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婚約者が突然現れたのだがどうすればいい?  作者: 山崎世界
秋月愛希編:秋月愛希は愛を希(のぞ)まない
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攻略外ヒロイン士道華凜

 愛希嬢が俺達の様子を窺っているのは分かっていた。

 まあそろそろ頃合いであろう。多少気が引けるが、二人で話をすることにした。

「俺に対して気を置く必要は無いが身に溢れる感情というものは案外わかるものだ。円滑な人間関係を築きたいというのなら気を付けておくといい」

「…この際だから言うけどあんたのそういう余裕ぶった態度って腹立つのよ」

「あまり強い言葉を使うものではないぞ。フラグが立ってしまうようではないか」

 愛希嬢は若干引いたように後ずさる。そうだな。俺に対してはそれでよかろう。

「あんたって女に興味ないの? いや、別に興味ないんだけど」

「ふむ、なるほど。愛希嬢も霞嬢も明日香嬢も中々に魅力的だとは思うが、それ以上に俺は真一が、真一と共にいる三人の姿が好きなのだよ。いや、華凜も入れたら四人だな」

「…華凜ちゃんのことも、今日の明日香や霞さんのこともあんたの仕業?」

「華凜に関してはそうだが他の二人に関しては違う。さすがにあれは予想外だな。あの二人も思うところがあってのことだろう」

 愛希嬢は怪訝に俺を睨む。こうなることが分かっていてあえて放置していたのではないか、と。その辺りを疑っているのだろうか。

「あれは紛れもなくあの二人の意思だ。それが俺の思惑程度でどうにかなると思っているのであれば、それは侮辱でしかない」

「だけど、華凜ちゃんは違うでしょ? あんたは兄貴として、いいの? バカ兄貴も、華凜ちゃんも兄妹みたいでしかなくて…それとも、そんなごっこ遊びみたいなことを見守るのが…」

「それこそ侮辱でしかないな」

 さて、いかんな。少し感情が漏れた。とはいえこの際だ。止めようとも思わんがな。

「華凜のことを心配しているようでいて、実の所は違うだろう」

「何を…」

「真一はな。愛希嬢のことを心配していたよ。自らはどうだっていいから、どうすれば愛希嬢のことを傷付けずに解決できるのだろうか、と」

「…バカ兄貴、が」

 別に意外というわけではないだろう。ただ、自らの知らない真一のことを俺から聞き、驚きや、心配…それに、嬉しさもあるだろうか。色々な感情が渦巻いているのだろう。心苦しそうに眉をひそめている。

「愛希嬢は、華凜のことを考えたことはあるか?」

「どういう意味?」

「どのように華凜と真一は出会い、どのような関係を育んできたのか、ということだ」

 愛希嬢が華凜と出会う前に、真一と華凜は今のような関係を育んでいた。

 それを目の当たりにして、どのような思いを抱いたのかは分からない。ただ、無意識に避けていたのだろう。それを聞いてきたことはないのだ。

「華凜はな。真一が愛希嬢にしてやれなかったことを一身に、受け止めたのだよ」

「…わた、し…?」

 だが、無関係ではないのだ。ならば、聞かなくてはならない。

※※※

 それは特別なことではなかった。愛希嬢は、けして兄としての真一を受け入れようとはせず、しかし、兄として出来ることをして振る舞おうとする真一がいた。

 諦めてしまえばいいだろうに、愛希嬢は愛希嬢で真一のことを嫌っているというわけではなく、故に二人の距離は広がり切ってしまうということはなく、だから真一は諦めきれなかったのだ。

『どうすればいいだろう?』

 真一は幾度となく、聞いてきた。

『ふむ。なるほどお前は兄になりたい、というのだな』

『ああ』

『それが、誰に望まれているものでなくとも、か』

『よく分からないんだが、兄貴というのはそういうものじゃないのか?』

『っ! あはははは!』

『おかしいんだろうか?』

『いいや…そうだな。なら、俺の妹と会ってみないか?』

『大丈夫、だろうか?』

『心配ないとも。きっと、華凜も気に入る』

 あれは確か華凜が幼稚園の頃くらいだったか。

『おにいちゃん…だれ?』

さすがに真一と初めて顔を合わせた時は俺の背中に隠れるようにしていた。

さて、この時、真一がよき兄として振る舞い、華凜の信頼を勝ち得たかといえば、それは逆だ。むしろ真一の心は弱っていた。

『ん。げんきだして』

 それで華凜は寄り添った。それだけで十分だった。

 やがて、少しずつ元気を取り戻して、真一は兄として自らを奮い立たせた。

『しんいちおにいちゃん!』

 頭を撫でたり、何ともなく一緒に過ごしたり、悩みを聞いたり。俺にも出来ないことの幾つかも、華凜は真一を頼ったりもした。

※※※

「疑問に思わなかったか? 何故邪険にしても嫌われなかったのか。幼い時分であれば遠ざけてもおかしくはないのではないかと」

 それは真一自身の資質もあるだろうが、華凜が支えたからなのだ。真一と愛希嬢の関係が破たんしなかったのは。

 華凜がいたから、愛希嬢と真一は兄妹のままでいることが出来た。

「もっとも、だからこそ今でも兄妹でしかないとも言えるがな」

 真一と愛希嬢は馴染み過ぎている。それも確かだろう。

「しかしだからどうしたという話だ」

「…は?」

 愛希嬢は呆気に取られたように口を開けた。

「愛希嬢。華凜と初めて会った時のことを覚えているか?」

※※※

 俺も、真一は華凜にとってもう一人の兄の様な者でしかないと思っていた。けれど、違った。幼いながらも、いや、幼いからだろうか。他者の心には敏感で、真一の心には愛希嬢がいたことに、華凜は誰に言うまでも無く気付いた。

『…あき?』

 その名を真一から聞いて、その名を呼ぶ真一の感情に触れて、華凜は愛希嬢に会いたい、とそう言った。

 その時だ。あぁ…何だ。真一は華凜にとって、兄の様ではあるが、それだけではない存在なのだと。そう確信したのは。

※※※

「愛希嬢は何やら自分でもわかっているのかいないのか分からないものにこだわっているようだが」

「けど私は…!」

「愛希嬢が愛希嬢で考えていることはあるだろう。それは否定せん。が、それだけしかないということはないのだよ。華凜は、妹のようなものであっても確かに真一のことを想い、昇華させる。だから言っただろう?」

 あまり華凜を舐めるな、と。

「あぁ…これは愛希嬢には言っていなかったか?」

 愛希嬢は困惑している。それでいいのか、と。いや、よくはないのだがな。

「愛希嬢が捨ててしまいたいと思ったものだがな。華凜はそれでもそれを大切に想っている。だから、明日香嬢と霞嬢のことで嫉妬したりするのだよ。分かるか? さて、まあそれでも意地を貫き通すというのであればそれでいいんだが…」

「…!」

 愛希嬢は、俺に背中を向ける。逃げるようにではなく、慌てるように駆けつけるように。

 さて、どうなることかな。

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