いもうとがふえました
『ふむ。なるほどお前は兄になりたい、というのだな』
『ああ』
『それが、誰に望まれているものでなくとも、か』
『よく分からないんだが、兄貴というのはそういうものじゃないのか?』
『っ! あはははは!』
『おかしいんだろうか?』
『いいや…そうだな。なら、俺の妹と会ってみないか?』
『大丈夫、だろうか?』
『心配ないとも。きっと、華凜も気に入る』
おにいちゃん…
「さて、何と呼べばいいのか…」
「なるほどそれは重要な問題ですね」
うつらうつらとした頭で、何か声が聞こえた。聞き覚えのあるような気もするのだが…何とも判断がつかない。
「…お、おにい、さま…」
ぞくりとしながらもどこか安心してしまうような、そんな声が鼓膜に響く。声と共にふぅ…と息が耳に語るのを感じ、近くから発せられたのだと分かる。
「早く起きないと遅刻してしまいますよ」
そしてゆさゆさと体をゆすられる感覚。はっはっは。そんなんじゃ起きるわけない。というか起きたくない。
「ぇ!? え!?」
動揺する声が聞こえる。隙を見計らい布団の中に引きずり込んだのだ。そして脚と腕でがっちりと逃がさないようにする。あ~…何だこれ。ものすごい抱き心地だ。これは…
「何をしている」
そして次の瞬間に、ガンッ! と大きい衝撃が走る。どうやら体が引きずり出され、頭を打ち付けられたらしい。
「なるほど。愛希は大体にしてこういう心地なのやも知れんな」
完全に目が覚めた。俺の目の前には、明日香と霞さんがいたのだ。
さて、どういうことなんだろうか。
「ふわぁ…おあよーおにいひゃ…」
「おはようございます、お兄様」
「おはよう兄上」
「え…え? ど、どういうこと!?」
いや、本当にどういうことなのだろうか。
「…明日香さんも霞さんもどうしちゃったの?」
怒ったりなんなりする前に、まず困惑する愛希である。
「別におかしいことはあるまい。我が真一を兄と慕ってみてはおかしいか?」
「おかしいわ。兄より優れている妹などいねぇとかいう次元ではなくおかしいわ」
「私は…その、昔からお兄様という存在に憧れていまして。お兄様、おかわりはどうでしょうか?」
さて、霞さんと明日香に一体何があったのだろうか。今朝から俺のことを何故かお兄ちゃん扱いしてくるのである。…まあ呼び方を変えた程度で特に何か変化があるわけではない、と思うのだが心なしか霞さんがぐいぐい来る気がする。
「お兄様…ふふ…お、にい、さま」
目的が何かは分からないが微妙に見失ってはいまいか? と問いかけたくなるほどに…何というか、ハマっている気がする。
「むぅ」
「華凜ちゃん。朝ごはんはちゃんと食べたか?」
「だいじょぶだよ! しどーけのかくんとして朝ごはんはきちんと食べるもん」
「そうか…うん。ならいいや」
見ればきちんと茶碗は空になっている。うん。むくれたように、威嚇するようにこちらに腕を組んでくることを聞くのはいいや。ちゃんと朝ご飯は食べているようだし。俺が微妙に食事しにくいのは、どうでもいいな。
二人の異変は友助と合流するまで続いた。
明日香と霞さんを目の当たりにした友助は考え込むようにしながら、どこか納得するように驚いたりはしなかった。
「ここが正念場、か」
「そうだね」
という会話を交わしたかと思えば、華凜ちゃんは常時よりも念入りに、振り返りながら学校の方に向かった。
「流石に、学園では、迷惑がかかりますから、ね」
「そうか。今は学園だが…四人だからいいのか」
そして昼休み、である。最近の習慣となりつつある友助に加えて、霞さんと明日香さんも共に昼食を取っていた。
「多分、愛希が絡んだ話なのだろうが愛希が目の前にいないのだし、意味が無いんじゃないか?」
一応俺は言う。
「さて、それはどうかな」
友助は意味深に微笑む。
「まあ実際のところ、慣れんな。兄上? あに、うえ、か…我に兄上がいれば実際、どうであったのだろうな」
明日香は何ともなく呟く。明日香は、そもそも兄がいれば別に強くなる必要も無かったのかもしれない。兄がいれば、間違っているかもしれない自らの存在も、庇ってくれたのかもしれない。
けれど、俺がいる。そう思ってもいいのだろうか。
「まあだがそれほど悪い心地ではないぞ」
明日香は微かに笑った。それが、その力の無いような笑みが俺にはどうしようもなく無力感を覚えさせる。
「よし。ドンと来い。俺は大してプライドとかないしな。妹がどれだけ強かろうが気にしないお兄ちゃんだ」
一瞬、明日香は呆気に取られて様な顔をした。
「は…はは…何だそれは!」
そして、爆笑した。いや、そこまで笑わなくともいいと思うのだが。
「だが…なるほど」
何かに感じ入るように、目を閉じる。
「さて、これ以上は俺は場違いであろう」
その様子を見て、友助は立ち上がる。さて、心細いというかいてほしい、と一瞬思ったが。
「お前にはお前にしか出来ぬことがあろう」
そう言われては、止めることなどできなかった。
「俺は、俺が出来ることをする」
手を挙げ、友助はこの場を後にした。
次回、友助視点です(懲りない)




