるのを見ると、中々どうして様になっているようじゃないか」
直仁氏は朗らかに笑う。いやー…全面の信頼を寄せられると心が痛むのですが
「だろうね」
わざとであった。
「あー…別に私は娘の恋愛観にケチをつける気はないよ。未婚でも重婚でもそれは霞の選ぶことだろう」
「…そう、だったのですか」
静香さんは拍子抜けした様に、漏らす。俺も、直仁氏を見る。
「ただね。人というのはこうと決めた道でも中々、うまく生きられぬものだ。どうしてこの道を選んだのかと後悔する時は必ずある。その時、高いところにあるブドウを見るように、選ばなかった道に恨み辛みを言って、意地を張る様ようでは情けないとそんな風に思うんだよ」
俺は選んだ。ただ、このままでよいのかという思いは確かにあった。染み入る様なその貴重な言葉を、俺は拝聴させてもらう。
「だから、もし真一くんに不満があるのならいつでも駆け込んでくるといい。いつだって協力するよ」
目的地に向かって歩き出していても、いつかその道中で疲れ、歩みを止めることがある。そんな時、休むようにと。休んでもいいのだと。そんな風に言った。
休むために目的地を歩く人間などいない。それはつまり、霞さんの選ばない道を残しておく、ということである。また一休みして、霞さんが離れていくのを見送る。そういう存在になる、と直仁氏は言った。
俺には出来ないことを受け入れる懐の深さに、俺はただ敬服した。
えーと…言ったでしょ?ハーレム編って
すみませんそれと色々分かりにくいかなぁ…と反省しております後悔は(ry




