兄妹でもいいから
「どうかしたのしんいちおにいちゃん?」
極めていつも通り。霞さんの家事の手伝いをして、一緒に食事をする。
いや、いつもより少しばかり積極的か。霞さんと明日香に対抗して膝の上に乗り、心なしかお兄ちゃんと名を呼ぶ機会が少しばかり多く、マウントポジションを取るようにこちらに体をぶつけてくる。
しかし、それだけである。嵐の前の静けさと言えばいいのか、それなりの覚悟を感じたあの感覚は勘違いであったのかとそう思い浮かべてしまう程である。
「おやすみ」
そして床に就いた。釈然としないものを感じながらも、まあいいかと目を閉じ、夢の世界へと旅立った。
しかし、当然ながらそれだけで済むわけはなかった。
「ん」
少しだけ息苦しい。そう感じた俺が、目を開けると…華凜ちゃんの顔が近すぎるくらいに大きく眼前に広がっていた。いや待て。これ、は…
「っ!」
うっとりとしていた華凜ちゃんの顔は、一気に青ざめたように遠ざかった。
「ご、ごめんなさい! 起こそうとしただけだったんだけど…その…がまんできなくて」
「いや謝らなくちゃいけないのは俺の方だろう」
「…どう、して?」
不安と、少しだけ苛立ちのようなものが混じる。
とは言っても、容認できるわけがない。キス。接吻。興味があるとしても、それは簡単にしてはいけないものだと思う。それを簡単に捨ててはいけないと。止めるべき責任があったのではないかと俺は。
「しんいちおにいちゃんはいつもそうだね。わたしをこどもあつかいする」
「ごめんな。これは俺にとって…」
「んーん。だいじょぶだよ。ちょっとさびしかったりむっとしたりするけど…うれしい」
ぎゅっと。俺の胸を掴み、顔をうずめてきた。
心臓が鼓動を早める。焦る。そうだ、華凜ちゃんはきっとその心に、覚悟を秘めていた。この日が来るのを寧ろ待っていたくらいに。いつも通り。華凜ちゃんにとってはそんなもの、当たり前でしかなかったのだ。
あまり華凜を舐めるなよ、と―――ああ、そんなことを思い出すまでも無く分かってしまった。
「ダメ、なのかな?」
「…何がだ?」
「わたしね、しんいちおにいちゃんのこと、好きだよ?」
分かっている。だから、俺は華凜ちゃんの気持ちに精一杯応えたいと思っている。
「それだけじゃ、ダメなのかな」
しかし、抉る。俺の急所を、誰よりも抉ってきた。
俺は、愛希に対してどうしたのか。華凜ちゃんは俺に対してどうしたのか。好きだから、きっとそれだけでいいのではないかと。どの面を下げて、言えたのだろうか。
「そんなことは、ない」
溺れる様に言う。そこには、俺自身の保身が確かにあった。
「けど俺にもよく分からんが、きっと色々ある。少なくとも兄妹なんかじゃいられない」
「そうかな? そんなことない、とおもうけど…」
きっと華凜ちゃんにもよく分かっていないのだろうけれど、華凜ちゃんはそれでも恐れずに前に進んできた。
「じゃあね。わたしも、やくそくがほしい」
「約束?」
「ん。あきおねえちゃんたちみたいな、けっこんのやくそく、してほしい。いつでも、そういうことかんがえてほしい」
切実に訴えてきた。確かに、あの三人はもう俺にとって特別な存在だ。仮に、あの三人以外の誰かと最終的にそういう仲になったとしても、きっとあの三人のことは頭から離れはしないのだろう。
繋ぎとめたい、と。そんな難しい理屈も要らず、心の奥底の本能のようなもので以て、華凜ちゃんは訴えているのだ。
「しんいちおにいちゃんのいもうとでも、いいよ。むしろそれがいいかな。ただ、やくそくしてほしい」
確かに、華凜ちゃんの中に恋愛感情はあるかもしれない。けれど、兄妹みたいに過ごしたいって、そんな風にも思ってる。俺と、同じように。
それは、愛希となりたくてなれなかった関係だ。『バカ兄貴』にしかなれない。そう思っていた俺を救うように、甘い言葉に、俺は…




